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13_閑話1_副宰相の誤算

「お呼びでしょうか、グレン様。」

エインが執務室に入ってくる。

エインは副宰相を務める私の右腕として働いてくれている。

「待っていたぞ、エイン。まずはこれを見てくれ。」

机に広げた資料を指し、エインを促す。

「これは…地図ですか?しかし、布が縫い付けられている。…この数字は?」

「それは隣接する各領から、我が領へ農産物を持ち込む際の税額だ、品目別のな。」

このような表現法は初めて見た。

品目・単位・税額が書かれた布が、関所毎に縫い付けられている。

こうすれば確かに、各地の情報が視覚的にも分かり易い。

「そして、こっちが品目毎に単位を統一した場合の比較表だ。」

これも分かり易くまとまっており、作った者の意図も理解出来る。

「…これは、各領から当領に持ち込まれる際、穀物の税だけが額が吊り上げられている?」

エインも気付いたようだ。

製作者の伝えたい事はそれだ。

副宰相など務める立場上、私も派閥を率いている。

周囲の領はすべて私の派閥の貴族家となっている。

私の領は流通の要所となる場所で、食料自給率は他の領と比べて低い。

そのため、食料の多くは周囲の領で作られた農産物に頼っている。

そんな中、貴族家が示し合わせたかのように、穀物の税を上げてきた。

当然、商人達は儲けの少ない品目は扱わないか、持ち込む量を減らす。

そして値段を吊り上げる。

我が領で流通に不満が挙がっている原因の一つは、これであろう。

「…いやしかし、仮に周囲の領から穀物の量を減らされたとて、当領は舟で川下の街々からも取り引きが出来ます。それで傷手となることはありますまい。」

そう、エインの言う通り、この舟での取り引きが出来る点が、我が領が流通の要所と言われとる所以だ。

周囲の領が穀物だけ取り引き量を減らしたとて、それだけで致命的な傷手とはなり得ない。

しかし──

「それで、これだ。」

地図の一箇所を指で指し示す。

「これは…話は聞いていましたが…えっ?!」

エインも書かれている内容に驚いているようだ。

書かれているのは、領の境界線で我が方の領軍と隣領の軍がトラブルとなった、という話。

それたけなら度々ある話なのだが、今回、注目すべきはその位置。

地図上で見ると分かり易いが、そこは谷が深くなっている場所で、川を堰き止める絶好の位置となっている。

川が堰き止められれば、流通が滞るだけでなく、領都の一部が水攻めされる事態ともなりかねない。

と、いう内容が色違いで縫い付けられた布に書かれている。

唯一、王都方面だけは何も仕掛けられた形跡が見られないのだが、ここまで用意周到に計られている状況であれば、そちらも何某かの策が用意されているのだろう。

「グレン様、これは!」

「案ずるな。お前が来る前にこの内容の裏を取るように、既に指示は出してある。また、該当の地点の警戒を強化するように、伝令を走らせている。」

いくらよく出来た資料であっても、信頼出来る自分の配下に裏取りさせるまでは、全面的に信用することは出来ない。

ただ、警戒強化は見切りで進めていても、害となる事は無かろう。

隣領から抗議があれば、「魔物が出た」とでも答えておけば良い。

「さすが、素早い御差配、感服いたします。」

「おべんちゃらは要らん。それより、話したかったのは、この資料の製作者について、だ。」

そう、エインと話したかったのは、その点だ。

「そう言えば、これは誰が?」

「…持ってきたのは、セーム殿だ。」

「え?…セーム様と以前、お会いされたのは3日前ですよね?」

「そうだ。」

「…これをお持ちになったのは?」

「今朝、朝イチでいらっしゃった。」

「…2日でこれを?」

「…そういう事になる。」

……

事実を確認し、しばらく無言で資料を見つめるエイン。

私もセーム殿から話を聞いた時は同様の反応をしてしまったので、気持ちは分かる。

たった2日で、これだけの情報を収集し、資料にまとめる手腕。

それだけで有能さが分かる。

可能なら、是非に補佐として迎え入れたい。

それこそ、多少無理な条件を飲んででも、だ。

有能な人材とは、それだけの価値があると私は理解している。

「セーム様ではないですね、カイル殿とも…」

「ああ、それは明確に否定していた。」

「というか、お聞きにならなかったのですか?」

「お聞きしたが、お答え下さらなかったのだ。」

そう、お聞きした。

なんなら無礼にも、部下として迎えたい旨もお伝えしてしまった。

けれど、作成者の名前すら、教えては貰えなかった。

「なんでも本人が、名を出すのを渋っているらしい。」

「…失礼ながら、体よくお断りされているのでは?」

あり得る事だ。

誰だって有能な人材は手放したくは無かろう。

だか──

「いや、セーム殿の性格は良く存じ上げてるつもりだが、直接お話した感触では、本当に当人の意見のように感じた。」

セーム殿としても、副宰相の元で手腕を振るう事を望まれているようであった。

それなのに、私に名を明かす事も渋るのか。

それほど私の人望が無いと言うことだろうか?

それとも、それほどセーム殿の人望が厚い、と言う事だろうか?

「だが、せめて話だけさせて貰えないかとお願い申し上げたら、次の社交シーズン後、…剣術大会後だな、その時期であれば会わせられる、とお約束していただけたよ。」

「おお、それは良うございました。」

「ん、そこでお前に頼みがある。」

「はい。」

「セーム殿の配下で、この資料を作成した者を調べてくれ。」

名を明かす事さえ渋られている身でも、事前にその者の素性・趣向等が分かっていれば、話の取っ掛かりとなろう。

そのために、事前にそれが何者であるかを見極めておきたい。

「なるほど、承知致しました。」

「うむ、頼むぞ。」


そんな会話があったのが、夏頃の出来事。

こちらが早急に動いた事が牽制となったのか、派閥内の不穏な動きは沈静化した。

ただ、根本の原因は、私の推し進めようとしている政策にある。

そのため、彼等はきっと別の策を巡らして来るはずだ。

それを思うと、決して気は抜けない。

剣術大会についても、部下に行かせ、自分は観戦には行かず、仕事を優先していた。

その大会で、前代未聞の事態が発生した。

大会運営に関する事は、私に直接関わる事では無かったが、陛下が人事に関わる命を下されたため、その後始末を行わざるを得なくなった。

そうして、なかなかセーム殿とお話し出来る機会が作れぬまま、さらなる事件が王都を震撼させた。


「グレン様、こちらが処分を受けた貴族の一覧になります。」

エインから、先日発覚した巨大人身売買組織事件に関わり、身柄を確保された貴族家の一覧が手渡される。

一覧には各々の処分予定内容も書かれている。

「ん、…愚かな事だな、犯罪などに手を染めるより、領地経営に力を注いでいれバッ!!」

書かれている人名を見ていた中に、無視出来ぬ名前を見付けて思わず吹き出してしまった。

我が事ながら、道化のような反応をしてしまった。

「ど、どうされました?」

エインも心配して声を掛けてくる。

「…ナグラ・フォン・ホーンテップの名がある。」

「なっ?!」

エインも驚いている。

エインにとってもショックであろう。

これまで調べたクロー・ホーンテップの情報が無駄になるかも知れないのだ。

「愚かな…御家は廃爵、本人は…助からんだろうな。…長男も収監は已む無しか。」

他家もだいたい似たような処分が下されている。

これを助けるのは、もちろん無理だな。

となると──

「──クロー君を迎え入れるのは、今は無理そうだな…。」

「…残念ですが、そうですね。この状況で廃爵となったばかりの家の子息を受け入れるのは、外聞が悪すぎます。」

エインの言う通りだ。

誤算だった。

夏に調べ始め、クロー君の存在はすぐに分かった。

齢十一の少年が、あれだけの資料を作ったという事に、鈍器で殴られたかの如き衝撃を受けたのを、よく覚えている。

同時にセーム殿が渋った理由も何となく分かる。

いくら有能とはいえ、年齢が幼な過ぎるのだ。

派閥内で優秀な逸材として引き立てたとしても、それを他家へ紹介出来るかはまた別の話となる。

本人の素質、素行を見極め、必要あらば矯正する。

その後でなければ、他家の、まして副宰相へ引き合わせるのは憚られるのだろう。

そう思い、セーム殿の言われる通り、剣術大会まで待ったのだが…。

なんともタイミングが悪い──

「──そう言えば、大会後という時期を指定したのは、クロー君本人なんだよな?」

「はい、おそらくは。セーム様の仰りようからも、違い無いかと。」

「──クロー君は、このタイミングで父親の悪事が暴かれる事を知っていたのではないか?」

「ええっ?!」

私の直感でしかないが、あまりにもタイミングが合い過ぎている。

「それは考え過ぎでは?今回の事はマフィア同士の抗争の結果、発覚したと言う事ではないですか。それまで全て事前に把握していたと?」


「マフィア同士の抗争の結果」とは、現場に踏み込んた兵士の見解である。

それだけ悲惨で徹底的な状況であった、と兵士達は口を揃えて語っているのだ。

だが、兵士が突入する前の様子について証言を集めると、誰もが「いつも通りで、変わった様子は無かった」「なんなら、普段より静かだった」「大勢の者が出入りする様子も無かった」と語っている。

全ての証言を正とするなら、考えられる事件当日の流はこうだ。

『少人数の「襲撃者」が侵入し、三十人程いた構成員を誰一人騒がせる事無く、逃がす事無く、暗殺した。そして、地下に拘束された商品の一部を逃し、事件を発覚させた。生き残った「襲撃者」は、兵士が駆け付ける前に逃亡した。』

──そんな事が可能だろうか?

地下に拘束されていた者は、黒いフードマントを被った人物を目撃しているが、顔も見ておらず、声も変えており、年代さえ特定出来る材料にはならないらしい。

つまり、「襲撃者」の犯人像については何も分かっていないのだ。

分かる事と言えば、マフィアは皆殺しにしているのに対し、囚われていた者達は誰も傷付けていない、ということ。

このことから犯人は、殺人狂のような人物では無く、あくまで目的に対して必要な場合にだけ非情な手段を取る、極めて理性的な者、あるいは、者達であると言うことが分かる。


「──そんなことが分かるのは、「襲撃者」と通じている者だけです。クロー君にそんな者達との繋がりは無いでしょう。」

「そう、だな…。剣術大会でも正体不明の少年が活躍したと聞いて、少々、過敏になっているかも知れんな。」

「あっはっは、まさかその正体がクロー君だと?さすがに買いかぶり過ぎではないですか。」

エインが笑う。

クロー君がカイル殿に指南を受けている様子は聞いている。

毎度、ボロボロにされていると聞くその様子からは、剣術大会を勝ち上がるのは無理そうに思う。

──考え過ぎか。

「何にせよ、クロー君と会うのはまた先の事になりそうだな。」

幸い、セーム殿のことだ、クロー君を手放す事は無かろう。

2、3年が経ち、ほとぼりが冷めた頃に、また話を向ける事にしよう。

「そうですな。それまで定期的に監視は続けるように致します。」


──だが、この選択にもまた誤算があった。

後から考えれば、このとき無理を押しても彼を迎え入れておくべきであった。

この後、彼と正式に会う機会を設けることは、ついに叶わなかったのである。

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