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03_晩餐

高熱から目覚めた日の翌日。

僕は夕食のため家人が集まる食堂に居た。

既にだいたいの面子は集まっているが、来ていないのがあと二人。

「おや?クローじゃないか!もう起きて良いのか?」

そのうちの一人が部屋へ入ってきた。

ベルド・ホーンテップ、3人兄弟の長男だ。

金髪・碧眼、もうすぐ成人する14歳。

貴族には美形が多いというが、ベルド兄も絵に描いたような美少年だ。

「今回は早かったな?いつもは一週間ぐらい寝込むくせに。」

ホント、喋らなければ絵になる人なのに…

「ご心配おかけして申し訳ありません。万全とは言いませんが、もう体調は回復しましたので。」

「ふぅん?だが、治りきってないで出て来るのはどうなんだ?人にうつすような病気じゃあないのか?」

「今日、医者に診てもらいました。人にうつすような症状では無いそうです。ご安心ください。」

ベルド兄の言い方に気になる点はあるが、この人はいつもこんな感じだ。

上から目線と言うか、どこか人を小馬鹿にしているというか…「こう」なる前の僕はそれが苦手だった。

(けど、こういう人も世の中にはけっこういるんだよなぁ…。)

前世の記憶がある状態で見てみると、珍しいとも思わないタイプだ。

まして、この人は「貴族家の長男様」だし、こんな感じに育つよね。

いちいち気にしてたら疲れるだけ、適当に流すのが吉ということで、答えも淡々と済ませる。

「ふぅん…」

とくにそれ以上言うことも無いのか、席に着くベルド兄。

その隣りにはすでに、僕の義母・ミーヤと、次兄・ハックが座っている。

義母は見た目からしてキツそうな印象を受けるが、ベルドと似て美人だ。

前世の感性で見ると、全然アリ。

むしろ、よろしくお願いします、と言いたいくらい好みといえる。

とはいえ、彼女からすれば僕は自分の旦那がメイドと浮気して産ませた子供だ。

それだけでなく、場合によっては我が子の、貴族家の跡取りという立場を脅かす存在なのだから、好かれるはずもない。

ハックはベルドと容姿は似ているものの、性格は真逆。

無口で物静かだ。

僕もこれまでは特別良くも悪くも思っていなかったのだが…

改めて見ると、もしかして人と話すの苦手なのかな?と思っている。

前世の言葉で言うと「コミュ障」ってやつ。

…前世の自分も、いや、なんなら今世の自分もそうだったなぁ。

そう思うと、なんか親近感が湧いてくる。


そんな風に、前世の記憶を取り戻してから初めて会う家族をみていると、最後の家人が入って来た。

ナグラ・フォン・ホーンテップ男爵、父上だ。

昔はベルドほどとは言わないまでも、格好良かったのかな、と思わせる部分もあるにはあるが、今はただ恰幅の良いオジサンにしか見えない。

「ん?クローか、体調はもう良いのか?」

家族の中でナグラだけは、普通の父親並みには僕のことを気にかけてくれる。

ただ義母の手前、僕のことを甘やかすことは出来ないようだ。

どうやら生まれた家柄で言うと、母上の家の方が爵位が上だったらしい。

そんな家から妻を貰っておきながら、若いメイドに手を出したのだから、義母がいつも不機嫌そうにしてるのも納得だ。

…何やってるんだよ、親父君さぁ。

「はい、ご心配おかけしました。医者からはもう問題無かろうと言われています。」

そんなことを思っていることは悟らせないよう、先ほどベルドにも言ったようなことを答える。

「ただ、今日のところは体調も万全でないので、お話が終われば自室へ戻るつもりです。」

「ああ、聞いている。なにか、お願いがあるとか?」

実はルミ経由で事前に、執事のセシルさんと父上に、今夜の食事前に話がある旨を伝えている。

「はぁ?病み上がりのくせに何を話そうって言うんだ?」

あからさまに不機嫌そうにするベルド。

チラッと見ると、母上も怪訝そうな顔をしている。

「はい、実は今後のことについて、3つお願いがございます。」

ここで、前世で聞きかじったプレゼンテクニックを使用する。

『要点は“3つ”に絞ること。』

人は話を聞く上で、ポイントが4つ以上あると、多いと感じてしまうらしいとかなんとか。

そのため、3つまでに収めておくと相手への負担も少なく、話も聞き入れてもらい易くなるそう。

また、話の最初にいくつの要点があるのか明確にしておくことで、相手も話を聞く準備ができるという。


「今回、僕は病に伏せながら、自分の不甲斐なさに、「このままではいけない!」と思いました。ホーンテップ家の三男として生まれたからには、僕は父上や兄上達を補佐出来るようにならなくてはいけません。しかし、今のままでは、僕は自分の役割りを果たせないと思ったのです。」

「ふむ。」

ナグラが頷く。

「そこで、お願いの一つ目なのですが、体を鍛えるため剣術を習いたいのです。」

「剣術か…。まぁ、習うことは構わんが…相手がな。」

ナグラが苦い顔で言う。

この国の貴族が剣を習う場合、王都の騎士か剣士を招聘するのが一般的らしい。

この家でも、兄上二人のため王都出身の剣士を呼び寄せ、剣を習わせている。

しかし、既に二人を日替わりで教えているところに、この上もう一人見て欲しいと言うのは、負担が重くなる。

かと言って、新たにもう一人の剣士を招聘するのは、お金が掛かり過ぎるし、妾の子にそんなに金を掛けるのは、本妻であるミーナが良しとしないだろう。

もちろん、そこまでは折り込み済み。

悩んでいるナグラに、続けて提案する。

「それなのですが、冒険者ギルドの者に頼むのは駄目でしょうか?」

「冒険者?」

「はい。」

訝しがるナグラ。

ま、貴族様にとっては、なかなか考えに挙がらない案だよね。

「僕の役割は父上、兄上の盾となることですが、本来、それは護衛の仕事です。僕が役立てるのは、その護衛がどうしても側に居られない場面で、不測の事態に護衛が駆けつけるまでの僅かな一瞬です。」

「まぁ、そうだな。」

「そんな一瞬に、作法も優雅さも必要ありません。不格好でも体が動けば、それで良いのです。冒険者の中にも気性の穏やかな者も居るでしょう。そういった者を紹介してもらえばよろしいかと。」

「なるほど、確かにな。」

依頼を受ける側からすれば、貴族様からの個人指定依頼という形になり、箔が付く上に安定した収入が入ると言うのは、そこそこ「美味い仕事」のはずた。

「…しかしな、冒険者が我が家に出入りする、というのは気分が悪いな。」

ベルドがいかにも嫌そうな顔で言う。

冒険者の本業は、「なんでも屋」だ。

依頼内容によっては何日も森に入ることもあるし、あまり人が行きたがらない不浄な場所に行くこともある。

だからか、町の者でも冒険者を「汚い連中」だと思う人間も居るらしい。

まして、ベルドを始めとするお貴族様は、あからさまに冒険者を侮蔑の対象として見ている。

冒険者だって、普段はちゃんと湯浴みをして、洗われた服を着ているだろうに。

そして、領主邸に行くともなれば、相応に見苦しくない一張羅を着てくるだろうに。

こういうことを言ってくるかも、と思ってはいたけど…ちゃんと言っちゃうか〜、ベルド。

ただ、この指摘についてはウェルカム!

なぜなら、この提案が出し易くなるから。

「で、あれば僕が冒険者ギルドに行くのでは、どうでしょう?」

「ギルドに、お前がか?」

提案に驚くナグラ。

「はい。冒険者ギルドには訓練場が有るそうなので、そこで剣を習うことにいたします。そうすれば、兄上の言うように冒険者がこの家に来ることも無く済むでしょう。」

「…ふ〜ん、まぁそれならいいか。」

基本的に僕のこと興味無いもんね、ベルド。

自分に害が及ばなきゃ、どうでも良いよね。

僕としても、ずっとこの家に居るより、外に出ていた方が気が楽だしね。

「…う〜ん、どうだセシル?」

「はい、概ねクロー様のおっしゃる通りでしょう。それで宜しければ、ギルドの方にお伝えしておきます。」

ナグラはチラッとミーナ、ベルドの方も見るが、二人からも何も反対意見は無さそうだ。

ハック?ハック君は空気だよ。

「…分った。では、この件はそのように。」

「はい、畏まりました。」

どうやら希望が通ったようだ。

どのみち体力作りのため、走り込みとかは始めるつもりだったけど、いきなり一人でそんなこと始めるより、剣術を習い始めたから、という理由があった方が不自然じゃないしね。

いずれ家を出るつもりなら、剣術は身に付けておいて損は無いし。


「で?二つ目はなんだ?」

ナグラが次の話を促す。

「はい。二つ目は「読み書き・計算」です。いままでも少しは勉強していましたが、いずれこの家の裏方、事務を担うために、セシルさんに習ってゆきたいと考えてます。」

「なるほど。どうだ、セシル?」

「はい、私も歳のせいか長時間の書類仕事をするのは辛くなってきておりまして…ゆくゆくはクロー様に担っていただけるのでしたら、肩の荷が少し軽くなります。もちろん、喜んでお教えいたします。」

「うむ。では頼んだぞ。」

これに関しては、家を飛び出したとき、「読み書き・計算」が出来れば、少しは仕事が探し易くなるかな、と思っての要望だった。

前世の自分の職業がデスクワークだったため、とっつき易そうとも思ったし、この領の財政状況を少しでも知っておきたい意味もあった。

僕の目標の一つ、「この領のためになることをしてから外に出る」ことに繋がるかも知れないしね。


「三つ目…」

「料理です。」

そろそろベルドが退屈そうにしだしたので、食い気味に答える。

「これは僕が気になっているだけですが、料理を覚えたいと思いました。もちろん、すぐに料理を作りたい、という訳ではなく、野菜の皮むきから手伝い始めて、料理の基礎から覚えてゆきたいと思います。」

「そ、そうか…」

結局これも、その場に来たコックの了承を得て、明日から夕方に厨房に入れることになった。

…まぁ、駄目だと言われても行くつもりだったのだけど。

実は、前世の記憶を取り戻してから、改めて自分のこれまでを振り返って気付いたことがある。

(あれ?僕、毒を盛られてね?)

これまで僕は定期的に体調不良に見舞われてきた。

しかも、たいていお腹を壊すなど、軽いもの。

前世でも、自分は体調を崩し易かった。

だがそれは、季節の変わり目など、一年の中で体調を崩し易い時期があったり、同じ時期でも年によっては不調の度合いもバラバラだった。

それと比較すると、今までの僕は体調を崩すスパンが定期的すぎる。

季節による差も無ければ、寝込む期間もだいたい一緒だった。

もちろん、単に僕の体が前世の体より病弱なだけ、ということも考えられるから、疑惑でしかないんだけど。

仮に僕が疑っているように、毒を盛られてるのだとして、主犯がコックということは無いだろう。

彼は僕が生まれる前から、この家で仕えてくれている。

バレればその信頼を失うどころか、牢屋に入れられ、出てきた後もまともな所では雇って貰えなくなるだろう。

そこまでのリスクを犯してまで僕に、嫌がらせのような毒を盛ったりはしない。

そこまで強い私怨があるなら、僕を死に至らしめるように毒を盛るはずだ。

では他の容疑者は?となると…やはりミーヤが怪しい。

彼女ならコックに無理を言って毒を盛らせることもできるだろう。

これは完全に僕の偏見だけど、上級貴族出身の彼女なら陰謀詭計の嗜みもあることだろう。

理由は?「僕を後継者候補から完全に外すため」かな。

この先、何かしら頭角を表しても、病弱な人間を跡取りには出来ないだろうと。

…そういえば、いつもならベルド君と同じかそれ以上に五月蠅く言ってくる人が、今日は随分静かですね?

流石に「高熱で生死を彷徨う」ほど体調を崩した僕に、思うところがあったのかもしれない。

まぁ、全部「妄想乙」と言われても仕方ない、一方的な推測なんだけど…。

でも最悪、自分の命に関わりかねないことなんでね。

誰かを糾弾するわけでもなく、僕一人が勝手に警戒して、勝手に自衛するくらいは許してもらいたい。

コックが夕食を作る傍らに僕が居れば、何かおかしなものを混入するのにも気づけるだろうし、調理中に入れていなかった具材を後から僕の皿に盛られても分かるはずだ。

後々は、自分の食事は自分で作りたい、と言い出すことも出来るだろうしね。


「では、話は以上になります。お時間を作っていただき、ありがとうございます。」

そうお礼を言って僕は食堂を後にする。

建前は、本調子でない状態でこれ以上同席を続けることで、万が一にでも家族に悪影響を及ぼすことを避けるため。

本音は、この家族と食事をとるより、ルミと二人だけで食べた方が、万倍、食事が美味しいから。

さて、要望はすべて通ったのだ。

いずれこの家を出る未来のため、明日から頑張りますか!

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