17_詰んだ?!(前編)
「こういう所なんだ?」
「はい。あと、あまり大きな声で話さない方が良いですね。」
「わかったよ、ジャック。」
ここは王都北区の歓楽街の最奥にある路地裏。
半ばスラム化している混沌とした場所だ。
「暗いので、足元気を付けて。」
彼の名はジャック。
僕の店のスタッフの中でも一番年上で、店長を任せている。
裏の世界にも長く接してきたと言う彼には、いろいろ相談する事も多い。
そんな彼が、怪しい情報を耳にしたと言うので話を聞いてみた。
ローエンタール家に恨みを持った者が、人を集めているらしい。
これだけでだいぶ危ない話で、本当ならば無視できない。
ただ、ジャックも他のスタッフと駄弁っていた際に聞いただけで、真偽は分からないらしい。
僕がローエンタール家の縁者である事は伝えていたため、教えてくれたということだ。
そして、とある提案もしてくれた。
「情報屋を知っているので、行ってみませんか?」
…冷静に考えれば、何らかの罠である可能性も高い。
だが、僕を騙して何になる?
僕が大金を持っているのは知っているだろうが、それは全て『アイテムボックス』の中だ。
ここで最悪、僕が捕らえられたとしても、金の在処を吐かせるまで僕を殺す事は出来ない。
ならば、逃げる機会はいくらでもある。
では、単純に僕への私怨か?
でもな〜、ジャックがそんな事するかな〜?
ジャックとは店のスタッフの中でも、一番仲良くしてたつもりなんだけどなぁ。
ただ、ジャック自身が嘘の話を吹き込まれた可能性もある。
ここは一旦、ジャックを信じて行ってみる事にした。
今、ジャックを失うと、店の経営にも影響が出るし。
…何より、情報屋って見てみたくね?
うん、一番の動機はこれかな。
裏社会の情報屋、なんて前世のドラマやマンガ・小説の中でしか聞いた事無い存在だ。
この目で見てみたさは、ある。
と言う事で、ジャックに連れられてやって来た、古臭い建物。
正直、廃墟にしか見えないが、隠し扉があり、そこから地下に続く階段を降りる。
…分かってるねぇ!
こんなのこんなの!
「いかにも」な雰囲気が堪らない。
もちろん、警戒は怠らない。
地上の廃墟内に人族サイズの熱源、生体反応は無かった。
地下の扉をジャックが叩く。
符号のような会話をすると、鍵が開けられたようだ。
中に入る。
中はカウンターバーのような造りになっていた。
実際、過去にそういうお店だったのだろう。
今、内側から鍵を開けたであろう人物がカウンターの中に入って行った。
「いらっしゃい。どんな情報をお望みで?」
見た目は30代後半、顔も隠さずカウンター越しに話し掛けてくる彼が情報屋なんだろう。
周囲警戒、彼以外にヒトが潜んでいる気配は無し。
床下、壁の向こう、天井すべてを探るが、落とし穴や上から何かが落ちてくる、等の怪しい点は無い。
いや、奥に脱出用の通路はあるが、もしもの場合に自分が逃走するためのものだろう、問題なし。
あとは、目の前の彼がおかしな事をしないか。
隠し持っているのは護身用のナイフが一振り、奥の部屋に弓矢が置いてある。
これも緊急時用だろう、問題なし。
最後に『魔力感知』発動。
『空間把握』と合わせて、何か変化があればすぐに分かるようにしておく。
…うん、彼が魔術を使っている形跡も無い。
「…どうかしたかい?」
しばらく無言になった僕を不審がり、彼が問いかける。
「いえ、何でもないです。聞きたいのは、ローエンタール家を狙う連中の事です。」
「ああ…。それなら、金貨一枚で。」
カチッ。
無言で金貨をカウンターに置く。
「はい、確かに。ローエンタール家を狙うのは、副宰相グレン様を、正しくは彼が導入しようとしている政策が気に食わない貴族達さ。」
「はっ?それでなんでローエンタール家が?」
ほぼ一年前に、同様の理由で副宰相様が狙われた事を思い出す。
今回の動機か同じなら、狙われるのはグレン様ではないのか?
「もちろん、一番恨まれてるのはグレン様だよ。けれど、副宰相様を直接狙うのは難しい。それに比べれば、セーム・フォン・ローエンタール子爵様の身辺は、警備が薄い。」
セーム様の守りが薄いのは、その通り。
お気に入りのカイルさん以外の優秀な護衛は、すべて伯爵位のご子息様に譲っている。
たけど、そもそもなんでグレン様の代わりにセーム様が狙われるのか?
「まず、ちょっと経緯を説明するか。副宰相様の政策は、約3年前から練られていた計画だ。その政策はいよいよ来週に迫ったゾマ祭直後に実施される予定なんだよ。」
今度のゾマ祭で?!
そこまで話が進んでいたんだ。
「実施に賛成してるのは、ともに派閥を持つ宰相ソダ様、副宰相グレン様、そしてセーム様のお三方。彼等が賛成しているなら、異を唱えられる者はこの国には居ない。国王ですら、政策に明らかな落ち度でも無い限り、反対など出来ないはずさ。体面的にもね。」
お三方の束ねる派閥に所属する貴族家の数は、この国の3分の2程になる。
政策の実施はほぼ決定的な訳だ。
「そのため、反対派はこの一角を亡き者とし、混乱に乗じて政策自体を有耶無耶にしようとしてる、という訳さ。」
「っ?!」
…理由には一ミリも納得出来ないが、情報屋の言う事には真実味がある。
そもそも、セーム様の警護が手薄なのは、意図的にそうしているところがある。
理由は「息子や前途ある者が狙われるより、ワシのような老い先短い年寄りが狙われた方が、この国の為」なのだと、セーム様ご本人から聞いたことがある。
ちなみに、それでもカイルさんほどの剣士を連れているのは、もしもの際に本人の周りに居るかもしれない従者を巻き添えにしないよう守るため、らしい。
「…襲撃者の動機と目的は分かりました。では、首謀者と襲撃者の具体的な構成は分かりますか?」
「ある程度はな。でも、どちらもタダで教える訳にはいかないねぇ。」
「なっ?!おいおい、まさか更に金を出せって言うのかよ?!」
話を聞いていたジャックが口を挟んでくる。
「当たり前だろう、ジャック?こっちも商売だからな。」
ま、それはそうか。
貴族家の秘密なんて、探ろうとするだけで消される危険が伴うものだ。
そんな情報を日々、命懸けで集めている報酬が微々たるものでは割に合わない。
「ジャック、いいんだ。」
カチャッ。
今度は金貨2枚をカウンターに置く。
「分かっていただいて何より。じゃあまず、襲撃者を集めているのは、フィボッチ家、ファウル家、アーベルパルナ家だ。」
…確かすべて副宰相様の派閥の貴族家のはず。
「この中ではフィボッチ家が一番格上だろう。首謀者もここだ。だが、襲撃者、つまり実行部隊はファウル家の所有している資材置き場に集まると睨んでいる。祭りが近い今なら、資材も捌け気味でスペースもあるはずだ。」
「そこに、もう集まっていると?」
「いや、今はまだ揃って無いだろう。ゾマ祭まで、不審に思われないよう、小分けに集まっていくはずだ。」
いきなり纏まった人数が集えば、それだけで注目を集める。
当日まで秘密裏に動きたい襲撃者側は、無駄に目立つ事はしない、という事だろう。
…ん?
「あれ?よく考えると、なんで貴族家がヒトを集める必要があるんです?そう言うのは、組織から直接派遣されるんじゃないんですか?」
「ああ…。ま、普通はそうだろうが、今は事情が違ってな。去年、この町のマフィアが一つ瓦解したせいで、残った組が疑心暗鬼や縄張り争いのために抗争していてな、兵隊を出す余裕が無いんだ。」
疑心暗鬼…「あっちの組の奴等がヤったに違いない!こっちもヤベェ!」と皆が思ってる、ってことか。
「そこで、手足が無くて困った首謀者は、先の大会の件で破門されたトロリス流の元門下生を取り込んだ。」
…は?
「各貴族家から放逐された元門下生達を集めて、手足として使おうって訳だ。」
「破門されたトロリス流って、…まさか。」
「ああ、ゴードバンを筆頭とする連中だよ。数は30人弱ぐらいだと予想してる。ま、これは俺の推測だ。外れても文句言わんでくれ。」
?!!!
「はぁ、30?!屋敷に押し入るのにそこまで必要かよ?!」
ジャックも驚く。
屋敷に居るヒトの数は、使用人を入れても両手で数えられるくらい。
それに対して首謀者30人は流石に戦力過多だ。
「ま、連絡要員含めての数だからな。」
「…30人弱、の根拠を聞いても?」
「ああ、用意された糧食の量、資材置き場の広さ、ファウル家の使用人達が既にバタバタしてる様子、あとゴードバン自ら人を集めている様子、から推測した。」
はぁ?
あのジジイッ!!
「…で、襲撃の予想日時は?」
カチッ。
更に金貨を一枚置く。
「…随分気前が良いなあ。店はそんなに流行ってるのかよ、ジャック?」
「いやぁ、正直そこまでじゃあーー」
「無駄話は要らないから。答えられる?」
「へぇへぇ、答えさせていただきますよ。」
そう言いながら、情報屋は4枚目の金貨を懐に入れる。
「タイミングとしては、セーム様が王都に到着された当日が狙い時だろうね。大方の貴族はパーティ等の予定のある前日に王都に入って、その日は翌日以降の英気を養うため、早くに寝ちまうもんだ。」
うん、僕もそう思う。
「…その情報の確度はどのくらい?」
「は?確度?」
「そう。僕が「この情報を知った」ことが襲撃者に伝われば、相手は日時や手段を変えて来るかも知れない。そういった事を含めて、今聞いた予想が当たる割合が知りたい。」
我ながら回りくどい言い方だ。
つまりは「アンタは敵に僕の情報を売るのか?」と聞いてるのだ。
「はっ。そ〜ね、そう言うことね。…安心しな、俺はアンタらが帰ったら、速攻でこの町から消えるつもりだから。」
「えっ?!」
「だから、アンタの情報も相手側に売る気はね〜よ。」
「でも、そちらとしては商売のチャンスなんじゃないですか?」
うん、我ながら疑り深い。
でも、ここで「そっか〜。ほな大丈夫か。」とは流石に思えないよ。
「そりゃな。けど正直、十分以上にモトは取ったし、欲張り過ぎないのが長生きの秘訣なんだぜ?」
「なるほど。」
危ない橋を渡っているからこそ、欲をかかずに慎重に行動するのが、彼なりの処世術なのだろう。
「ま、それにしても少々儲けさせて貰い過ぎたかもな。他にも何か聞きたいことがあれば、答えるぜ?」
「おお、サービス良いですね。」
「そりゃあ、上客相手ならサービスも多少するさ。」
「う〜ん、それならちょっと今からいくつか質問するので、襲撃者目線で回答してみてくれません?」
「ああ、構わないぜ。」
「ではまず、セーム様が早めに、襲撃者が揃わないうちに王都に着いたらどうします?」
「ん?仲間が揃うのを待って襲えば良いだけだろ?」
ですよね〜。
「では逆に、一日遅く到着したとしたら?」
「例えばそれで、毎夜パーティに出席されるとしても、夜には帰るんだろう?襲撃する時刻が深夜になるだけじゃないか?」
うん、そりゃあ、そうか。
「じゃあ、ゾマ祭の最終日まで来ないで、用を済ませたらトンボ帰りするとしたら?」
「そうだな、他の副宰相様あたりに目標を変える事も考えられる。けど、ローエンタール領は一日の距離だろ?領都まで行ってしまうとか、街道で待ち伏せするのもアリなんじゃないか?この状況だと、ローエンタール領の方に張り付いて、王都の首謀者に情報を流す要員も置いてるだろうしな。」
野外戦も困るな。
仮に僕が全力を出すとしても、敵が来る方向が多くてカバーし切れない。
あと、敵からしたら逃げ易い状況だ。
もし、敵を取り逃した場合、次にどの様に襲撃して来るか読めなくなってしまう。
「なら、セーム様が今回は毎日、王宮で夜を明かす事にしたら?」
「う〜ん、流石に王宮に喧嘩は売らないだろよ。だが、そこまでするなら、セーム様には説明は必要だよな?」
「まあ、そうですね。」
「俺はセーム様の人となりは知らないんだが、屋敷に残した使用人や、宰相様や副宰相様が身代わりに襲われるかも知れないのに、自分だけ安全な所に居ようとする方か?伝え聞く話を聞く限り、そんな事しそうに無いんだが。」
うん、その通り。
そんな真似、縛り付けでもしない限り、出来る人じゃない。
「う〜ん。では、領軍を連れて来るとか。」
「アホか!「謀反の疑いアリ」と問題にされて、大騒ぎになるだろ。」
デスヨネー。
「襲撃者側からすると、リスク無く騒ぎが起こせるんだ、願ったり叶ったりじゃないか。」
「もう、素直に王都の衛兵に頼るとか。」
「それな〜、現実的に思えるだろうが、今回の件だと怖い点があってな…。」
「怖い点?」
「そもそもゾマ祭は国を挙げた祭りだ。そのため、つつがなく執り行われるように、王都の兵は計画的に総動員されるんだ。」
そうだろうね。
「当然、全兵士の休みまでちゃんと事前に計画的されている。そこで、祭りの一週間前になって急に、新たに警備の為の人員を捻出しなくてはいけなくなる訳だ。」
うん、無理を言う事になる。
「んで、どうなるかと言うと、当日休みの予定だった者の中から志願者を募る事になる。」
うん…。
「この王都では、兵士の中にもトロリス流門下の者が多くてな。…当然のように、志願者の中に紛れて来ると思うぞ、襲撃者側の者がな。」
うげ、そうなるか…。
「例えば、警備に充てられた中に半数、20人居たらその中に10人、襲撃者側の者が紛れ込めれば良いんだ。ツーマンセルで相方の気を反らすようにすれば、あとは襲撃用の部隊が襲撃を実行してくれる。」
警備を頼む意味が無くなる。
なんなら比率によっては、警備の兵も追加の襲撃者になる可能性が出てくる、と。
……あれ?これ詰んでね?
「…。」
「オーナー…。」
「まあ、…なんだ。アンタだけなら逃げれなくもないんだろ?せめて、一人でも生き延びてくれ。」
黙ってしまった僕を心配して、二人が声を掛けてくれる。
でも、こっちは全然悲観なんかしていない。
確かに、普通の対処法では回避は難しそうだ。
なら、普通じゃない対処をするまでだ。
「…いや、冗談じゃないよ。」
「「えっ?」」
「大枚はたいて買った情報で、得られるのが自分の命だけ、なんて割に合わないよ。モトはちゃんと取ってみせるさ。こっちも商人なんでね!」
うん、このくらいのハッタリかましてもバチは当たらないだろ。
「そうかい。俺も、上客とは末永く取り引きを続けられることを願ってるよ。」
情報屋の彼も、僕の強がりに合わせて笑ってくれた。
聞きたい事を聞き終えた僕は、ジャックと共に建物を出た。




