受験の神様
受験の神様がいました。
その神様は5年以上の浪人生専門でした。
神様は、安アパートの1室で机に向かっている男の様子を観察していました。
男は某一流大学を目指していますが、5年間受験に失敗している、つまり五浪の浪人生でした。
神様は、受験の失敗の原因を取り除くのが役目です。
その為にはまず、何が問題かを特定しなくてはなりません。
その日は、真夏の熱帯夜でした。
「あっちぃな~もう。こんな環境で勉強に集中出来るわけないじゃないか!」
男は汗ばんだ手に持った鉛筆をノートに叩きつけました。
男の部屋には扇風機が1台あるだけで、エアコンなどはありません。
1つしかない窓は全開ですが、風は入って来ません。
代わりに、通り過ぎる車のエンジン音、通行人の笑い声、酔っぱらいの鼻歌がひっきりなしに飛び込んできます。
「あ〜煩いな~もうっ、こんな環境で勉強に集中出来るわけないないじゃないか!」
男は汗ばんだ手で両耳を塞ぎました。
神様は、部屋の隅で腕を組み、黙って見守っていました。
「なるほど。暑さや騒音が原因だと言うのか……。だが、それだけで五年も失敗するもんじゃろか?」
浪人生は、汗をぬぐいながら鉛筆を握り直しました。
「時計の音が気になる。カチ、カチ、カチ……。あれ、さっきより速く進んでないか? いや、そんなはずはない。でも気になる」
「窓の外の笑い声もうるさい。くそ、楽しそうに……。ああ、また気になる」
「蚊の羽音も耳元でブーン。これも気になる」
神様は思いました。
「この男は単に集中力がないだけだ。暑いだの、煩いだのはただの言い訳だ、受験の失敗の原因を環境のせいにしているだけなのじゃ」
神様は男に近寄ると、男の頭に手を置き、ブツブツと何かを唱え始めました。
暫くして...
「よし、これで目を覚ますはずじゃ」
神様は暫し男の様子を見守る事にしました。
すると男は、腕組みをして何やら呟き出しました。
「ウ~厶、やっと気が付いた。勉強が捗らない理由は...自分の集中力の無さを棚に上げて、気が散るのは"環境のせいだ"と言い訳していた事だったようだ」
だが男は首を傾げて更に呟いていた。
「いや、ちょって待てよ...おかしいな。『気が散る』というのは、他の事が『気になっている』という事だよな。
つまり、他の事に瞬間的であっても集中している、という事ではないのか?
例えば、暑い、と感じている時には俺の神経は暑さに全振りしている。騒音にしてもそうだ。
...なんだ、だとすると、集中力が無いわけではないんだな、うん」
男は頷きながら更に呟き続けた。
「...と言うことはだ、『気が散っている』と同時に『集中している』という矛盾が同時に起きている、という事にはならないだろうか。
パラドックス、精神の二重構造だ。
こ、これは大発見かもしれないぞ!
ひょっとしたらノーベル賞モノだ!」
男は鉛筆でノートに勢いよく鉛筆を走らせた。
暑さも騒音も何のその、だ。
男は一心不乱で何かをノートに書き続けた。
神様はその様子を見て呟いた。
「なんじゃ、集中力はあるんじゃないか、だがなぁ...」
神様はゆっくりと立ち上がり腕時計に目をやった。
「おっと、次に行かねば」
神様の体がポワ〜ンと浮かび上がり、その姿が消えゆく前に男を振り返った。
「んじゃまた来年」