16_開店
剣術大会から季節が移り、冬も終わろうかとしている。
巨大人身売買組織事件に関連する人物の処分も、あらかた完了した。
ナグラら、マフィアに加担していた貴族家は全て廃爵となり、当主らは誰一人助からなかった。
あの夜、現場に居なかったマフィア幹部も、捕まった者は皆、同様に処刑されている。
ベルド君については、成人しており、この件を知っていた事から、収監されることとなった。
今後、他の貴族家が奴隷として買うつもりがあれば、売りに出されることも有るという。
うん、顔だけは良いからね、ベルド君は。
そして、ベルド君の婚約者が居る家が、ベルド君を買おうとしているらしい。
…娘さん向けに?
もしくは当主が…。
うん、考えるのは止めておこう。
他には、継母ミーヤとハック君は、事情を知らなかったため、処分なし。
二人は、既にミーヤの弟が家督を継いでいる、ミーヤの実家に身を寄せている。
セーム様から聞いた話では、ナグラの事よりベルド君の事にショックを受けているらしい。
流石に、チーコら使用人達の動向は分からない。
ただ、セシルさんは収監されたらしい。
理由は、主の命令とは言え、ホーンテップ家3代に渡り仕えながら、マフィアと取り引きを続けていたため、だ。
セシルさんは結構な歳だし、牢から出られる日は来ないだろう。
個人的には恨みも無いし、せめて穏やかな余生を送れる事を祈っている。
ちなみに、僕もハック君同様にお咎めなし。
家を出ている12歳の少年に、容疑が掛かる事は無かった。
ただ、セーム様に常に付き従っている理由も無くなった。
僕が、「親類の貴族家の子息」ではなくなったからだ。
それでもセーム様は、僕を放逐する気は無いらしく、王都の邸宅の管理人という役目を仰せつかった。
なので、セーム様が子爵領にお戻りになっても、僕は王都に残り、ある程度好き勝手出来るようになった。
ルミ?
ルミは今や、ローエンタール家に欠かせない一員になっている。
文書系の作業の半分はルミに振られるし、家事全般もそつなくこなす。
そのため、セーム様に気に入られ、常に側に置きたがるので、今はセーム様、カイルさんと共に子爵領に居る。
寂しさはあるが、ルミにとってはこれで良かったと思っている。
さて、自由になった僕が次にやった事は──
「かんぱ〜い!」
「「いえ〜っ!!」」
僕の音頭で皆がグラスを掲げる。
ここは王都の北区、歓楽街の外れにある僕の店だ。
マフィアから掠め取ったお金で店を買い、キャストも雇った。
オープニングスタッフに至っては、1ヶ月みっちり教育もしたので、接客態度も高水準になっているし、ハイクラスなお客様との会話に不自由無いくらいには、一般常識や政治経済の知識も教え込んだ。
ちなみに、キャスト裏方含め、スタッフは全員男だ。
正直、こんな攻めた店をずっと続けていけるとは思っていない。
ある程度続けて、資金が底をついたら閉店、と考えている。
何故そんな赤字覚悟で店など出すのか?
当初僕は、マフィアのお金も持ったまま旅に出ようと思っていた。
けれど、よくよく考えてみると、「そんなにお金要らなくね?」と思い至った。
『アイテムボックス』のお陰で、狩猟や採取のクエストでは、重量制限無く稼ぐことが出来る。
そうなると、旅先でもお金に困る事にはならなさそう。
さらに、僕は他の国にも行きたいと思っている。
そうなれば、単純に大量の金が国外に流出する事になる。
ルミの残るこの国にとって、不利益になるような事は、あまりしたくない。
なので、いっその事このお金を使い切っちゃおう、と思ったのだ。
今後のために、お店を経営する経験をしておいても良いかな、とも思ったしね。
店舗の手配や、設備、食器の調達なんかは、すべてエイビシ商会さんにお願いした。
セーム様の名前を出したら、比較的に手頃な値段で対応してもらえてラッキーだった。
…それでも、金貨の半分近くが無くなったけれど。
スタッフについては、マフィア組織が一つ解体したことで、あぶれた末端の構成員達や、組関連の施設で働いてた者達が居たため、短期でもまとまった人数を集める事が出来た。
それを、1ヶ月かけて調k…教育し、セレブも安心出来るような態度に改めさせた。
途中、反抗的な態度だった子には、きっちりと肉体言語で語り合った。
…その後しばらく、皆が僕を怖がるようになってしまったけれど。
真面目に取り組んでくれるのなら、例え失敗しても叱る事もしないんだけどなぁ。
でも、しっかり教育したのはお店のためだけでは無い。
この店が潰れても、ちゃんとした知識が身に付いていれば、まともな再就職先も見つかるはず、と思っての事だ。
そうして、店もスタッフも準備が完了して、お店を開店した。
男性キャストばかりで、お酒を出す店。
うん、前世のメディアで聞きかじったホストクラブだ。
詳しい人に言わせれば、違う点も多いと思うけど、こっちと前世とでは法律も社会制度も異なるのだから、細部は僕の好みでやらせてもらう。
基本はお客様とキャストが、一対一でお話をしながらお酒を飲む。
それとは別に、お店にはステージも設けて、日毎にいろいろな催しを行う。
催しの内容は、歌、踊り、キャストによる寸劇、大盤を作成してのゲーム実演など。
その中でも一番盛り上がるのが、キャストの男性同士の恋愛劇だ。
当初、こちらから提案は挙げたが、演っても良いという者が居なければ没にしようと思った企画だった。
それに名乗りを上げた者が二人居たため、やってみることとなった。
後でコッソリ聞いてみると、二人とも男娼のようなことをした経験があり、抵抗が少ないとの事。
それを聞いた時は、流石にカルチャーショックを受けたが、前世でいろいろなジャンルの本に触れていた僕は、嫌悪感を抱く事は無かった。
そして実際に上演してみると、見目の良い男性同士の少々過激なやり取りを、食い入るように見つめる女性が多発している。
寸劇以外でも、ルドーなんかをキャスト4人がわちゃわちゃ実演したりするのも、結構人気がある。
本人達のリアクションや駆け引きなどが、受ける理由らしい。
そんなこんなで経営の方は、現在、僅かに黒字が出せるほどになってしまっている。
でもまぁ、初期費用が回収出来るほどでは無い。
もちろん、最初はお客様もさっぱり来なかった。
状況が変わったのは…。
「オーナー、「あの方」がお越しです。」
「えぇ…。分かった今行く!」
うん、「あの方」が来るようになってからだ。
「…なんでこんな店に足繁く通ってるんですか、アイリス様。」
「だって、貴方に会える機会が他に無くなってしまったのだもの。仕方ないじゃない?」
悪びれること無く言うイリス様。
そう、王妃様もお忍びで訪れる店、として貴族の間で話題になってしまったのだ。
まったく、誰が王妃様に告げ口してしまったのかねぇ?
「いや、…だからその件はゴメンって。」
イリス様の隣に座る、大会の傷も完全に癒えたノドゥカさんが謝る。
彼こそが、王妃様をいかがわしい店に引き摺り込んだ張本人だ。
「君に会えなくて寂しい、とおっしゃる王妃様が見ていられなかったので。」
などと供述しており。
…まぁ、そこまで言われると吝かではないのだけれど。
でも、対処は大変だった。
まず、店では客もキャストも本名を名乗らないように徹底した。
イリス様の事も「アイリス様」とお呼びすることとした。
これにより、最悪、問題となったとしても、「王妃様とは存じ上げなかった」との言い訳が出来る。
それ以外でも、他の客から決して見えず、かつ、舞台は見える席を用意した。
加えて、その席まで移動するにも、誰からも見えない専用の通路も設けた。
さらに、店のスタッフ全員に「何があってもあの方に手出しするな!何かあれば物理的に首が飛ぶと思え!」と、口酸っぱく言いつけてある。
「「物理的に首が」って、呪いか何かですか?」
おや?意味が通じてない?
……
ああ、ひょっとして「ギロチン」をご存知ない?
スタッフは誰も知らなかった。
ノドゥカさんも?…知らないと。
中世に於いて最も苦痛の少ない処刑方と云われたそれは、この国では導入されていないようだ。
「どんな方法なの、ソレ?」
えっと、罪人の首を固定して、巨大な首斬り用の刃物をですね…
……
ええっ?!なんで聞いてるんです、イリス様?!
え〜と…。
そんなわけで、この国に「ギロチン」が導入される事になりました。
…なんてタイミングで、なんてモノ導入させてるんだ自分ッ!!
そして、イリス様の行動の早いこと…。
まあ、罪人とはいえ延々苦しみながら死んでいくのは不憫だし、そんな事が無くなるなら良いか…。
そんなこんなでギリギリ続けて行けてるだけの店にも、空気の読めない輩はやって来る。
ショバ代求めてやってくるチンピラだ。
彼等は偶にやって来る。
この町を仕切っていたマフィアの一角が瓦解したため、残った組は各自その勢力を拡大しようと躍起になっているわけだ。
彼等が来た場合、僕は極力低姿勢で「今は持ち合わせが少ないので、明日までに用意をしておく」旨を伝えて小銭を握らせる。
すると、たいていの輩は一旦は引いてくれる。
そして、明日また来ると息巻いていた彼等は、何故か翌日以降姿を見せなくなる。
いったいどうしたんだろうね〜?
フシギダナ〜?
店のルールについて補足。
イリス様がいらっしゃるようになる前から、当店では「お触り禁止」にしている。
これは、お客様からキャストへ、キャストからお客様へのどちらも禁止。
もし、軽いボディータッチ以上の事があれば、キャストは退店、お客様も出禁とするルールとした。
それでもキャストに惚れ込み、キャストも合意してるなら、キャストを婿にするなり、愛人として囲うなりするのは止めない。
店は辞めてもらうことになるけれど。
このルールはあくまで「店はそんな事させてません」と言い張るためのものなので。
もちろん、枕や不倫などの問題を起こしたキャストは即退店、トカゲの尻尾切りさせていただく。
僕自身はオーナーという立ち場なので、接客はしない、したくない。
したくないのだが、僕が接客しなくちゃいけないお相手がイリス様だ。
ホント、いくらなんでも通い過ぎでは?
払われているお金の出どころが国庫かと思うと、強気に請求出来ないんですけどね…。
「あら?出どころは子爵領からですよ。国に収める税と、領地運営に掛かる額を引いて、余ったお金を使ってるので、国の懐は痛みませんよ。」
「へぇ、…でもそれ、税率を高くしてるのではないですよね?」
「う〜ん、税率4割5分は高いですかね?」
「いえ、申し訳ありません。決して高くはありません。」
うん、5割6割という領がざらにある中、まあまあ良心的な税率と言える。
「しかし、パッと税率まで分かるなんて、子爵領のこともしっかり考えておいでなのですね。」
「というか、子爵領に関しては、へ…夫が手が回らないので、実質、私が運営してるようなものなのですよ。」
「へぇっ!それはすごい!」
「ありがとう。…けれど、そちらに気を回しすぎると、公務が疎かになりがちで…。せめて貴方のような優秀な者を息子に付けたうえで、子爵領の事はまるっと息子に放り投げ、楽を…公務に専念したいのだけれど…。」
チラッ、チラッ。
いや、そんな目で見られても困るのですが。
「僕の事をおっしゃっているなら、無理ですよ?罪を犯した貴族の子息なんて、猛反対されるだけですからね。」
反対されなかったとしても、王子様のお世話だなんて面倒な立ち場は全力で遠慮したい。
「そう、それなのよ!ホント、ナグラ男爵は余計な事をしてくれたものね!…甥も悔しがっていたわ。」
「甥御さんが、ですか?」
「副宰相グレン様の事だよ。イリス様の兄上のご子息なんだ。」
ノドゥカさんが補足してくれた。
副宰相様かぁ…。
あの方からも熱烈な勧誘があるんだよなぁ。
なんならセーム様も乗り気のようだったし、大会の時期まで回答を保留にして、本当に良かった。
何故みんな、社畜への道へ勧誘してくるのか。
そんな人生は一回で十分だというのに。
「ねぇ、クロー?あと1,2年待っててもらえないかしら?その間に夫や周りに根回ししておくから!」
「いやいや、そもそもなんで僕なんかに執着されるのですか?優秀な人材なら、他にもいらっしゃいますよ、きっと!」
「知性的で、常人離れした発想も出来る、その上、剣術大会を優勝するほど腕の立つような人が、他にも居るとでも言うのですか?」
えっ?!
バッ!
すぐにノドゥカさんへ振り向くと、ノドゥカさんはすごい勢いで首を横に振る。
「ふふ、ノドゥカじゃないわよ?私も剣術大会の会場に居たの、気付かなかった?」
気付かなかった…。
でも、国王陛下の周囲はお偉そうな男性ばかりで、女性は気にして無かった。
「立場上、会場には行くのだけれど、私や貴族家当主に同伴する女性達は、あまり試合に興味無いのよね。だから、貴族用来賓席の後ろの方でおしゃべりしてるのよ。」
ああ、言われてみれば、見え難い後方に女性も居た気がしてきた。
「そんな中、聞き覚えのある声が聞こえて、…舞台を見ると、声も体格もクローにしか見えない子が優勝してるのだもの、驚いたわ。」
くっ、セーム様をはじめ、周囲の僕を知っていそうなヒトは誰も来ない事を確認したつもりが、油断していた。
「あの…、この事は陛下などには…。」
「ええ、誰にも話していないし、内緒にしてあげる。」
ほっ、良かった。
流石に陛下に身バレして勧誘されたら、黙って行方をくらます位の事をしなくちゃいけなくなる所だった。
「でも、口止め料は貰いたいわね。」
「うっ、…なんでしょう?」
「そんなに身構えなくても良いわよ。あと一月ほどでゾマ祭があるでしょう?」
通称・ゾマ祭は、カダー王国の国教である太陽教の主神ゾマ・ファルベを称え、3日間祈りを捧げる日。
大多数の貴族家もこの祭りに出席する。
そのため、この時期も社交シーズンとなっている。
多分、久々にセーム様やルミにも会えるだろう。
ちなみに、庶民にとってこの日はただの祭りの日扱いとなっている。
「それに向けて何か出来ないか考えて欲しいのだけど。」
ああ、剣術大会の時にやったオープンカフェみたいな?
あれ、僕が最初にイメージしてたのはフードコートだった。
しかし、誰でも使用可とすると問題が起きると懸念が挙がり、飲み物を買ったヒトだけ使用可、との制限が付いてしまった。
ルミ達も利用してみて不満は無さそうだった。
「流石にあと一月では、何かするのには短いですね。前回のカフェが好評だったのなら、その改良をするくらいで良いと思いますけど。何か、不満でもありました?」
「う〜ん、あれを私が設置させた事が知られてないのが、ちょっとだけ不満かしら。いろいろ手配もしたのに。」
「そうですか、…看板とかは立ててました?」
「立ててた…はずよ。」
「文字看板でしたか?」
「…そうだったかも?」
「では、それが読めない方が多かったのではないですかね。次は絵看板にしてみては?」
カダー王国は前世世界とは違い、義務教育なんて無い。なので、学ぶ意識のあるヒトや、仕事で必要な者、そして貴族くらいしか字を読めるヒトは居ない。
なので、文字看板ではなかなか周知は難しいかもしれない。
「けれど、今から絵を描いてもらうなんて、それこそ時間が無いんじゃない?」
「ああ、そういう本格的なものではなくて…」
イリス様がイメージしているのは肖像画だろう。
一枚の絵を描くのに、何日も画家の前で同じポーズをとらないといけないやつ。
僕が言いたいのはそれでは無くて、もっとポップなやつで──
さらさらさら──
「──こんな感じの、単純な絵で良いと思うんですよ。とにかく雰囲気と王妃であると言う事が伝われば。」
簡単に描いた絵を二人に見せる。
「かわいい!これが私ですか?」
前世にて、同人誌即売会にサークル参加した事がある、程度の絵心しか無い自分が描いた絵だが、イリス様には気に入ってもらえたようだ。
写実的でないイラストで、ティアラとドレス着た絵になっている。
「特徴か、なるほどね。こういうのなら、描くのに本人が居る必要もないし、何人かに頼めば何点かは形になるだろうね。」
ノドゥカさんも頷いてくれる。
「そうですね。過去に描いてもらった肖像画があれば、それを見ながら描いてもらえばイケるでしょう。」
「それを看板にするのね?」
「そうです。王妃様の関わってる店、と一目で分かるでしょう?」
「うんうん、良いじゃない。この絵も気に入ったわ。」
それは何より、ちょっと照れくさい。
「そうですね、あとは──」
「ノッてきましたね、クロー。ノドゥカ、メモしておいて下さいね。」
「はいっ、もちろん。」
お店もなんとか軌道に乗って来た。
この頃の僕は、あと少し王都に残っても良いかな、なんて思っていた。
しかしこの後、ゾマ祭の只中で、僕は運命の日を迎える事になるのだった。




