始まりの音色の昼食
前回⇒平安座についていき、寮へ来た誉たち。部屋割りのプリントを渡されるが、その紙は真っ白だった。
"04 始まりの音色の昼食"
彼のペンが藁半紙に触れたとき、そこから微かな緑色の光が現れた。ペンを滑らせれば、光はペンを追いかけるように紙の上を駆けてゆく。
「おお! すげえ! 見ろよ、誉! 紙に文字が浮き出てくるぜ!」
視線を手元に戻すと、さっきまで何も書かれていなかったはずの紙に次々と部屋番号と名前が浮き上がってきた。
「本当だ… こんな能力があるのか」
少し待つと俺の名前も出てきた。
410号室。
寮は二人で一室の相部屋なので、隣にはまだ空白が残っている。
「おいおい。こんな大量にしかも一気にコピーペーストできる能力なんて、俺は知らないぞ」
新入生の一人が呟いた。
他の生徒も自分の紙と平安座さんの手元を交互に凝視する。そしてとうとう、俺と相部屋になるやつの名前も出てきた。
「お! 一緒の部屋だぜ! 良かったな、誉」
「おお。まじか…」
別に酉島のことが嫌なわけではないが、俺は五月蝿いのが好きな方ではない。しかし、隣で喜んでいるこいつを見ると、肩の力も自然と抜けてしまった。
そして、最後の番号まで書き終わると、平安座さんが大げさに深呼吸をした。
「はーい、お終い。みんな部屋どうだった?」
返事を気にする素振りもみせずに、ペンをゆっくりと置いた彼は、手を耳の横に移動させた。そして自分の手のひらを顔と向かい合わせにして、意味ありげに微笑んだ。
「爪が…」
「正解! この"若葉色の爪"の能力だよ。さっきコピーペーストって言ってた人がいたけど凄いおしいね。これは、書いてあるものをコピーしてるんじゃなくて、書きたいものを書きたいところに、何十何百、遠近問わずに同時に書ける能力。コピーと似てるけど、写しじゃなくて全部手書きだよ」
同時に数ヶ所に記述する能力。便宜上、記述使いとでも言おうか。それにしても、ここまで精度の高いのはそうそういないだろう。
「それじゃあ、裏口から荷物を運ぼうか」
♯
荷物を部屋に運び、再び聖堂へきた。午後は、上級生との対面式があるらしい。
「これから対面式を始めたいと思います。静かにしてください。開式の挨拶を校長先生お願いします」
朝に見た生徒会長の双野さんが出てくると、順調に式は進んだ。
暇な俺は、周りの新入生を見渡した。周りには髪色が異常なヤツがちらほらといた。次に少しだけ背筋を伸ばして、上級生を見渡すと、あっちにもちらほらいる。
その中で、一際目立つ桃色の髪をした生徒がいた。よく見ると、時々彼女の側から何かが行き来しているようだ。それに合わせて桃色の髪が揺れる。
「なんだ? あの人」
もう少し、もう少しと姿勢を変えていると、隣にいた酉島が肩を叩いてきた。
「おい、なんかあったのか?」
「あ。ああ、あの桃色の髪の子…」
「もしかして、佐伯あとりちゃんのことか? あの子のあだなは色々あってだな… 綺麗なのだと、桃色のキューピッドっていう異名を持っているんだぜ! 恋に悩んでる女の子があとりちゃんのところに相談しに来るらしい」
「そうなのか。ていうか、なんでお前そんなこと知ってるんだよ」
「女の子のことは、この蓮くんレーザーでだいたいわかるんですー!」
そう言いながら、酉島は自分のピョンとたった髪の毛を指しながら答えた。そういえば、午前の入学式のときも、前の席だったとは言え春風さんのこともわかってたみたいだしな。
ステージ上では偉そうな保護者の代表が締めの挨拶をしていた。
「これが終わったら、とうとう部活動見学だな! 誉はどこか行きたい部活あるか?」
「そうだな… 吹奏楽か軽音か… 楽器が吹ければどこでもいい」
「おう! それならJAZZ部なんてどうだ?」
思い出せば、そんな部活もあった気がする。たしか部長は双野なんとかっていう生徒会長と同じ名字の奴だ。
「いいかもな。行ってみよう」
丁度式も終わり、上級生は聖堂から退場し新入生だけが残された。そして、今後の流れを学年主任が報告して、昼食に向かった。