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第39章 ――「お前はバルサスの息子か?」

第二巻のテーマ曲(YouTubeにて配信中)

When the War Is Over – Luna Rin

 https://www.youtube.com/watch?v=1Hk53xTrjsY


Burn My Fate – Luna Rin

 https://www.youtube.com/watch?v=aThJ3p37jEg


✉️ 出版社・漫画家・アニメ関係者の皆様へ

本作品の再出版、漫画化、アニメ化などにご興味のある方は、ぜひ以下のメールアドレスまでご連絡ください。

hironomonogatari1@gmail.com

***

光から始まり、闇で終わる物語がある。

そして、最初から影の中で生まれる物語もある――このように。

この章で斬られるのは、肉体だけではない。過去、記憶、そして運命そのものだ。

英雄が敵の息子と対峙する時、

すべての悪が自ら望んで生まれるわけではないと知る。

時にそれは、人の手で蒔かれ、水を与えられ、育てられる。

これから語られるのは、残酷な真実。

消すことのできないもの――ただ、受け止めるしかない。


ヴァルガルド砦の前に広がる大地は、灰と緊張に包まれていた。火山の熱で割れた地面と黒く焦げた岩の間に、両軍の負傷兵たちが横たわっている。最近の戦いで立ち込めた煙はまだ空を漂い、重く淀んだ空気が全てを覆っていた。


その沈黙を破ったのは、静かながらもどこか影を纏う男の声だった。


「……俺の名はカエルス。将軍バルサスの息子だ。」


カエルスの言葉に、ダニエルの拳が震える。炎のような怒りを宿した目で一歩踏み出すと、怒声をあげた。


「お前のことなんて知りたくもないッ!」


剣を振りかざし、カエルスに向かって突進する。


鋼と鋼がぶつかる音が大地を震わせた。ダニエルの怒りは本物だったが、カエルスの動きには一切の無駄がなかった。冷静かつ正確な剣さばきで、ダニエルの一撃を受け流し、まるで子どもをあしらうように彼を弾き飛ばす。


カエルスはゆっくりと歩を進め、薄く笑みを浮かべた。


「エルドリアの大英雄にしては……随分と血の気が多いな?」


その時、王国の兵士たちが叫びながら駆けてくる。


「死ねぇ、呪われし悪魔め!」


だが、カエルスは動じなかった。虫でも見るような視線を向けると、剣を一閃――空気が裂け、悲鳴と共に静寂が戻る。彼は勝ち誇ることなく、ただ、淡々とその場に立っていた。


「やめろォッ!!」


ダニエルの悲痛な叫びが響く。


「アルデン、命令を!誰もカエルスに手を出すな!あいつは、俺がやる!」


戸惑いながらも、アルデンは即座に命じた。


「全軍、後退せよ!この戦いは、英雄に任せる!」


再び剣を手に立ち上がったダニエルは、怒りを込めて突進する。しかしカエルスは難なく避け、返す刀で拳を叩き込む。胃に激痛が走り、ダニエルの身体が折れる。


続けざまに顔面に蹴りが入り、彼は地面に転がされた。


膝をつき、息を切らしながらダニエルは顔を上げる。


「……これがエルドリアの英雄か。」


カエルスの声には、呆れとも侮蔑ともつかぬ響きがあった。


「お前は何のために戦っている?この世界のためか?人間どものためか?」


そう言って、彼はゆっくりと近づきながら呟く。


「知るべきだ。俺も、かつては人間だった。」


「……なに?」


「そうだ。今の俺を作ったのは……人間たち自身だ。欲深く、冷酷で、恩知らずな奴らがな。」


「黙れ……!」


ダニエルが立ち上がろうとするが、カエルスはその前で膝をつき、真正面から彼の瞳を覗き込む。


「俺を――バルサスを――ザルナクを――裁く権利なんて、お前にはない。俺たちは皆、人間に裏切られた者たちだ。」


「……だったらなぜ……なぜ闇に堕ちた!?」


カエルスは深く息を吸い、語り始めた。


「……五十年前、俺の父は北部の小さな領地を治める男爵だった。平凡だが善良な家族だった。母は貧しい者にパンを焼き、父は仕事を求める者に手を差し伸べていた。」


声がわずかに震えたが、カエルスは感情を抑え続けた。


「だが、冬が来た。厳しく、容赦ない冬だった。畑は霜でやられ、隣国が仕込んだ疫病が我が家の作物を壊滅させた。父は王に助けを求めたが、返ってきたのは沈黙だった。」


ダニエルは黙って聞いていた。


「飢えが村に広がった。そしてある夜、俺たちが救ってきた人々が、俺たちの家に押し入った。俺たちを……縛りつけて……」


カエルスは拳を固く握る。


「……母を、目の前で……あんな目に遭わせた……その後で……首を……」


沈黙。


「父は、目の光を失った。俺は……ただ、世界が燃えればいいと願った。」


彼はゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。


「その時、聞こえたんだ。暗闇の中から……声が。“お前たちの怒り、わかるぞ”と。“復讐を望むなら、力をやろう”と……」


ダニエルの瞳が大きく見開かれた――。


「――一人の男が現れた。黒衣をまとい、優雅な立ち振る舞いだった。人間だったよ。彼は言ったんだ、“力を与えよう”と。“お前たちは犠牲者だ”と。“人間に救いなど必要ない”と。」


カエルスの声は冷たく、だが確かな怒りを宿していた。


「彼は選択肢を与えたんだ――俺たちは彼の配下になる。そして力と、永遠の若さを手に入れる。やがてこの星を支配する存在になると……。父は……膝をついた。俺も、同じように。」


カエルスは目を閉じ、一瞬沈黙した。


「――身体の奥から焼かれるような、恐ろしい激痛が走った。心臓が内側から燃え尽きるような苦しみ……目を覚ますと、俺は村の中心に立っていた。全てが……死んでいた。手には血塗れの剣。記憶は曖昧だったが……すべて現実だった。」


ダニエルは言葉を失い、唾を飲み込んだ。


「家に入った。そこに、父がいた。剣を手にし、母を殺した男の髪を掴んでいた。その男は泣いていた。懇願していた。“許してくれ……!”と。」


カエルスの瞳が鋭くダニエルを射抜いた。


「父はこう言った。“許しだと? 俺がお前に何をしてきたか分かっているのか?”――そして俺は言った。“父さん、俺にやらせてくれ。”」


その声は震えていた。


「俺は……その男の身体を、バラバラに斬り裂いた。斬るたびに、心の中で叫びが響いた。あの日が……俺の人間としての終わりだった。」


彼は背を向ける。


「……分かったか? 俺たちは最初から怪物だったわけじゃない。人間が、俺たちをこう変えたんだ。」


再び振り返る。


「魔王軍の将たちは、皆元は人間だ。人間によって壊され、踏みにじられ、裏切られた者たちだ。人間こそが、最も残酷で、最も恐ろしい存在……だからこそ、“暗き炎”を生むことができる。」


沈黙が落ちる。


砦の廃墟を風が吹き抜ける。ダニエルは拳を握りしめた。カエルスの語った過去が、心を揺らしていた。


その時、戦場の瓦礫を走り抜ける一人の少女の声が響いた。


「ダニエルッ!」


イザベルだった。息を切らし、真っ直ぐ彼に駆け寄る。


「集中して! あなたの剣、いつもの鋭さがないわ! この戦いに飲まれないで、私も戦う!」


ダニエルは荒く息を吐きながら首を振った。


「……だめだ、イザベル。これは……俺と、奴の戦いだ。」


それを聞いたカエルスが、初めて皮肉めいた微笑を浮かべた。


「若いな……俺を甘く見すぎだ。」


しかし、イザベルの瞳は揺るがなかった。


「たしかに、私はダニエルほど強くはない。だけど、いつも彼のそばにいたいと願っていた。あの首都での惨劇みたいにはさせない……!」


カエルスは剣を構える。静かな殺気を纏いながら。


「ふむ……二人がかりか。面白い。」


次の瞬間、剣撃が交差した。


カエルスの攻撃は猛り狂う嵐のように激しく、鋭かった。イザベルは兄たちと育った格闘技術でなんとか一撃目を受け止めたが、その重みは常軌を逸していた。一振りごとに、腕が痺れる。


彼女は押されながらも後退しつつ、必死に耐えた。


その様子を見つめるダニエル。だが――彼の心に一つの記憶が浮かぶ。


……あの日の午後。首都で食べたアイス。そしてイザベルに言った言葉。


「……君を守るって、約束したから。」


彼は目を閉じ、深く息を吸う。怒りが風のように消えていく。


剣が、炎を纏って輝き出す。


「……ニクス。行くぞ。」


その言葉と共に、ダニエルは吠えるように突進する。炎の剣が大気を裂き、カエルスの守りに迫る。


その瞬間、剣の舞踏が始まった。火と鋼がぶつかり合う激しい音が響き、イザベルも攻勢に転じた。鋭い連撃を浴びせ、戦場は熱気に包まれる。


だが、カエルスは冷静だった。片手だけでそれを捌き、隙を見てイザベルの腹に蹴りを放つ。


「ぐっ……!」


彼女の身体は宙を舞い、岩に激突する。


「イザベルッ!!」


ダニエルが一瞬、視線を逸らす。


――それが、命取りだった。


カエルスの剣が素早く動き、ダニエルの腕に浅い切り傷を刻む。


「くっ……!」


血が流れ落ちる。だが――


「大丈夫よ、ダニエル!私はまだ戦える!」


イザベルが立ち上がった。身体は震えていたが、瞳には強い光が宿っていた。


その姿を見て、ニクスが語りかけてくる。


『……彼女は今、二つの潜在能力を発動している。“身体強化”と……“不屈の意志”だ。感情が、肉体を超えて彼女を動かしている。絆の力だ。』


ダニエルは驚き、彼女を見つめた。


「……すごいよ、イザベル……」


だが、カエルスはその姿に何の感情も示さなかった。


「……で、どうする? まだ“この人間たち”のために戦うつもりか? お前は未だに、俺に傷一つ与えられていない。いずれ、奴らはお前を恐れ、裏切るだろう。……それでも守るというのか?」


ダニエルは一瞬、言葉を失った。


だが――ニクスの声が再び心に響く。


『聞くな、ダニエル。奴は“暗き炎”を呼び覚まそうとしている。』


「暗き炎……?」


『怒り、憎しみ、絶望――それらから生まれる魂の奥底の炎だ。もし、お前のような異界の戦士がそれに呑まれれば……』


「どうなる……?」


『破壊者になる。もはやお前ではなくなる。』


その時――


カエルスが静かに歩き出す。


「勝っても、気づくだろう。歴史は繰り返す。人間は変わらない。お前も、いつか剣を手に……守ると誓った者たちに囲まれることになる。」


彼は剣を高く掲げた。


「そしてその時、思い知るのさ。“俺の言っていたことは正しかった”と。」


ダニエルは剣を握りしめる。


鼓動が鳴り響く。


――血が熱い。怒りが膨れ上がる。


けれど、その中には――確かな「想い」もあった。


刃が振るわれたばかり――本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。

カエルスが求めるのは、勝利だけではない。理解か……それとも破滅か。

ダニエルは、その一撃ごとに、身体だけでなく魂も削られていく。

敵の痛みに心を揺さぶられる時、善と悪の境界は崩れ始める。

もし戦う相手が、かつて被害者だったとしたら……

勝利に意味はあるのだろうか?

炎は燃え上がった。戦いは、まだ終わらない。

この物語に、無傷でいられる者などいない。

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