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24_後日談(ローエンタール家)

「…お呼びでしょうか、セーム様。」

部屋に入り、セームに問い掛けるハック。

ハックがローエンタール家に来て、3週間が経過している。

その間、ハックもローエンタール家の雑務を手伝い始めていた。

寡黙な彼も、ローエンタール家に来てからは頑張って言葉を発するよう、心掛けている。

「うむ。まずはこれを見てくれ。」

セームが合図すると、ルミがハックに紙束を手渡す。

「…?」

「それが何か分かるか?」

「…政策書、ですか?」

セームの問いにハックが答える。

中身をパラパラめくり読むと、土地改良案や交通網の構築、農業課題への考察など、多岐に渡った内容が羅列されていた。

「それはクローが書き残したものだ。今、手渡したのはルミに書き写してもらった写本だがな。」

「ッ?!…クローが、これを?!」

ハックは驚き、もう一度一枚目から目を通す。

「…いずれここを出てゆくことを決めて、コツコツ書き溜めていたのだろうな。そこに書いている内容をすべて実現するには、何十年掛かるか分からん。」

「…。」

そんな内容のものを、自分より年下のクローが書いたという事が、ハックには信じられなかった。

「どうだ、お前に同じ事が出来るか?」

セームの問いは少々残酷なものだった。

「…えっ?」

「「えっ」じゃない。あの時、クローはお前の身代わりとなった。クローを切り捨て、お前を残したのだ。お前には、これと同等の価値がある事を、働きによって示してもらわねばならん。…その覚悟があるか、と問うておる。」

「ッ!!」

ハックも分かっている。

今の自分には、この紙束ほどの価値も無いこと。

しかし、セームは「働きで示せ」と言ってくれている、それならばまだハックにも役立ちようはあるはずだった。

「…はい。今はまだ未熟者ですが、粉骨砕身、ローエンタール家のために尽くしてまいります。」

「…分かった。励めよ?これからお前が死ぬ気で頑張って、ようやくコレの価値に届くのだ。」

「はいっ!」

「それは持って行くがよい、しっかり読み込め。」

「はい!」

そうして、ハックはセームの書斎を後にした。


「…また、心にも無い事を言いましたね。」

ハックが退出するや、カイルが口を挟む。

「なに、発破を掛けてやっただけよ。たまには悪役もやらねばな。」

セームも本心からハックに価値が無いなどとは思っていない。

大切な姪の息子だ、可愛く無いはずがない。

「…なにせ、母親がコレだからな。ここでやってゆくなら、悪影響な考えは矯正していかねばならん。」

セームが指した「コレ」とは、ハックの母親、セームの姪にあたるミーヤの返してきた手紙のことだ。

ハックを預かるにあたり、セームはミーヤに手紙を送った。

その内容は、セームの知る真実では無く、公表した内容だ。

それに対してミーヤの返信は「やはりクローは使用人の子」だの、「ハックの方が誠実で優秀である事が証明された」など、見ていられない内容になっていた。

聞けばハックがあまり話したがらないのも、母親の言いつけの影響らしい。

しかし、ここで働かせるなら、使用人や貴族関連の者、役所の者、商会員などと会話をしていかねば話にならない。

なので、セームは使用人達と共に、なるべくハックに話をさせるよう促すようにしている。

「きっと応えてくれますよ。彼はクロー君の血の繋がった兄なのですから。」

カイルもハックの応援に乗り気だ。

既に一対一で剣術も教え始めている。

「…だがまぁ、イリス様、グレン様にお会いさせるのは、当分、控えた方が良いかぁ。」

セームが疲れたように呟く。

「それは、…そうですね。」

「同意です。」

セームの言葉に、カイルとルミも同調する。

そう、何を思ったのか王妃様と副宰相様から「クロー君の兄と合ってみたい」と言われているのだ。

親戚だけあって、すごい気の合い方だ。

というか、副宰相様には事件の真相もお話しているし、「期待させるほどの人物では無い」と伝えてるのに、何故興味を持たれるのか。

王妃様も絶対に副宰相様から話を聞いているだろうに、そんなに「クローの兄」が気になるのだろうか。


「…そう言えば、例の3貴族家は当主が代わったらしいですね?」

カイルが話題を換えるため、首謀者と目される3貴族家の話題を振る。

「ああ、らしいな。なんでも、前当主は人前に出れない様子だそうだぞ。」

「それは、…クロー君の仕業でしょうか?」

「…おそらくな。タイミングもそうだが、命を奪わないでそんな状態にするなんて器用な真似、クローにしか出来んだろう。」

「確かに。」

結局、カイルはクローが魔術を使えるだろう事を、誰にも言わなかった。

事件の直後は言うタイミングが無かったし、クローが出て行ってからは、セームがクローを手放したことを惜しむ気持ちを増すだけとなるため、言えずにいたのだ。

(…そう言えば、ルミは知っているのだろうか?)

カイルはチラリとルミを見る。

クローが出てゆく際はあれほど凛としていたルミだが、最近は気分の浮き沈みが激しくなっているようで、カイルは密かに心配していた。

表情に変化が出にくいルミだが、最近では、言葉遣いや声のトーンでルミの機嫌や気分を大分察する事が出来るようになったカイルであった。

そして今は、どことなく体調が悪いようにも思える。

「ルミ、どうしました?体調が優れないようですが…?」

「ッ?!…いえ、そんな──」

そこで言葉を途切れさせたルミは、「うっ」と呻いて部屋を駆け出て行った。

「ルミ?!」

急な事にカイルも思わず後を追った。


数分後、ルミを伴ったカイルが、セームの書斎に戻って来た。

「どうしたのだ急に、体調でも悪いのか?」

セームも心配そうな様子だ。

「どうやら、吐いていたようです。…どうしたんだい、ルミ。ちゃんと言ってくれ。」

最愛のルミを、カイルも心配そうに見つめる。

「いえその、病気の類いで無い事は分かっているので、ご心配には及びません。」

「だったら何だ?!…吐くほどとは余程の事ではないか。お前にもしもの事があれば、ワシはクローに顔向け出来ん。」

「そうです。遠慮なんか要りません、正直に話して下さい。私達はルミを見捨てたりなんかしません。」

ルミが誤魔化そうとするのに対し、男二人は真剣に問い詰める。

「…セーム様はともかく、カイルが心当たり無さそうにするのは、ちょっと腹立たしいのですが?」

「えっ?」

思わぬ非難に、カイルが困惑する。


「………………………つわり、です。」


「「………は?」」

予期せぬルミの回答に、男二人は間の抜けた声を発して固まってしまった。

だが、次の瞬間──


「でかしたっ!!!!」


セーム渾身の叫びが響いた。

「そうかそうか、そうと分かったなら言ってくれれば良いのに。写本なぞ、面倒な作業を任せてすまなかったな。」

「いえ、それはクロー様の残されたものに触れられて嬉しかったので、ありがたかったですから。」

「そうか?だが、つわりの出ている間は、ゆっくりして良いからな?自分の体をいたわりつつ、無事に子を生む事が何より大事だ。…カイル!お前も何か言わんか!」

嬉しさのあまり、饒舌になるセームに対して、カイルはまだ呆けたように固まっていた。

それを一喝され、ようやくカイルが意識を戻した。

「…あ、はい。…ルミ、その、何と言うか、ありがとう?…いや、違うか?だが、嬉しい。」

人生で初めての事態に、言葉も出て来ない様子のカイルだが、少なくとも喜んではいるようだ。

「…しかし、これでハックをこき使う理由が増えてしまったな。」

「いえ、自分の仕事は可能な限りいたしますので。」

「まてまて、そんな事は考えんで良い。経験者であるナタリーの忠告を聞き、安静にするのだ。これは命令だぞ?」

「は、はい。」

ちなみに、ナタリーは自身も3人の子を産んでおり、出産の立ち会いも出来る、その道のベテランだ。

「まあ、ナタリーが許す事ならしても良い。くれぐれも自己判断しないようにな。」

「承知いたしました。」

もう今日は休め、の一言にルミも退室していった。


「…お前もやる時はやるのだな、見直したぞ?」

「からかわないで下さい。」

カイルが照れたような、ふてくされたような表情を返す。

「それにしても、クローが抜け、ルミとお前が満足に動けないとなると、本当に人手が足りんな。」

「いえ、私は何も──」

「動けなくなるような事はありません。」と続けようとするカイルに、セームの叱責が飛ぶ。

「やかましい!ルミを置いてまでワシに付き従うつもりか?そういう時は、夫が側に居てやらなくてどうする。クローから、ルミのこと頼まれたのだろう?!」

カイルも、セームの一言でハッとする。

「…おっしゃる通りです。返す言葉もございません。」

「うむ。で、そうなると、政策面はお前とルミが居るにしても、護衛が手薄になるのだ。…頭数だけでも、どうにか出来ぬものか。」

そう、ゾマ祭の出来事で「護衛をちゃんと付けるように」と言われているセームだが、なかなか思うような人員を見つけられずにいた。

それでも、領内に居る間は領軍を頼れるが、国内を行き来する際は、信用出来る護衛を付ける必要がある。

「ルミは本当に才女ですからね。…護衛については、一つ心当たりがあるのですが。」

「なに、なんだ?」

カイルから提案があるとは思っていなかったセームは驚き顔を上げる。

「旧ホーンテップ領に、クロー君の剣術の師が居ると聞いています。」

「あー、そういえば聞いてたな。クローの師か。」

「はい。冬にクロー君が旧ホーンテップ領から、遊技盤やらソロバンやらを仕入れていたのですが、その際に遣り取りしていたゴトーという冒険者が、そうらしいのです。」

「ふむ、冒険者なぁ。」

「実力者であれば、もしかしたら活動拠点は離れ難いかも知れません。ですが、彼はクロー君が居なくなった後も、孤児院の子供達に剣術を教えているそうです。なので、その教え子を斡旋して貰えるかも知れません。」

「クローの師が育てた少年達を引き受けよう、と言うのだな?」

「そうです。…問題があるとすれば、孤児院上がりの冒険者ですから、立ち居振る舞いが雑であろうことですかね。」

「そんなもの、10年前のカイルも同じだったではないか。あのとき、ワシはお前を疎んだか?」

そう言って、セームはニヤリと笑う。

「いいえ、愚問でしたね。お許しください。…まったく、貴方は変わったお貴族様です。」

そんなセームに、カイルは肩をすくめて返す。

「褒め言葉ととるぞ。そして、クローの師に頼む件は、是非、進めたい。…ちょうど、旧ホーンテップ領出身者が居るではないか、ハックに交渉をやらせよう。」

「はい、ではそのように。」

「…ついでに、そのゴトーという冒険者自身にも会っておきたいな。別にここに拠点を移して欲しいとは言わん。顔を繋いでおくだけで良いのだがなぁ。」

有能そうな人材と知るや、その目で見定めたいと思うセームであった。

カイルには、その貪欲さはイリス様やグレン副宰相と通ずるものがあるように思えた。

「貴族からその様な事を言われると、下手をしたら圧力とも取られかねません。手紙を書くにしても、言葉を選ぶ必要がありますね。」

「なら、ルミから手紙を書かせるのはどうだ?確か、知り合いだと聞いた気がするが。」

「ああ、それは良いですね。ルミも、手持ち無沙汰は不安でしょうし。」

そうして、セームとカイルは話を進めてゆく。


その結果1ヶ月後には、3人の成人したばかりの少年護衛をセームは雇う事になるのだった。

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