02_目覚め
気付くと、木材でできた天井を見上げていた。
窓からは陽の光が差し込んでいる。
たぶん、今は朝だろう。
「…いや、そうはならんやろ。」
思わず誰にともなくツッコミを入れる。
声を出してみて気付いたが、喉がカッスカスだ。
この感じ、たぶん2日くらいは寝ていたように感じる。
ここは…僕の寝室だ。
時間は朝。
…ちょっと、頭を整理するために今の状況を確認してみよう。
僕の名前は、クロ―・ホーンテップ。
ホーンテップ男爵家の三男。
三男とは言っても、正妻の子じゃない…っぽい。しらんけど。
これまで子供ながらに知りえた情報から判断すると、当主の親父君がメイドに手を出して産ませた子っぽいんだよなぁ…。
…マジかよ、親父君最低だな!?
えーっと、母上とは外見がそもそも似てない。
母上は金髪・青目で、僕は黒髪・黒目。
ちなみに親父君は赤髪・目はブラウン。
兄上二人は母上そっくり、ついでに言うと母上と上の兄には僕は嫌われてる。
いや、態度があからさまなんだよね。
どれくらいかって言うと、8歳児の自分がいじけちゃうくらい。
たぶん、このまま知らずに育ったら、立派な人格破綻者に育ったことだろうね。
今でさえ、お付きのメイドに八つ当たりしまくってたんだから。
八つ当たり、は…いやー酷かった。
名前も呼ばず「おい!」呼び。
ちょっと気に食わないことがあると、すぐに癇癪を起こす。
子供の間なら、まだ許される可能性もあるだろうけど、このまま、あと10年も続いてたとしたら…。
おおぅ!こっわ!
前世の記憶を取り戻した今は、とてもじゃないけど、もうそんなことする気はないよ。
これまでのことも、本当なら、今すぐ謝り倒したいくらいなんだけど…。
でもなー、そんなクソガキが急に謝ってきても、ぶっちゃけ怖くね?
それに、今の僕は気にしないけど、貴族の身内に下手に出られても困ると思うんだよね。
うん、とりあえず謝罪は保留で。
その代わり、徐々に優しくしてゆく方向で。
徐々に、の加減が難しいけど…
コンコン!
「クロー様、起きてらっしゃいますか?」
ビクッ!!
びっくりした、ルミのことを考えていたら本人が来た。
というか、朝なのだから様子を見に来るのは当然か。
「…ルミ?」
一応、答えてみる。すると…
バタンッ!!
突然、勢い良く扉があけられる。
えっ?ルミってこんな雑な行動するような人では無かったはずだけど?
むしろ、いつもは冷静なタイプ。
バタバタッ!
こちらに近付いて来る様子も小走りで、身構えてしまった。
えっ?なに?
「気が付かれたのですね?ご加減は?苦しいところは無いですかっ!?」
僕のベッドまで来て、顔を近付けてきてそんなことを矢継ぎ早に聞いて来る。
褐色の肌に色素の薄い髪、前世の感性を思い出したうえで見ると、滅茶苦茶可愛い顔立ちをしている。
ただ、僕の生まれたこの地域では、褐色の肌というのはあまり好まれない。
そのため、家族でも疎まれている僕付きのメイドとしてルミが押し付けられたのだ。
そう感じていた僕は、ルミに強く当たってしまっていたわけだ。
今世の自分も、内心ではルミのことが「嫌だ」とは思っていなかったはずなのに。
…というか顔が近いんだけどっ!?
「ちょっ、近い…」
「…あっ、申し訳ありません。」
僕の訴えに応じて覗き込むのは止めてくれた。
とりあえず、体調は伝えようか。
「体がだるい。熱もちょっとあるみたい。ってか僕、どのくらい寝てたの?」
「一昨日の夕食後、自室に戻って急に倒れられました。それから意識が戻らず…心配しておりました。」
…あぁ、そうか。
いくら、小生意気なクソガキでも、意識不明ともなれば多少は心配するか。
それで、意識を取り戻した、と思ったら今のような行動になるか。
ずっと、前世から、人に心配して貰うなんてことが無かったし、忘れていた。
「そっか、心配かけてすまない。あ――」
「えっ?」
ありがとう、心配してくれて。
うん、言えない、言いかけて止めた。
プライドがとかそういうことでなく、単純に不振に思われる。
これまでのクロ―・ホーンテップなら、
『誰が心配しろと言った?よけーなこと言うな!』くらいは言ってる。
はー?心配掛けといて、心配して貰ってその言い草はなんだ!?
ホント、これまでの自分をぶん殴りたい!
――コホンッ!
とにかく、あまりにこれまでとかけ離れ過ぎた行動は、今はまずい。
大げさでなく「何かにとり憑かれたのではないか?」と思われる。
そして、これ幸いと母上が僕をこの家から追い出したうえで、亡き者としようとするかもしれない。
さすがに考えすぎ?でも、用心に越したことはないし…。
「クロー様、やはりまだ気になることがありますか?」
黙り込んだ僕に心配して声を掛けれてくるルミ。
「あー、なんかまだ頭がボーっとするかも…あと、喉が渇いてる。」
「それでしたら、こちらを。」
持ってきたポッドからコップに水を注ぎ、差し出してくれる。
…握力も問題なさそうだ。受け取り一気に飲み干す。
「ゴホッ!」
むせた。
前世では水なんてガバガバ飲めていたが、その感覚と同じノリは、この体では無理そうだ。
今後、同じように前世とのギャップがありそうだな。
「大丈夫ですかっ!?」
「――大丈夫。…落ち着いた。」
まだまだ心配そうなルミに、強がりを言ってみる。
少しでも安心して貰えればいいけど。
「僕が起きたこと、伝えた方が良いんじゃない?」
「そう、ですね…少しお待ちください。」
「それほど具合も酷くないから大丈夫。あと、できればスープとかも飲みたい。」
「はいっ!承知しました!」
そう言ってパタパタと部屋を出て行こうとするルミ。
出て行く間際、もう一度、声を掛けてみる。
「ルミっ」
「はいっ!?」
ドアの所で肩越しにこちらを振り向くルミに、僕はそっぽを向いたまま一言。
「…ありがとう」
「……はい」
一瞬、何を言われたか理解できずに、返事まで間が空くルミ。
その方向を見ずに、無言で背を向けてベッドに横になると、やがてルミも何も言わずに部屋の外へ出いった。
あああああああああああああああああああおあぁおあぉ!
恥ずいぃ!
やってみましたよ、人工ツンデレ。
最高に恥ずい!
この感覚は、前世の感覚と言うより、今世でここまで生きてきたクロー・ホーンテップとしての感覚の方が強く出てる感じかな…。
ルミが追及して来ないでホント良かった。
…さて。
一旦、また一人で考える時間ができた。
とりあえず、自分に何が起きたか、分かるところだけ整理しようか。
「僕」の体に、こことは全く違う、文明の進んだ世界で生きた人族の一個体の知識がインストールされた。
その人族の個体名は“タカオ”。
名前なのかファミリーネームなのかは思い出せないが、今後はこの名前で呼ぶこととする。
“タカオ”は平凡な男だったが、それでも50年近く生きた人族の経験は、8歳の子供には多すぎた。
その知識量が多すぎたため、その整理を優先した結果、体が脳以外の機能を最低限のものだけ残して、シャットダウン・再起動した、ってとこかな?
頭がボーっとして熱っぽいのは、多量の知識を整理するために脳に負荷が掛かり、知恵熱が出てしまったのだろう。
ではそもそも、何故、“タカオ”の知識が「僕」の体に取り込まれたのか?
予想1、「僕」の前世が“タカオ”で、その知識がフラッシュバックした。
この場合、原因は「前世での死後、転生するにあたってそうなるように決められていた」説や、「自分以外の何か(神様やハイヤーセルフと呼ばれるもの)によって、そうなるように仕向けられた」説などが考えられる。
予想2、「僕」と“タカオ”はまったく関係は無いが、何らかの理由によりその知識を受け継いだ。
この場合、「僕」はこの世界で何かを物理的に体内に取り込んでおり、それが原因で“タカオ”の知識の受取先となった、ということが考えられる。
予想3、実は“タカオ”はまだ生きていて、「僕」の人生は生死を彷徨っている“タカオ”が見ている夢である。
予想4、逆に、“タカオ”の記憶はすべて「僕」が夢で見た妄想である。
…う~ん。
どう考えてもオカルトか、こじ付けになってしまう。
当たり前だ、原因として明確になっている事象が何も無いのだから。
せめて、転生前に神様に会っていた記憶が蘇ったり、前世の記憶が戻ったこのタイミングで神様からの現状説明などがあれば納得はできるのだが、未だ何者かが説明に来てくれそうな気配は無い。
ということは、神様なんてものは存在しないのか、居たとしても個人に対して説明を行ってくれるような存在ではないのだろう。
「僕」のこの現状も、超低確率で自然発生し得る現象であり、超自然的な存在の御手を煩わすようなものでも無いのかもしれない。
そんなことより、とりあえずは「僕」の人生は続くものと考えて、これからのことを考えよう。
これから先やりたいこと…まずは、この家を出たい。
あの家族と、この先一生関係してゆくのは流石に嫌だ。
なので、当分は出て行くための準備をしてゆこうと思う。
あと、ここの領民へ何かしら「お返し」をしたい。
僕は一応、貴族の息子だ。
僕の生活費やらは領民からの税で賄われている。
僕がこれまで生きるのに掛かった分と、これから僕がこの家を出るまでに必要な生活費。
せめて、それに見合うだけの恩返しができなければ、それこそ我儘なだけの貴族のクソガキに成り下がってしまう気がする。
これは、完全に僕の自己満足なのだけど、だからこそいい加減にはしたくない。
…ん?ルミが戻ってきたかな?
これから具体的に何をしていくか、まぁ、ゆっくり考えよう。
とりあえず、ルミの持ってきてくれるスープでも飲んでから…。