婚約破棄されたあと、辺境の地で独立したら公爵様に溺愛されました
「エリシア、君との婚約は破棄させてもらう」
私と、ハンスが成婚を祝うはずだったその日。
ラインハルト伯爵家の邸宅にて、伯爵家の嫡男ハンスは冷たくそう告げた。
今までだったら私が立っているはずの彼のそばには、私ではなく妹のミーナがハンスに寄り添っている。
「お姉様、わたくしもお姉様を差し置いてこんなことになり心苦しいですわ。でも、これはハンス様自らのご意向なのです」
妹のミーナはまるで私に同情しているような、憐れむような視線を向けた。
しかし、それはあくまでも表面上のこと。本心では勝ち誇ったような表情が見え隠れしているのを私は見逃さなかった。
「どうか、広いお心でわたくしたちの門出を祝ってくださいまし」
ミーナが憂いを含んだ瞳でハンスのもとに身を寄せると、ハンスもまたそれに答えるように熱っぽい視線を向けた。
「おめでとう、ミーナ。あなたが私の代わりにハンスと婚約することになって嬉しいわ」
こうなることは予想できていたので、私はいたって冷静に答えた。
「正直、私には少し荷が重いと感じていたところだったの。これで肩の荷が降りたわ。お二人とも、どうかお幸せに」
「お姉様……」
私があまりにも覚めた対応だったのが意外だったのだろう。妹は少しだけ面白くなさそうに私の方を眺めていた。
手短にそう言い放って、私は踵を返して屋敷を去った。庭を出て馬車に乗り込むと、ようやく一息つくことができた。
(やっと解放されたわ)
_________
私の生家である、ハートロット伯爵家には二人の娘がいた。
姉である私"エリシア"と、妹のミーナの二人姉妹。二人は正真正銘の姉妹のはずなのに、まるで血が繋がっているとは思えないくらい似ていなかった。
内気でまじめな性格の私と、社交的で勝ち気な性格の妹。
容姿もまるで違う。
私は生まれつき色素が薄い出で立ちで、髪はグレイブロンドのストレートヘアに紫灰色の瞳をしていた。
どこか儚げな印象を与える私とは対照的に、妹は輝く黄金のようなブロンドヘアに、明るいオレンジの瞳が自慢の活発な少女だった。
性格も外見もまるで正反対の私達は、幼い頃からあまりうまくいかなかった。
妹は社交的で気立てが良いのが自慢だった。幼い頃から周りの人に取り入って、味方につけるのが得意だったのだ。そのせいで、両親を始め屋敷の使用人たちは皆、私ではなく妹の味方をすることが多かった。
そして更に、妹は幼い頃から、私のもの、私に与えられるものに執着することが多かった。
誕生日にドレスや装飾品を送られれば、次の日には妹も同じものを欲しがった。それらは次第に、物だけにはにとどまらなくなっていく。
両親は常に妹に甘く、彼女をもてはやす。妹は欲しがるものを何でも与えられた。一方で私は当然のように姉として我慢することを強いられてきた。
婚約の縁談だってそうだ。
最初は姉である私に縁談が来るものの、妹のミーナがそれをよく思うはずもない。すぐに妹が間に入ってきて全てを台無しにしてしまう。
(まあ、今回の縁談に対しては、正直に言ってハンスをミーナに押し付けることができて良かったと思っている)
彼は悪い人ではなかったけれど、私にしてみれば自分の話ばかりするタイプの退屈な人だった。一緒にいるのは少し疲れてしまう。
あんなふうに劇的に婚約破棄を言い渡されたのはちょっと傷ついたけれど、結果としては、ちょうどいいタイミングで妹が現れて鞍替えをしてくれて良かった。
私は馬車の窓辺から外を眺めてホッと一息ついた。
(_つまらない婚約は免れたものの、これからどうしようかしら)
一旦は屋敷に戻ることになると思うけれど、それも長くは続かないだろう。
そもそも、両親のいるあの屋敷も私にとってはあまり居心地のいい場所ではない。
(もし希望が叶うなら、どこか静かな場所に行って隠居したい)
そう思って屋敷に帰還した矢先、私の耳に朗報が入った。
_________
「エリシア、縁談が破棄になったことは残念だ。しかし、私としてもこれ以上お前を屋敷においておくわけにはいかない」
私とハンス様の縁談が破談になったことで、父であるハートロット伯爵はため息をついた。隣にいた母も私の味方をしてくれるはずもなく、黙って私の方を睨みつけている。
「この期に及んでは、お前は辺境を治めるエーギル公爵家の元へ嫁いでもらう他ない」
「エーギル公爵家?」
私は思わず聞き返した。このあたりでは聞いたことのない名前だった。
「ああ、彼は長く辺境を治める公爵家だが、社交界にほとんど顔を出さない御人だ。どういう人物かは知らないが、実は以前からうちに縁談の話が来ていたのだ」
父は私の知らない縁談の話を打ち明けた。
「正直、かのお方は社交界ではあまり良い噂は聞かないな。だが家を守るためには、仕方な……」
「行きますわ!」
私は父の発言を遮って、少し食い気味に宣言した。
「私、エーギル公爵家へ嫁がせていただきます」
「良いのか? お前にとっては顔も見たこともない公爵家へ嫁ぐことになるが……」
「はい、辺境ということは、ここから遠い地なのですよね」
要するに、それは親や妹など誰にも邪魔されない場所で自由にできることを意味する。私は、少し興奮気味に言った。
「私、このまま王都の周辺にいるのは少し居心地が悪くて……。いっそ遠方へ出て静かに暮らしたいと思っていたのです。むしろ好都合ですわ。その縁談、お受けします」
勢いのままにそう言って、私はエーギル公爵家に嫁ぐことになった。
_________
そうして私は数日後、遠い辺境の地に降り立った。
馬車で三日三晩。王都からは遥か遠く離れたまるで異国の地。
周囲には切り立った山々が連なる山岳部で、土地の殆どが高地に位置している。見渡す限りどこまでも高野の平原が広がるその場所に、一際目立つ立派な巨城が構えていた。
私を乗せた馬車はそのまま、屋敷の門を潜って広大な庭先を進む。すると前方に石造りの巨大な屋敷が見えてきた。
私の婚約相手であるエーギル公爵は、名をルーセントといった。
ルーセントは、屋敷の玄関先で私のことを出迎えてくれた。
初めて相まみえたルーセントは、偶然にも私と似た白銀の髪に、深い赤紫の瞳をしていた。事前に噂で聞いていたのとは全然違う。若くて整った顔立ちは、どこか神秘的な印象を受けた。
私が思わず見とれてしまっていたのもつかの間。
彼は開口一番、私に冷たい瞳を向けてこう言い放った。
「ハートロット伯爵家の令嬢、エリシア、だったか? 君には悪いが、この婚約は形式上のものだ」
ルーセントは私を睨みつけるように冷たく言い放った。切れ長のアメジストの瞳は、一転してどこか人を寄せ付けない冷たい印象を与える。
「私は公務で忙しい。君の相手をしている暇はない」
彼が巷ではあまり良い噂を聞かない理由が何となく分かった。でも、そんなことは折り込み済みの私は意に介さなかった。
「はい、存じております。
実は、私もそのつもりでしたので」
あっさりとそう言い返せば、ルーセントは少しだけ目を見開いた。
「……どういう意味だ?」
「実は私も、ここでは自由にさせてもらうつもりで参りました」
私はかねてから企てていた計画を思い出し、彼にこう提案した。
「この婚約は形式上のもので構いません。
むしろ、私をこの屋敷においていただかずとも結構です。使用人も必要ありません。
代わりに、どこか別邸でも良いので、仮住まいの部屋に私を住まわせてくださいませ。公爵様には迷惑をかけませんので、そこで好きに暮らすことをお許しいただけないでしょうか」
「使用人も必要ないだと……」
「はい。あなたにはご迷惑にならないはずですが」
言われて公爵は拍子抜けしているようだった。
悪い提案ではないはずだ。暫く考えた後、公爵は渋々了承した。
「しかし、仮住まいに一人きりでは何かあった際に困るだろう。時折、様子を見に来ることを許してほしい」
「構いませんわ」
取引は成立した。
そうして、私の自由気ままな自給自足生活が幕を開けた。
_________
ルーセントは、約束通り私に小さな屋敷の別邸の一室を貸し与えてくれた。
数日後、私は彼を伴って、自分の新たな住まいを訪れる。
そこは屋敷から馬車で一時間ほど離れた郊外の場所にある、のどかな田舎町の一角だった。
そこには石造りの質素な小屋が一軒建っている。それは貴族令嬢が住むにはあまりにも質素なものだったが、私はむしろ愛着が湧いてその部屋を気に入った。
「……本当にこのような粗末な家に一人で住むつもりなのか?」
立会のために同行していたルーセントは未だに半信半疑といった様子だった。
「はい、申し分ありません。
我が儘を聞いていただきありがとうございます」
私は早速小屋の中に入っていった。中はリビングルームと、寝室となるもう一部屋のこじんまりした作りになっていた。確かにとても質素でお世辞にも快適には程遠い。しかし、私には十分だと思った。
私はリビングルームの方へ歩いていくと、部屋の中央に据えられていたテーブルの上に、自分の手荷物を広げて見せた。
カバンを広げると、中にはハサミや針、カラフルな糸、ルレットなどの裁縫道具が入っていた。それ以外にも、小さな小道具が小箱の中に並んで収納されている。
「……それは一体、何をするための道具なのだ?」
「これは私の仕事道具なのです」
自分だけの気ままなスローライフをスタートさせるために、私はかねてから考えていたいくつかの計画があった。
「わたくしは、幼い頃から裁縫が趣味だったのです。洋裁だけではなく、編み物や、最近では機織りなんかにも興味がありまして」
私は幼い頃から手先が器用なことが自慢だった。手編みや刺繍はもちろんのこと、型を起こして自分でドレスや洋服を仕立てるといったことも得意だった。
両親や妹は、そんな私のことをまるで使用人のようだと、地味で冴えない趣味だと揶揄した。けれど、ここでなら誰にも邪魔されずに好きなことに没頭できる。
「貴族令嬢にしては、随分と慎ましい趣味を持っていたのだな」
ルーセントの声には、嘲りではなく、むしろ感心しているような響きがあった。
「はい。私はこうして手に職をつけて、いつか誰にも頼らずに自立して生活を送るのが夢だったのです」
「なるほどな」
ルーセントは再び少し考えてからこう続けた。
「約束した以上、君の生活を邪魔するつもりはない。ここは自由に使ってくれ。他に必要なものがあれば用立てるようにする」
「ありがとうございます。
私の我が儘を聞いていただき嬉しいです」
「後日また、様子を見に来る」
そう言ってルーセントは去り際、再び一瞬だけこちらを振り返った。
「……君は、今までの者たちとは随分と違うようだ」
私は首を傾げたが、その言葉の意味を問う間もなく、彼はすでに馬車に乗り込んでいた。
気を取り直して、私は改めて部屋の中を見渡した。
(さて、それでは早速始めましょうか!)
私は腕まくりをして、テーブルの上に小道具を広げると、早速準備に取り掛かった。
_________
数日後、ルーセントは再びエリシアの住まう小屋を訪れていた。
「エリシア、いるか?」
エリシアが住まう小屋の戸を開けると、中からは「カタンッ」という規則正しい音が聞こえてくる。
「ルーセント様、ご無沙汰しております」
すぐに奥から返事があり、ルーセントはそのままリビングの方まで入っていく。すると中では、エリシアが何やら大きな機械のようなものを持ち込んでそれを操作していた。よくよく見れば、それは機織り機のように見えた。
「……いつの間にこんなものを持ち込んだのだ?」
「ああ、これですか。あの後町を散策していた際に見つけたのです。元の持ち主の方はこの古い機織り機を処分しようとしていたので、私に安く譲ってくださったのですよ」
私は呑気にそう言うと、再び機織りに取り掛かる。ルーセントの予想に反して、エリシアは一人暮らしを満喫しているようだった。
「……まあいい。ここの暮らしはどうだ? 不足はないか?」
「はい、万事つつがなく進んでおりますよ。最近は、この機織り機を用いて、試しに新素材を用いて布地の試作品を織ってみていたのです」
私は機を織る手を止めて立ち上がると、奥から彼女が機織り機で織った布地を広げて見せてくれた。
「これは、通常の羊毛ではなく、この地に住まう特殊なヤギの毛から織ったものなのです」
この地は元々鉱山地帯であり、羊毛の原料となる羊やヤギなどの家畜の飼育に適していた。
「この国では、毛織物といえば羊毛が主流ですね。しかし、この地にはカシミヤ——そう呼ばれる珍しいヤギの一種が生息していることを知りました。試しにその毛を用いて織物を織ったところ、羊毛よりも上等な布地ができたのです」
そう言って、私はルーセントに布地を差し出した。手にとって見れば、それは肌触りが普通の羊毛のものよりもより滑らかでふわふわに仕上がっている。
「確かに、これは通常の織物よりも上質だ」
「そうなのです。試しにこの生地を、町の仕立て屋に持っていったのですが、とても評判が良くて。早速初回生産分を買い取っていただけました」
私は自信げに言った。
「店主は、他の仕立て屋にも評判を流してくれて。今ではいくつかのお店からも注文が来るようになりましたよ」
「……それはすごいな」
ルーセントは素直に感心した。
彼が領地を治める中で、常に頭を悩ませていたのが産業の育成だった。この辺境の地は鉱山資源に恵まれているものの、それだけでは領民を養うには不十分だった。何か新しい産業を——と考えていたが、具体的なアイデアは浮かばなかった。
それを、エリシアはたった数日で形にしてみせた。
「今は手作業で生産していますが、このまま順調に注文が伸びれば、ゆくゆくは町の洋裁工場に発注してもっと事業を拡大するつもりです。そうすればもっと規模を大きくして生産することが可能になります」
そう言うと、ルーセント様はなぜだが少しだけ真剣そうな顔つきで私のことを見つめる。
私が首をかしげると、彼は何も言わずにその場を去っていった。
____
エリシアが再び自身の住まう小屋に戻っていった後、ルーセントは一人屋敷に戻ると、書斎で考え事をしていた。
(今度の婚約者は、今までとは違う_。)
最初に顔を合わせた際、ルーセントはエリシアのことを他の婚約者と何ら変わらないと感じた。
ルーセントには、過去に何人もの婚約者がいた。しかし、彼女が求めていたのは所詮、公爵夫人という地位であり、ルーセントの階級と財産が目当てだった。
華やかな社交界を夢見た婚約者達は、すぐに辺境の生活に音を上げてしまう。
彼自身もまた、公務で忙しくそんな彼女たちに興味を示さなかった。そうして何人もの婚約者候補達がこの地を後にしていった。
ルーセント自身はそれについて気にもとめていなかったが。しかし、そんな彼の期待を裏切るようにエリシアが現れた。
彼女は、最初こそ何を考えているのかわからない節があった。けれども、彼女は自分自身の階級や家柄に依存することはなく自立することを目指した。そして自分で事業を起こしてそれを成功させた。勤勉で賢く、他の人には無い才がある。
そんな彼女のことを、奇しくも初対面から突き放してしまったことをとても後悔した。
それと同時に、エリシアのそばにいてもっと彼女のことを知りたいという気持ちが強くなった。これはルーセントにとって初めての気持ちだった_。
___
またある日のこと。私は所要があって久々にルーセントの住まうエーギル公爵邸を訪れていた。
「ルーセント様、実は先程、あなたの机の上においてあった所領内の税収の管理簿を拝見させていただいたのですが。少し気になることがあるのです。」
「税収、それが一体どうした?」
ここへ来る前、私はルーセント様の書斎で彼が来るのを待っていた。
そこでおもむろにテーブルの上に置かれていた、この地の税収に関する帳簿を偶然目にしたのだった。
私は、持ち出していたその管理簿をルーセント様に広げて見せた。
「ここです。北地区の所領面積とその収穫量、それに伴う租税の徴収記録が記載されていますが。ここの計算式が間違っています。」
「なんだと?」
言われて、ルーセントが帳簿を確認すると、確かに租税額の計算方法が間違っている。
「これでは、実際よりも徴収額が少なく計上されてしまいます。
すぐに追加で税を徴収したほうがよろしいかと_。」
「_たいしたものだな。」
所領内の管理は使用人にまかせている。使用人や自分でも気が付かなかった誤記を指摘されて、ルーセントは再び驚愕してしまった。
目を見開いてエリシアの方を見返せば、彼女はさも当然といった様子で涼しい顔をしている。
「では、わたくしは用事がすみましたので。これで失礼させていただきますね。」
「ちょっとまってくれ_。」
ルーセントは、おもむろに私の手を取ってその場に引き止める。
「……君は、本当に今までの者たちとは違う」
「今までの者たち、ですか?」
突然のことに、私は首をかしげた。
「ああ……君の前にも、私には何人もの婚約者がいた。」
ルーセントは、おもむろに話し始めてた。
「彼女たちは皆、この辺境の生活に馴染めなかった。
また私が公務に忙しく、彼女たちに構う時間がないことに不満を抱いた。そして皆、去っていった」
「……そうだったのですね」
「私は、領地を治めることに全てを捧げてきた。婚約者たちが求める、愛情や関心を向ける余裕などなかったんだ。だから、君にも最初から期待しないように、冷たく接した」
エリシアは静かに耳を傾けている。
「しかし、君は違った。君は何も求めなかった。
君は……私が今まで出会った誰よりも、強くて芯がある」
エリシアは少しだけ頬を赤らめて、視線を逸らした。
「私は、ただ好きなことをしているだけですわ」
「いや、それが君の強さだ」
そう言うと、ルーセントは改めてエリシアの方へ向き直る。
「今まで君にそっけない態度を取ってしまって済まなかった。
もしよければ私のために力を貸してくれないだろうか?」
ルーセントは真剣そうな眼差しを向ける。
そのあまりの気迫に気圧されて、私は断る言葉が見つからなくなってしまった_。
____
屋敷での一件以来、私はルーセント様とともに所領内の管理などを手伝うこととなった。おかげで税収は正確に管理されて徴収額も増加した。ルーセント様は私のことを信用して、今ではエリシアがその主な業務を担っている。
それから、私がかねてから計画していた洋裁や繊維産業の事業も、今は彼とともに運営を行っている。彼のサポートもあって、二人が始めた織物産業はすぐに軌道に乗り、所領内の税収や収益は日に日に増えてきている。
そんなある日のこと。
「エリシア、折り入って相談があるのだが……」
ルーセントがおもむろに私のところへやってきた。
「今度、王宮で春の園遊会が催されるのだ。私と、君も招待されている。
久しぶりに王都の方へ出向いてみないか?」
ルーセントは、王都からの招待状の手紙を手にしていた。私がそれを受け取ると、手紙には王室の紋章とともに、私とルーセント様宛の招待状が同封されていた。
「はい。ですがよろしいのですか? ルーセント様は、社交界の場があまりお好きではないと伺いましたけれど」
私はルーセント様の方を見上げた。彼は、以前から社交界にはめったに顔を出さないと有名だった。そのせいで、私が婚約する前も良くない噂が絶えなかったほどだ。
「ああ、確かに私はああいう場が得意ではない。
しかし、今回はある目的があるのだ」
ルーセントは私の方を見つめ返す。
「私達が婚約して暫く経つ。そろそろ君の両親や他の貴族たちも心配しているだろう。園遊会には当然君の両親も来るだろうから、私も皆に挨拶がしたい」
「……確かに、ルーセント様のおっしゃる通りですね」
この地にやってきてから、私は両親や妹に対してろくに連絡もしていないことを思い出した。
ここへ来てから、私は自分の生活に没頭してしまい、連絡をおろそかにしてしまっていた。両親の方も、遠方へ追いやってしまった私のことなど、そこまで心配している様子もなかった。とはいえ、いつまでも音信不通でいるわけにも行かない。
「君のおかげで所領内の管理や、事業も軌道に乗ってきた。両親にも、その報告がしたいんだ」
「君のおかげで」と言われて、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
私自身も、正直に言って彼がここまで私の考えを受け入れてくれるとは思ってもみなかった。
(一介の貴族令嬢が、一人で事業を起こそうとするなんて、通常では変わり者と思われてもおかしくないだろう)
それなのに、彼は私の意見を尊重してくれたばかりか、私に力を貸してくれた。彼無しでは、私はここまでやってこれなかったかも知れない。そう思うと、彼に対して改めて感謝の気持ちが募る。
(正直に言って、再び両親や妹たちのいる王都に戻るのは気が進まない気もした)
私が育ったあの場所は、自分にとってあまり居心地の良いものではなかった。それに向こうには、妹や私を捨てた元婚約者だっている。できればもう関わりたくはないと思っていた。けれど、彼と一緒ならそれも気にならないと思えた。
「ありがとうございます。ルーセント様がそばにいてくだされば心強いです。
両親も安心すると思います」
そう言って、私達は久しぶりに王都を訪れることになった。
______
数日後、春の麗らかな昼下がり、王宮の庭園で園遊会が開かれた。
会には、もちろん妹のミーナも招待されていた。
(あのどんくさいお姉様がやってくるなんて、どういう風の吹き回しかしら)
ミーナはこともなげに呟いた。
ミーナは姉のエリシアが今日のこの会に出席することを、事前に両親から聞かされていた
元々、冴えない姉はこのような社交の場が得意ではなかったはずだ。辺境へ行ってしまう前から、彼女はこういう公の催しに参加することはめったに無かった。
”お姉様らしくない”と、ミーナは最初、訝しんだ。
でも、そのおかげで辺境に言ったきりになっている姉の様子を伺うことができる。
姉が遠方へ追いやられてしまってから、彼女は音信不通でほとんど連絡もよこさなかった。どうしているかと、少しだけ気になっている側面もあった。
(まあ、どんくさいお姉様のことだから。きっと辺境の地で苦労しているに決まっているわ)
エリシアが嫁いだエーギル公爵は、社交界ではあまり良い噂を聞かない人物だった。どんな方なのかはよく知らないが、今まで大勢の婚約者を迎えてはいずれも破談になっていると聞く。今のところ、エリシアはまだ破談にはなっていない様子だけれど。
(きっと、今に泣きながら屋敷に帰ってくるに決まっているわ)
ミーナはたかを括っていた。
ミーナは、あれからエリシアから横取りしたハンスと婚約を果たしていた。今では立派な伯爵夫人として、社交界でも名の知れた存在となっている。
ミーナはハンスと婚約した後も、他の貴族たちからもてはやされることに余念がなかった。貴族たちが集まる今日のような場では、自分が一番目立っていなければ気が済まない性分が抜けなかった。
そのためにハンスにねだって高価なドレスや装飾品を好きなだけ買い与えられて、贅沢三昧をしていた。
今日だって、ミーナはハンスから買い与えられた新作のドレスを身にまとっていた。会場に着いた直後から、早速他の貴族たちに豪華なドレスをもてはやされて天狗になっているところだった。
そんな折、入口の方からエーギル公爵とエリシアの来訪を告げる王室の使いの声が聞こえてきた。
____
私はルーセントとともに、園遊会の会場に顔を出した。
普段からあまり社交界には慣れないこともあり、私は少し緊張してしまう。そんな私の様子を察してか、ルーセントは優しく私に寄り添ってエスコートをしてくれた。
今日のわたしは、この日のためによそ行きのドレスを身にまとっている。それはルーセントが自分のためにわざわざ仕立ててくれたものだった。淡い藤色の絹地に、銀糸の刺繍が施された上品なドレス。
それはルーセントが「君の瞳にとてもよく似合うから」と言って選んでくれた物だった。でも、普段の自分には馴染みのない高価なものすぎて、どこか気後れしてしまっていた。
「エリシア、そう固くなることはない。気張らなくとも、君はそのままで十分美しいよ」
そう言われても、私は肩に力が入ってしまっていた。
ぎこちなく振る舞いながらようやく会場へたどり着いたその時。
「もしかして、あなたはエーギル公爵家のエリシア様ではありませんか?」
突然、背後から私のことを呼び止める声が聞こえてきた。
「……そ、そうですが」
「やっぱり、あなた様が、近頃社交界で大流行しているカシミヤを開発したその人ですね!」
振り返れば、そこには見知らぬ貴族家の夫人が立っていた。彼女は、どうしてだか私が開発した羊毛製品のことを知っているようだった。
「あなたの噂は社交界でも有名なんですよ。お会いできて光栄ですわ」
彼女はカーテシーを施すと、握手を求めてきた。
「私も、あなたの開発したカシミヤのストールを持っていますわ。
とても上質で、貴族たちの間でも評判ですのよ」
「最近はこのあたりでは品薄で、めったに手に入りませんの」
「エリシア様、私もお見知り置きを」
すると、会話を聞いていた他の令嬢たちもすかさず私の周りに集まってくる。慣れない場で取り囲まれてしまい、私はあたふたとしてしまった。
「エリシア、君の作った製品の評判は、王都のあたりまで広まっているようだな」
そばでやり取りを聞いていたルーセントが耳打ちをした。彼自身もここまで流行していたとは初耳だったようだ。
「ここまで有名になっているなんて、私としても鼻が高いよ」
ルーセント様に熱っぽい視線を向けられてそう言われ、私は顔を真っ赤にしてしまった。
___
ミーナが自慢のドレスを見せびらかしながら会場内を散策しているとき。ふと、会場の奥の方で、何やら人だかりになっているのが目に入った。
よくよく目を凝らしてみれば、その中心にいたのは見覚えのある人物だった。
「_お姉様!」
「ミーナ」
なんと、人だかりの中心にいたのは、姉のエリシアであった。
「お姉様、久しぶりにお会いできて嬉しいですわ」
少しだけ驚愕したミーナであったが、すぐに調子を戻していつもの愛嬌いっぱいの笑顔で姉に擦り寄る。
「辺境に嫁いだと聞いて心配しておりましたの。
元気にしておりましたか?」
上目遣いでそう問いかければ、姉は少し困ったような顔をした。
「ええ、なんとかうまくやっているわ。
あ、そうそう。紹介するわね、彼が私の婚約者のルーセント様よ」
ミーナは初めて隣に立っている見知らぬ銀髪の男性の方を見上げた。その顔をまじまじと見て、ミーナは目を見開く。
「…えっ、この方が、お姉様の婚約者ですの?」
ミーナが驚くのも無理はなかった。エリシアの隣に立っていたのは、社交界の噂で耳にしていたエーギル公爵のイメージとは似ても似つかない風貌だったからだ。
この国では珍しい、銀色の髪に赤紫の瞳をした美しい顔の青年。スラリと背が高くてまるで御伽話にでも出てくるような貴公子が、どうしてだかエリシアの隣に寄り添っている。
「ん? ミーナ、どうかした?」
暫く硬直して言葉を失っていたミーナであったが、エリシアにそう言われて、現実に引き戻される。
「い、いえ。なんでもありませんわ」
ミーナは恭しくカーテシーを披露する。すると、ここで彼らのやり取りを見ていた元婚約者のハンスがやってきた。
「エーギル公、私はラインハルト伯爵家のハンスといいます。どうぞお見知り置きを」
何も知らないハンスは挨拶をした。
ハンスの登場に、ミーナは思わず舌打ちをしそうになる。こうしてまじまじとハンスとルーセント様を見比べれば、その差は歴然だった。これでは、まるで自分の方が劣った婚約者を押し付けられているように感じてしまう。
「お姉様が、お元気そうで安心しましたわ。ところで、こんなにたくさんのご婦人方に囲まれて、この騒ぎは一体どうしましたの?」
ミーナは気を取り直して、人だかりになっていた理由を聞いた。
「ああ……。それはね」
エリシアは辺境の地で行った縫製産業のことや、自家製品についてのことをミーナに話して聞かせた。話し終わった後にミーナの顔は、なんとも形容しがたいものだった。
(はあ? ……なにそれ!? 辺境で隠居しているだけならともかく、そんな大掛かりな事業をしていたなんて聞いていないわ!)
「そ、それは素晴らしいですわね。でも、仮にも貴族の令嬢たるお姉様が、そんな庶民みたいなことをしていたとは驚きでしたわ」
思わず、ミーナは嫌味っぽい口調になる。
「確かに、君は元から少し風変わりなところがあったが。そんな大胆なことをしていたとは、貴族令嬢としては似つかわしくないのではないか?」
ミーナがわざとらしくハンスに擦り寄れば、ハンスもまたミーナに同調した。ハンスは、ミーナに入れ知恵をされてからというもの、エリシアに対してよくないイメージを持っている節があった。
「……そうだろうか? たとえ貴族令嬢であっても、有能さは人に受け入れられるべきものだ」
そばで聞いていたルーセントがすかさず口を挟んだ。
「私の領地は、彼女の活躍のおかげで、今では事業としてうまくいっている。税収も増加して、私としては嬉しいばかりだ。知りもしないで人の有能さを嘲るのは、軽薄ではないだろうか」
ルーセントは彼に冷たく言い捨てる。
「し、失礼をいたしました」
そのあまりの気迫に、ハンスはすかさず訂正して詫びた。
ミーナもまた返す言葉がなく黙り込んでしまった。
____
ルーセントとエリシアはその後、他の貴族たちや両親への挨拶を行うためにその場を離れていった。しかし、彼らはどこへ行っても他の貴族たちに取り囲まれて人気者だった。エリシアの噂は想像以上に社交界に浸透していたらしい。
(どうして、お姉様ばかりがもてはやされているの?)
今までにこんな仕打ちを受けたことは一度もなかった。ミーナは悔しさに唇を噛み締めていた。
この日のためにミーナはとっておきのドレスを身にまとっていた。これで今日も他の貴族の注目の的になるはずだったのに。いつの間にか自分ではなく姉のエリシアの方にばかり注目が集まっている気がする。
(それに……)
と、ミーナはもう一つエリシアに対して、どうしても気に食わないことがあった。それは、辺境公爵と揶揄されていたはずのルーセント様のことだった。
(なんで、ルーセント様のような方がエリシアお姉様の婚約者に……?)
生来、ミーナは姉のエリシアよりも上に立っていなければ気が済まない性格だった。そんな姉が、自分よりも位が高くて美しい婚約者といるなんて。
遠目に見ると、二人並んで寄り添い立っているお姉様とルーセントはなんだかお似合いにも見えてしまう。それは、お姉様とルーセント様の銀色の髪の色や、色白の肌の感じがどことなく似た雰囲気同士というのもあるのだろうか。
(絶対何かの間違いよ。そうに決まっているわ)
ミーナはそう言って一人歯噛みをした。
(きっと、ルーセント様は辺境に長くいたせいで、女を見る目がそこまで肥えていないのだわ。
だからあんな冴えないお姉様なんかを相手にしているのよ。)
そう思ったら納得がいく。
(私を差し置いて、ルーセント様を誑かしたなんて許せないわ。
ルーセント様にも今に目を覚まさせてあげる)
そう思ってミーナは一人ほくそ笑むと、密かに行動を開始した。
____
エリシアとルーセントが一通り挨拶を終えて二人で休憩していたとき。ミーナは再びエリシアとルーセントのところまでやってくると、こんなことを言い出した。
「ルーセント様、せっかく私達はこうしてお会いできたのですもの。もっとお近づきになりたいですわ」
ミーナは突然、愛嬌いっぱいに振りまいた声色でルーセントに問いかけた。
そして、無邪気さを装ってルーセントの腕に抱きついた。
そばで見ていた私は、そのあまりの傍若無人な態度に呆れ返ってしまった。
しかし、ミーナはそんなのお構い無しに、更にルーセントに擦り寄って甘ったるい声をあげる。
「ルーセント様は、王宮へお越しになるのは久しぶりだと伺いましたわ」
上目遣いですり寄って見上げて見せる。これはミーナがよく使う常套手段だった。
「わたくし、王室の方々にもご贔屓にしていただいているので、この宮殿のことは少しだけ詳しいんですの。いかがでしょうか、よろしければ私とともに庭を散策いたしませんか?
ルーセント様に案内して差し上げたいですわ」
「それは確かに興味深いな。私は長く辺境にいたために、王宮を訪れたのは幼少期以来なのだ。
あの頃とはすっかり様子も変わってしまっている」
「そうだったのですね。では、せっかくですしご一緒に散策いたしましょう」
ミーナは目を輝かせると、更にこう付け加えた。
「そうだわ。お姉様、あなたはお父様とお母様にご挨拶があるのではなくて?
わたくしがルーセント様をご案内していますから、今のうちにご挨拶に行っていらしては?」
「えっ?」
ミーナはいじらしげにそんなことを言い出した。
(また彼女の好き勝手が始まったわ)
私は周りには気付かれないようにため息をついた。
でも、確かに彼女の言う通り私はまだ両親への報告を済ませていない。
なんだか爪弾きにされたような気分になりながらも、私は彼らのもとを去ろうとする。
すると、それを聞いていたルーセントが私の手を引いて引き止めた。
「いや、エリシア、せっかくなのだから一緒に散策しよう。
君も王宮を訪れる機会はあまり無いのではないか?」
「えっ、よろしいのですか……」
いつもだったらミーナの提案は絶対だった。
それにあんなふうに言われてしまっては、私もついていく気など無かったのだけれど。
しかし、ルーセントはそう言って、腕に巻き付いていたミーナを自然な動作で振りほどいた。
そして、そのまま私の横につくと、私の手を取ってそのまま私を連れ立って歩き出す。
「で、でも私はルーセント様をご案内しようと思って……」
すかさず、ミーナは不服そうに食い下がったが、ルーセントはそれを一瞥した。
「何か、エリシアがいると問題でもあるのか?」
冷ややかな声音だった。
その鋭い視線に、ミーナは一瞬たじろいだ。
「……いいえ、そのようなことは」
ミーナは反論できなかったが、当初の思い通りにならなかったことで、あからさまに顔を歪ませた。
仕方なく、ミーナはエリシアとルーセントを連れて庭を散策し始めた。
(……なんでお姉様まで一緒に来るのよ!)
いつもだったら私の言うことは絶対だったのに。
でも、こんなことで簡単に引き下がるミーナではなかった。
(まだ諦めないわ。二人きりになる機会を作ればいいだけのこと)
気を取り直して、次の作戦に移行することにした。
____
会場内の貴族たちへの挨拶回りが終わり、ルーセントは一人会場の隅で一息ついていた。
付き添っていたエリシアは、ちょうど両親に近況報告をするためにそばを離れていた。
すると、不意に背後から声をかけられる。
「ルーセント様、ちょっとよろしいでしょうか」
振り返れば、そこには先程エリシアから紹介を受けた、彼女の妹ミーナがひとりで立っている。
「ミーナ、一体どうした?
姉のエリシアは今は両親と話しているところだが……」
「いいえ、わたしはお姉様ではなくルーセント様にご用があって参りましたの」
「私に?」
ルーセントは首をかしげる。ミーナは早速得意の上目遣いをしながらルーセント様に擦り寄った。
「はい。実を言うと、わたしは妹として姉について少し心配していることがありますの。
せっかくですし、どこか二人きりで話せるところへ行きませんか?」
ミーナは半ば強引にルーセントを庭園から、人気のない裏庭の方へと連れ出した。そして、周りに人気がないことを確認すると、ミーナは話しだした。
「ルーセント様が姉のことをどう思っているのかわかりませんが。
姉は貴方様が思っているような方ではありませんのよ」
「それは……どういうことだ?」
ルーセントは目を見開いた。
「正直に申し上げますと、姉は昔からどんくさくて、わたくしたち家族に迷惑ばかりかけていたのですわ」
ミーナは、ハンスとの婚約を横取りした時に用いた得意の謳い文句をここでも披露した。
「わたくしの婚約者であるハンス様も、姉に愛想を尽かしてしまい。仕方なく私が代わりに縁談を受けましたの。彼女は無口で愛想も器量もない、昔から出来損ないだったのです」
「それは……、何かの間違いではないか?」
それはルーセントがエリシアに抱いていたイメージとはかけ離れていると感じた。
「いいえ、私はお姉様の実の妹ですもの。間違えるはずなどございませんわ。
だから、このままではルーセント様も、姉といることで同じように幻滅して不幸なことにならないかと心配しているのです。ルーセント様のような方には、姉は不釣り合いですわ」
畳み掛けるように言えば、ルーセントは何やら一人考え込むような素振りを見せる。
「そうかも知れないな……」
ややあってから、ルーセントはミーナの言うことに同調しだした。
ミーナは内心ほくそ笑んだ。
「確かに、エリシアはあまりに人付き合いが得意ではないことは感じていた。
とはいえ、わたしは既に彼女を婚約した身。一体どうしたら良いのだろう……」
ルーセントは腕を組んで苦悶しているような表情を見せる。ミーナはすかさず畳み掛けた。
「私が、代わって差し上げられましたら良いのに……」
ミーナは熱っぽい視線を向けてルーセント様に寄り添った。それは、ハンスをこの手で落としたときにも活用した、ミーナの常套手段だった。
彼女がそうして殿方に甘えて見せれば、落ちないものなどいなかった。そうやってミーナは数々の男性を手中に収めてしまう。
外でもないルーセントもそれに漏れずに、ミーナの方を見つめ返したように見えた。
「しかし……君にはハンスという婚約者がすでにいるだろう。そのような不埒な行いが許されるのか?」
「私がルーセント様と添い遂げられるのなら、ハンス様など必要ありませんわ。
彼は元々、好きでもなんでもなかったのです」
ミーナは勢い込んでそう言ってみせた。それはミーナの本心でもあった。彼女は、少しでも姉に注目が集まるようなことがあると黙ってはいられない。エリシアが自分より上位で外見も美しいルーセント様と婚約するなどあってはならないのだ。
そうしていつも周りを巻き込んで、彼女のものを横取りしてきた。今回もそのつもりだった。
(ハンス様なんて、ルーセント様に比べれば小物の部類よ。比べるに値しませんわ)
「_そうか、それを聞いて君のことがよく分かったよ」
ルーセントは不意にそういうと、指をパチンと鳴らす。すると突然、物陰からハンスやエリシア、そしてハートロット伯爵夫妻が現れた。
「ミーナ、話は全て聞かせてもらったよ。これは一体どういうことなんだ?」
物陰から突然現れたハンスは、怒りで顔を真っ赤にしていた。そのままミーナの方に詰め寄る。
「ハンス様……? ど、どうしてあなたがここに?」
ミーナは突然のことに混乱して状況が掴めないでいた。
(どうして、どうしてここにハンス様や他のみんながいるの? 二人きりのはずだったのに……)
気がつけば、ミーナは周りの人に取り囲まれていた。
ひとり狼狽していると、後ろの方で様子を見守っていた姉のエリシアが口を開いた。
「ミーナ、あなたのやり口は、ここではもう通用しませんよ。
一部始終は聞かせてもらいました」
私は物陰からミーナの方へ一歩前に進み出た。
_____
私は、ここへ来る前のルーセントとのやりとりを思い出していた。
園遊会の招待があったとき、私は事前にルーセントに妹のことを相談していた。彼女のこれまでの数々の妨害行為や、ハンス様との婚約破棄について。彼にそのことを話すと、ルーセント様はこんな提案をしてくれた。
「ふむ、君の言うことが正しければ、彼女は同様に君のことを妨害してくる可能性があるな」
「単なる私の思い過ごしかも知れませんが……」
「でも、念のため対策を講じておくに越したことはない。私に任せてくれないか。
一つ考えがあるんだ」
私は再びミーナの方へ向き直る。
「そうして、あなたがルーセント様を連れ出したのを確認し、私達も関係者を引き連れて密かに後を追いかけたということなのです」
「そんな……。お姉様、まさかあなたが私を陥れようとするなんて」
ミーナは自分が置かれている状況を差し置いて、何よりも姉に出し抜かれたことの方に腹が立っていた。
(お姉様ごときが、私を出し抜こうとするなんて許せない!)
今にも掴みかかりそうになりながらエリシアに詰め寄ろうとするのを、すかさずハンスが遮る。
「ミーナ、まだ話は終わっていないぞ。今しがた君はルーセント公を誘惑しようとしたな。私という婚約者がいながらそのような裏切り行為を行うとは許せない」
「そ、それは……」
ハンスに詰め寄られて、ミーナは罰が悪そうに顔を歪めた。
「ご、誤解ですわ。私がハンス様を裏切るようなことをするはずがありませんでしょう。あれは、そ、そう。ルーセント様にそそのかされて……」
苦しい言い訳だった。
「言っておくが、私は皆が聞いていたように、ミーナを自らそそのかしたりなどはしていない。彼女が全て自分で言いだしたことだ」
ルーセントにそう言われてしまえば、ミーナはもう取り繕うことなど出来なかった。
「ミーナ、もう良い。君の戯言には付き合っていられない」
ハンスはミーナの手を引いて会場を後にしてしまった。
_____
園遊会は無事終了し、ルーセントとエリシアは帰路についていた。帰りの馬車の中で、私は改めてルーセント様に今日のことのお礼を言った。
「ルーセント様、あなたが私の話を聞いてくれるなんて、正直意外でした」
「エリシア、どうしてだ。君は私の婚約者だろう。当然のことだ」
ルーセントは真剣そうに私のことを見つめてくる。その熱っぽい視線を向けられて、私は思わず赤面してしまった。
「今までは、自分の周りに私の味方をしてくれるものなどいませんでしたから」
私は改めてルーセント様に対して胸中を打ち明ける。
「でも、正直に申しまして、ミーナが言っていることにも一理あると思っていますのよ。私は、無愛想ですし、器量もありませんわ」
私は幼い頃から人に愛想を振りまいたり、甘えたりすることが得意ではなかった。だから、ハンスに婚約破棄を告げられた際も、特段驚かなかったし、さして傷つきもしなかったのだ。
「そんなことを気にしていたのか?」
私の訴えに、ルーセントはこう答えた。
「君の魅力はそのようなことでは測れないよ。エリシア、君は私が今までに出会ったどの相手とも異なる」
私がルーセント様の方を見上げると、彼もまた真剣な顔つきで私のことを見返してきた。
「エリシア、君が良ければこれからも私のそばにいてほしい。私はこれからも君にふさわしい伴侶となれるように尽くすよ」
「ルーセント様……」
改めての彼のプロポーズを受けて、エリシアは彼の婚約者となることを了承した。
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