市太郎さん『手癖』をすぴんおふ
五枚会に投稿された市太郎さんの『無癖』をパロってみました。もちろん市さんから了解をいただいてます。
市太郎さん『無癖』
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彼は髪を纏め上げている女性が好きだ。
茶髪でも黒髪でも色にこだわりはあまりないみたいだが、とにかく綺麗に髪を纏め上げている女性が好みのようだ。それだけで好感度が上がるという。
彼はいつも笑顔だ。
いつも彼の周りには沢山の人がいる。それは男女を問わない。私にとってある種、憧れの光景だ。
彼を知る男友達に彼の事を問えば、友情厚く面白くて好いヤツだと返ってくる。
彼を知る女友達に彼の事を問えば、その容姿も然ることながら、マメな性格ゆえに恋人であればと望む声が返ってくる。
彼は彼女がいる。
羨やましい程のルックス。人当たりの良さ。尽きない話題。傍にいるだけでなんだか楽しくなる独特の雰囲気。むしろいない方が不自然だ。彼の傍にはいつも明るく、綺麗で華やかな女性がいた。だけど不思議な事が一つある。
彼は交際が長続きしない。
女癖も含め、悪い噂を聞いた事もない。しかし彼の隣にいたはずの彼女はいつの間にか消え、そして私は知らない別の彼女がいつの間にか彼の隣にいた。
男女分け隔てない彼のマメさが原因で、喧嘩別れに至ってしまうのだろうかと友人たちは憶測する。
人付き合いの良い彼に、今度こそ理解ある彼女であれば良いのにと、新たな彼女と共にいる彼を見てはそう話すのだった。
そんな彼にまた新たな彼女が出来た。
どこから見つけてきたのだろう。その子は今時珍しい黒髪で、おしとやかというよりは野暮ったく、顔の印象を決定付ける黒縁の眼鏡は暗く冴えない表情を更に重く見せていた。唯一今までの彼女達と同じだったのは、綺麗に纏め上げた髪だった。
あまりにも不釣り合いだ。きっとすぐ別れるに違いない。彼の友人達は影でそう口々に囁いていた。だが予想に反し、この地味で目立たないな子は今までの彼女達の誰よりも長く彼の傍に居続けた。
いつも彼女を連れ添って友人達との付き合いに参加する彼。男友達は良い彼女と巡り会えたなと彼を冷やかし、女友達たちは彼と長く付き合っていられるコツを彼女に聞きたがった。
これはもう二人は結婚するんじゃないかといった話題が出始めた頃。今でも彼を狙っていた一人の女が、いてもたってもいられずついに黒髪の彼女を問い詰めた。
私は物影からその様子を見ていたのだが、黒髪の彼女はただただ表情を強張らせながら曖昧な笑みを浮かべるだけであった。漏らしたのはただ一言。『今でも不安なの』と、ただ一言だけを返して口を噤んでしまったのだ。
問い詰めた女は『なにを言ってるの』と、不機嫌そうに吐き捨てる。私も柱の影から、あれほど出来た男を誰よりも長く掴まえておきながら、今更何を不安に思うのかと笑っていた。
ある日の午後。私は彼との昼下がりのお茶を楽しんでいた。彼の彼女はまだ講義中で、終わったら三人で帰る約束をしていた。
「どうしたんだ、その傷?」
「え? ああ、これ。ちょっとね」
笑いながら、何かを思い出すような顔をする彼。そう言えば女の子と付き合い出してしばらくすると、彼は決まって腕に傷を負っていたような気がした。
†◆†◆†
不思議そうに問いかける親友。僕は自分の腕についた傷を見ながら思い出す。
僕の母は、自分が産んだ子を四六時中建て付けの歪んだ押入れに閉じ込める人だった。子は母が襖を開けてくれるまで只ひたすら大人しくしている。でないと母に手酷くぶたれるからだ。
押入れに閉じ込められる時は、決まって父親以外の男がやってくる。
厳しく凜とした母。けれどこの時だけはいつもと違う。訪れた男の手によって母の髪留めは外され、乱され、普段見る事の無いあられもない姿へと変貌する。
男に首を絞められながら喘ぐ母。僕は息を潜め、そんな母の全てをずっと見続けていた。
僕は彼女を愛している。
それはかつて付き合っていた子たちにもきっと伝わっていたと思う。
付き合い出した頃、髪を留めている姿が好きなんだと言うと彼女たちはみんな喜んでくれた。髪留めを外した時に僕に見せてくれる表情はとても嬉しそうだった。
けれどいつしかみんな表情がこわばってゆく。
「息苦しい、お願い止めて」と訴えられる事が増えたのはいつの頃からだろうか。
誰よりも長く隣に居てくれる今の彼女。僕が喜ぶからって纏め上げた髪型でずっといてくれた。
そして彼女は昨日も僕の腕に爪を立て、肌に鋭く食い込ませていた。震えるか細い腕。けれどそれも長くは続かない。事切れたように力なくだらりと腕はずり落ちる。
一筋の鮮血が垂れる僕の腕はまっすぐ彼女の首へと伸び、力のこもった僕の指は彼女の細くて白い首に食い込んでいた。
目の前には僕の傷を見て不思議そうな顔をした親友。僕はそっと自分の傷に触れ、親友を見る。
「無くて七癖って言うけど、この手癖には困ってるんだ。直そうと気をつけているけどなかなか直らないものだよね」
さらに不思議そうな顔をする親友。
僕は腕に残されたまだ新しい爪痕を見ながら、知らないうちに静かな笑いを浮かべていた自分に気が付いた。




