運命を拒む女
夜の帳が王都を包み込む頃、リュナはひとり薬草を干す作業を続けていた。小さな家の軒先には、今日採ってきたばかりのセラスの葉やルディアの花がずらりと並ぶ。ほのかに香る草の匂いが、忙しない心を少しだけ落ち着かせてくれる。
「……また、縁が現れなかったのね」
母の声は、優しさに似たあきらめを含んでいた。食卓の上には星詠みの文書が広げられ、そこには「結縁、未定」と無情にも記されている。
「いい加減にしなさい、リュナ。年齢のこともあるのよ? もう星が動かないかもしれないのよ」
「星が動かなくても、私の心は動くわ」
「……はあ、またそれ」
家族との会話はいつもこの調子だった。リュナは何も、理想ばかりを追いかけているわけではない。けれど、「見合い→婚約→結婚」が当然だとされるこの国で、「恋をして結ばれたい」という彼女の願いは、滑稽なほど夢見がちに映ってしまう。
だが、リュナには確信があった。運命とは、星に決められるものではない。自分で選び取るものだ、と。
その夜、彼女のもとに一通の文が届けられる。封蝋には〈エルナード家〉の紋章。上級貴族であり、星詠みの権威を持つ家柄。
「今度の縁談は、断れないわよ」
母の言葉は静かだったが、否応なく重みがあった。
婚期を逃した女——そう囁かれるようになってから、もう何年経っただろう。世間の目、家族の焦り、星の沈黙。それらすべてが、リュナの背を無理に押していた。
けれど彼女はまだ、自分の足で歩きたかった。星の指す道ではなく、自分の心のままに。
そう決めていたのに——。