裏切りの光景
夏の気配が森の緑に濃く混ざりはじめた頃、リュナの胸の中にはひとつの想いが芽生えていた。
この時間が、いつまでも続けばいい。
セイと出会ってから、心が軽くなる日が増えていった。薬草の知識を語り合い、野鳥の鳴き声を聞き分け、偶然のように会い、自然に別れた。
何も言葉にしていない。されど、その沈黙のあいだに交わされていたものは、確かに「好意」と呼べるものだった。
——と、思っていた。
その日も、リュナはいつものように森へ足を運んだ。
彼に会えるとは限らないが、会えたらきっと話したいことがあった。
けれど、森の中腹、古木の根元で見た光景は——
「……っ……」
彼が、いた。セイが。
そして、その傍らには、見たことのない美しい女性が立っていた。
光を受けて透き通る銀髪に、気品ある仕草。彼女はセイに向けて、微笑んでいた。
距離が近い。言葉は聞こえないが、まるで恋人のような柔らかさがそこにあった。
ふたりの空間に、リュナの居場所などなかった。
その場から逃げるように駆け出した。小枝が服を裂き、足元の草が涙のように濡れていた。けれど、彼女の目には何も映っていなかった。
胸の中に残ったのは、たった一つの言葉。
——やっぱり、私は選ばれない。
家に戻ったリュナは、これまで破り捨てていた星詠みの書簡を手に取った。
封を開ける手が震える。だが、それは怒りでも悲しみでもない。ただ、すべてを諦めようとする心の震えだった。
「……見合い、受けるわ」
小さく、誰に聞かせるでもなく呟いた。
恋に賭けて、裏切られた気がした。
自分を信じて進もうとして、やっぱり何も手に入らなかった。
だったらもう、最初から与えられた運命に従えばいい。
自分で選ぶことがこんなにも苦しいのなら。
その夜、リュナは母に「縁談を受ける」と告げた。母は驚きつつも、どこか安堵したようにうなずいた。
そして翌日。
見合いの席へと向かうため、リュナは淡い青のドレスを纏い、馬車に揺られていた。
「どうせ誰でも同じ。心なんて、もう……」