16-閑話1_セシル
おや、いらっしゃいませ。
わたくし、セシルと申します。
ええ、話は聞いておりますよ。
優良囚人で、あと半年程で社会復帰出来るのですね。
どうでしょう、それまでに読み書き・計算を覚える気はありませんか?
その気があるのでしたら、お教えしますよ?
はい、見返りは要りません。
残りの人生を牢の中で過ごす、この年寄に許された道楽、みたいなものですから。
貴方としても、読み書き・計算を覚えていた方が、仕事が探し易いのでは?
……
そうでしょう?
…ええ、ゆっくり覚えてゆきましょう。
こう見えて、教える事には少し自信があるんですよ。
ここに来る前に仕えていた貴族家でも、半年で仕事が出来るまでにお教えしていた実績がありますからね。
……
そんなわたくしが、何故、ここに居るか、ですか?
それは仕方がありません。
主の命令とはいえ、長年、人身売買に手を染めていたのですから。
いつかはこうなる事も、分かっていました。
今の処遇に不満などありません。
そのうえ、こうして前途ある若者の手助けもさせてもらえるのです、不満など言ったらバチが当たりますよ。
……
ありがとう、優しい方ですね。
貴方なら、真面目に更生出来ますよ、きっとね。
はい?
ああ、コレですか?
カシャカシャ
コレは「そろばん」と言う計算器です。
数年前に主の子息様からいただいたものです。
武器として使える危険も無かろうと、所持を許されました。
脆そうで少々不格好でしょう?
実はコレ、主の子息様が孤児院の子供達に作らせた習作なんです。
主自身は孤児などに興味も無い方でしたが、末の子息様は孤児に関心がお有りでした。
孤児達が廃材でこういう物を作って売る事を教えておられたのです。
ただ物を与えるので無く、やり方を教えて自立の手助けをする。
その方針に感動しました。
その象徴のようなこの「そろばん」は、わたくしの宝物てす。
…今ならきっと、もっと見栄え良く作っているでしょうね。
……
え?
え〜と、旧ホーンテップ領です。
男爵家が廃爵となったので、今は何と呼べば良いのかは分かりませんが、気が向いたら行ってみて下さい。
ええ、貴方は行こうと思えば何処へでも行けるようになるのです。
あと半年、頑張りましょう。
「お〜い、セシルさん。差し入れだとよ。」
「おや看守殿、ありがとうございます。差し入れとは…どなたからです?」
「それが、匿名らしくてな。…でもすごいぜ、ほらっ!」
「っ?!そろばんですか?!こんなに?…しかもこれは、あの孤児院で作られたものでは?」
「ん?まぁ、良く分からねぇけどな。中に置いていても邪魔だろ?看守側に置いとくから、必要になったら言ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「いいさ。セシルさんには俺らもいろいろ教わってるしな。何か必要な物があったら言ってくれよ。ちょっとしたものなら何とかするからさ。」
「あっ!ひいきだ!ひいき!」
「うっさいな!皆には言うんじゃないぞ。ったく、早く出所しちまえよ、お前はよ。」
「出来るならしたいっすよ!…けど、まだセシルさんから教わんなきゃいけない事も多いしなぁ。」
「とりあえず、せっかく「そろばん」が増えたのですから、計算の練習をしましょうか?」
「うっす!」
「あ、待ってセシルさん!どうせなら、俺も、俺も!」
今のわたくしに、あんな差し入れをしてくださるのは、あの方くらいですかね。
ありがとうございます。
檻の中で生きることになり、どうなるか心配もありました。
けれどどうやら、静かに…とはいかないようですが、退屈しない日々が過ごせそうです。




