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砂漠-創作五枚会

・創作五枚会第九回(2011年3月5日投稿)

・文字数制限…2000文字

・禁則事項その1…擬態法使用禁止

・禁則事項その2…擬人法(偽物表現も含む)使用禁止

・テーマ…砂漠

・もちろんフィクションです


 私は地味だ。

 鏡を見て心底そう思った。黒く長い髪を纏め上げただけの髪型。眉と気持ち紅を引いている程度の化粧。口下手で愛想笑いも出来ない女。昔から使っている黒縁眼鏡を掛けると地味っぷりはさらに加速する。

 十九年の人生。当然男の人と付き合った事なんて一度もない。自分から告白するなんてそんな恐ろしい事は考えたこともない。ましてや告白されるなんてありえない。結婚なんて無理だよねと本気で思っていた。

 そんな私に恋人が出来た。

 天変地異で驚天動地で五里霧中だ。私とはなにもかもが正反対の恋人。芸能人と言われると疑う事なく信じてしまう整った顔立ち。穏やかな物腰。尽きない話題。気が付けば人が集まっている魅力と独特の優しい雰囲気。知らない人はこの大学にはいないのじゃないかというほど彼は有名人だった。

『もしよかったら付き合って欲しい』

 最初そう言われた時は誰に言ってるんだろうと思わず後ろを振り向いた。しかし後ろには誰もいなかった。「え? 私?」と何回彼に確認しただろうか。そのたびに彼は「そうだよ」と微笑みながら答えてくれた。

 次に思ったのは「どこに?」だった。たぶん荷物持ちだろうじゃないと私なんかが声を掛けられる訳がない。納得できた。そうに違いないと思った。

「はい、分かりました」

「よかった。断られるかと思ったよ」

「それで、どこに行けばいいのですか?」

「え? どこにって?」

「はい、ですからどこに荷物があるのですか?」

 彼は目を丸くして驚いていた。そして「違う違う」となんとも耳に心地よい声で笑い出した。

「あの、違うのですか?」

「違うよ。『僕の彼女になってください』って事だよ」

「え? え?」

 驚きです。彼女ってなんですか。

「無理です。そんなのなった事ないです」

 慌てふためく私に向かって彼はただ優しく微笑むだけだった。


 生まれて初めての恋人はとても優しかった。恥ずかしくてなかなか話せない私。でも彼は私が話し出すまで待ってくれた。慣れないお弁当を作った。彼は「おいしいよ」と言ってくれた。美味しくないはずだ。周りのみんなが『全然釣り合っていない』と陰で囁いているのにそんなこと全く気にする素振りも見せず、どこに行くにも私を連れて行ってくれた。嬉しかった。とても嬉しかった。


 私は自信がない。

 十九年の人生。これまでに感じた事のない感情が体を小気味好く蝕んでいた。なんで私は彼に選ばれたんだろう。彼は私の黒く重い髪を褒めてくれる。なんで私は彼に選ばれたのだろう。彼は私の暗い雰囲気を褒めてくれる。なんで私は彼に選ばれたのだろう。彼は私の野暮ったい眼鏡を褒めてくれる。

 褒められる全てが私にとって嫌いな所。褒められる程に募る不安。大学で講義を受けていても過ぎるのは彼の顔と温度ばかり。

 微笑む柔らかな表情は皆に安堵をもたらす。耳に心地好い音色を奏でるのは薄めの唇と少し長い舌。この人の紡ぐ言葉は私を惑わす。この人の見せる表情は私を絡め取る。この唇と舌と指が触れていない場所はもう私には残っていない。


 環境論の講義の時にふと思った事があった。その日のテーマは砂漠。世界の四分の一を占め今なお拡大している。彼は砂漠で私はそこに迷い込んだ。ぴったりだと思った。

 彼は私に乾きを覚えさせた。私を熱さで狂わせた。私に寒さを突き刺した。けれど寄り添い揺れる夜もある。

 終わりの見えない果てしない虚無。だけどその存在は憩い。一度たどり着くと二度と離れられない透き通った泥沼のオアシス。

 彼の愛が絶頂に達する時、彼の長い指は私の首に食い込み、私の細い爪は彼の腕に食い込む。私の頬に落ちる赤い血。程なく私の意識は欠乏と共に闇へと暗く落ちてゆく。そして目が覚めるや夢幻じゃないかと急いでいつも鏡を見る。首には愛の証が赤くくっきりと残っていた。

 

「なんで私なんですか?」

 付き合い始めて何回同じ事を聞いたのだろう。

「他にもっと綺麗な人がいるじゃないですか」

 これも何回聞いただろう。

「なんで私なんですか?」

「キミは僕の事きらい?」

「きらいじゃありません」

「じゃあ好き?」

「好きです」

「僕も好き」

「答えになってません」

 これも何回したやりとりだろう。でもどういう答えなら私が納得するかは自分でも疑問符。そして彼は決まって私の頭を優しく撫でる。鏡に映る私は猫みたいに目を細めていた。そんな私を満足気に彼は見ていた。いつもの事。


 私は不安だ。

 十九年の人生。これまでに感じた事の無い不安が私の心を支配していた。私よりもっと彼を長く愛し続けられる女性が現れたらどうしよう。私は棄てられるのだろうか。私は不安で不安でたまらない。

 私はとっくの昔に砂漠化していた。私は未熟な砂漠。心騒ぐる砂嵐。砂塵舞う砂海の調べ。太陽は私から思考能力を緩やかに奪う。後に残るのは本能。ただただ求めさ迷う沙漠の旅人。彼の全てが私の心に二度と消えない砂紋を刻んでいた。

 今夜は彼の腕から流れる赤い血を舐めてみようと思う。

めがねっ子最高


201103062002:ちょっと修正しました。

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