恋と星の交差点
正式な婚約から一月後。リュナは久しぶりに、星詠みの広間へと足を踏み入れていた。
高い天蓋の天井。中央に浮かぶ巨大な星盤。
星の運行が精密に記録されるその空間で、かつて彼女は何度も「縁なし」の烙印を押されてきた。
けれど今、その星盤にはひとつの光が刻まれていた。
《星の交点──二名一致、運命安定》
最上級の相性。星々が交差し、未来を繋ぐ予兆。
「ほんとうに……書いてあるのね」
リュナは苦笑しながら星盤を見上げた。
でも、その光にすがる気持ちは、もうなかった。
「リュナ」
背後から歩いてきたセイが、いつものように穏やかな声で呼びかけた。
「これから式の段取りがあるっていうのに、逃げ出したのかと思ったよ」
「確認したかっただけ。……“今度こそ、ちゃんと選ばれた”って」
セイはそっと彼女の手を取り、指先に口づけた。
「違うよ。君は“選ばれた”んじゃない。“選んだ”んだ。自分の気持ちで、僕を」
その言葉に、リュナの胸の奥にずっと残っていた不安が、ふわりとほどけて消えた。
——運命は、星が決めるものじゃない。
——わたしが、わたしで決めたもの。
それから数ヶ月後。
王都では“星詠みの自由化”に向けた改革の議論が始まった。
セイはその提案者の一人として、制度の「絶対性」に疑問を投げかけていた。
「星はあくまで“導き”であり、“支配”ではない」
そう記された彼の文書には、かつての星詠み師たちさえ耳を傾けていた。
——きっかけは、小さな反抗だった。
だけど、その小さな一歩が、未来を少しだけ変えていった。
リュナは相変わらず薬草を摘みに森へ通っている。
そして、セイはそれに付き合っては、虫に刺されて文句を言っている。
ふたりの恋は、特別で、だけどとても自然だった。
誰が決めたわけでもなく、自分たちが選び、歩んできた日々。
夜空の星がどんな軌道を描こうとも。
彼らはもう、迷わなかった。
——これは、星に導かれた恋ではない。
——星を超えて、たしかに結ばれた恋の物語である。
* * *
空には、今日も変わらず星が瞬いている。
ただ、その下を歩く者の足取りは、以前よりもずっと軽やかだった。
星が語らぬ恋を、彼らは信じていた。
──完──