20_襲撃日(前編)
「おつかれさまでした。お待ちしておりました、セーム様。」
「うむ。元気そうで何よりだ、クロー。」
「お気遣いありがとうございます。」
いよいよゾマ祭前日。
セーム達は当初の予定通り、王都へ来た。
夕方に到着したセーム達を、クローはすぐに食堂に案内し、今に至る。
「クローに相談したいことが溜まっているのだ。夕食後、さっそく良いか?」
「セーム様、今日はゆっくり休まれて、明日以降に備えた方が良いのでは。僕はゾマ祭の間、お店には行きませんから。」
という言い方をしているが、実はクローは既に、今後ギルティに行かなくて済むように対処済みであった。
「稼ぎ時だろうに、良いのか?」
「はい。セーム様の方を優先するのは当然ですよ。」
「ふむ、そうか。では相談は明日にしておこう。」
「かしこまりました。」
(そうおっしゃるということは、やはりセーム様は今夜にも迫った襲撃計画に気付いていないのか。)
そう、クローは自身が手に入れた情報を、セーム達にさえ共有していなかった。
例え知らせたところで、対処法は無い。
それならば、せめて事が起きるまで平穏に生活してほしい。
更に言えば、セーム達に知らせたとして、想定に無い動きをされてしまうと、クローも対応しきれなくなる懸念が生じる。
これらを勘案し、クローはセーム達に黙っておく選択を取ったのだった。
一方、ルミはうずうずしていた。
クローが生まれてから13年目にして、ルミは初めてクローと離れて暮らすことになった。
たまにクローがローエンタール領まで来る事はあったが、それにしても会うのは1ヶ月ぶりだ。
しかし、流石に主の会話に割り込む訳にはいかない。
二人の会話が一区切りつくまで待っていた。
「クロー様、本当に体調は崩されていませんでしたか?困り事は?変な女性に付きまとわれたりしていませんか?」
「…いや、ルミ。過保護になりすぎじゃない?大丈夫だよ、ありがとう。あと、もう「様」は要らないって言ってるのに。」
「いえ、それだけは譲れません。」
「えぇ…。」
結局、このルミだけをローエンタール領に残す言い訳は、クローには考えつかなかった。
そのためクローは、最低でもルミだけは死守するような策を考え続けた。
「ふふ、ルミはことある毎にクロー君を気に掛けているんだよ。」
カイルも楽しげに語ってくる。
クローのローエンタール家での最後の晩餐は、和やかに進んでいった。
「ほお!美味いなあ、この菓子。」
セームが絶賛する。
「美味しいですよね。お気に召したようで良かった。エイビシ商会が最近仕入れた新商品だそうで。」
「甘すぎないのが良いですね。」
「私もいただいて良いのでしょうか?」
ルミが遠慮する。
「良いじゃないか、いただこうよ。」
「そうそう、ナタリーさんの言う通り。ちゃんと、皆の分を用意してるから。」
「相変わらず気が利くな、クローや。」
日はもう落ちている。
結局、今日この屋敷に寝泊まりをする者は、全員この場に集まった。
「そう言えば、夕食後に何か話があるのだったか、クロー?」
「そうです。家中の灯りもすべてつけておいてくれと、何故だったんです?」
セームとルミが質問してくる。
…楽しい時間は、いよいよここまでのようだ
「ええ、もうそろそろですね。」
そう言うと、クローは全員を見渡せる位置に移動する。
「今日は、皆さんにお話しする丁度良い機会と思い、集まってもらいました。」
クローはまず、セームの方を向く。
「まずはセーム様、1年前僕の提案を聞き入れて、ローエンタール家に迎え入れていただき、ありがとうございます。」
セームは一瞬驚いた表情をした後、目を細めただ頷いて見せた。
次にクローは、カイルの方を向く。
「カイルさん、未熟な僕に指南いただき、ありがとうございます。ルミの事、お願いします。」
「え、…いや、もちろんだ。」
「ナタリーさん、ローエンタール家に馴染めたのも、ナタリーさんにいろいろ教えていただいたおかげです。ありがとうございます。」
「わたしこそ、クローくんにいろいろ料理教えて貰ってレパートリー増えちゃったよ。ありがとね。」
そんな感じで、クローはこの場に居る皆に感謝の意を伝えていった。
「…最後に、ルミ。」
「はい。」
「これまで僕が生きて来れたのはルミのおかげだ。僕にとってルミは、母親のような、姉のような存在だった。無くてはならない大切な人だよ。でもどうか、もう自分の幸せを、我儘を言っていって欲しい。ありがとう、これまでもこれからも大好きだ。」
パチッパチパチ…
皆から自然と拍手が挙がる。
ナタリーに至っては言葉の途中から号泣してしまっている。
「…あ、あの、クロー様?なぜ今、そのような事をおっしゃるのですか?」
しかし当のルミは、クローがこのタイミングで、まるでお別れのような言葉を口にする事に、違和感と言い様の無い不安を感じていた。
ニコリ。
ルミの言葉にクローは何も答えず、ただ笑みを浮かべる。
その表情に、隠し事に気付かれ困った時の癖を察したルミは、さらに不安を募らせる。
(やっぱり、ルミには嘘も誤魔化しも通じないな…。)
だからこそクローは「嘘を伝えて危険を回避させる」方法を断念したのだ。
「…大丈夫、ルミもみんなも、僕が守るから!」
クローの言葉は、ルミへの回答ではなく、自らへ誓いを立てるための言葉であった。
聞いた側の一同は、言葉の意味が分からずポカーンとしてしまう。
その間に、クローは無詠唱で呪文を唱え終えていた。
『眠り』
クローの放った魔術で、皆、訳も分からないまま眠りにつく。
それを確認したクローは、一人ずつ調理場下の食料貯蔵庫へ運び始めた。
『空間把握』では、既に屋敷の周りに襲撃者が集まって来ているのが分かった。
「…ク、クロー、くん。…キミ、は何、を?」
「ッ?!…驚いた、『眠り』が効いているのに喋れるヒト、初めて見ましたよ?!」
それでも起きているのがやっと、な状態のカイル。
「悪気も、危害を加える気も無いので、ちょっと待っててくださいね。」
今にも襲撃者が踏み込んで来そうな状況が分かっているクローは、カイルへの説明を後回しにして、他の皆を運ぶ事を優先する。
そして、最後にカイルを持ち上げる。
「もう、時間が無いので簡単に説明しますけど、今から、この屋敷は襲撃されます。」
「なっ?!」
「僕が撃退するので、万が一の場合、カイルさんはこの貯蔵庫で、敵を迎え打ってください。その様子なら、じきに体も動くようになるでしょう。」
クローが貯蔵庫を選んだ理由として、皆を隠せる場所である事に加えて、その「狭さ」が挙げられる。
狭い場所で戦う場合、どうしても1対1の状況になる。
そして「鬼のカイル」なら、対個人戦で負けるはずが無い。
仮に相手が飛び道具を使ってきたとしても、「狭さ」を利用すれば対処法はある。
さらに──
カラカラカランッ。
クローは『アイテムボックス』から使用人の人数分の短剣を取り出し、床に転がした。
短剣である理由は、素人でも狭い貯蔵庫内で振り回し易いからだ。
カイルが倒れたり、襲撃者を抑え切れない場合、それ以外の皆も頭数くらいにはなるだろう。
そもそも前提として、クローはカイルすら戦わせるつもりは無かった。
やるからには、30人弱の襲撃者を一人も漏らさず殲滅するつもりであった。
「待って、くれ!わた、しも…。」
準備を終え、貯蔵庫から出てゆこうとするクローをカイルが呼び止める。
「…大丈夫ですよ。ヤツラに後れを取ったりしません。今の僕は、1年前カイルさんに勝った時の僕ですから。」
「…えっ?!」
カイルは、ハッとすると同時に「やはり」と想う。
1年前の初手合の後も、何度もクローとは打ち合って来た。
しかし、1年前自分を翻弄したような実力の片鱗を、クローが見せる事は一度として無かった。
クローはしきりに「まぐれだった」と繰り返してきたが、肌身で感じたカイルは、その言い訳にどうしても納得がいかなかった。
「すみません。これは卑怯な底上げの手段なので、普段の練習で使う意味が無いんです。」
(魔術、か。)
先ほど、皆を眠らせた術を見て、また、クロー自ら「卑怯な」と表現するところから察して、カイルは理解した。
素の実力を向上させる目的で行う普段の練習を、実力を底上げした状態で行っても、何の意味も無い。
だから、クローはどれだけ激を飛ばしても、1年前の実力を練習では見せなかったのだ。
思いがけないタイミングで、カイルが抱えていた疑問は解決した。
「…ルミの事、お願いします。」
つい今しがた言った言葉を、クローが再び口にする。
まったく同じセリフであっても、それに込められた想いは先ほどとは異なっていた。
「…まかせろ!」
そして、それに応えるカイルの覚悟も、まったく異なっていた。
クローは、貯蔵庫から1階へ上がると、食材の入った箱や常用する食器棚を倒し、貯蔵庫の入口が分からないようにカモフラージュした。
当然、周囲に『防音』の魔術を張り、物音で襲撃者を集めてしまうのを避ける。
数の優位は脅威だ。
極力、各個撃破するのが多人数を相手に戦う場合の鉄則である。
クローも、この一週間、襲撃に備え準備をして来た。
この屋敷は3階建てだが、2階と3階の床下には空間がある。
その空間に隠れ、また、その空間を通って階移動が出来るように、クローは天井や床に出入口を作っていた。
また深夜、監視の目をかい潜り、襲撃者の集う資材置場へ行っていた。
そこで『空間把握』等の、相手側にも魔術師が居た場合は感知され易い魔術を使ってみた。
しかし、結局一度も反応があった事は無かった。
つまり、相手側には魔術師は居ないだろう、ということだ。
まあ、それはクローも予想していた事だ。
というのも、この世界では魔術師が悪事に手を染める事は稀なのだ。
そもそも、この世界では魔術師は希少だ。
そのため、わざわざ悪事に手を染めずとも、好条件の働き先はいくらでもある。
それに、魔術師とそれ以外の者とでは、悪事を働いて捕まった後の処遇がまるで違う。
魔術師は希少であるが故、どうすれば無力化出来るかが一般人には分からない、というのがその理由だ。
例えば、普通の魔術師なら、口に詰め物をして手足を縛り上げてしまえば、魔術は使えない。
だが、魔術というものの論理も知らない一般人は、その状態からでも無詠唱で魔術を発現出来ると考えてしまう。
実際に、王宮魔術師の中には無詠唱が出来る者も居たりするので、誤解は解けることは無い。
魔術師を捉えた場合によく採られる対策は、口を塞ぐ、もしくは潰した上で、常時見張りを付けて、怪しい動きを見せたら即座にぶん殴る、というものになる。
さらに、それより簡明で確実な対策として採用され易いのが、「術者の命を奪う」という対応だ。
──というわけで、魔術師はあまりに過激すぎる対策を恐れるが故、罪を冒すことはしない、というのが共通認識になっている。
今回も、敵に魔術師が居る事は考えなくて良さそうだ。
「んっ…、来たか!」
『空間把握』で観察してた集団が、ついに屋敷の中に侵入して来た。
各部屋の灯りをつけていたのが功を奏したのか、集団は各部屋をくまなく探すため、少人数で散り散りになってゆく。
クローのやる事は決まっている。
少人数単位で居るところに『防音』を掛けたうえ、速やかに制圧、この繰り返しだ。
…1グループだけ、玄関ホールから動かない者達が居るが、それはゴードバン達だろうか。
動かないならソレは後回しにして、周囲から、特に食堂付近の者から優先で狩ってゆく方針だ。
クローは動き出した。




