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04_出会い

「…んぅ?」

あれ?なんで目が覚めたんだ?

まだ外も暗い。

前世の後期、オジサンになってからは、夜に断続的に目を覚ますことは珍しくなかった。

だが、今世では幼い体のせいか、夜中に目を覚ますなんてことはなかった。

…あ、揺れた?

机もカタカタ鳴っている。

懐かしい。

前世の島国では頻繁に地震が発生していたっけ。

夜中に地震が起きる際は、何故か揺れの数十秒前に目が覚めてたものだ。

…揺れの強さも大したこと無かったし、すぐに収まったので実害は無さそうだ。

ここは内陸だから津波の心配も無いだろう。

…寝よぅ。

コンコンッ。

んっ?

「…クロー様…」

「あれ、ルミ?」

カチャリ。

ドアを開けると、寝間着姿のルミが居た。

「申し訳ありません。今しがた屋敷が揺れたので、心配になり…」

ああ、こちらの人達は地震に慣れてないものね。

避難訓練もやったことないし、どうしたら良いか不安なのだろう。

…でも、だからって夜中に殿方の部屋に無防備に入ってくるのはどうなんですかね?

何も言わずスッと中に入ってきたルミは、ベッド脇の椅子に腰掛ける。

「…あの、今日は朝までここに居て良いでしょうか?」

…はい?

「…いや、椅子で寝るつもり?」

「はい、お邪魔でなければ…」

「そんな、体がおかしくなるよ!」

かと言って、この部屋にソファのようなものは無いし、床に寝かせるのも偲びない。

「…じゃあ、一緒に寝よう。」

「えっ!?」

いや、なんでそこは赤くなるの!?

そういうこと意識しないから部屋に来たんじゃないの?

こちらまで動揺しちゃうので止めてもらいたい。

「…嫌なら、僕が床で寝るけど?」

「…っ!いえっ、大丈夫ですっ!」

うむ。

僕のベッドもそれほど大きくは無いけど、ちょっと小柄なルミと僕なら余裕は有りそうだ。

先にルミを寝かせると、ルミは布団をめくって呼びかけてくる。

「…では、どうぞ…」

いや、言い方ぁ!

…落ち着け、動揺するな!

スッと入って、何事も無いように寝てしまえば…

ギシッ。

「…失礼します…」

ルミさん?背を向けてるのに、なんで抱きついて来るのっ!?

鎮まれ!鎮まれぇぇぇっ!


「…んぅ?」

気が付くと朝だった。

あれから気絶してしまってたらしい。

ルミは…

ムィッ。

…え?

何故向かい合って頭を抱えられて体格的にちょうどその辺りにすごい熟睡してる起こすのもかえってあああああっ!

鎮まれええぇぇぇっ!!!


「伝え忘れていたが、今日、害虫駆除業者が来る。悪いが皆、夕方まで屋敷から出ていてくれないか?」

「「えぇっ!?」」

朝食の際に、ナグラそんなことを言い出した。

僕以外の家人は、突然のことに思わず声を上げている。

…僕はもう、早朝の出来事に疲れてリアクションも出来ないでいる。

「いきなりそのような事を言われても…」

ミーナが難色を示す。

「すまんがもう業者も来てしまっていてな。」

「私の部屋にも入るのですか?」

「いや、イネとセシルは残って貰うので、お前の部屋はイネだけ入らせるようにする。」

イネはウチのメイド長だ。

義母上の部屋には高価な物が多いため、信用出来る人間しか入れたくない気持ちは分かる。

「私も残るから、役場の執務室を使うとよい。あとは店やらへ行っていれば、時間は潰せるだろう?」

「…分かりました。ではコヨリ商会とクロエに行って参ります。」

「ああ、分かった。ベルド、悪いが店の手配を頼む。」

「承知いたしました、父上。」

コヨリ商会はこの町で一番規模の大きな商会で、クロエはこの町で一番格式高いレストランだ。

「ハックは、母上に付いて居てくれ。」

「…はい。」

うん、ハック君は空気。

いつもと変わらない様子に安心する。

「うむ。そして…」

「父上、家に残るのは三人だけ、とのことですが、ルミやチーコ達メイドも出ている必要がありますか?」

話がこちらに向いたタイミングで、ナグラに問う。

「ああ、先ほど言った三人以外は皆、だ。」

「分かりました。では、僕はチーコが出てくるのを待って、三人で冒険者ギルドへ行っております。」

「ん、そうしてくれ。」

チーコはルミの後輩の新人メイドだ。

メイドなのに、もっぱらルミと事務作業をしている。

もともとは僕がセシルさんから請負っていた作業なので、押し付ける形になってしまった罪悪感から、よくお菓子を差し入れていたら仲良くなってしまった。

コヨリ商会長の末娘で、ルミと違って通いで来てくれている。

なので、この場には居ないし、さっきの話も知らないはずだから、来るのを待って説明しておこうと思う。


その後、朝食を食べて、準備を済ませて外に出た。

扉の前には義母上達のために馬車がつけられている。

馬車から少し離れて、件の駆除業者の姿があった。

皆、同じような作業着を着ていてそれっぽい。

が…何か違和感がある。

その作業着を僕はこれまで見た記憶が無い。

貴族家に呼ばれるような業者なら、これまで町中で見かけていてもおかしくないのに。

あと、失礼だが…全員、人相が悪い。

顔で判断するのはよろしくないが、彼らが待っている態度も、なんと言うか…真面目そうでは無いのだ。

…ん?

一人がこちらを見ている。

いや…ルミを見ている?

…な〜んか、嫌な視線なんだよな〜。

なにニヤニヤして見てんだ、コラ?

ピーーーーッ!

懐に入れていた笛を思い切り吹く。

すると、5分もしないうちに、男の子が一人駆けて来た。

「こんにちは、クロー様。なにか御用でしょうか?」

「こんにちは、今日はコウ君か。ギルドまで伝言を頼みたいんだけど、頼めるかな。」

この子は孤児院の子の一人だ。

いろいろやって仲良くなってからは、簡単な雑用をお願いしたい時に笛を吹けば、その時手の空いている子が来てくれることになった。

お駄賃の銅貨2枚を渡しながら、用件を伝える。

「冒険者ギルドに行って、ゴトーさんを呼んできてくれないかな?居なければ、伝言だけでも頼んで欲しい。」

「分かりました!」

そう言うと、コウ君はまた元気に走って行く。


さらに10分ほど待っていると、二人が仲良く歩いてきた。

「やあっ、クロー君!」

「クロー様ぁ。待っててくれたんてすかぁ?…あ、ルミさん、おはようございますぅ。」

ゴトーさんとチーコだ。

あれ?二人は知り合い?

「ああ、何度か商会のクエスト依頼を受けていてね。世間話をするくらいには、知っていたたかな。」

「ゴトーさんのパーティに依頼した品は質が良い、って父も言っていてぇ、お得意さんなんですぅ。」

「ハハ、ありがたいことにね。」

ゴトーさんはギルドが優良冒険者として紹介してくれるくらい優秀だから、商会からの評価も高いのは納得だ。

「っと、立ち話してる暇も無いので、歩きながら説明するよ。ギルドに向かおう。」

そう言って二人を急かす。

極力、業者とルミの間に立って視線を遮るようにしていたが、兎に角、早くこの場を離れたい。

「えっ!?オレ、逆戻りすんの?」

「クロー様ぁ、あの、お仕事はぁ…?」

行く途中で話すから、急いだ急いだ!


「それじゃぁ、今日はお休みして良いんですねぇ?」

話を聞いたチーコの表情がパッと明るくなる。

正直でよろしい。

「…それで、ゴトーさんには護衛をお願いしたかったんです。すみません、ご足労かけて。」

「なに、そんな事情じゃ仕方ないさ。…さっきの奴ら、あからさまに胡散臭かったからな。」

ゴトーさんが振り返る動作をしながら話す。

「…やっぱり、そうですよね?」

「ああ、オレはあんな作業着も、あの場に居た奴等も、この町で見たこと無いな。」

「ウチに出入りする業者でも、見たことないですねぇ。」

それぞれ違った方面で顔が広そうな二人が知らない業者とか、怪しすぎるんだけど。

親父君、どこからどんな人達を連れてきたんだ?


四人で話しながら歩いていると、すぐにギルドに着いた。

「チーコは帰っても良いんだよ?」

「えぇ〜、やですよぅ。ミーナ様達がいらっしゃるなら、いろいろ面倒臭そうですもん。」

うん、正直だけど言葉には気を付けようか。

誰かに聞かれて誤解されそうで恐いから。

「それより、クロー様やルミさんと居た方が面白そうですしぃ。」

「…なんか、ルミともすっかり仲良くなったね?」

「はいぃ!ルミさんはしっかりしてて、ちゃんと叱ってくれる所が気に入っちゃいましたぁ。」

…ああ、言わんとすることは分かる。

「…そんな所を気に入ったんですか?」

当事者のルミにはピンと来てないようだ。

「私ぃ、末娘で甘やかされて来たのでぇ、ルミさんみたいに厳しくしてくれる人とかぁ、新鮮でぇ。」

「…そんなものですか。」

ルミも照れながら受け入れているようで、微笑ましい。

「じゃあ、クロー君、始めるよ。」

「あ、はい!」

ゴトーさんの準備が出来たのか、声を掛けてくれる。

それから午前中は、日課のトレーニングをした。

その間、ルミとチーコは、二人で話しながら僕のトレーニング姿を眺めていた。


「ふぅっ!おつかれさまです。」

いつものトレーニングを終え、二人が居るテーブルに座る。

ギルド内は、お寝坊な冒険者がちらほら顔を出して来ている。

「お疲れ様です、クロー様。」

「おつかれさまですぅ。」

二人からねぎらいの声が掛けられる。

「ごめん、二人とも退屈だったよね。」

「いえ!クロー様を見ながら話してたので、退屈ではなかったです。」

…そう?何話してたのか。

なんか、聞くのが怖いな。

「このまま、夕方までギルドに居ますぅ?」

それは流石に飽きそうだ。

かと言って、他に行くのも…。

──。

「そうだ!」

どうせなら楽しいことをしよう。

「すぐ戻るんで、ゴトーさん、二人をお願いします。」

「ん?ああ。」

「クロー様、どちらに?」

走って出て行こうとする背中に、ルミが問いかけてくる。

「ちょっと孤児院まで行ってくるよ。」


30分後。

「おまたせ~。」

戻って来た僕は、僕と同じくらいの年齢の子6人を従えていた。

「今日は今からゲームパーティをします!」

そう宣言すると、ポカンとしている3人に構わず、暇そうにしてる冒険者に声をかけていく。

やろうとしてるのは、ゲームの宣伝も兼ねたデモンストレーション。

孤児院の子2人と冒険者2人でルドーをやってもらう。

一位を取った側に、最下位となった側が何か奢るルールで、仮に一位と最下位がどちらも孤児院の子だった場合はノーカンとする。

また、孤児院の子側が負けたら、その時のお代はすべて僕が出す、ということにする。

僕の説明を聞くと、希望者はすぐに集まり、ゲームが3局ともスタートしてゆく。

計12人がわいわい言いながらゲームをやってるのは、なかなか楽しい。

こらこら、あまり恐い顔したり、大きな声を上げない!

子供達が恐がるでしょ?

僕がそう言うと、冒険者側から「すまない。」などとあやまられた。

根は優しい人達なんよな、ホント。

でも、孤児院の子達にも慣れていってもらいたいんだよね。

彼等が成長したとき、定職に就ける子も居るけど、冒険者になる子も多い。

それなら、今から先輩冒険者と知り合っておいて損は無いはずだ。

思いつきで始めた企画だけど、ゲームを通して交流するのは、なかなか良い手だったかもしれない。


そうして、昼前から始まったゲームパーティは夕方近くまで続いた。

冒険者側の希望者は案外多く、面子を入れ替えながら何回も行われたが、結果は孤児院の子達の圧勝だった。

結局、僕が冒険者側に奢ったのは一度だけ。

孤児院の子達は皆、何かしら奢って貰っていた。

また、合間に打たれていたリバーシを含め、持ってきた遊戯盤もほとんど売れてしまった。

ちなみに、チーコもルドーを一つ買っていた。

兄弟とするのだそうだ。

コヨリ商会にゲームの楽しさが伝わればありがたい。

余談だが、僕もルミ、チーコ、ゴトーさんとルドーを2回やったのだが、順位は2回ともチーコ、ルミ、僕、ゴトーさんの順だった。

更に余談だが、これがきっかけでギルドには、昼間は常に孤児院の子が一人か二人居ることになった。

ギルドマスターも了承しており、職員も彼等を気にかけてくれるので、心配ない。

だいたい誰かと、何も賭けずにゲームをしてる。

ただ、冒険者はなんだかんだ彼等に食べ物を奢ってしまうんだとか。

図体の大きい、強面の冒険者が小さな子にやり込められて、うんうん唸っているという、ほっこりする光景もたまに見かけるようになった。


夕暮れ前、僕らはギルドを出た。

チーコを家まで送ってもらい、そのままルミも屋敷に送ってもらうようにゴトーさんに頼んで、僕は孤児院の子達を送って行った。

そして、孤児院から屋敷まで一人で歩いていると、ふと、不安がよぎる。

…前世からの思考の癖か、楽しいことがあったあと、心配が強くなるのだ。

自分はこのまま家に縛られて生き続けてしまうんじゃないか…。

習い始めた剣術も、この先「特別」にはなれそうにない。

剣の才能は凡人で、それでも続ければ強くなれるだろうが、一人旅が出来るほどじゃない。

例えば、運悪く数人の野盗に見つかり、囲まれてしまえば、それで人生終了だ。

仲間を見つけようにも、この町で探そうとすれば、その話が家族の耳に入るかもしれない。

それに、今の生活のままでも良いか、と少し思い始めてしまってるのも良くない。

どうせなら、前世の安定しただけの退屈な人生とは違う、刺激があっても日々充実した人生を送ってみたい。

その道が難しいと分かるほど、簡単で安定した生活に逃げてしまいたくなる。

…チートが欲しい。

前世のラノベだって、たいてい主人公にチートが与えられて、楽しそうにやっていたじゃないか。

自分はスローライフものも好きだったが、今世では家族のせいでのんびり出来そうにないし。

─この世界でチートといえば、『魔術』かな。

魔術師はこの世界では少ない。

どの町にでも居るようなものでもないし、冒険者として生活してる者も稀だ。

当然、この町にも住んでいない。

僕もこの2年で二人しか見ていない。

旅の途中でギルドに寄ったという、冒険者パーティ二組にそれぞれ一人ずつ。

一応、会った際に「魔術を覚えたい」旨を伝えはしたが、はぐらかされたり、大金が必要と言われて、取り付く島もなかった。

そもそも、彼らとしてもこちらは旅の途中で出会った少年で、まともに応対されないのは仕方ない。

…はあっ。

そんなことを考えながら歩いていたら、家への曲がり角を通り過ぎてしまった。

…次の角を曲がって、庭の方から回れば良いか。

いつもと違う道を通り、家の庭の前に出たそこに──


───魔法少女が居た。


衝撃だった。

庭を向いて背を向けているが、サラサラの髪、貴族のドレスのような服。

傾き出した陽に照らされるその佇まいは、前世で見た魔法少女そのものだった。

思わず無言で見惚れていると、少女が振り返った。


ビクッ!!


少女が驚いたように体を震わす。

美少女だ、残念ながら僕の守備範囲外だが、あと数年たったら…いや──

エルフだ!

特徴的な耳を見てそう思う。

実際に見るのは初めてだ。

と、いうことは彼女はこれ以上成長しないのだろうか。

…でも、なんで僕を見て驚いたのだろう。

その後もずっと、こちらの様子を伺っている。

「あの…こんにちは…ウチに何かご用ですか?」

そう声を掛けると、美少女はまた肩を震わせ、聞き返してきた。

「えっと…キミは魔術師か何か?」

「──いいえ?まだ、違います。いずれなりたいとは思ってますけど…。」

僕の返事にまた考え込む。

こちらも黙って見守っていると、ようやく彼女が話し始めた。

「失礼。私はナズナ、見ての通りのエルフで、魔術師さ。里を出て気ままに旅をしている途中で、この町に来たんだ。キミはこの家の子なのかい?」

「はい。僕はクロー、ここホーンテップ領を治める男爵家の現当主の三男です。」

「へぇ。じゃあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるかな?」

ウチについて聞きたいこと?

敢えて子供の僕に聞いているのだから、大したことじゃ無いだろうけど。

「家や家族のことについてなら、いくらでも答えます。でも、使用人については答える気はありませんよ。」

うん、家族のことならどうでも良いけど、せっかくウチで働いてくれている使用人の個人情報は、話す気になれないな。

「…変わってるね、キミ。普通は逆じゃないかな?」

ナズナが不思議そうに見て来る。

僕のこの感性は前世の影響が大きいと自覚してる。

こちらの貴族のイメージとは、やはり異なっていることだろう。

「ま、いいか。…じゃあ、ここで話し込むと目立ちそうだから、私の宿まで来てくれるかな?」

「…良いですよ。ただ、一応言っておきますけど、僕の家族は僕が拐われても、お金なんて出さずに見殺しにすると思いますよ?」

「あ〜…うん、大丈夫。そんなつもり無いから。なんなら、お礼に魔術の話をしてあげよう。」

おお、それは嬉しい。

誘拐目的でないことは、身なりを見てそう思っていたし、見返りに魔術について聞けるなら、家族の情報なんて喜んで売るとも。

交渉成立、僕はナズナの泊まる宿に向かった。


「…なるほど。纏めると、魔術の発現には3つの要素が要る。それは、魔力と呪文、そして術者の認識である。魔力は世界システムへ依頼を行うためのエネルギー。呪文は依頼内容そのもの。そして依頼内容と、術者の認識している内容が一致していると判断されると、世界システムがその内容を発現してくれる。…っていう理解で合ってます?」

「そうね。ほぼ、その通りだけれど…すごいわね、普通はここまで理解するのに、数日掛かるよ。」

ナズナが信じられないモノを見る目で言ってくる。

これは、前世で半生通してやっていたプログラミングで例えると、分かり易いかもしれない。

世界システムがパソコンとして、呪文がプログラムコード。

そして、プログラムを打ち込む周辺機器が術者で、電流代わりの魔力にプログラムコードを乗せて、パソコン本体に依頼を行う。

ただ、それだけでは、偶然、意図せずに依頼が入力される事があるため、入力内容と術者の意図が合っているか確認がされて、合っていると認められると、依頼が実行される。

プログラム実行前にパソコンから最終確認されるようなものか。

「さて、こちらの聞きたいことは聞けたし、キミの知りたいことも話した。これで終わり、ってことで良いよね?」

「え…。」

まだ、魔術の理論を聞けただけ。

これだけでは何も意味が無い。

なんとしても、ナズナから魔術の実践方法を学びたい。

でも、それには相応の代償、見返りが必要だろう。

見たところ、ナズナはお金に困っていることは無さそうだ。

そして、こちらの話と交換で魔術の基礎を教えてくれた、すなわち、見返りはモノ以外でも良いと言ってもらえる可能性がある。

ただ、モノ以外でナズナの欲しがりそうなものとは何だ?

生半可なものでは見向きもされないだろう。

「…どうした?まだ何か聞きたいことがあるかい?」

…。

覚悟を決めよう。

おそらくここが、僕の人生の分岐点だ。

「はい、僕は…魔術の実践方法が知りたいです。僕に魔術を教えて貰えないでしょうか!」

そう僕が言うことは想定内だったのかもしれない。

首を傾け、苦笑しながらナズナが答える。

「…困ったね。私はこの町に残る気は無いんだよ。宿に泊まるのもタダじゃない。その上、今日初めて会ったばかりのキミに、魔術を教える見返りが私には何も無いんだよ。」

見返りが無いと言うナズナ。

それはそうだ。

傍から見れば、たかだか十歳の見ず知らずのガキにねだられたからと言って、お金と時間を費してまで魔術を教える理由は何も無い。

「…見返りなら、あります。」

ならば、見返りを提示するしかない。

「う〜ん…まぁ、聞くだけ聞こうか。」

正直、子供の言う見返りなど、聞く気も起きなくてもしょうがないはずだ。

それなのに、ちゃんと話を聞いてくれるだけ、ナズナは優しいヒトなんだと分かる。

「魔術を教えて貰えるなら、見返りに…新しい呪文をお教えします!」

「新しい呪文!?」

魔術師ならば呪文というものは無視出来ないだろう。

それが未知のものならば、なおさらだ。

ただ…

「…いい加減なことを言うものじゃないよ。そんなの、子供の…しかも今日、魔術の基礎を知ったばかりのキミに作れるはずが無いじゃないか。」

ナズナの言い分は至極まっとうなものだ。

誰だってそう思う、僕だってそう言う。

けれど…

「出来ます…なぜなら…」

今こそ、僕の唯一の特異性を活かすとき。

「僕は「異世界転生者」だからです!」

「えっ…?」

思わず息を呑むナズナ。

ナズナも「転生者」なる単語を聞いたことはあったのだろう。

「…それが本当なら、確かに可能性はあるだろう。キミの言ってることが、本当ならね。だが…」

ナズナは言葉を区切り、ジッとこちらを見つめて言ってくる。

「それが本当だと言う証拠はあるのかい?言っておくが、胡散臭い「前世の話」なんてしても無駄だよ。いくら作り話をされても、こちらには確認の仕様も無い事なのだからね?」

あらかじめ釘を刺されてしまった。

それは僕も説得材料にはならないと思っていたので、問題ない。

「証拠なら、あります。」

おそらく唯一の説得材料がそこにあった。

「突然ですが…ナズナさんの名前は、誰がどのような意図で付けたものか、知ってますか?」

「名前?…う〜ん、親が名付けたと聞いていたが、意図は…」

「花の名前だと聞いてませんか?」

「…それは聞いたかな。でもそれが何…」

「では、ナズナという名前の花を見たことがありますか?」

「…ないね。」

ナズナは僕の質問の意図が分からず、困惑している。

「実は、その花はこちらでは違う呼び方をされてます。」

そう言って僕はこの世界、この地方によく生息している野草の名前を伝えた。

正直、花には詳しくないので、前世のソレと全く同じ種であるか自信は無かったが、細かいことは今は置いておく。

「えっ…よく見掛ける花じゃないか!?」

「そうですね。「ナズナ」は異世界での呼び名なので、こちらの世界の植物と関連付けて話すということが無かったんでしょう。」

「…えっ!?」

一瞬、僕の言っている意味が分からず、固まるナズナ。

そんな彼女に構わず畳み掛ける。

「桜、梅、椿、楓、梔子、彼岸花…」

「えっ?えっ!?」

突然、何事か連呼しだした僕に、さらにナズナは混乱する。

「…と、これらは皆、前世の植物の名前ですが、家族や親戚の中に同じ名前の人は居ませんか?」

「…ッ!!…居る…ね。」

思った通り、ナズナの親戚では、異世界の名称を名付けることがあるらしい。

長命なエルフ族のことだ、過去に僕と同じように転生して来た者に会ったことがあるのだろう。

名前に使うのは、異世界転生者にあやかってか、あるいは…

「それはつまり、異世界転生者に気付かれ易くする狙いがあったのではないでしょうか?」

「…気付かれ易く?」

「過去の転生者が何を残したのか知りませんが、同じようにまた異世界から転生する者が居るのなら、それを見付けたいと考えるくらいには、有益な人物だったんじゃないですかね?」

「なるほどね。筋は通っているか…な。」

一応、納得はして貰えたらしい。

「しかしね、仮にキミが異世界転生者だとして、どうやって新しい呪文を作るというんだい?」

「僕の前世の世界は、この世界から数百年は技術が進んだ世界でした。なので、この世界で概念すら存在しない事柄についても、僕には認識できる、ということが在るはずです。そういった、認識出来ないため発現出来ない魔術を発現させ、概念をお教えする、ことを見返りにできないでしょうか?」

「それは…うん。魅力的な報酬だけどね…。」

やはり、理解はしてもらえても、どこか疑惑が拭えない思いがあるらしい。

先ほどから、ナズナの歯切れが悪い。

それも当然、今の話のままでは、僕に一切のリスクが無く、ナズナだけが損をする可能性が在るのだから。

─なので、条件を付け足す。

「1ヶ月!1ヶ月だけ時間をください。…もし、1ヶ月で約束の見返りを用意出来ない場合、課題をクリア出来ない場合は、僕の…記憶を消すなり、好きにしてくれて構いません。」

「─!?」

流石にナズナも面食らったようだ。

1ヶ月は、多分、魔術を覚えるのに全然十分な期間ではないのだろう。

しかし、ナズナが旅をしていることを考えると、それくらいしか引き留めることは出来ないと考えた。

また、こちらのリスクを提案することで、決して一方的なだけのお願いをしたい訳じゃないことをアピールする。

正直、これだけいろいろ話しをしても、受けて貰えるかは分からない感触だ。

あとはナズナの判断次第。

僕はじっとナズナを見つめ、返答を待った。

ナズナも黙って考え込んでいる。

──。

沈黙を破ったのは、ナズナだった。

「…はぁ。分かったよ。1ヶ月だけなら付き合おう。ただし、キミの言う課題が果たされなかった場合は、酷いことになることは忘れないように!期日は1日だって延期しないからね?」

「はいっ!!」

やった!

魔術が覚えられる!!

ナズナの答えに舞い上がった僕は、自ら課した課題の難易度に気付かずにいた。

そしてその先、さらなる苦難を背負い込むことになる事も、分からずに居たのだった。

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