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第40章 ―― 苦き記憶(にがききおく)

第二巻のテーマ曲(YouTubeにて配信中)


When the War Is Over – Luna Rin


 https://www.youtube.com/watch?v=1Hk53xTrjsY




Burn My Fate – Luna Rin


 https://www.youtube.com/watch?v=aThJ3p37jEg




✉️ 出版社・漫画家・アニメ関係者の皆様へ


本作品の再出版、漫画化、アニメ化などにご興味のある方は、ぜひ以下のメールアドレスまでご連絡ください。


hironomonogatari1@gmail.com


***


読者の皆さん、今回の章は、少し痛みを伴います。

誰かに拒まれた記憶、心に残る小さな傷――

もしあなたにもそんな記憶があるなら、

この章は、きっとあなたの心に触れるでしょう。


今回、ダニエルは過去と向き合います。

英雄である前に、一人の少年だった彼が、

何を抱え、何を乗り越えてきたのか。


でも、どうか最後まで見届けてください。

この痛みの先に、“彼の答え”が待っています。

第40章 ―― 苦き記憶にがききおく


乾いたヴァルガルドの大地は、息を吸うことすら困難にする。

割れた地面からは、硫黄を含んだ熱く重たい煙が立ち上がり、空気を焦がす。

血の匂いと火山の熱が混じり合い、外は灼けるように暑いのに、心の奥は凍るように冷たい。

空には太陽が浮かんでいるにも関わらず、厚く濁った灰色の雲が広がり、光を遮っていた。

兵士たちの呼吸は徐々に荒くなり、まるで悪夢の中で戦っているようだった。


「……見ろ、自分の過去を。」

カエルスの声は低く、残酷な響きを帯びていた。

「お前の世界では、人間は仲間だったか? 守ってくれたか?」


その言葉は、鋭い刃のようにダニエルの記憶を切り裂いていく。


彼の視線は宙を彷徨い、戦場は一瞬で消え去った――

彼は再び、あの灰色で寒い日々の学校にいた。


あの頃を思い出す。

何人かの生徒に無理やりトイレへ連れて行かれ、シンクや便器に頭を押し付けられ、

まるでハイエナのように笑われていた。


背中に貼られた悪意のこもった紙。

廊下を歩くだけで浴びせられる冷たい囁き。

投げ捨てられる教科書。奪われるペン。

消えないあだ名と、孤独な昼休みの記憶――。


だが、その中でも特に胸をえぐる記憶があった。


ある日、誰かが彼のカバンにメモを入れていた。

短く、でも優しい内容だった。


「放課後、裏門で会いたい。」


一日中、胸が高鳴っていた。

まるで夢のようだった――恋文。やっと、誰かが彼を見てくれたのだと。


放課後、震える手と希望に満ちた瞳で裏門に向かった。


……だが、彼女は来なかった。


彼は、日が沈むまでそこに立っていた。


翌日、彼女はダニエルを無視した。

まるで最初から存在していなかったかのように。


その痛みは、これまで積み重ねてきた全ての孤独と重なった。

拒絶される恐怖、孤立する不安、そして見捨てられる痛み――


彼の手は震え始める。

足元の大地が崩れ落ちるように感じられ、剣が汗ばむ指から滑りそうになる。


現実が溶けていく。


「……あの世界……あの人生……」

震える声で呟く。瞳は見開かれ、呼吸が乱れていた。


そんな彼に、カエルスがささやく。


「お前は俺と同じだ、ダニエル。憎まれた世界から来た。

違うのは……俺は、自分の感情を受け入れたということだ。」


胸の奥で何かが目覚めた。

荒々しく、熱く――痛みと怒りが形を持ち、爆発しようとしていた。


黒き炎が、意識を塗りつぶそうとしている。


ダニエルと融合していたニクスが、異変に気づく。


『ダニエル! しっかりしろ! 操られてるんだ! 闇に飲まれるな! ……ダニエル!!』


しかし、彼の意識は戻らない。


その時――


淡く、暖かい記憶が蘇る。

忘れかけていた、だが確かに存在した誰かの姿。


黒髪の少女――少し小柄なその子が、傷だらけの彼に手を差し伸べていた。

顔ははっきり見えない。だが、声だけは覚えている。


――「ダニエル……」


優しく、包み込むようなその声。

やがて、それは別の声と重なる。

もっと現実的で、力強い声。


――イザベルの声。


「ダニエル……」


彼はまばたきをし、現実に戻る。


そこにいたのは、埃で汚れた顔、だが揺るがぬ瞳をしたイザベルだった。


「ダニエル、あの男の言葉に耳を貸さないで。私たちは……ああじゃない。」


彼女の声は、優しさと決意に満ちていた。


「私たちはあなたを信じてる。あなたを……愛してる。」


ダニエルの瞳には、まだ迷いと痛みが浮かんでいた。

だが胸の中で燃える黒き炎は、少しだけ静まった。


その時――


「フフ……」


静寂を切り裂くように、カエルスの笑い声が響いた。


カエルスの口から、乾いた、鋭い笑い声が空気を裂いた。

「アハハハハ! 愚かな娘よ……」

彼は嘲るように言った。

「この世界に裏切られた時、本当に彼のそばにいられるとでも?」


イザベルは眉をひそめ、怒りを露わにした。

「あなたに私たちの何が分かるの? 誰かのために戦うってこと、知らないくせに!」


そして、ためらうことなく駆け出した。

ダニエルの制止の声が響いたが、彼女の足は止まらない。

理性よりも、心が彼女を突き動かしていた。


ダニエルもそれを追い、戦場に再び剣の音が響く。

二人の攻撃は交互に繰り出され、まるで舞うように連携していた。

だが、カエルスは冷静だった。片手だけで、全ての攻撃を正確に捌いていた。


その時、ダニエルは気づく――

カエルスの動きに、ある「癖」があることを。


「……同じ回転。……同じ隙……!」


一瞬の判断。ダニエルは身体をひねり、鋭い一撃を放つ。


炎をまとった剣が空を裂き、カエルスの腹部に深く突き刺さった。


血が溢れ、カエルスの口から赤い液体が吹き出す。

彼は驚愕の表情を浮かべ、痛みよりも“意外さ”に目を見開いた。


怒りに駆られ、彼は剣を手放し、ダニエルの剣を握る手首を掴む。

そしてもう片方の拳で――イザベルに強烈な一撃を叩き込んだ。


イザベルは吹き飛ばされ、地面に倒れる。


その隙に、ダニエルは風の魔力を使って後方へ跳躍し、

剣を引き抜いた。返り血が黒い大地を赤く染めた。


「……人間め……この俺に……」

カエルスが呻きながら立っている。だが、足元はふらついていた。


ダニエルは振り返り、イザベルに声をかける。


「まだ戦えるか?」


彼女は唇を切りながらも、強い光を宿した目でうなずく。


「もちろん。最後まで一緒に行くわ。」


二人は、最後の突撃を仕掛けた。


剣の斬撃が空気を切り裂き、火花を散らす。

カエルスは力を振り絞って応戦するが、その力は明らかに衰えていた。


「人間の側につくというのか、ダニエル……? いずれ、お前も俺のようになる……裏切られ、捨てられるんだ!」


「かまわないッ!!」

ダニエルの叫びが響く。


「全てを失ってもいい! 守りたい者のために戦えるなら、それで十分だッ!」


その瞬間――


イザベルが横から滑り込み、カエルスの右腕を突き刺した。

彼は絶叫し、手にしていた剣を落とす。


ダニエルは、ためらいなく炎の剣を振り上げ、

そのまま――一閃。


カエルスの首が空を舞い、地面に落ちて三度跳ね、静かに転がった。

その瞳は開かれたまま、虚空を見つめていた。

身体は膝をつき、そのまま崩れ落ちた。


そして――静寂が訪れた。


意識の最後の断片の中で、カエルスの心に一つの光景が浮かぶ。


白いドレスを着た母が、太陽の下で微笑みながら、両腕を広げていた。


「カエルス……おいで。もう大丈夫よ。」


「……母さん……ごめん……愛してる……」


それが、彼の最期の言葉だった。



その瞬間――周囲にいた魔族の兵士たちは、一斉に後退し始めた。

恐怖に引きつった表情で、逃げ惑う。


彼らの指揮官が、死んだのだ。


砦の上から見ていたライラは、両手で顔を覆い、涙をこらえた。


「……やった……」


小さく、震えるように呟いた。


アルデンは剣を振り上げ、勝利の咆哮を上げた。


「将軍が倒れた! 敵は退却している! エルドリア万歳!!」


その声に応じて、兵士たちは盾を叩きながら歓声を上げた。

まるで一つの炎のように、士気が燃え上がっていく。


エリアナは、涙を浮かべながら走り寄り、ダニエルとイザベルを力強く抱きしめた。


「……二人とも、よく生きて帰ってきてくれた……!」


ライラは砦を駆け降り、近くの兵士から馬を借りて、すぐさまダニエルのもとへと向かう。


だがその時――


空気が変わった。


森の奥から、異様な“気配”が、忍び寄ってきた。


風が止んだ。

誰もが、それを感じ取った。


遠くの戦場の向こう――静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながら、一人の男が姿を現す。

黒い鎧に、まるで燃える炭のような橙色の線が脈動していた。

その手には、漆黒の剣。そこからは、脈打つような異質なエネルギーが放たれている。

男は一言も発さず、ただ、沈黙のままこちらを見つめていた。


――それが、バルサス将軍だった。


すでに後退していた魔族の兵士たちは、彼の背後に整列し、沈黙を守っている。


ライラは馬を走らせ、仲間たちの元に到着すると、ダニエルが立っているのを見て素早く馬を降りた。


「ダニエル……無事なのね!」

彼女は強く彼を抱きしめた。


「うん……少し疲れただけだよ。」

そう言って、ダニエルもその抱擁を返した。


ライラは彼の胸に手を当てた。


「動かないで。マナを少し回復させるわ。疲労も軽減できるはず。」


彼女は目を閉じ、優しい緑色の光がその手から流れ出す。

その癒しの力は、ダニエルの身体――そして融合しているニクスにも届き、体力と魔力を回復させた。


「……ありがとう、ライラ。」

ダニエルは深く息を吐いた。


イザベルが近づく。頬には擦り傷があり、腕を組みながら問いかけた。


「で……これからどうするの?」


アルデンは鋭い目で遠くを見つめていた。


「あの男……あそこに立っているのが、バルサス将軍だ。」


一同が振り返る。


バルサスは、まるで動かぬ山のように立ち尽くしていた。

腕を組み、一切の動きを見せない。だが、その存在感は、空気すら重くする。


彼の胸の奥で、静かな声が響く。


『……カエルス。我が唯一の後継。血と怒りの息子よ。

お前は、私の想像を超えていた。お前の憎しみは、純粋だった。

だが……弱き者は、生き残れん。今は眠れ。我が手で……お前の仇を討とう。』


その直後――彼の声が、静寂を切り裂くように響いた。


「英雄よ……我が息子を殺したな。

ならば、お前にも見せてやろう――“怒り”の本当の炎をな!」


大地が震えた。


戦闘中にできた溶岩の穴から、マグマが爆発し、空へと火柱が舞う。

森が裂け、木々が倒れ、大地が大きな亀裂を刻んでいく。


ダニエルがヴァルガルドの砦を振り返った。


防御魔法の結界が、強く輝いた――

だがその光は、突如として消え去った。


中央の城壁に、亀裂が走る。

そして、それは轟音と共に崩れ、粉塵を巻き上げながら地に沈んだ。


『……結界が破られた。完全に、失われた……』


それは、ダニエルの心に深く刻まれる衝撃だった。


ヴァルガルドの聖なる壁――何世代にも渡り、王国を守ってきた象徴が、今……消えた。


魔族の兵士たちは叫び声を上げる。

士気が一気に上がる。砦の壁が崩れた今、勝利は目前だと。


アルデンは歯を食いしばる。


「くそっ……奴らの狙いはこれだった。

砦の壁を壊し、俺たちの士気を削ぐつもりだったんだ……!」


ライラは震える声で呟く。


「古の魔法……あれは王都の魔導士たちでも、すぐには修復できない……」


だがイザベルの瞳は、強く、揺るぎなかった。


「……来るわ。もっと激しい憎しみを抱えて。もっと血に飢えて。」


彼女はダニエルの方を見て、はっきりと告げた。


「でも、私はそばにいる。あなたを守る。

そして、一緒に……この戦いに勝つ。」


砦の中では、余震によって傷ついた家々や塔が崩れていく。

地面には亀裂が走り、人々が負傷者を救い出そうと奔走していた。


数秒後――地鳴りは止んだ。

だが、空気には張り詰めた緊張が残っていた。


まるで、世界そのものが“次に来るもの”を恐れて、息を潜めているかのように――。


ダニエルは前を見据えた。

身体は痛みを訴えていたが、心は揺るがない。


――その時だった。


彼は感じた。

圧倒的な“存在”。


見えない重圧が周囲の兵士たちを襲い、

中には膝をついて息を切らす者までいた。


バルサスが、一歩を踏み出す。


その一歩一歩が、まるで心臓の奥に響く雷鳴のようだった。


「……あれが……」

ライラが呟く。


「……ここからが、本当の地獄だ……」

アルデンが剣を握りしめ、唸る。


「ダニエル……最後まで一緒にいるわ。」


イザベルが、彼の肩にそっと手を置いた。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

第40章は、ダニエルにとっても、皆さんにとっても

“揺らぐ瞬間”だったかもしれません。


彼は完璧じゃありません。心も迷います。

でも、それでも前を向こうとする姿に、

あなたが何かを感じてくれたなら、作者として嬉しいです。


そしてついに、“彼”が動き始めました――バルサス。

ここから先は、より激しく、より深く。

どうか、心の準備をしていてくださいね。

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