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幸福-創作五枚会

・創作五枚会第十回(2011年3月19日投稿)

・文字数制限…2000文字

・禁則事項…手抜き

・テーマ…幸福

・もちろんフィクションです


 その男の夢は、一緒に人生を楽しみ、一緒に苦労を共にする事が出来る相手を見つける事。夢は紆余曲折を経て叶おうとしていた。


 ドアをそっと開けると白いカーテンが揺れた。窓際の一輪挿しからは微かな香りが、テレビからは明日にでも桜が咲く予定との嬉しそうの声が流れる。外から入ってくる風もどことなく春の訪れを感じさせた。

 白い壁にもたれるように座っている女を見て、部屋へ入ってきた男は微笑む。女も読んでいた雑誌を閉じ、男に満面の笑みを向けた。

「桜、もうすぐ咲きそうだな」

 男は上着を脱ぎ、椅子に座りながら穏やかな陽光差し込む窓へと目を向ける。

「うん。お花見、今年も楽しみだね」

「そうだな」

 窓から見えるのは白い雲。透き通るような空。そして川沿いの桜並木。遠目にもほのかに色づいているのが分かる。気の早い蕾が待ちきれず、幾つか咲いているのだろう。

「今日は? この後仕事?」

 遠くを眺めている男の横顔を見ながら女は問いかける。男は穏やかな表情から何かを決意した眼差しへと変わり、女は心配そうな瞳に何かを悟った色を潤ませた。

「ああ、仕事だ」

「そう。そうだよね。お金、貯めないとだよね」

 男は女の顔を見て、眉を(ひそ)めたがそれも一瞬。さっと眉を開く。

「お金を貯めるのはそんなに難しい事じゃない」

「え? なんで?」

 力無く俯いていた女は男の返答を聞いてぱっと顔を上げる。その表情があまりにも予想通りだったのが男には嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。

「働く。あまりお金を使わない。そうしたら貯まる。ほらな、簡単じゃないか」

 心底分からないという顔をしている女に、男はおおげさな身振り手振りを交え、自信たっぷりに自らの理論を披露した。

「なにそれ。そんなのあたりまえじゃない」

 あまりにも当たり前過ぎて、あまりにも予想外過ぎる返答。どちらからともなく出たくすくすと小さな笑いは、やがて大きな笑い声になっていった。

「とにかく。お金は貯めたらすむ話だ。それよりも旅行、ちゃんと考えないとな。俺としては北欧に行ってみたいのだけど」

「別に国内でいいよ、私」

「俺は海外がいい。こんな長期間休めるなんて滅多にないんだ。良い機会だし海外に行こうぜ」

「え……でも……」

 言葉に詰まった女の頭に男は手を乗せ、髪をわしゃわしゃと撫で回す。嬉しさ半分、愛しさ半分の照れ隠し。男には女が心配している事が手に取るように分かった。女は嫌がるそぶりも見せず、わしゃわしゃされていた。

「なに気にしてるんだ。だ・か・ら、お金は貯めたらいい」

「そ、そうだけど……でもそうだね。そうだよね!」

「そうそう。だからさ、旅行、ちゃんと考えようぜ」

「うん。あ、そういえば何も出してなかったね。すぐにお茶いれるね」

「いいよ、自分でいれるから」

 勝手知ったるなんとやら。男は迷うことなく二人分のお茶を用意するどころか、お茶請けまで探し出した。

「フィンランドいいなぁ」

 男は急須に湯を注ぎながら見つけた饅頭をほお張る。そんな中、ふともらした小さな独り言。だが女それを聞き逃さなかった。

「ムーミン?」

「いや、かもめ食堂」

 聞こえていたのかと、ちょっと驚いた顔で湯飲みにお茶を注ぎながら答える男。かもめ食堂とはフィンランドのヘルシンキを舞台にした日本映画だ。一秒の長さが日本とはまるで違うような、そう錯覚すら起こしそうな映画の緩やかで独特な空気感が好きだった。

 映画の事を話す二人の周りを和やかな雰囲気がゆっくり染めて行く。

 女は思う。旅行にいく頃には男と同じ名字なんだと。これからの人生、一緒に歩んでゆくのだと。それがなにより嬉しいと。 

 男は思う。この旅行は目一杯楽しもう。一緒に色々な所を観光しよう。美味しい物を一緒に食べようと。

 いっぱいに広げたパンフレットを見ながら会話弾むひと時。それはこんこんこんと扉をノックする音が響くまで続いた。

「検温の時間ですよ」

 あら、こんにちは、と男に挨拶をし、部屋に入ってきたのは優しげな微笑みを携えた白衣を纏った女性。バインダーを確認しながら白い体温計をそっと差し出した。

 風が止まった。消毒液の匂いが鼻につく。ベッドサイドの丸いすに座っていた男は冷たく光る腕時計を見ていた。女は看護師から体温計を受け取ると、慣れた手付きで測り始める。

「もう行くの?」

 男が脱いだ上着に袖を通している。それがどういう意味かもちろん女には分かっている。それでも聞くのはなぜだろう。

「ああ。そろそろ行ってくるよ。また明日、な」

「うん、また明日。待ってる」

「了解」

 ぱたん、と音をたて閉まる扉。ピピッ、と小さな電子音を鳴らす白い体温計。看護師は彼女から体温計を受け取ると、表示された数値を記録する。

「はい、問題無し。順調ですね」

「はいっ!」

 少し沈みがちだった表情が見る見る間に鮮やかになる。布団の中では小さな手をぎゅっと握っていた。


 早くに両親を亡くした女。夢だった家族が出来るのも、桜の訪れももうあと少しだ。

今日で五枚会は最後。長いようで短かった5ヶ月でした。

参加したのも上手くなりたいというすごく単純な理由。

皆様より色々教わったおかげで、参加前より多少なりとも何かを掴んだ気がします。

けれど予想外の大きな収穫がありました。


それは出会い。


五枚会を通じてでなければ決して会うことがなかった方との出会いです。

小学校や中学校の卒業式で似たような事を聞きましたけれど、いまいちピンときていなかったのですが、今回はとても感じました。

参加をして本当に良かったと思います。


みなさん、五ヶ月間本当にありがとうございました。

またどこかでお会いした時は、どうぞ優しくしてやってください(笑)


そうじ たかひろ

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