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05_1か月

一日目。

「はいっ!」

「…おぉっ!スゴイ!なんかほわほわしたのが体に纏わり付いてる!?」

「今、貴方に『魔力感知』を掛けたから。少しの間、身の周りの魔力を知覚出来るようになってるんだよ。効果が効いている内にその感覚に慣れていきなさい。感覚が掴めれば、私の補助が無くても自分の魔力くらいは分かるようになるさ。」

「はい!」

さっそく、自分の魔力を感じつつ体を動かしてみる。

ぶんぶんっ。

ふるふる。

くるっくるっ。

「ふふっ、その調子。」

のび〜〜〜。

びょ〜ん、びょ〜ん。

「…ん?」

…波立たせてみたりして。

うねうねうね〜。

「…え?」

…1…2…さ…うぁ、むず!

「ちょい待ち!」

「はい?」

「…今、魔力で数字を作ろうとしてた?」

「はい、動いてみたら割と思った通りになるので、試しに…流石に難しいですね。」

「…」

おや?何故か呆れたような顔をしてらっしゃる。

「あのね?最初は自分の体の動き通りに魔力が動くことを理解して、それから自分の思うように動かせるよう練習してゆくのよ?普通は自分の意思で魔力を動かす感覚を掴むまで、一週間は掛かるものなの!」

「え?…そうなんですね。なんか…前世では無かった感覚なので、逆に簡単に意識できました。」

3…4…5…

うん、ちょっと慣れてきた。

「…ねぇ、今、私の魔力を知覚できる?」

「へっ?え〜と…いえ、分かりませんね。」

あれ?さっきはちゃんと知覚出来てたのに…今は自分の魔力しか分からない。

「…大丈夫よ。私が掛けた『魔力感知』の効果が切れただけだから。」

「な〜んだ!…でも、自分のは知覚できてますよ?」

「…そうね、つまり貴方は自力で魔力が感じられるようになってる、ってコトよ。人族の魔術師はだいたいそんなもの、私達エルフ族や魔族だともうちょっと周囲も、常に感じられるようになるものだけれど。」

「え…じゃあ、今日のカリキュラムはこれで終わりです?」

「そうね…ちなみに、今、見えている魔力を体内に留めることは出来る?それが出来ると、外に垂れ流すことが無くなって、体が健康になったり、普通の人族と比べて老化が遅くなったりするのだけれど。」

えっ、それ前世の漫画でやってた!

「やってみます!」

え〜と…確か…

心を落ち着かせて、全身の力を抜いて自然体で、目も閉じる…

あっ、目を閉じても魔力は知覚出来るんだ!?

へぇ〜〜…

おっと、今は集中しないと…

…体を覆う魔力を落ち着かせて…

そのまま体の中に沈めていくイメージ…うん、できた。

読んでて良かった、あの漫画!

…結局、新大陸どころか、王位継承編も見届けられなかったけどね…

「うぁ…出来るんだ…」

…なんかもう、ドン引いてない?

「…じゃあ、今後は常にその状態で居られるように意識なさい。慣れれば寝ている間もその状態を維持出来るようになるわ。…ツウィル、もう書けてる?」

ナズナが奥の部屋に居るツウィルさんに声をかける。

二人でこの部屋を取ってるらしいけど、ツウィルさんはなかなか顔も見せてくれない。

ナズナ曰く、人族が苦手、らしい。

エルフの話ではよく聞くけどね、人族が苦手とか、嫌いとか。

やっぱり居るんだね、そういう方も。

「…あの…これ…」

消え入りそうな声で、片手だけ部屋から手を出して、何かを渡そうとしてる。

「ありがとう。…うん、大丈夫。はい、これ。」

ナズナから羊皮紙を渡された。

「…なんです、これ?」

「ルーン文字の一覧よ。ツウィルに書いてもらったの。ここらの共通言語標記で発音も書いてもらったから、明日まで覚えられるだけ覚えて来て。」

あー、これは、アセンブラコードに使える文字、ってコトかな。

「ありがとうございます、分かりました。」

向き直ってツウィルさんににもお礼を言う。

「ツウィルさんも、ありがとうございます。」

「!……。」

奥へ隠れてしまった。

「ふふっ、女の扱いは魔力のようにはいかないみたいね?」

「いやぁ、初対面で悪口言われないだけ、まだましですよ。」

「…そんなことあるの?」

「傍から見れば、悪徳領主のバカ息子、ですからね。たまには言われますね。」

「…苦労してるのね。」

「う〜ん、そういうこともある、って割り切るようにしてますよ。百人中百人に好かれることなんて、無いわけですし。」

「達観してるわね…」

「もっと幼い頃は荒れてましたけどね。それに、今はメイドやギルドの人達、町の人達とも仲良くやれてますからね。」

「…」

「…」

「あ、すみません。なんか、偉そうに言っちゃって。今日は帰りますね。」

「う、うん。また明日…」

ナズナの言葉を背に、部屋を出る。

な〜んか、上手く行きすぎて、調子に乗ったなぁ。

気を付けよ。



5日目。

『灯り』!

パッ!その場に魔術の灯りが灯る。

「おぉっ!出来た!出来ましたっ!」

「…ぃや…うん。」

ドン引きじゃないですか?

「えーと…一応、弟子が初めて魔術を成功させたんですけど?」

「うん、おめでとう。いや、だって始めて一週間も経ってないんだよ?そりゃ驚いてはいるけど、それ以上に引いちゃってるわよね。」

魔術を発現させるためには、発現した結果を正しくイメージしたうえで、結果を起こさせるためのソースコードを、「魔力の通った波長」で入力する必要がある。

初心者の人族は、「波長」を声で発生させ、それに魔力を乗せるやり方が、一番やり易い。

その「波長」が、いわゆる「呪文」というものだ。

この「呪文」は、文法・語句とも、ちゃんと理解してないといけない。

一番単純な『灯り』でも、「呪文」を覚えて、一句も間違えず発声、その「波長」に魔力を共鳴させる、ことが出来るようになるまで4日掛かってしまった。

「結構、頑張ったんですけどね…」

「いや!出来ないから!どんなに覚えの良い者でも、2ヶ月は掛かるものだから!こんなの、頑張りじゃあどうにもならないから!才能だよ才能!」



10日目。

「…っと、どうですか!?」

「…」

「…?…あれ、ナズナさん?」

「…なんか、目眩がしてきた…あなた、今、自分が何したか絶対分かってないでしょう!?」

…あれ?これは…流石にあの台詞言うべき?

「…僕、また何かやっちやいました?」

「…初級の魔術とはいえ、火・水・風・土・光・闇の全属性魔術に加えて、治癒魔術と黒魔術まで発現するなんて…人族の国では「賢者」の称号に値するわよ!」

「賢者」…なんか不名誉な響きに聞こえるのは、前世に引っ張られすぎかな?

「…それって、そんなに凄い称号なんですか?」

「そうね…宮廷魔術師でも、筆頭の地位は間違いないわね。流石に今の初級魔術しか使えない状態では無理だろうけど、どうせキミなら色々と覚るだろうし。そうなればどこの国でも引っ張りだこだね。」

「えぇ…いや、それは面倒ですねぇ。やっぱり、バレないように隠してないと駄目か…」

「あぁ、その気持ちは分かる。私も里のお偉いさんにゴチャゴチャ言われるのが嫌で飛び出して来たクチだから。」

「えぇ〜…、王宮勤めなんて、貴族の最高目標なんじゃないんですか…?」

おや、ツウィルさん。

蚊の鳴くような声ながら、会話に参加してくれるようになって、ちょっと感動する。

「王宮なんて、序列重視で究極の閉鎖社会じゃないですか?ちょっと願い下げですね〜。そういう所は地位や名誉を心から愛せる人が行けば良いですよ。僕は愛せません。」

「…」

ちなみに今は、いつもの宿屋でなく、ちょっと歩いた所にある空き地に来ている。

流石に部屋で火や水の魔術を使うわけにはいかないしね。

ツウィルさんは部屋に残るかと思ったけど、一人で残っている方が嫌なようで、付いて来た。

あんまり人目について、余計な噂をされるのは避けたかったのだが、ナズナ曰く「『人避け』の魔術を使ってるので大丈夫」らしい。

その効果か、これほど人目を引きそうな美女と美少女を誰も気にしていない。

魔術って便利だなぁ。

「そんなことより、そろそろ魔術書を見せてもらっても良いんじゃないでしょうか?」

「え?…ま、そうね。良いわよ、宿屋に戻ったら貸してあげるわ。写本の方だけどね。」

魔術書は、謂わばソースコード集だ。

最終課題である「新しい概念の魔術を解読・発現して見せて、ナズナに教える」ため、魔術書を片っ端から解読して(なんなら、写本を作って)ナズナの課題に見合ったもの選ばなくてはならない。

「ついでにだから、ここで無詠唱魔術の練習もしていく?」

「…あ〜、期限が短いので、会得できるとは思ってなかったですけど、要領は知っておきたいですね。」

無詠唱魔術、その名の通り呪文を唱えること無く魔術を発現させることを指す。

言うまでもなく高等技術で、魔術を極めた者だけが為せる業とされている。

これが出来なくても最終課題クリアには関係は無く、一ヶ月という短い期間に余計なことまでやっている余裕は無い。

ただ、もしも課題をクリアして今後も魔術を使えることになったら、無詠唱魔術も会得してゆきたいと思っている。

なので、一人で練習していくためにも、やり方は聞いておきたい。

「オッケ!今、貴方は呪文を唱えて、呪文に魔力を共鳴させて魔術を発現しているのだけど、そこから「呪文を唱える」工程を省いてしまえば、無詠唱での魔術発現になるわ。」

「えぇ〜…いや、それはそうですけど…」

「フフッ、そうよね。そんな簡単な事のように言われても困るわよね。」

パッ!

ナズナが不意に手を掲げたと思ったら、そこに魔術の明りが灯る。

「…でもね、これはそれほど難しいことじゃないの。魔獣は言葉を話さないし、呪文も唱えない。けれど、強力な魔術を放つこともあるわ。声を発すること無く、魔力で声を出し、魔力で呪文を唱えるの。」

「…」

なんとなく、言いたいことは伝わった。

要は、声に頼らず、魔力そのものを震わせ、音階を、波長を奏でるということなのだろう。

辺りはいつの間にか、夕闇が迫る時間になっており、先ほど放たれた灯りが三人をほんのりと照らし出していた。

「…もうこんな時間か…今日のところは、もう帰ろうか?」

「そうですね…」

「…」

その日の帰り道は、誰に気付かれるわけでもないのに、三人とも口数が少なかった。



11日目。

「昨日の夜、気分転換に何気なくやってみたら、なんか出来ました。」

「キミな、そういうとこだぞ!!」



16日目。

「うう…流石に眠い…。」

「なんだい?あまり寝てないのか?」

「はい…魔術書の解読が、やっぱり時間かかってしまって…。」

「ま、そりゃあそうなるよね。あの量はエルフの魔術師でも、読み込むのに半年はかかるだろうからね。」

「そうなんですよ。写本を取りながらだと更に時間がかかって…やっと昨日で、どんな魔術が書かれているか、ざっくり目は通しました。」

時間は掛かるものの、自分の将来のためになることだと理解出来るものだから、苦ではない。

長くてもあと二週間という終わりも見えていることだし、二徹やら無茶をさせられてた社畜時代よりは、遥かに有意義だ。

「…それも凄いことだけどね。もう、文法には慣れたのかい?」

「なんとか…でも、いくつか分からない箇所があるので、聞いて良いですか?」

前世では、いきなり別の出向先に行かされて、これまで携わってこなかった言語でコーディングしろ、と言われることもよくあった。

それの延長と考えれば、呪文を言語として覚えるのは、そこまで難しいことでは無かった。

「ああ、なんでも聞いてくれ。この魔術書に書いてあることは全部分かっているからね。」

「…え?…今、なんて…?」

「うん、だからこの魔術書に書かれていることは、全部分かっている、と言ったんだよ。」

そう言って、ニッコリと笑うナズナ。

…自分でも血の気が引くのが分かる。

「…あの、最終課題の「新しい魔術を教える」って、もしかして、この魔術書に書いて無い魔術を考えなきゃダメ、だったりします?」

「まあ、そういうことになるね。」

「ええぇぇぇぇっ!?」

しまった!何故か、その可能性を考えてなかった!

あと二週間で1から新しい魔術をコーディングするのは、難しすぎる!

「フフフ、今更、課題の難易度を実感した、というところかな?…でも、そうだね…もう一つ方法はあるよ?」

「え?なんですか?」

「さっき、魔術書に書かれていることが分かる、と言ったけど、それは「書いてある文言が分かる」ということでね?意味まで完全に理解出来てるわけじゃないのさ。」

例えば、とナズナが魔術書をペラペラと捲ってゆく。

「…ここの呪文は、体がフワ〜っと軽くなる魔術なのだけど、途中に出てくる「大地の早さ」とかいう語句の意味が分からないんだよね。」

…ん?

なんか、気になる点はあるけど、一旦、保留する。

「あと、これ!タイトルからすると、収納が出来る系の魔術のはずなんだけど、座標標記が他と明らかに違ってるし、語句も意味が通じなかったりで、発現もしないんだよね。これは私だけでなく、私の師匠達の間でも代々謎とされてたみたい。」

「代々謎って…じゃあ、そもそもそれは誰が書いたんですか?」

「はっきりは伝わって無いのよ。里のジジイ共は神代から伝えられたもの、と世迷言言ってたわ。」

…エルフのお爺さんて、いったい何歳なんだろう。そんな方達が言うなら信じそうになるけど。

「…ちなみに、ナズナさんは『収納』の魔術を使えるんですよね?」

「あれ?ソレ言ったことあったっけ?」

「聞いたことは無いですね。でも、旅をしてるのに手持ちの荷物が少ない、ってことはそういう事ですよね。」

ナズナに初めて会った日も、ほぼ手ぶらだったし、部屋に通うようになってからも、部屋の荷物は少なく、増えてもいない。

その割に必要な道具はいつも部屋に置いてある。

そんな様子を半月も見ていれば、魔術で物を整理していることは簡単に推測出来る。

「まあ、そうなのだけど、コレも結構、融通の効かない魔術なんだよね。」

「そうなんですか?」

「この呪文って、簡単にいうと毎回「空間を繋げてる」だけなんだよ。繋げる先の倉庫に仕掛けをして、繋ぎ易くしてるけどね。でも、倉庫を溢れるほど格納できないし、直径がカボチャくらいの物までしか出し入れできないし、別の場所に置くだけだからナマモノは悪くなるし、直接倉庫に入られたら簡単に中身が盗まれちゃうし、不満だらけなんだよ!」

「…それでも、テントとか直接持ち歩くより、身軽になって便利そうですけど…」

喋っているうちにヒートアップしたナズナに、ツウィルさんから冷静な指摘が入る。

「まぁね〜。贅沢な悩みだっていう認識はあるわ。」

「…なるほど、参考になりますね。話しを戻しますけど、他には不明な箇所のある呪文ってあります?」

「…そうね、あとは〜…」

そう言っていくつかの呪文を解説してゆくナズナ。

ナズナでさえ理解が難しいと言うだけあって、挙げられた箇所はいずれも難解な内容であった。

でも、最終課題のためには、この中から何か解読していくか、または、まったく新しい魔術をコーディングしなくてはいけない。

…最悪、逃げるか、それが無理なら謝り倒して勘弁してもらうか…ハハ、無理そ〜…

ま、出来るだけのことはやってみますか。



21日目。

「…では、ちゃんと安静になさって下さい。」

「うん、ありがとうルミ。」

カチャン

……はぁ。

やばい。

風邪をひいた。

もともと病弱キャラなのに無理をしたからか、知恵熱出すほど悩んでいたせいか…

いつもならナズナの泊まる宿屋に行ってる時間だが、この状態では行けないな。

かと言って誰かに伝言を頼むわけにもいかないし。

しかたない、事後報告になるけど体調が良くなってから、説明して謝ろう。

「…ナズナさん達、心配してるかな。」

「そりゃあ、心配するよ。もしかしたら逃げちゃったかも、と思ったよ。」

「えっ!?」

独り言にまさか返事があるとは思わず、びっくりして声のした方を見上げる。

「やっほ!来ちゃった。」

そこにはいつものように笑う魔法少女が居た。

「…ここ二階ですよ?ってか、よくこの部屋が分かりましたね?」

見ると窓が空いている。

今さら、ナズナが二階に上がったことには驚かないが、僕が居る部屋をどうやって見つけたのか?

「そうね、まず『熱源探知』でヒトが何処に居るか見つけて、『空間把握』で一人一人の容姿を確認するの。君くらいの子は一人しか居ないと聞いていたし、すぐ分かったよ。」

そんな魔術があるのか、便利だなぁ。

「…それ、あの魔術書に載ってましたっけ?」

「ああ、載ってるよ。」

へぇ、風邪が治ったら使ってみよ。

「そうですか…ええと、すみません、心配かけまして。」

「うん、まぁ君のことだから、何か理由があるとは思ったよ。流石に疲れが出たんだろう。体調が戻ったらまた来な。ツウィルも寂しがるしさ。」

「はい…」

「あとは、そうだな…君が来ないとなると、私達、手持ち無沙汰になってしまうんだけど、この町で暇つぶしが出来そうな所はあるかい?」

「そうですね…その机の一番上の引き出しを開けてみてくれません?」

僕が指さした先の机に、ナズナが歩いて行き、引き出しを開ける。

「これは、そろばん?」

カシャカシャ

ナズナが振って見せる。

「それを孤児院で見せれば僕の知り合いだと分かるはずなんで、作っている遊戯盤を触らせてくれると思いますよ。」

「へぇ、孤児院で。」

「あ、できれば何か差し入れしてあげてくれませんか?僕も最近、あまり行けてなかったので。お金はその机に入ってるのを、好きに持って行ってください。」

「ハハ、お金は要らないよ。これでも、困ってはないんだ。せっかくだから、ツウィルと行ってみるよ。あの子も子供相手なら大丈夫だろう。」

意外だが、ナズナとツウィルさんでは、歳が倍ほど違うらしい。

もちろん、ナズナの方が上で。

なのでナズナはツウィルさんを、娘か歳の離れた妹のように話すことがあるんだけど、違和感を感じてしまう。

…どうなってんだ、エルフ。

「…じゃあ、そろそろ帰ろうかな。家の人に見つかったら面倒だ。」

「あれ、人避けの魔術は使ってないんですか?」

「使ってるよ?けど、コレも欠点があってね、明確にこの部屋に用事のある人には効力が無いんだよ。だから、何も用のない空き地に居る人を無視させることはできるけど、貴方のお世話をするという、明確な目的があって部屋に入ってくるメイドさんには効かないんだ。」

「へ〜、なるほど。」

こういう細かな注意点って、大事だよね。

「…ねぇ?そうやって既存の魔術ばかり気にしてるけど、キミが今考えるべきは課題のことじゃないのかい?」

「はい、なんとか昨日、考えついた構想があるので、きっかけは出来たかと。」

「…いやキミ…いいわ、なんかツッコんだら負けな気がしてきた…」

まだ、完成の見込みは立ってないけど、こういうのはトライアンドエラーでツッパれば、行ける行ける。

もともとが無茶な課題なんだから、多少…でもないけど、無理を承知でやっていかないとね。

「あ〜、じゃぁあとは…『治癒』でもかけておこうか?」

「あの、お気持ちはありがたいですけど、風邪の時に『治癒』は体調を悪化させかねないので、遠慮します。」

「…え、ホント?」

『治癒』は呪文を確認したことがある。

あれは、自然治癒力を高める効果があるのだが、細菌が原因の風邪の場合は、体内に巣食う細菌も同時に活性化させてしまう可能性がある。

例えば、体力が弱まっている人の場合、治癒力はこれ以上向上することが見込めないのに、細菌の毒性だけ高めてしまう、という結果になりかねない。

今回の僕の病状が細菌によるものかは分からないが、下手なことはせずに、二年間鍛え続けた体力を信じて安静にしておくのが最善だと考えている。

ナズナにも簡単にそのことを説明する。

「教会の連中も、馬鹿の一つ覚えのように使ってる呪文だから安全なものと思ってたのに、全然そんなこと無いのか、びっくりだわ。興味あるから、今度その話ちゃんと聞かせてね。」

早く治してまた来なさい、と言ってナズナは窓の外に飛び出して行く。

…大丈夫なんだろうけど、心臓に悪いなぁ。

さて、突然の来訪で長々と話し込んでしまった。

ちゃんと休まないと、最後の課題に十全に臨むことが出来なくなってしまう。

「ちゃんと休む時は休まなくちゃね。」

思えば前世でも、そんなことを考えていた気がする。


「…んっ。」

目が覚めた。

気付けばもう夕暮れだ。

部屋の中も薄暗くなっている。

「お目覚めですか?」

ルミだ。

ベッドの側にずっと居てくれたらしい。

「うん、寝たら少し良くなった気がするよ。」

「それは良かったです。夕飯は食べられそうですか?」

「大丈夫、この部屋で食べるよ。」

あの家族と顔合わせて食べたら、せっかく良くなりかけた体調も、また悪化しそうだし。

「はい。準備いたします。」

これも二年間の成果だろうか、風邪くらいではルミもそこまで心配しないで対応してくれるようになった。

病弱キャラを少しは返上できたかな。

「クロー様ぁ!お加減どうですかぁ?」

「はぁ、チーコ!?なんで入って来てるの?風邪が伝染るよ!」

「すみません。どうしても一緒に食べると聞かなくて。」

チーコは最近雇われたルミの後輩だ。

メイドなのにルミと一緒に事務作業をやってくれている。

もともとは僕がセシルさんから請負っていた作業なので、罪悪感からいろいろ差し入れして機嫌を取ってたら、懐かれてしまった。

「だってぇ、普段は一緒の席で食べるなんて出来ないじゃないですかぁ?」

いつもは食堂で家族と食べるからね。

「でもホント、風邪を伝染したら申し訳ないよ。」

「大丈夫ですってぇ。ナントカは風邪ひきませんからぁ!」

…それって、今世の世界でも通じるんだ?

「バカですか!?馬鹿にあんな仕事なんて任せませんよ!」

「良いじゃないですかぁ。最近、クロー様にと話すことが無かったので、寂しかったんですよぉ。」

うっ、それを言われると弱い。

ルミも同じことを思っていたのか、強く言えないようだ。

「…この家で僕に取り入っても、良い事なんて無いよ?」

思わず本音。

「え〜?好きな人と居る方が楽しいから、いいんですぅ。最悪、私はここを辞めても帰れる家がありますからぁ。…まぁ、無茶苦茶怒られると思うんですけどぉ。」

う、若い子にそう言われると、心のオジサンが騒ぎ出してしまう。

「と、言うかクロー様、そもそも最近、何処で何してるんですかぁ?」

「…それは私も聞きたいです。」

諦めて三人分お茶を淹れていたルミまで参戦してくる。

「ゴトーさんに聞いても分からないと言われて…誰も行動を知らないらしいじゃないですか?」

…んっ?

誰も僕がナズナの泊まっている宿屋に通っていることを知らない?

僕は誰かに口止めするようなことはしていない。

だから、誰かは僕に気付いてくれてるものと思っていたのだけど。

たまたま気付かれていないだけか…?

町に行くときの格好だと、町の子と見分けがつかない、とか…


『人避け』の魔術!?


「…クロー様?」

はっ!

「う、うん。なんというか、秘密の特訓をしてて…」

「特訓…ですか?それで最近、夜にお部屋でブツブツ仰っていたんですか?」

ううっ…夜に魔術書を見ながら呪文唱えてた声がルミに聞こえてたのか…

「え…ソレってぇ…ふ〜〜ん?」

…なにニヤニヤしてるの、チーコ?

「だってぇ、クロー様もそろそろ、そういうお年頃じゃないですかぁ?」

あ、やっべ。絶対勘違いされてる、これ。

「もし、そういうことに興味がお有りなら、お相手しても良い…」


ダンッッ!!


「ひっ!?」

フォークを握りしめ、思い切り強く机に突き刺してるルミ。目も座っている。

「…クロー様に下品なことを言うんじゃありません。」

「はいぃ…。」

あ〜あ、チーコも涙目だ。

…チーコはちょっとは反省した方が良いか。

「クロー様…」

「はい!?」

やば、こっち向いた。

さっきのチーコの言葉に、心のオジサンがニマニマしてたのが顔に出ていただろうか!?

「その特訓とやらは、女性に関わる内容なのですか?」

いや、女性に会いに行ってるのは間違いないけど、別に恋愛というわけではないし…

「関ってはいる。でも、恋愛とか性的な話とかでは無いよ。」

正直に言うことにした。

ルミに嘘は付きたくない、出来ることなら。

最悪、ルミだけになら、全部話してしまっても良いとまで思っている。

「…分かりました。クロー様がやましい事が無いと仰るなら、信じます。」

黙ってじっと目を見つめていたルミだが、しばらくしてそう言い、それ以上追及はしてこなかった。

そして、その後は何も無かったように、三人で夕飯を食べた。

…チーコはいつもより静かだったけどね。


食後、チーコに食器を任せて僕と二人きりになると、ルミが言いにくそうに語りかけてきた。

「クロー様…あの…さっきの話ですが…」

「ん?」

どの話のこと…

「…クロー様がお望みであれば…私などで良ければ、お相手いたしますので…」

へっ?

「アッハイ…」

「…で、では失礼します!」

カチャ…バタンッ。

え?…ルミさん…!?

えっ!!?ルミさんっ!!?



22日目。

昨日の夜の衝撃で、な〜んも考えられなかった。

ただ、安静に過ごした結果、夜にはすっかり体調は良くなった。

ちなみに、ルミは普段通りお世話をしてくれている。

…何か言った方が良いか?

でも、いつかこの家を出て行くことを思うと、手を出すのは憚られるのよなぁ。

親父君と同じ、になってしまうのも嫌なポイントだ。

何もリアクションしないのも、「貴女に興味ありませんよ」と言ってるようで、失礼な気がしてならないし…。

…うん、一旦保留で。

丸一日ほど完全に忘れてたが、課題があるんだった。

あと一週間はこれに集中しないと!

夕食も終え、一人になってから『防音』と『灯り』を使う。

これで魔導書もちゃんと読めるし、音漏れして変に勘違いもされないだろう。

無詠唱で使えれば問題も無いだろうけど、現状、簡単な呪文しか無理だし、かと言って無詠唱を練習する時間も、今は無い。

家で魔導の練習をする時は、ナズナから聞いた『防音』で対処することにする。

…さて、課題も大事なんだけど、『空間把握』も気になる。

あまり難しくない呪文のようなので、ちょっと試してみよう。


『空間把握』!


おお、すごい!

屋敷の構造と、何処に人が居るのか分かる!

色は分からないが、形状が頭の中に見えてくる感じ。

範囲も指定できて、今は自分を中心に半径50メートル内の様子が手に取るように分かる。

…髪型・体型・服装から、人の判別も出来るな、これ。

ルミさん…なんで部屋の前で待機してるんですかね?

あ、チーコに気付かれて話し出した。

『防音』してるからあちらの声も聞こえない…あ、ルミがチーコを連れて行ってしまった。

え〜と、あとは…上は屋根裏だけで何も無い。

下は書斎…か?そう言えば入ったことの無い部屋だった。

……あ?

隠し…通路…?

『空間把握』を、方向指定・範囲拡大して掛け直す。

あのさぁ……

親父君……

死ねよ



24日目。

「やぁ!今日は来たんだね。二日ぶり。」

ツウィルさんもコクコクと頷く。

「あの…すみませんでした、ツウィルさん!」

「…っ!?」

勢いよく頭を下げる僕に、声も出ない様子のツウィルさん。

「…あ〜…気付いちゃったかぁ。」

ただ、頭を下げ続ける僕。

やがて、ツウィルさんが声を掛けてくれる。

「…いいです。貴方が…悪いわけでは…ない、ですから。」

絞り出すような声に、また心が苦しくなる。

「キミと初めて会った日の早朝だよ、ツウィルを助け出したのは。」

…やはりね。

「偶然だった。街道近くで野宿をしてたら、夜中に荷車が通る音がしたんだよ。不審に思って確認したら…荷物が同族だったんだ。流石に見捨てられなくてね。追いかけたら屋敷に運ばれたんで、思い切り暴てから逃げてやったのさ。」

アハハ、と笑うナズナ。

うん、まったく笑えない。

僕が一昨日見つけたのは、単なる隠し通路ではなかった。

地下にあったのは監禁設備と…そこに囚われた人間だった。


人身売買。それは、この国では違法とされている。

全ての人身は国王の臣民であり、これを国王の意思に依らずに、臣下が勝手に売買することは禁止されている。

この法は貴族・王族にも適用される。

例外として、犯罪を犯した者を国に認められた機関が売買すること、だけは認められている。

父親に確認した事は無いが、我が家がそんな資格を持っているという話は聞いたことが無いし、仮にそれができるてしても、そういった人間は役場で管理されるはずだ。

なので、仮にツウィルさんがこの国で罪を犯したとしても、我が家の地下に運び込まれることなんて、ありえないはずだ。

ちなみに、地下への入り口は、屋敷の裏口近くの東屋にもあり、普段はそこから「荷物」を出し入れしてるものと思われる。


「聞いたところによると、ツウィルは少し離れた森にある里から、近くの町まで行く途中で拐われたらしいよ。ホントならすぐにでも里まで送っていきたかったが…」

「…僕のせいで1ヶ月この町でに居ることになってしまった。だから、町中ではいつも『人避け』を使ってたんですね?」

「そう。いくら人が多いと言っても、エルフは珍しいからさ。噂にでもなったら危険だと、ずっと姿を隠すようにしてたんだ。1ヶ月位ならなんとか保つだろうとね。」

「…初めて会った、あの日もですか?」

「そうだよ?だから驚いたよ、魔術師でもないのに『人避け』を貫通して私を見つけて、声をかけられたんだから。」

あの時の僕は、魔術師を探していた。

そんな僕が「魔法少女」を見かけたから、スルー出来なかったのだ。

ただ、「魔法少女」という概念を知らない、この世界の人にとっては、ナズナの普段の服装は「貴族の服」と認識されるだろう。

人攫いでもない限り、貴族の少女に積極的に関わろうとする人は居ないはずだ、面倒くさいし。

それを見越してそんな服装にしてるのなら、ナズナの見方も変わる所だが…

「…んぇ?」

…うん、偶然だろう。

ただ単純に、ナズナが好きで奇抜な服装をしてるだけだと思われる。

「…なにか失礼なこと考えてないかい?」

なぜ分かる!?

話題を逸らそう。

「え〜と、ナズナさんはこれ以上、ウチで暴れるつもりはありますか?…別に僕に気を遣うことは無いですよ?」

「いや、そんな面倒なことはしないよ。前回は偶然、同族を見掛けたのと、寝ている所を起こされてムカついただけだし。」

((絶対、『同族』の方がついでだこれ…))

ツウィルさんの表情を見るに、どうやら同じことを思っているらしい。

「それで、キミはどうする?」

「えっ?」

「親の所業を知ったキミはどうする?…この町から出て行く気なら、連れて行っても良いけど?」

「!?」

それは正直、魅力的だ。

これからも魔術を教えて貰えるということだし、何よりナズナもツウィルさんも僕は好きだ、ヒトとして。

…でもなぁ。

「せっかくのお誘いですが…自分の親のことだけに、放置は出来ません。今すぐ、は無理ですが、必ず相応の報いを受けさせて見せます。…そうでなければ、この町のみんなに申し訳ありません。」

自分は町の皆の税で生活させて貰っている。

それなのに、その恩を忘れて自分だけ逃げてしまう、ということは出来ない…したくない。

「そうかい…律儀だなキミは。」

「それを果たした後で、偶然、どこかでナズナさんと会うことができたら、その時はお願いします。」

「ああ、分かったよ。」


その後も結局、毎日ナズナの宿に通い続けた。

技術的なコツや、呪文の構文に関する疑問など、教わりたいことは次から次へと湧いていたからだ。

その間、ツウィルさんともちゃんと話せるまでになっていた。

そして…



30日目。

「さあ!見せて貰おうか?」

約束の最終日、僕は通い慣れたナズナの宿に来ていた。

課題は…正直、ギリギリだった。

呪文が完成したのが一昨日、ちゃんと発現させることが出来たのは昨日の夜だ。

これで満足して貰えるはずだが…。

「では、今からお見せします。」

「えっ?ここで大丈夫ですか?」

ツウィルさんが心配して声をかける。

「大丈夫ですよ。そのカップを取ってもらえます?」

どうぞ、とツウィルさんはカップを目の前に置く。

「『アイデムボックス』。」

僕は呪文を唱えると、何も無い空間からポッドを取り出して見せた。

そしてポッドからカップにお茶を注いでナズナに渡す。

「『収納』?…って、熱っ!?」

何も意識せずにカップを受け取ったナズナが、その熱さに思わず叫んだ。

「えっ?それ、いつ淹れてきたんだい?」

「今朝、出掛ける前です。」

「…!?」

今は昼過ぎ。

朝、淹れてきたということは、4時間くらい経っていることになる。

「…その『収納』魔術がキミの課題、というわけ?」

「そうです。」

「…どうなってるの、それ?」

「簡単に言うと、亜空間を作って、そこにモノを収納出来るようにしてます。」

「「あくうかん?」」

おお、ハモった。

前世のように空想の物語が沢山ある環境では、割と良く聞く概念だけど、こちらの世界では聞く機会も無いものかも知れない。

「この世界のにくっつけるように、魔力で作り出す空間です。この世界の外なので、時間が経過し難いし、この世界の何処にいても、間近にあるとも言えます。」

「…えっ。」

「収納する空間も、魔力で作り出すので広さは自在ですよ。」

「…収納する先に仕掛けを設置する必要は無いの?」

ナズナが聞いてくる。

「要りません。」

「収納する物の大きさは無制限、ってこと?」

「まあ、そうですね。でも、空間維持のために使用する魔力量は、その分多くなりそうですね。でも、使った感じでは…この部屋くらいの空間を維持するのに、2、3日毎に攻撃魔術一回分くらいの魔力を追加するだけで行けそうですよ?詳細はこれから検証しますけど…」

「あの、亜空間って、もし術者が亡くなってしまったら、中身はどうなるんですか?」

ツウィルさんも気になるみたいで、質問してきた。

「その場合、亜空間に残る魔力が一定以下になると、残った魔力で最後にこの世界に繋げた座標位置に中身をぶち撒けて、消滅します。」

なので、最後に開いた位置がマグマの上であったり、海のど真ん中だったりすると、その中身は誰にも回収されること無く、実質、全ロスとなってしまう。

この呪文、初回時はやたら長いが、亜空間を作る部分は1/4ほどで、残りはリストアップ機能など、ヒトが利用するために必要な追加定義が続いている。

なので、ちょっと見ただけでは収納魔術だと気付けない魔術師が多いのではないだろうか。

僕が気付けたのは…ひとえに、前世でひたすらソースコードと向き合っていた経験の賜物だ。

そのおかげで大量の呪文ソースコードと向き合う事にも耐えられた。

覚えたばかりのルーン文字(言語)でも、すんなり受け入れることが出来たことも含めて、社畜時代の経験が無駄にならず、感動すらしている。

「あ、ちなみに、詳しい注釈を付けて、誤記も修正した魔術書を渡しておきますね。」

「…スゴい。あの変数は亜空間の座標軸を表す変数だったのか!そう考えると納得だわ!」

興奮気味に言ってくるナズナ。

流石に理解が早い。

「…どうでしょう?これで課題はー」

「合格だよ!こんな便利な魔術を、呪文を知りながら埋もれさせていたなんて!教えてくれてありがとう!」

良かった。

念のため、オマケとして『重力操作』の話も用意していたが、要らなかったみたいだ。

「…?なにそれ?」

あれ、声に出ていた?

…まあ、いいか。隠す事じゃないし。

「前にフワ〜ッと軽くなる呪文、を聞いたじゃないですか?あれは、重力加速度を変化させる魔術だったんですよ。」

「「重力加速度」…って「大地のスピード」のことかい?」

重力加速度は、物を落とした時にどれだけ重力によって速さが増すか、を表したもので、物質の重さに比例する…はずだ。

まぁ、前世の前半で習った物理の知識なので、自信を持って言えないが。

ともかくこの呪文では、本来、体重が同じであれば同じだけ掛けられるはずの重力加速度を操作することが出来る。

値を半分にすれば体がフワ〜ッと軽くなるし、倍にすれば体が重くなり、鎧でも着込んでいたなら、歩くことすら出来なくなるだろう。

…と、言うことを説明してあげると、二人とも関心している。

「…すごいな、それも異世界の知識かい?」

「そうです。前にも言いましたが、前世の世界では魔術は無いものとされていました。その分、神様や精霊に拠らない自然法則の解明に力を入れていた感じですね。」

「そうか。いや〜、リスク込みでもキミに魔術を教えると決めて正解だったよ。」

「リスクって、この町に留まること、ですか。」

「それもあるけど…ねぇ?そもそも、課題がクリア出来なかった場合、私がどうやって記憶を消すと考えていた?」

「…?それは、魔術で…?」

「無いよ?そんな魔術。」

「………はあっ!?」

思わず間の抜けた声が出てしまった僕を見て、ナズナが爆笑する。

「…だって、あの魔術書にもそんな魔術無かったろう?」

「…!いや、確かにそうですけど…じゃあ、僕が課題をクリア出来なかったらどうするつもりだったんです!?」

「う〜ん…殴って記憶を飛ばす?」

いや、素でそんな恐ろしいこと言われても…

「アハハ、冗談だって。正直に言うと、初日から課題の結果に関わらず、合格とすることは決めてたよ。」

ナズナの本音に驚く。

「…え、何故?」

「キミに魔術の才能があったからさ。おまけにとびきり若い。」

そういった人物は種族に関わらず、得てして世の中に変革をもたらすものらしい。

例え今後一生、僕がナズナと会うことが無かったとしても、僕という人族が生きた軌跡を、世界に変革をもたらした痕跡を見つけて楽しむことができる。

それが娯楽の一つなのだとナズナは言った。

「もちろん、才能が有っても、気に食わない奴には、そんなことしてあげないよ。」とも付け加えて。

長命なエルフにしか出来ない、気の長い娯楽だよ。

ま、そのおかげで僕も魔術を習得することが出来たんだし、せいぜい、未来のナズナに笑ってもらえるような痕跡を残せるように、努力していこう。

「クロー君…。」

ひとしきりナズナと話し終えたところで、ツウィルさんが話しかけて来た。

そう言えば、ツウィルさんと会うのも今日が最後になるのか。

ツウィルさんはもともと森の中のエルフの里に住んでいたのを、無理矢理この町に連れて来られただけだから、ナズナの用が終われば一緒に町を出て行くはずだ。

ツウィルさんからすれば、一刻も早くこの町を出たいだろうに、僕のワガママで1ヶ月もここに拘束する形になってしまったのが申し訳ない。

「あの…私達は、今日にでもこの町を出ます。」

うん、そうですよね、寂しくなるなぁ。

「…ナズナさんに里まで送ってもらったら、この町に来ることも…無いと思います。」

…そうでしょうね。この町に居ると、もしかしたら自分を拐おうとした人間と会うかも知れないのだから。

「…だから、あの…最後に…ハグしても良いですか?」

…ん?

「……アッハイ、良いですけど…」

言われたら内容が頭に入ってこないまま、脊髄反射で了承してしまった。

あれ?これは…


ムギュッ


そんな内心に構わず、ツウィルさんは僕に抱きついてくる。

…しかも、結構キツめに抱き締めてくるものだから、体が密着して…その、当たっている。

「クロー君…」

…本人はまったく気にせず感傷にひたってるようなので、止めようもない。

「…ごめんね。ありがとう。」

そう言われて解放されるまで、十分くらい僕はずっと硬直して、されるがままだった。

もちろん顔も紅潮しており、そんな様子にナズナがニヤニヤ話しかけてきた。

「ごめんね〜。エルフって子供好きが多くてさぁ。ツウィルもそのぐらいにしときな〜?」

「えっ!?そうなんですか?」

子供好きって…子供にやさしいとか、母性的な意味で?

「ちょっ!ナズナさんっ!?」

…あ、あれ?なんで焦るの、ツウィルさん?

「エルフの里って同じような容姿の奴ばっかなのね?み〜んなヒョロッとして、顔も人族の価値観で言うところの美形ばっかり。だから、モテる基準が人族とは異なるわけ。」

へぇ…。

「性格面以外では、特徴的な部分がある方が注目され易かったりとかね。そして、なんといってもエルフに一番人気があるのが、私みたいに成人してるのに幼い容姿のままでいるタイプなの!」

…おや?

「さっきも言ったように、み〜んな外見年齢も同じなので、幼い容姿の者が希少で人気も出るのよ。」

…つまり、エルフには小児性愛嗜好の方が多いと?

「そういうこと。もちろん、本当に成人前の子に手を出すのはご法度なので、私みたいのが好まれるんだよね…。」

え〜〜…。

じゃあ、話の流れからツウィルさんもそうだと…?

「そういうこと。だってこの子、孤児院に連れて行った時なんてデレッデレだったんだよ?」

あ〜〜…それは、ちょっとヤバいやつかも?

僕が紹介しておいて、なんだけど。

「違いますっ!ただ、可愛いと思っているだけで、性的な目では見てないんですっ!母性です!」

ツウィルさんが、珍しく大声で必死に否定してくる。

「ツウィルさん、そういえばこの町に家族で入れる銭湯があるんですけど、最後に一緒に行きませんか?」

「えっ?それは、他の方に会わずに入れるんですか?」

「そですね。」

「行きます!行きましょう!!」

うん、本物だこのヒト。

「こら、分かり易く釣られるんじゃないよ。同族として恥ずかしいじゃないか。」

「釣り?えっ、ウソなんですか?」

「…いや、嘘ですよそんなの。綺麗に騙されて自白しましたね…。」

「そんな…ひどい…こんなに期待させて…」

ツウィルはこんらんしている。

…いや、これが素なのかな?

会ったばかりの頃の印象とのギャップが酷すぎる。

とりあえず、落ち着かせないと…。

「…ツウィルさん。」

「…えっ?」


チュッ。


「…ッ!!??」

ツウィルはまひしてしまった。

ホッペにキスくらいで落ち着くのか…実害は無さそうだ。

「ナズナさん、しっかり回収してって下さいね、このヒト。」

「ハハハ、もちろん。…しかし、随分、女性の扱いに慣れているんだね?」

「そんなこと無いですよ?嫌がるかも知れないヒトにキスなんてしませんし。ツウィルさんのような綺麗なヒトに好かれて、悪い気はしません。」

こう見えて、中身はジジイなものでね。

前世でちょっとした経験ならある。

…添い遂げた人は居なかったけど…ううっ、思い出したらダメージが…。

「…ナズナさんは子供好きではないんですか?」

話を変えよう。

「う〜ん、普通かな?私自身が必要以上に好かれて求婚されまくったりして、鬱陶しかったからさ。なんか、そんな気になれないんだよね。」

モテるヒトも大変だなぁ。

そんな苦労、僕は一切味わうことは無かろうけど。

「私はそれより人族のオジサンが好きだね。優しく紳士的で、私より若いのに肉体の老いに合わせて人格も熟成され、それでいて魔力はいつまでも瑞々しいままだ。私には時間に磨かれた儚い宝石のように見えるよ!」

…こちらは、オジサン好きかぁ。

「ウチの里のジジイ共も少しは見倣ってもらいたいよ。あいつら、魔力は濁り過ぎて頭も耄碌してるくせに、肉体だけは無駄にまだ動かせるから、余計なことばっかりしやがるんだ。」

エルフの長命さも、決して良い面ばかりじゃないんだなぁ。

しかし、いつもいつも辛辣な悪口しか聞かないけど、どんだけ強烈なんだ、エルフのお爺さんって?

「ま、そんなことより…ねぇ、キミには期待してるんだよ、クロー?」

「え?…魔術面の話です?」

「それもあるけど、君ならあと三、四十年もすれば、さぞ私好みのオジサンに成熟することだろう。早死になんかしないでおくれよ?」

「あ〜…善処します。」

何か変な期待のされ方をしてた!

なんなら、今でも中身はオジサンみたいなものなんですけどね。

「…さて、じゃあ名残惜しいけど、もう行こうか。日が落ちる前に隣り町までは行っておきたい。」

ナズナが言う。

用事が無いのであれば、警戒を続けなくちゃいけない町からはすぐに出たい、ということだろう。

「じゃ、最後に名乗りだけしておこう。」

名乗り?と思ったが、聞く前にナズナが続ける。

「私の真名はナズナ・キャリコウ・リア。北の魔獣の森のほとり、リアの里生まれのハイ・エルフの一柱だ。必要な時には私の名を出すと良い。エルフ絡みの事なら多少は効果もあるだろう。」

へぇ…ハイ・エルフ。

変わったヒトだとは思っていたけど…。

「っ!!ハイ・エルフ様!?」

あ、おはよう、ツウィルさん。

えっと…よく分かってないんですが、驚くほどのものなの?

「いや?ハッキリ言うが普通のエルフと差なんて無いよ。自分で仰々しく言っておいてなんだけど。」

「え、いやいや…ハイ・エルフは選ばれた存在で、現人神とまで言われている、と聞いたのですが…。」

「そういうのは、崇められる方と、崇める方で互いにメリットがあるから、そうしているだけのことさ。人族の国の王族と、やってる事は同じなんだよ。」

なんか生々しい話をきいちゃったなぁ。

部外者が聞いても良いものだろうか?

「本当なら隠しておきたい事実だからねぇ…ジジイ共はこんな話が広まったら、困るだろうね。」

いやそれ、もうわざと暴露してません?


そうやって話しつつ、旅支度を済ませはた二人と、宿を出て町外れまでやって来た。

もうこれで二人ともお別れか…。

「じゃあ、見送りはここまでで良いよ。」

「クロー君…お元気で…。」

二人の言葉にしんみりとしてしまう。

「ナズナさん、ツウィルさん、今までありがとうございます。道中、お気を付けて。」

僕の言葉に二人は短く答えると、背を向けて歩き出そうとする。

…。

「ツウィルさん!」

その背を向けて、もう一度声を掛ける。

「数年だけ待って下さい。この領からホーンテップ男爵家を排除しますから。そうすれば、野盗もこの町には迂闊に近寄れなくなるでしょう。ツウィルさんも気兼ねなく孤児院に来れるようになりますから。」

ツウィルさんは振り返り言う。

「えっ、それは嬉しいですが、そうしたらクロー君はどうするんです?」

「僕ならなんとかしますよ。それに…。」

「…それに?」

「その頃には僕も成長して、ツウィルさんの好みに合わなくなってると思うので、気にせず大丈夫ですよ。」

ニッコリと笑ってそう言うと、何故かツウィルさんは怒り出してしまった。

「ち、違いますよ!?別に私は子供しか愛せないような異常者じゃぁ…もうっ!ナズナ様のせいで、すっかり変態扱いじゃないですか、私っ!」

「大丈夫ですよ。種族間の価値観の相違には理解があるつもりですよ、僕。」

そうじゃなくて、答えようとするツウィルさんをナズナが制す。

「いや、何も違わないよ。それより、キミの里に送った先で「様」呼びしたり、私がハイ・エルフだと明かすのは禁止だよ?ウチに通報されたり、追手を向けられたりしたらかなわないからね?」

…どれだけ放蕩してるんですか、ハイ・エルフ様。

やがて言い合いながら歩く二人の姿は小さくなっていく。

「また、二、三十年後に会おう〜!」

「またどこかで必ず会いましょう、クローく〜ん!」

そう言って手を振る二人に、僕もいつまでも手を振り返していた。


さて、これでまた新たな目標が出来たわけだ。

実家と実家に繋がってる人身売買組織を潰す。

うん、難しそう。

でも、これまでもこれからしばらくの間も、支えてくれた町の皆へ少しでも恩返しをしなくちゃいけない。

あんな領主、早めに居なくなってもらった方が良いに決まっている。

ツウィルさんとの約束もある。

幸か不幸か僕はホーンテップ家の内部の者なので、証拠は手に入れ易いだろう。

そう、思いを新たに僕は一人、家路に着くのだった。


当年十歳、僕が国を追われる三年前の春の出来事である。

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