雨の中の二人
季節が一歩進むたびに、森の空気にも変化が訪れた。
雨が降る前の湿った匂い。虫の鳴き声。風の通り道。
そんな小さな変化をリュナが気づくより早く、セイは察知していた。
「今日は西の尾根に風が集まってる。たぶん、午後には雨になるよ」
そう言って、セイはリュナにフード付きの外套を手渡す。彼の言葉通り、その日の午後、空は鉛色に染まり、激しい雷雨が森を叩いた。
「あなた、旅人にしては……妙に自然に詳しいのね」
「僕の旅は、ちょっと変わってるから。人の道を歩くより、風の道を選ぶことが多いんだ」
そんなふうに、彼はいつもどこか謎めいていた。けれど不思議と、リュナは問い詰めたいとは思わなかった。彼が語ることだけを、そのまま受け止めたいと思ったのだ。
ある日、ふたりは小さな池のほとりに腰を下ろした。
「ねえ、セイ。あなたは、星詠みを信じる?」
その問いに、セイはしばし沈黙した。池に落ちた小石の波紋が、静けさの中に広がっていく。
「信じないわけじゃない。でも、星が全部を決めるなんて……ちょっと窮屈だよね」
「……そう」
その言葉が、胸の奥にまっすぐ届いた。自分以外にも、そう思っている人がいる。たったそれだけで、リュナの世界は少しだけ広がっていく気がした。
「じゃあ、もし——もしも誰かを好きになっても、その人が“運命の相手じゃない”って言われたら、あなたはどうする?」
リュナの声は、風に紛れそうなほど小さかった。
セイは、真っ直ぐ彼女を見つめた。
「そのときは、星より、自分の気持ちを信じるよ」
胸が、軽く痛んだ。けれど、それは苦しみではなかった。
その日から、リュナは毎朝、星詠みの紙を破る代わりに、森へと向かった。答えの出ない問いよりも、ただ誰かと笑い合える時間のほうが、よほど大切だと感じていた。
それがどれほど危うい希望であっても。