06_セーム
「最近、領内の森に『黒い獣』が出没し、被害が出ているらしい。」
ある日の夕食で、ナグラが突然そんな話題を振ってきた。
うん、知ってる。
最近、ギルドでもその「噂話」は耳にする。
「『黒い獣』?それは魔物なのですか?」
ナグラの話にミーナが反応する。
「はっきりした姿が分からんらしい。真っ黒で大きさは人くらいと聞く。」
なんか、ぼんやりとした情報だよね。
「被害とは、どんなものなのですか?」
ベルド君が尋ねる。
「なんでも、周辺で魔物や人の死体と見られるものが見付かったらしい。」
そんなの、魔物の話が無くても見付かることはあると思うけど。
「…直接被害に遭って、逃げた人とかは居ないのですか?」
思わず聞いてしまった。
聞いた限りは、単なる怪談のたぐいとしか言えない。
「それは…聞いていないなぁ。」
…まぁ、夕食の席の軽い話のネタ、くらいの認識なのかな。
「気になるのであれば、兵を集めて森を探索してみては?」
「いや、流石に不確定な情報を基に兵を動かすのはな。」
うん、それは嫌がると思った。
「明後日にはセーム伯父様がいらっしゃる予定ですが、お伝えしておきますか?」
再び、ミーナが尋ねる。
セーム伯父様は、元伯爵であったが、現在は家督を息子に譲り、自身はもう一つ持っていた爵位である子爵を継いで、王都の隣りの領に住んでいる。
それで隠居している訳でもなく、この辺りの貴族派閥の領袖という、面倒な役割を引き受けて、定期的に各領を回ってコミュニケーションを図っている。
以前、お会いした印象もとても良い。
貴族らしからぬ、温厚で気さく、それでいて知的でしっかりした面もある、理想の上司と言える。
「いや、そもそも夜に目撃した話しか無い。昼間に移動されるセーム様が出会うことも無かろう。なにより、不安を与えかねん。」
…出たよ、自分が責められるのが嫌で報連相を嫌がる部下。
結果、問題が起きた時には、正直に言っていた場合の何倍も叩かれる事になるのに。
だいたい、領内に特殊な魔物が現れて、なんで自分の失点になると思ってんだこいつ?
「…せめて、街道の警備を増やすだけでも、しておいた方が──」
「くどいぞ、クロー!!父上が不要と言っているんだ、お前ごときが意見などするな!」
再び口を出そうとする僕を、ベルドが叱責する。
…ああ、ベルド君。
君も、もう「そっち側」なんだ…。
「…失礼しました。申し訳ありません。」
おとなしく謝罪する。
結局、この件について何かする、という話か夕食時に挙がることは無かった。
それはそうだろう。
なにせ、警備兵を配備すればその分、野盗兼人拐い、つまり自分の手駒の行動も制限されてしまうのだから。
そもそも、実際に被害が出ているかどうか分からない『黒い獣』よりも、何年もずっと問題になっている野盗について何も対策がされない時点で、お察しなんだよバ〜カ。
ていうか、『黒い獣』がカタギに手を出したことなんて、一度も無いんだよ!
ヒトの被害者は皆、野盗兼人拐いの連中だけだ。
何故それを知ってるのか?
それは簡単、僕が『黒い獣』だからだ。
ナズナに魔術を教わってから1年が過ぎようとしている。
その間、僕は近くの森に入り、一人旅が出来るように練習をしていた。
初めはゴトーさんに頼んで、一緒に森に入り、一日過ごしてみる。
それから期間を数日に伸ばして、何度か狩りもさせてもらった。
ゴトーさんとパーティの人達にはギルドを通して依頼したので、タダ働きにはさせなかったけど、貴族のドラ息子の我儘に付き合わせたようで申し訳ない。
その後は、魔術にも慣れてきたこともあり、一人で森に入るようにしていった。
初めの頃はホントにビクビクしていたが、『空間把握』『熱源感知』『重力制御』を駆使することに慣れると、魔物や野獣の存在も事前に察知できるし、森の中でも俊敏に行動することも出来、怖いと思うことも無くなっていった。
流石に、初めて魔物と戦おうとした時は、腰が引けてしまったが、結果的にはあっさり倒すことが出来た。
それが、ナズナと会った年の初冬の出来事だ。
新たに覚えた『闇纏い』に慣れていたのも良かった。
この『闇纏い』は、体の周囲に魔力の光を纏う呪文で、色形を自在に変化・変形できる割に、意識すれば金属並みの硬さにも出来る便利な魔術だ。
これを覚えてからは、森に入る際には常時、この魔術も発現するようにしている。
その後、冬が過ぎ春になった頃、僕は前世を含めて生まれて初めて、人を殺した。
相手は野盗、その姿に気付いた時点で奴等は卑劣な行為に及んでいた。
初めて目の当たりにする非道な行いにカッとなった僕は、持てる技術をもってまだ生存している被害者を救出した。
被害者を最寄りの村まで運び、自分は姿を見られないように、村民に被害者を気付かせ、家路に戻る。
この辺りは、まだ感覚がマヒしていたように思う。
家に着き、窓から誰にも気づかれないように部屋に入った途端、自分の行った所業がフラッシュバックしてきた。
…前世のフィクションで、主人公などが初めて人を殺めたり、人の死体を目にて吐いてしまう、というシーンがよくあったが、当時の僕は「そんなことあるのか?」と懐疑的に見ていた。
―――本当だった。
興奮冷めた脳裏に焼き付いた、夜盗の裂けた四肢、恐怖の表情で固まった顔、血の臭い。
屋敷に着いた時点では、もう感じるはずのない臭いを、確かに、強烈に感じ、気付けば胃の中のものをすべてぶちまけてしまっていた。
…結局、ちゃんと食欲が戻るまで一週間かかってしまい、ルミには随分心配かけてしまった。
まぁ、そんな思いをしても、結局、森に入る見回りは止めなかったし、父親と繋がっているであろう夜盗を見つければ、処理することは続けた。
おかげで、父親もその時期は大分、不機嫌にしていたのだが、僕の持っているゲームの著作権を譲ると、喜んでコヨリ商店に販売の相談に向かっていったものだ。
譲ったと言っても、権利を譲ったのは貴族や富裕層向けの「高級遊戯盤」の販売に限ったため、孤児院での「庶民向け遊戯盤」の販売には何も影響が無い。
父親も、庶民向けの安価な商品には旨味を感じなかったらしく、そこらへんについては何もゴチャゴチャ言ってこなかった。
それで少しは懐が潤ったのか、不機嫌なのは解消したが、それはそれとして人身売買は続けていきたいらしい。
森に出没し、夜盗を襲う『黒い獣』(『闇纏い』を発言した状態の僕)を始末したいと策を巡らせているらしい。
ただその策も、家やギルドで僕がネタバレ食らうため、ことごとく回避され、失敗してしまう訳なのだけれど。
そんなこんなで、セーム様がいらっしゃるまで、僕は平穏な日常を送ることが出来た。
セーム様が到着されたのは、昼過ぎだった。
しばらく休憩されて、ナグラと何やら話した後に、家族が応接間へ呼ばれる。
「伯父様、お久しぶりです。」
「おお、ミーナ。元気そうだな。子供達も息災ねようで何よりだ。」
セーム様の言葉に、三人で礼をして応える。
しばらく歓談してる中で、ゲームの話題が挙がった。
ナグラは既に国内の貴族に広めているらしく、しかも、おおむぬ好評のようだ。
セーム様も特にリバーシを気に入っているようで、家族と対戦してゆく。
もちろん、お相手するのはナグラの役目なのだが、ナグラのあまりの弱さに、別の相手をと所望された。
が、もともと僕発案というゲームを家族が普段からやっているわけも無く、自然と僕が何回かお相手することになった。
「強いなあ、クローや。」
「ありがとうございます。」
対戦は、接待も考えたが、予想以上に手強く終盤は本気になっていた。
それで最終的には2勝3敗の負け越し。
セーム様、結構本気っすねぇ。
「これで腕も立つなら、側近に欲しいくらいだ。」
ワッハッハと笑うセーム様。
完全に冗談、社交辞令のたぐいなのだが、丁度良いパスなので、遠慮なく乗っておく。
「それならば是非、私もセーム様のお側で政を学びたく存じます。」
「は?…いや、ハハッ冗談でな…。」
「剣の腕が信じられないのでしたら、実戦をご覧ください。…例えば、カイルさんと対戦させてください!」
カイルさんはセーム様の側近兼護衛。
20代後半だが、有名な剣術門下の中でも一目置かれる優秀な剣士だ。
そんなカイルさんに挑むなんて、無謀と思われて当然。
でも、無謀な事を言っちゃえるのが子供の特権、多少の強引さは、さほど不快にさせないだろう。
ただし、家族は除くようで。
「おい!何を勝手に言っている!カイル殿はオレの剣の師の、さらに師匠筋にあたる人だぞ。お前なぞが敵うものか。身の程を弁えろ。」
ベルド君が噛み付いてきた。
けど、せっかくの機会に、このまま引くわけにはいかないんだよねー。
「大丈夫です、兄上!見ててください、この3年半で培った剣の腕をご覧にいれます!」
「いやっ、お前──」
傍から見れば身の程知らずのガキがイキがっているだけに見えるだろう。
誰が見てもそう思う。僕が第三者として見たとしても、そう思う。
さて、セーム様はビックマウスがお好きか否か…。
「ハッハッハッ!面白い、やってみるか、クロー?」
良かった、お気に召したようだ。
「ちょっ、セーム様!?」
これまで静観して事の成り行きを見ていたカイルさんも、セーム様が乗ってきたことに、流石に声を上げる。
「良いではないか。せっかくの機会だ、クローに稽古をつけてやってくれ。クローもやる気のようだし。」
「お願いします、カイルさん!」
間髪入れず、僕も乗っかる。
…すみませんカイルさん。
決して心から舐めてるわけでは無いんです。
「…はぁ、仕方ありません。」
結局、あわあわしてる家族を置き去りに、僕とカイルさんが対戦することが決まった。
準備を整えて庭に出る。
セーム様とカイルさんは既に外に出ていた。
セーム様からすれば、これは余興のたぐいなのだろう。
カイルさんも練習用の模造刀を持って、自然体で待ってくれている。
「さあ、クロー君。始めようか。実戦と思ってかかって来たまえ。」
気負いも無さそうに、自然体のまま声を掛けてくる。
ふうん。
ふ〜〜〜ん?
…。
『身体強化』『思考加速』発動!(もちろん無詠唱)
あちらが勘を働かせる前に動く。
全速力で間合いを詰めて、右薙ぎに剣を振るう。
案の定、虚を突かれたカイルさんは反応が遅れ、避けることが出来ずに剣で弾く。
「っ!?」
カイルさんは一瞬で気づいた。
弾いた剣撃が軽すぎる。
それもそのはず、僕はすぐに左手を離しており、握りも弱く手打ちになっている。
その一瞬を狙って、素早く左手に握ったナイフをカイルさんの首筋に突き立て──
ピタッ
──たりは、もちろんせずに、寸止めする。
シーーーン
その体勢のまま、僕とカイルさんは固まっている。
周りも息を呑み、声を発せないでいた。
「はい、僕の勝ちですね。」
そんな沈黙を破るように、努めて明るく勝利宣言をする。
ポカンとしていた一同が、僕の言葉にハッと我に返った。
「ふ、ふざけるな!なにをナイフなぞ持ち出しているのだ!反則だっ!」
期待に違わずベルド君がキーキー言ってくる。
「おや?何を言っているのですか兄上。」
その反応を予想してた僕は、わざと馬鹿にしたような響きを込めて続ける。
「カイルさんは「実戦と思って」と言われたのですよ?…兄上はカイルさんが実戦で刺されたら、相手に「卑怯だ、ふざけるな。この傷を治してもう一回戦え。」などと、ふざけた事を言われる方だと仰るのですか?」
「なっ…!?」
僕の言葉に、二の句が継げなくなるベルド。
「実戦」を自ら口にしておいて、いざ負けたら「ルールに則ってない、卑怯だ」なんて言い訳をする。
そんな理屈は通らない、死ねば終わり、それが「実戦」だ。
そう返され、ベルドも他の家族も誰も、何も言い返すことが出来なくなっている。
ハッグ君?ハッグ君は空気だよ。
さて、とはいえ僕の目的は勝ちを主張することではない。
おふざけは、ここまでにしておこう。
「な〜んて、冗談ですよ。本気でこれで勝ったと言う気はありません。こうでもしないと、カイルさんが本気で相手してくれそうに無かったから、言ってみただけです。」
クルッとカイルさんに向き直り続ける。
「カイルさん、失礼な言い方をして申し訳ありません。もう一度、お相手していただけませんでしょうか?」
僕が一礼して、再戦を申し込むと、カイルさんはハッとした表情をした。
「こちらこそ、侮った形となってしまい、申し訳ない。次は、ちゃんと本気でやらせてもらう。」
そう言いつつ、既に構えの姿勢になるカイルさん。
明らかに先ほどよりも重心が低い。
…うわ〜、ヤッバぁ〜〜!
眼つきも段違いに鋭くなっており、既に僕は後悔してる。
本気なんて出させるんじゃ無かった…。
と、思っても仕方ない。
とりあえず『身体強化』と『思考加速』を掛け直す。
…これでどのくらい保つことやら。
「では、お願いしますっ!!」
気合いを入れ、僕は再びカイルさんに剣を向けた。
──再戦開始から約2分。
既に実力の差が露わになっている。
ムリムリムリムリムリムリ!
現状、勝てる要素が何も無い。
僕が唯一勝っているのはスピードだけ。
それ以外、剣の重さ、技術、経験の全てが僕とは格が違う。
さっきの遣り取りで、こちらのスピードと剣撃の軽さがバレてしまったのも大きい。
さっきから、僕の攻撃は完全に見切られているのに対して、カイルさんの剣の切っ先は確実に僕の体に掠っている。
本物の刀剣なら、体中がスパスパ斬られてしまっている所だ。
おまけに体力の差も歴然だ。
こちらはもう、息も続かない。
──一旦、呼吸を整えるため、距離を取る。
カイルさんは追撃してこない。
「本気」と言ってはいたが、こんな絶好の追撃チャンスを見逃せるほど、まだ余裕のある戦い方が出来ている、という証拠だ。
くっ、せめて、一矢報いるくらいは、させてもらう。
範囲を至近距離に絞って『空間把握』を発動!
これで、周囲2、3メートルの空間なら、目で見る事無く物体とその動作を把握できる。
…では、最後の攻防行ってみようか!
今度は、カイルさんの周りを最高速で移動する。
…息切れが近い体にはキツい。
そして、普通なら有り得ないタイミング、角度でカイルさんの剣を叩く。
1度や2度なら偶然と思えるだろうが、5回くらいそれが続くと、流石におかしいとカイルさんも思い始める。
そうやって、意識がわずかに持っていかれたタイミングで、足を掛ける。
完全に死角から不意を突いたつもりだったが、それで倒れるカイルさんでは無かった。
しかし、姿勢は崩した。
その刹那、僕はカイルさんの正面に回る。
あとはこのまま剣を突き出すだけだ。
(獲った!)
(獲られた!)
この瞬間、二人の間に結末が共有された。
あとは──
タッ!!
僕は大きく後ろに飛びずさる。
そして、構えを解きカイルさんを正面から見て話す。
「負けました。」
「…は?」
必敗の形から突然、敗北宣言が告げられ、理解が追い付かない様子のカイルさん。
そこへ、僕が更に言葉を続ける。
「これ以上は、打つ手が、ありません。…僕の、負け、です。」
演技でも何でも無く、息切れしている僕は、途切れ途切れ話す。
発動していた魔術が同時に途切れてしまい、無茶をして動いたツケが、どっと押し寄せて来ている。
「フンッ、なんだ結局負けてるじゃないか。あんなに威勢の良いことを言っておいて、このザマか?」
…いや〜、いっそ安心するよベルド君。
精一杯頑張った弟に、それは無いんじゃない?
まぁ、ベルド君にどう思われても、どうだって良いのだけれど。
本命はセーム様、それ以外の家族がどんな反応をしようと、僕の目的に影響は無い。
「…ナグラよ、クローをウチで預かって良いか?」
これまで成り行きを黙って見ていたセーム様が、ナグラに問いかける。
「…はぁ?い、いえ、こちらは構いませんが…。」
「そうか、では良いな。クローは今回、このままワシが領まで連れて行く。構わんな?」
どうやら、セーム様もその気になってくれたらしい。
「は、はい。ですが本当にクローでよろしいので?」
「分かって無いな。例えばだ、パーティ等に参加した際に、カイルをずっと側に居させるば、こちらが警戒しているようにも見えるだろう。」
カイルさんの名は知っている人も多いそうなので、そう思われる事もあるかも知れない。
「だが、クローを連れていれば、親戚の子を預かる私の美談にはなっても、警戒していると思われることは無い。それでいて、クローは一時であればカイルと拮抗出来るほどの腕前と来ている。」
「しかし、ほんの一時守れる程度でお役に立ちますか?」
「一時程度で十分なのだよ。なにせ、そういった場ではちゃんと緊急時のために護衛を控えさせているのだから。逆に、控えている者でも対処出来ないような事態であれば、カイルを連れていたとしても、どうにもならん。」
「…なるほど。」
ナグラも納得したようだ。
これで、難関はクリア出来たようだ。
だが、僕の本命は、むしろこれから。
「…と、いうことだ、クロー。不足は無いな?」
ナグラと話をつけたセーム様が、僕に問いかける。
こちらの息は、もう整えている。
「はい。ただ、一つお願いがございます。」
「ん?言ってみよ。」
「はい。僕の身の回りの雑事をするメイドを一人、一緒に連れて行きたいのですが。」
「なっ…!」
これまでの事も驚きなのに、更に僕が予想外の事を言い出し、言葉に詰まるナグラ。
「メイドか?誰のことだ?」
一方、セーム様は落ち着いている。
沈着冷静、僕もこうありたいものだ。
「ルミ、前へ。」
僕は、皆の後ろで見ていたルミに、前へ出るように促す。
ルミはそれに応え、控えめに皆から一歩前に出る。
「…ほぅ。」
ルミを見て、セーム様が少し驚いたような声をあげる。
これが僕の本当の目的だった。
この家で行われていたことを明るみに出した場合、家族はどうなっても良いのだが、使用人がどうなるかが心配だった。
ほとんどが関与していない者ばかりで、罪に問われることは考え難いが、領主が代わる際のゴタゴタで辞めざるを得ない者は出るだろう。
その懸念がある者の一人がルミだ。
しかも、ルミには身寄りが居ない。
ゴトーさん達が何とかしてくれる可能性もあるが、そんなあやふやな可能性にルミを委ねるつもりは毛頭ない。
仮にここでセーム様に、ルミを連れて行くことを断られた場合、僕もセーム様のもとに行かないつもりだ。
その時は…そうだなぁ、ルミを連れて旅に出ようか。
「おい!勝手を言うのはいい加減にしろ!そんなみに───」
またかね、ベルド君。
悪いけど、君の意見なんか聞く必要、無いんだよね。
「セーム様、ルミはメイドの仕事はもちろん、読み書き、計算も出来る才女です。きっとお役に立てるはずです。」
ベルド君の言葉を遮り、僕はセーム様に向けてルミのアピールをする。
ベルド君の言いたい事は、なんとなく分かる。
ルミの褐色の肌の事だ。
それを忌み嫌い、遠ざけようとする貴族は多い。
…セーム様もそうであれば、この話はここまでだ。
「クロー、いい加減にせぬか──」
駄目か!?やはりセーム様も…。
「見れば、そこのメイド…ルミだったか?彼女に何も話して無いのであろう?戸惑っているではないか。」
………あ。
しまった!!
ルミ自身が、ここに残りたい、と思う可能性を考えていなかった!
ルミなら、僕が一緒に来て欲しいと言えば、付いて来てくれるものと、自然に考えてしまっていた。
「す、すみません。僕の考えが足りませんでした。」
指摘に対して、素直に反省する。
「うむ。…で、ルミ。キミはどうだね。私としては、雑務をしてもらえるのは、とても助かる。…優秀なのは、カイル以外はだいたい息子の方に取られてしまってな。」
僕の答えに満足したセーム様は、次にルミに問いかける。
「私は、クロー様がいらっしゃるならば、何処までもお供致します。」
ルミは真っ直ぐセーム様を見つめ、淀み無くそう答えた。
──ルミ!
ヤバい、ちょっと泣きそう。
「そうか、ありがとう。…ナグラ、そう言うことだ。二人は引き受けるが、文句ないな?」
「はい、いや…クローはともかく、ルミは…大丈夫ですか?」
「なんだ?問題でもあるのか?」
「いえ、能力面は問題無いでしょうが…この容姿では…。」
「肌の色の事を言っているのか?…く──」
そこで、セーム様は言葉を止め、小さなため息をついた。
「──肌の色の事なら、私は気にしない。それ以外で何も無いなら、この話は決定だ、よいな?」
「は、はい。」
最終的に、ナグラとセーム様の間でも、話が済んだ。
こうして僕は、この世界に生まれて初めての引っ越しをする事になった。
よく考えれば、領の外に行くのも初めての事だ。
僕が国を追われる一年前の出来事だった。




