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15_ルミの休日(後編)

翌日、早朝に訪問がありました。

件の商会の会頭様です。

私は、奥で控えているよう言われました。

「わたくし、エイビシ商会の会頭ロザマと申します。この度は、我が商会の従業員が御無礼を働き、申し訳ございませんでした。」

「ワシがローエンタール子爵家当主のセーム、隣が騒ぎを起こしたカイルだ。我が家の者の事で御足労を掛けたな。」

「いえ、当方の従業員がしでかした事ですので。…こちらはお詫びの品で御座います。」

「ほう。…中を見ても?」

「はい、どうぞ御査収願います。」

「これは…クシですか?」

カイル様がお開けになったようです。

クシというのは、昨日の?

「はい。件の従業員から、ご一緒に居た方がクシを見ていた、と聞いたもので。ウチで一番質の良い品をお持ちしました。」

「どれ…ふむ、見事だな。こちらが欲している品を考え、持ってくる姿勢も好感が持てる。…それでありながら、何故、話に聞いたような輩を雇ったのか。」

「お恥ずかしながら、遠縁の頼みで断れず…。しかし、あの者には暇を出し、田舎へ送り返しました。他の従業員にも、今回の件は周知し、2度とこのような事は無いように徹底いたします。」

良かった。

お暇を出されても、帰る田舎が有る方なのですね。

「ご一緒に居たと言う女性は、こちらの方ですか?」

えっ?

いえ、今その部屋に居るのは…。

「バカを言うんじゃないよ!連れは若い娘だって聞いて無いのかい?それとも、黒女なんてババアも娘も同じだってかい?!」

ナタリーさん、落ち着いてください。

ナタリーさんはセーム様の家のメイド長です。

恰幅が良く、豪快な方で、言葉遣いも豪快です。

裏表なく、怒ると怖いのですが、反面、親身にお話を聞いて下さるお優しい方です。

「ナタリーよさんか。…驚かせたな。」

「い、いえ。私はただ、ご本人にお渡し出来れば、と思いまして。」

「彼女はこの場に居ない。あれほど失礼な発言をする従業員の居る商会の者ならば、また何を言って来るか分からん、と考えてな。」

カイル様の声音が堅くなってます。

「…だが、杞憂だったようだ。ルミ、来てくれないだろうか。」

呼ばれました、その後に姿を見せる手筈となっていました。

「失礼いたします。」

「おお、この度は大変申し訳なく──」

会頭様がまた頭を下げようと為さいます。

止めてください、そもそも会頭様が悪い訳でも無いでしょうに。

私は急いてお止めしました。

「いえ、聞いておりました。私などに──」

「ルミ!」

えっ?!

カイル様の厳しい声に驚きました。

「すまない。だが、自分を卑下するのは止めて下さい。」

「っ!…失礼しました。」

カイル様のお優しさですね。

私の言葉に頷かれました。

「それより、どうです?このクシは貴女が見ていたものですか?」

促されて見たクシは、私の見ていたものと同じ形です。

……

「いえ、違います!お店で見た品は、これほど装飾が細かく無かったですし、宝石まで付いているではないですか?!」

「はい、一番質の良い品をお持ちしましたので。」

いえ、質が良すぎて普段使い出来そうも無いのですが?

「ルミ、これは気に入りませんか?」

…えっと、気に入るか、気に入らないか、で問われると──

「──綺麗で素敵だと、気に入っております…。」

「会頭殿、これはいくらの品だ?」

「へ?いえ、これはお詫びの…。」

「いくらか、と聞いている。」

「…き、金貨2枚で卸しております。」

き、金貨2枚?!

めちゃくちゃ高級品です!

それこそ、貴族様がお使いになるような品ではないでしょうか?

「ふむ、そうか…。」

カイル様が、ごそごそと懐から取り出します。


カチャ。


「これで足りるだろう。確認してくれ。」

「は?い、いえ──」

会頭様がお断りしようとするのを制して、セーム様かおっしゃいます。

「会頭殿、今回こちらは店で騒ぎを起こしている。それで少なからずそちらの商売に影響もあろう。その上、高価な品まで無償で受け取っては、こちらが完全に悪者となってしまう。」

「は、はぁ。」

カイル様が続いておっしゃいます。

「私は昨日の一件で、店に顔を出し難い。そこを、会頭殿自ら手売りのため足を運んでいただいた、ということで手打ちとしたいのだが、どうだろう?」

「…?!はいっ、当方としましては、不足なぞあろうはずもございません。ご配慮、感謝いたします。」

ほっ。

どうやら、穏便に話が終わったようです。

「こちらこそ、会頭殿が話の分かる方で良かった。」

「改めて、店頭で騒ぎ立ててしまった事、申し訳なかった。」

カイル様が頭を下げ、この話は終わりました。

確かに、いくら従業員の態度に腹が立ったからと言って、商会全体が不利益を被るような行動を取るのは、大人気なかったと思います。

他の従業員は全く落ち度が無いのですから。

個人的には、件の従業員さんも暇を出されるほどの事をしたとは思えないのですが、それを言うとクロー様もカイル様も悲しまれるので言いません。


後日、エイビシ商会の店の奥、一番目立つ所にこの時の金貨2枚は飾られ、戒めとされたそうです。


会頭様が帰られた後、セーム様とクロー様は出掛けられました。

私とカイル様はお留守番です。

「ルミ、受け取って下さい。」

……

えっ?

私にですか?

誰か良い方がいらっしゃるなら、そちらにお渡しした方が…。

「…ルミ、冗談のつもりですか?流石に怒りますよ?私の気持ちに、もう気付いているでしょうに。」

う゛…。

「はい、申し訳ありません…。」

「…不安であれば、改めて言います。私は、ルミのことが好きですよ。」

言いながら、カイル様は私にクシを渡されました。

手に取り間近で見たクシは、美術品の如く美しいです。

…カイル様も、クロー様も、これほど素直に好意を伝えて下さいます。

私も、少しは素直に話しても良いでしょうか?

「あの…、わたし、もカイル様のことが、…好きです。」

「…はい。」

カイル様は、静かに、優しく頷く。

まるで「その先の言葉があるのでしょう?」と、見透かされているようです。

「…けれど、それと同じくらい、…クロー様のことも好きなのです。」

言ってしまった!

堂々と二股発言、…カイル様もさぞ幻滅されたはずです。

「ええ、知ってますよ。普段の態度を見れば、なんとなく。」

えっ?

「それを承知で、私を…?」

「…むしろ「同じくらい」とは。…そこまで想ってもらえているとは思いませんでしたよ?」

それは、自分の事ながら、そう思います。

でも気付いたのです。

昨夜、ベッドで横になり、気付けば、カイル様と王都を見て回った事と、カイル様と手を繋いて帰る際の手の温もりばかり、思い出していました。

「ルミ、貴女のこれまでの境遇を考えれば、クロー君の事を第一に想ってきたことも、納得できます。だから、その事をどうこう言うつもりはあません。」

そう言うと、カイル様は私の手を取りました。

「けれど、貴女を諦めるつもりもありません。貴女の中で、私への想いが強くなるよう、精進してゆきます。」

私の手をきゅっと握り、じっと私を見て下さいます。

よく見ると、顔は強張り紅潮し、手も微かに震えているのが分かります。

──クロー様、すみません。

クロー様が言われる通り、私はチョロい女なのかも知れません。

「あの…私も──」


パチパチパチパチパチ!


え?

「良く言った、カイル!」

「…あちゃ〜。」

振り返ると、感激で涙を流さんばかりのセーム様と、ばつの悪そうな様子のクロー様がいらっしゃいました。

「セーム様?!」

「クロー様?!」

私もカイル様も、思わず互いの主の名を呼んでしまいます。

「…出掛けられたのでは?」

「いやぁ…、二人が心配になって、ね…」

クロー様が目を反らしておっしゃいます。

……

「…覗いていたのですか?」

「へっ?」

「私達に嘘を吐き、覗いていたのですね?」

「え〜っと…そう、なるかな…?」


ぷちっ。


「…なさい。」

「「えっ?」」

「そこにお座りなさい!お二人ともっ!!」

「「はいっ!!」」


──この時の私は、とても感情的でした。

私は、物心ついて初めて、泣くほど人を怒ってしまいました。

生涯仕えると心に決めた主と、現在の雇い主である子爵様を、です。

ですがお二人は、そんな私を咎めるでもなく、カイル様と一緒になり、泣く私にただオロオロとするばかりでした。

結局、見かねたナタリーさんが止めに入ってくださるまで、私は泣き続けてしまいました。



数日後。

「おや?…ルミ、そのクシは私があげた物とは違いますね?」

「あっ、はい。クロー様に昨日いただきました。あれより安価な物です。」

「…クロー君に?」

「いや、だって…、金貨2枚もする品なんて、怖くて気軽に使えませんよ!もちろん、宝物として大事にしまっていますから。」

「そうですか…。いえ、大事にしていただいているなら…、いや、しかし…。」

「…?」

「…やはり、モヤモヤします。…分かりました!では、今から何か別の物を買いに行きましょう!」

「ちょっ、落ち着いてください、カイル!」

※金貨1枚が、現在日本の貨幣価値で10万円くらいの感覚で書いております。

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