わたくし、真実の愛なんていりませんわ!
「とってもきれい……」
幼い頃のリーラが目を奪われたものは、結婚式で皇后様が身につけていた純白のドレス。
「皇后様のあの透き通った肌! 美しい……」
「それよりも、皇后様の魅力を際立たせているのはあの輝かしい金の髪だろう」
周囲にいた人たちは誰もドレスになど目を遣らずに皇后様の魅力について語っていた。
けれど私は、皇后様の顔なんて覚えていない。片時もあの純白のドレスから目を離さなかったからだ。
この世のものとは思えないほど純度の高い白。そして半透明のレース。目立たず、されど職人たちの手によって緻密に編み込まれた模様は、まさに芸術の極地! あれほど美しいものを私は未だに見たことがない。
だから、
「私もいつかあんなドレスを着てみたい!」
そう思うのは当然のことだろう。
***
普通なら子供の夢で終わる話だが、私が夢から覚めることはなかった。
娯楽の少ないこの世界で、私にとってこの夢は伯爵令嬢としての厳しい教育を耐えるための心の拠り所となっていたからだ。
だが、あれほどのドレスを着ることができる結婚式を、私のような伯爵家が取り行うことは高位貴族へ悪印象を与えるし、なにより金銭的にも難しい。
「でも、絶対に諦めたくない!」
そこで私は、自分磨きを続けながらも、社交界には積極的に参加した。侯爵以上の家の方と婚約できれば、私の夢は叶うと思ったからだ。
そのために一人称を「わたくし」にしたり、喋り方を変えたりもして、求められる令嬢像を演じてみせた。
その上昼は自分磨き、夜は夜会。そんな寝る間もなく、心も休まらないような忙しい日々を送って一年、ようやく努力が報われた。
「リーラ。ハーマイン侯爵様のご長男──ケイオス様との婚約が決まったぞ!」
父の高揚した声に、思わず私も声を上げる。
「やりましたわ父上! これでわたくしの夢は叶いますわ!」
***
ハーマイン侯爵家長男──ケイオス様と婚約してから二ヶ月ほどが過ぎ、結婚式まであと一週間。
「ようやく純白のドレスを着られる!」
式当日が楽しみ過ぎて、最近はずっと上の空だ。
コンコンッ。
不意に扉を叩く音がして、線が細くも太くもない長身の男が現れる。──私の婚約者、ケイオス様だ。
彼はサラサラした短い金髪に、黒曜石のような黒く輝かしい瞳を持つ美男子で、私との婚約はもちろん政略結婚だ。私と彼の間に、愛など微塵もない。
「お久しぶりですケイオス様。この度は……」
「リーラ嬢! すまないが此度の婚約、解消してもらえないだろうか」
私の社交辞令をさえぎるように放たれたケイオスの言葉に、私の脳が追いつかない。
はっ!? 婚約解消ってなんで? 純白のドレスはもう目と鼻の先にあるのに! 私何かやらかした? いやそんなはずない。落ち着け私……。
「ケイオス様、理由を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
私は精一杯、感情を表に出さないようにして言い切った。
ケイオスは一瞬、返答をためらうように顔を背けたが、すぐにこちらに向き直った。
「貴族の俺がこんなこと言うのは変かもしれないが……」
覚悟を決めたケイオスが、黒曜石の瞳で真っ直ぐに私の目を見つめる。
「やはり、愛がない結婚なんて間違って……」
「そんなこと、どうだっていいですわ!」
「……へっ?」
声を大にして叫んだ私に、ケイオスは呆気に取られて、空いた口が塞がらないと言った有様だ。
「って言うかそもそもあなたに夫としての役割なんて最初から求めていないわよ! 私は結婚さえできればそれでいいの!」
私は大袈裟な身振りで、目の前に吊るされたご褒美を取り上げようとするケイオスへの怒りを表現する。気づけば、いつの間にか口調も素のものになっていた。
すると、しばらく呆けた顔をしていたケイオスの瞳が輝きだす。頬も紅潮し、口元をわなわなと震わせる。
(俺に対してこんなふうに本音をぶつけてきた女性は初めてだ。なんだろうこの気持ち……。そうか、初めて本音で接してもらえて嬉しいんだ、俺は。彼女とならば真実の愛というものも得られるかもしれない!)
黙り込んでいたケイオスが突然私に近づいてきて、両肩を掴まれる。
「なっ、なに?」
「リーラ嬢、君との結婚、喜んでお受けしよう!」
太陽すらも比べ物にならない、眩しすぎる笑顔を浮かべるケイオスに、私は困惑を隠せなかった。
***
──結婚式当日、リーラの待合室。
「よぉぉおやく、夢が叶ったわぁぁあ!」
幼い頃から夢見た、純白のドレスを身に纏う自分の姿が鏡に映る。
白のドレスに映える長い金髪に、アメジストの瞳。ずっと手入れしてきた肌の艶は、半透明のレースの模様を際立たせている。
「お待たせリーラ。そのドレス、とてもよく似合っているよ」
白のタキシードに着替えたケイオスが部屋に入ってくる。
幾度となく夢見た至福の時。私にはケイオスの声など届かない。
鏡から目を離さない私の肩に手を置き、ケイオスが顔を覗いてくる。
この言い表すことなんて到底できない、長年の夢が叶った喜びを、誰でもいいから分かち合いたい!
(リーラとなら、真実の愛を育んでいけるはずだ!)
「ケイオス様……」
はしゃぎ過ぎて頬が紅潮してきた。呼吸も浅くなってきている。
「どうしたんだい? リーラ」
「私いま、とってもとっても幸せです!」
「俺もだよリーラ! 俺も今が人生で一番幸せだ!」
「面白かった!」
「もっと二人を見ていたい!」
少しでもこの作品が面白いと思ったなら、下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をタップして応援していただけると嬉しいです!
それとよかったらこちらの短編
「悪役令嬢の扱い方〜メイドの私がお嬢様に素敵な婚約者を見繕います〜」、も読んでみてください!