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23_フィボッチ

「…まったく、どうしてこうなったのだ?」

フィボッチ子爵は王都邸の自室で独りごちる。


さんざ資金を注ぎ込んだローエンタール家襲撃作戦は、なんの成果も無く終息してしまった。


ハック・ホーンテップ


成人したばかりの若造に全てを覆された。

(だから、余計な人質など増やすのは反対だったのだ。それを、ゴードバンが慎重を期するべきだなんぞと言い出しおって。)

結果、首謀者側はゴードバンを含め28名の手駒を失った。

一方、ローエンタール家の損失は、クロー・ホーンテップ一人だけ。

「この件の首謀者と見られ、現在、逃走中」と公表されているが、実際は既にゴードバンらと刺し違えてしまっているものと、フィボッチ子爵は考えていた。

首謀者が誰か分からぬため、話を終息させるように、身内で命を落としたクローの名を使ったのだろう。


また今回、立役者となったのが、真実に気付いたハックだと言う。

ゴードバンらは、「変な自己主張もせぬ御し易い男」と、ハックを評していた。

(だがその実、真実に気付き、こちらを出し抜く最良のタイミングを探っていたに違いない!)

考えてみれば、剣術大会で正体を隠し優勝したクローの実兄なのだ、凡庸な人物なわけが無い。

それが、クローに代わりローエンタール家に居着くことになってしまった。

(もはや、当面の間はローエンタール家には迂闊に関われぬな。ボロを出して足元を掬われたら終わりだ。)


ゾマ祭最終日の今日、副宰相グレンの政策は、正式に公布されてしまった。

明日以降、随時、各貴族家へ通達されることだろう。

(なぜ、我が家が開国以来守り抜いてきた利権を手放さなくてはいけないのか?!)

そもそも、昨年時点で副宰相グレンを始末出来ていたなら、こんな事にはならなかった。

あと一歩のところまで追い込んでおきながら、回避されたのが悔やまれてならない。


「くそっ!」

苛立ちを思わず声に出したその時であった。


タッ!


部屋の中央で物音が聞こえた。

子爵がふと顔を上げたそこに──


──闇が佇んでいた。


目の錯覚でも、何かの影でも無い。

燭台の灯りが照らす室内に、真っ黒な人影が在るのだ。

「ひっ、だ、誰だ!何者だ、貴様ぁ?!」

驚き叫ぶ子爵。

だが、影は沈黙して佇んでいる。

「誰か居ないかぁっ!!この者を始末しろっ!…おい、誰かっ!!」

おかしい。

普段であれば、子爵が声を上げると同時に、メイドなりが駆け付けるはずだ。

だが今は、室外に動きすら感じられない。

(なぜ、誰も来ない?!これは夢か?)


ズグッ!


「…ぎゃあああぁぁぁっ!!」

何の前触れも無く影が伸び、子爵の右肩を貫いた。

伸びた影は細く、太い血管を傷付ける事も無かったため、後遺症が残る類いの傷では無い。

ただ、目の前の存在が夢の産物などでは無く、かつ、明確な敵意を向けている事は理解出来た。

「な、何なんだお前っ?!何が目的なんだぁっ!」

もはや恥や外聞も無い様子で子爵が叫ぶ。

「…我ハ、ベグナルド…。」

すると、それに呼応するかのように、初めて影から声が発せられた。

その声は、掠れ声で性別も年齢も判別が難しい。

「…は?」

「我ハ、ベグナルド。我ハ、ベグナルド。我ハ、ベグナルド。我ハ、ベグナルド。我ハ──」

その声は、堰を切ったかのように、同じ言葉を繰り返し始めた。

「ヒッ…!!」

常軌を逸した声に、子爵は恐怖し、叫ぶことも出来なくなっていた。

「我ハ、ベグナルド。我ハ、ベグナルド。我ハ──」

やがて、影は子爵に向けてゆっくりと手を伸ばしてくる。

「─ッ!!!」

ゆっくりと、自分の顔へ伸ばされる黒い手に恐慌し、言葉も発せなくなった子爵は、その手で顔を覆われると同時に意識を失った。



「──まっ…子爵さまっ?!」

ふと気付くと、外は明るくなっており、お付きのメイドに起こされているところであった。

(なんだ?!…やはりあれは夢だったのか?)

目を開き、自分が生きている事に安堵する子爵に、メイドが語り掛ける。

「ああ、ようやくお気付きになられましたか?!…良かった。その肩の血は、いったいどうされたのです?」

(肩の血?)


ガバッ!!


子爵はその言葉に、上体を起こし、おそるおそる自分の右肩を見た。

するとそこは、確かに血がベッタリと付いている。

ただ、傷自体は既に治っており、傷跡になっている。

「(なんだ、なぜ…?)」

思わず呟いたつもりだった子爵は、違和感に気付く。

「(えっ?!な、なんだ?これは…?!)」

本人としては、普段通り声を発しているつもりだった。

だが、実際にはただ息が漏れるだけ、掠れ声すら出ない。

「…あの、その手は…。」

そんな様子の子爵を、さらなる違和感が襲う。

メイドが指摘する通り、手首から先が力無く反応しない。

いくら動かそうとしても、動かせないし何も握れない。

「(…なんだ、私は、どうなって…うああぁぁぁぁぁぁっ!!)」

自らの体の変化に、叫び声を上げる子爵だったが、その声は誰の耳にも響かなかった。



その日、同様の悲鳴はファウル家、アーベルパルナ家でも挙上がっていた。

当然、「ベグナルド」を名乗ったのは、『闇纏い』を使用したクローだ。

屋敷に容易く侵入したクローは、当主が恐怖で気を失った後、その体に細工をした。

ちなみに、気絶したのはクローが『眠り』の魔術を使用したためでもある。

クローはリメイク魔術『整形』を使用し、両肘、両膝の神経を切断した。

また、声帯を切除した後に傷を全て治癒した。

これで子爵らは、何も言葉を発することも、何かを握ることも、満足に歩くことも出来なくなった。

しかも、全ての傷は治癒済みであるため、教会の癒術士の使う『治癒』魔術程度では、決して回復することも無いのであった。


この直後、首謀者であった3つの貴族家では、家督が息子に引き継がれた。

この時、彼等が聞いた「ベグナルド」の名は、王都に巣食う魔物として、都市伝説のように広まってゆくことになる。

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