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森での出会い

見合いの話を正式に断った翌日、リュナは朝早くから森に入っていた。


 この時期にしか採れない「月影草つきかげそう」が目的だったが、それ以上に彼女は、人目のない静かな場所で心を落ち着けたかったのだ。


 森は静かだった。鳥のさえずりも木々のざわめきも、まるでこの地がまだ神々に守られていた時代から続いているような、古びた安らぎをもたらしてくれる。


 リュナは手慣れた動作で、苔むした石の隙間から月影草を見つけ、そっと根ごと掘り起こす。


 そのときだった。


「その花、夜の涙とも呼ばれてるんだよ」


 突然、背後から声がした。リュナは思わず身構え、振り返る。


 そこにいたのは、深緑の外套をまとった若い男だった。年の頃は自分と同じか、少し上だろうか。長い前髪に隠れる眼差しはどこか影を含んでいたが、微かに笑っていた。


「ごめん、驚かせたね。こんなところに誰かがいるとは思わなくて」


「……あなたこそ、こんな奥まで何の用?」


 リュナの問いに、男は少し首をかしげた。


「旅の途中さ。薬草を探してたんだけど、道に迷ってね。君の後ろ姿が見えたから、つい声をかけてしまった。名を、セイと言う」


「私はリュナ。薬師よ。この辺りの薬草なら、だいたい分かるわ」


「それは心強いな。なら、ひとつお願いしても?」


「……お礼は?」


「夜の涙の伝説でも語ろうか。恋人を亡くした娘が、毎晩この花に涙を注いでいたって話。だからこの花は、夜露を集めるようにして咲くんだ」


 ふっと、リュナの口元が緩んだ。人の死と悲恋を飾り立てるような話は好きではなかったが、どこか彼の話し方には、痛みを知る人の優しさがあった。


 セイの手は、剣を持つ者のように固く、しかし薬草の扱いには慣れていた。彼は本当にただの旅人なのか? リュナの中に疑問が芽生えたが、すぐに胸の奥にしまい込む。


 星の定めも、家の期待も、何もない森の奥。ふたりは、まるで偶然が紡いだ糸のように、自然と会話を交わしていた。


 その日から、リュナは時折森に行くようになった。


 薬草を探すふりをして——セイに会えるかもしれないという、胸の奥に灯った微かな期待を隠しながら。



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