18_詰んだ?!(後編)
路地に出た僕は、廃墟を振り返った。
…うん。
情報屋の彼は、自分で言っていた通り、速攻で店から出て行ったようだ。
彼なら何事も無く、王都から脱出できると信じよう。
「どうかしました?」
立ち止まったままの僕に、ジャックが声を掛けてくる。
「いや、何でも無いよ。」
先ほどの話を聞いた後だ、思わず周囲を警戒してしまう。
『空間把握』はあくまで、物体の形状と、動きを把握出来るだけの魔術だ。
だから、その物体がそこに有ること自体が、怪しい事なのか否か、は術者が知識や経験を元に判断しなくてはならない。
何を言いたいかというと──
人の多い場所で怪しそうな人なんて見分けが付かないよ!
森の中では、とにかく動くもの、とりわけヒトの大きさ以上の生物はすべて怪しい、で済んでいた。
けれどこのような都会では、動くものはだいたいヒトだ。
だから各々の動きを見て、こいつは怪しい、こいつは怪しくない、と判断しないといけない。
いけないんだけど、正直ひとりひとりまで追い切れないよ。
せいぜい、人気が無い場所を通った際に、追跡してくるヒトが居ないか確認するくらいしか出来なかった。
それでも追跡して来てるようなヒトは見当たらなかったが。
流石に襲撃者も集まりきっておらず、僕の行動を逐一監視するほどの余裕は無いのだろうか?
…それでも念の為、小芝居は入れておこうか。
「ジャック、話を合わせて欲しいんだけど──」
「はい?」
「いや〜、困っちゃったよ。まさか、あんなお店に連れて行かれるなんて!女のヒト達みんな、裸同然だったじゃないか?!」
「いやいや、オーナーも年相応にウブなんですね〜。意外でしたよ。」
「なんだよ店長、オーナーを何処に連れてったんだよ?」
「ん?俺のお気にの店。参考になるかな〜と思ってな。」
「へ〜、羨ましいな。なんて店?」
「もうっ!ルシファーも興味持たなくて良いから!」
ここは僕の店。
普段通りに店に来た。
これまでと違う行動をすれば、襲撃者側に警戒され、予想外の動きをしてくるかも知れない。
なので一旦、僕はこれまで通り、店に出続けることにする。
また、店に来る前にジャックと何処かに行って来た事も、不審に思われるかも知れない。
その言い訳として、ジャックには口裏を合わせてもらった。
追跡は無くとも、僕の行動を見聞きしているヒトは居るかも知れないからね。
ただ当然ながら、店に居ても店の事なんかに気が回らない。
話を聞いてみるだけのつもりだったのに、想像を遥かに越えてヤバい状況だった。
もちろん、深夜に件の資材置き場に行ったりして、自分で裏取りもするつもりだ。
流石に人づてに聞いた話だけを鵜呑みにする気は無い。
落ち着いて、聞いた話を思い出してみる。
なんというか、自分の行いが全て跳ね返ってきた感じだ。
そもそも、去年の副宰相様を狙った計画を暴いたせいで、今回の件が計画された。
マフィアを潰してなかったら、襲撃者の構成は頭数にしかならないゴロツキ程度で済んだだろうか。
大会でトロリス流の悪事をバラして無かったら、襲撃者に元トロリス流門下が加わる事も無かった。
そして、ゴードバン。
あのジジイ、まさか僕がロープだと気付いているのではないだろうか。
大会優勝者ロープと「鬼のカイル」、この二人を敵に回すと考えれば、30人という人数にも納得する。
ゴードバンが積極的に人を集めている、というのも、僕への私怨があるため、と考えると理解出来る。
どこからバレたのだろう。
ノドゥカさんやイリス様経由は考え難い。
オーナーという立場なので、客前に顔を出す事はあまりないが、それでも何かの拍子にフロアに出る事もあるし、それでか?
…何にせよ、厄介な事になった。
しかし、首謀者は何を考えているのか?
例え今、副宰相様の政策の施行が停滞したとしても、セーム様のご子息が後を継いで、いずれ成し遂げられるだろう。
時間稼ぎは出来ても半年、それだけのためにこんな計画を立てたのだろうか?
そんな道理も分からない貴族が首謀者ということか。
それとも、その半年の間に別の計画を企てているのだろうか?
……
情報屋の彼にまた会う機会があれば、聞いてみよう。
今回は、最悪、ルミだけ領地に残すようにすれば、ルミに危害は及ばない。
襲撃者側からすれば、使用人ひとり置いてきた所で気にも留めないだろう。
だが、事件後にルミはどうなる?
セーム様のご子息様が引き取ってくれれば良いが、それは希望的観測だ。
何より、ルミはやっと出来た家族のような人達を失う事になる。
そんな事は許さない。
セーム様もカイルさんも死なせない。
僕だって、二人を家族のように思い始めていたんだ、彼等を見捨てる事なんか出来ない。
…肉親は国に差し出したくせに、他人の彼等の事は守りたいと思うのは、皮肉なものだ。
襲撃予想日まであと一週間ある。
それまでに、最も相手に打撃を与える応手を考えよう。




