運命の真実
見合いの席は、王都の中心にある貴族の迎賓館だった。石造りの広間には香が焚かれ、重々しい静けさが満ちていた。
リュナは何も期待していなかった。美しい衣装も、周囲の視線も、ただ通過点のように感じていた。
「リュナ様、お相手が到着されました」
扉が開き、係の者が静かに告げた。その声すらも、遠く感じられた。
そして、入ってきた男を見た瞬間——
時が止まった。
「……セイ……?」
その姿は、紛れもなく。
森で出会った、あの男だった。
けれど彼は、いつもの旅人の装いではなかった。
高位貴族がまとう、漆黒の外套。胸元には、星詠み師の紋章。
「星の守り人」——王国の中でもごく限られた者しか属せない、星詠み制度の根幹を担う存在。
「やあ、リュナ」
微笑む彼の顔には、いつもの柔らかさがあった。けれどリュナの心は、混乱と怒りに揺れていた。
「……どういうこと? あなた、貴族だったの? 星詠み師だったの? 私を……からかってたの?」
声が震える。思い出した、あの女。彼女もきっと、同じ貴族の……。
セイはゆっくり首を振った。
「最初に言わなかったのは、君に“見合いの相手”として見られたくなかったからだ」
「何それ……!」
「本当に出会いたかった。見合いじゃなく、“君自身”に、僕を選んでほしかった」
その言葉は、リュナの胸を貫いた。
セイは続けた。
「リュナ、君はずっと、星に従いたくないって言っていたね。でも、実は——君と僕の相性は、最も稀な“星の交点”だった。星が二人の道を重ねるときにしか現れない、千年に一度の奇跡の相性だ」
星の交点。幻の縁とも呼ばれる、極めて強い結びつき。
「そんなの、ただの偶然よ……!」
「そうかもしれない。でも、僕は森で出会ったときから、君に惹かれていた。本当は最初の見合いで出会うはずだったけれど、それを僕は延期したんだ。どうしても、形じゃなく、心から始めたかったから」
リュナは言葉を失った。
自分は、選ばれなかったのではなかった。
セイは、自分に「選ばせたかった」のだ。
運命に逆らって恋をしようとしたのは、リュナだけじゃなかった。
——彼もまた、星を超えて、自分を信じようとしていた。
「……でも、あの女の人は……?」
「ああ、彼女は妹だよ。君に紹介しようと思ってたけど……言いそびれた」
「……っ」
リュナは思わず、自分の顔を手で覆った。羞恥と後悔と、わずかな安堵が混じった、涙がにじんだ。
「ほんと、馬鹿みたい……私」
「違う。君は、ちゃんと選ぼうとした。僕は、それが嬉しかった」
星が定めた運命を、ふたりは選び直した。
見合いという形式を越えて、再び「出会った」のだ。
セイがそっと手を差し出す。
「もう一度、はじめから言わせて。リュナ、君に——恋をしたい」
リュナはゆっくり手を伸ばした。その指先が、彼の指に触れる。
心の奥で、星が静かに瞬いた。