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19_ゴードバン

「──ということで、昨日クローが出掛けてたのは、店長ジャックにいかがわしい店に連れて行かれてたらしいですね。」

「そうか。…気楽なものだな。」

「いっそ哀れですけどね。一週間後に起きる事など思いもよらないのでしょうね。」

「そうだな。…明日にはまた人手が増えるのだよな?」

「はい、その予定です。」

「ではその内二人に、交互でクローを見張るように指示しろ。」

「はい。しかし、慎重ですね。ただの屋敷の管理夫でしょう?」

「…重大な案件だからな、慎重にもなる。」


言っても信じるまい。

その少年が、正体不明の天才闘士ロープなのだ、など誰が信じる。

このゴードバンを倒し、トロリス流を貶めた張本人。

私だって、実物を見て、声を聞くまで信じられなかった。


その詳細はアーベルパルナ男爵様から伺った。

先の大会で、ロープの大会受付をした者が、推薦者の名前に陛下の近侍であるノドゥカ殿の名前があったと記憶してた、という事だった。

ロープが王都予選に参加する際に提出された推薦状が、いつの間にか無くなっていた事は聞いていたが、内容を覚えている者が居るとは知らなかった。

そしてノドゥカ殿と言えば、ロープの身代わりとなって襲撃を受け、結果、陛下にまでトロリス流門下の悪事が伝わる原因となった人物。

ノドゥカ殿本人は、ロープの事を聞かれ「偶然、裏方で出会い、頼み事をされたので引き受けただけ。ロープ選手とはそれ以前には面識は無い。」と語っていたそうだ。

しかし、推薦状の件が本当なら、二人は確実に大会以前からの知己であった事になる。

そこで、ノドゥカ殿の行動を調べたところ、定期的に会合している人物が浮かび上がった。

ホストクラブ・ギルティのオーナー、クロー・ホーンテップ少年だ。

…なんだ、「ホストクラブ」って?

調べると、見目の良い男性が客と話しながら酒を飲む店らしい。

よく聞く、「女が客と〜」という店を男女逆にしたようなものか。

舞台が有り、歌ったり踊ったりもすると、なるほど。

…個人的には、男がするには軟弱な行為だと思うし、行く気にはならないが、そんな店があっても良いだろうとは思う。


考えが逸れた。

クロー・ホーンテップだ。

忌々しい名だ。

ホーンテップ家の者ということが、嫌悪感を増加させる。

…私には息子が居た。

妻に似て聡明な子だった。

剣術しか取り柄のない私は、自分の持つ剣術のすべてを息子に叩き込んだ。

その甲斐あってか、息子は若くして頭角を現し、地方へと一人立ちして行った。

妻は息子の成長を見届けて、逝った。

…その後、まさか私より先に息子が妻の後を追う事になるとは思わなかった。

息子の死因は、戦死。

その地に巣食っていた賊とやり合い、命を落としたということだった。

後に判明した事だが、その地方の賊というのは、去年瓦解したマフィアを中心とした人身売買組織の一端であった。

息子の死を受け止められなかった私は、あらゆる手を尽くして仇を調べ上げ、その事実を突き止めた。

しかし、相手は貴族すら味方につけ、国中に根を伸ばしている巨大組織だ。

私ひとりではどうすることも出来ない。

そこで、私は自身も籍を置くトロリス流を活用することを考えた。

やったことは単純で、同門の者に盗賊を積極的に討伐することを推奨し、支援した。

その甲斐あってか、組織は明らかに弱体化した。

反比例するようにトロリス流と私の評価は上がってゆき、私自身は騎士称号をいただくまでとなった。

…発端は私怨だというのに。

そんな、言い表し様の無い罪悪感を感じながら、私はトロリス流を、とりわけ家元の跡取りであるブライドルを盛り立ていった。

息子を失った喪失感を埋めるため、息子と同年代のブライドルの世話を焼いていたのだ。


今思えば、この頃から自分はおかしくなっていったのだろう。

家元の意向も聞かずに、ライバルを闇討ちする等の裏工作を行うようになり、暴走してしまった。

その結果が、ブライドルの剣術大会3連覇だ。

そして去年、ロープの訴えが発端となり、すべての裏工作が露呈した。

長い取り調べが終わり、娑婆に出れるようになる頃には、私はすべてを失っていた。

騎士称号も、同門の仲間からの信頼も失った。

そして、仇すら瓦解してしまっていた。

大規模な人身売買の根幹となるマフィア組織は、大会の翌々日に同業からの襲撃で壊滅。

奴らと手を組んでいた貴族家も、現場に残っていた書類から特定され、処分された。

いつかこの手で息の根を止めてやる。

そう思い続けてきた仇達まで、知らぬ間にこぞって消えてしまった。

私は失意の末、廃人のように成り果てた。

そんな私に、ブライドルはそれでも手を差し伸べてくれていた。

たが私は、彼の誘いを断った。

これから新たに1からトロリス流を立て直してゆこうとする中で、私のような者を入れてはいけない。


誘いの手はもう一つあった。

それがアーベルパルナ男爵であった。

内容は陳腐な暗殺計画。

例え成功したとしても、いずれ足元を掬われる事になるのも気付いていない杜撰な企みだ。

だからこそ、私は受けた。

死に場所を探していた私にはうってつけの話だったのだ。

私と同様に散り華を咲かせたいと思っていそうな面子にも心当たりがあったので、彼らも誘ってみた。

…思っていたより人手が集まったな、想いは皆同じか。

え、違う?

これが成功すれば領で雇用してもらえる?

…うん、まぁ頑張れ。

そのような経緯で雇われたとして、この先もずっと同じことをさせられ続ける事になると思うのだが、それで良いと言えるなら、私からは言う事は無い。


これほど士気が高いと、セーム殿は不憫だな。

いや、セーム殿には後を託せる後継者が居る。

後顧の憂いも無かろう。

となると、不憫なのはその取り巻きか。

「鬼のカイル」と闘士ロープ、そしてその他の使用人達だな。

ロープ以外の者には、特別、思うところも無いのだが、運が悪かったと諦めてくれ。


しかし、本当にクロー少年は、闘士ロープなのだろうか?

話を聞いた限り、怪しいのは理解出来るが、実感が沸かない。

私は、件の店まで行ってみた。

王都では顔の知られている私だが、以前と違い無精髭を伸ばした顔を、フードで目深に隠せば誰も私と気付く者など居なかった。

店の外観は普通か、むしろ格調高い部類に入るかも知れない。

流石に中には入れない。

間近で遭遇すれば、いくらなんでも私と気付かれる。

そもそも、まだ昼間で店もやっていない。

考えも何も無く来てしまったが、無駄足だったな…。

店頭には絵看板が何枚も飾られている。

看板には、一枚に一人ずつ人物が描かれている。

描かれているのはすべて年若い男性だ。

皆、線が細そうだ。

彼らが接客をするのか。

王都の御婦人方にはこういう男がウケるのだろうか?

私には分からんな。

かつて息子がそうであったように、鍛え上げられた肉体美こそ、価値があるものだと私は思うのだが。


「ああ、ジャック、ルシファー、待たせてごめん。」


!!!!

この声は?!


「大丈夫っすよ。ウチらも今来たとこなんで。」

「そうそう、気にしないでください、オーナー。」

会話がすぐ後ろから聞こえる。

オーナー、とはクロー・ホーンテップのことだ。

最初の声には聞き覚えがある。

ということは、やはり──


──彼は後ろにいる!!


私は、不自然に思われないように振り向き、極力自然に彼らの横を通り過ぎた。

その際、細心の注意を払い、クロー少年を横目で見た。


間違いない、ロープだ!


体格、時折見えていた髪の色、何より年の割に確かな意志を感じさせる声。

私は確信した。

彼らは買い出しに行くらしく、連れ立って行ってしまった。

遠くなるその背中を、私はずっと見つめていた。


分かっているのだ。

彼が日の下を闊歩しているという事は、彼が父親のナグラ・フォン・ホーンテップが行っていた悪事に、一切関わっていなかったことを示している。


分かっているのだ。

剣術大会で彼が行ったのは、ただ不正を暴いたというだけ。

不正を暴いた彼に落ち度など一切無い。

暴かれて困るような不正を働いた者が、一方的に悪いのだ。


頭では分かっている。

けれど心は、どうしようもなく彼に憎しみを向けてしまう。

悪いな。

これは私怨だ。

怨んでくれて構わない。


だが、決して逃さん!


私は、来たるべき「その日」に備え、髭を剃り、長らく止めてしまっていた日課の鍛錬を再開させるのだった。

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