12_閑話1_見舞い
「やあ、いらっしゃい。よく来てくれたね。」
「お久しぶりです。お元気そうで何より。」
「まだあちこち痛むし、違和感もあるけどね。…ま、立ち話も何だ、入っていってくれ。」
「では、お言葉に甘えて。」
王都の中央区域にある集合住宅の一室で、ノドゥカさんが出迎えてくれた。
ここはノドゥカさんの自宅だ。
「今、お茶を淹れるから、ちょっと待ってて。」
「あっ、僕が淹れますよ!」
「ん、そうかい?…では、お願いしようかな。正直、ちょっと自信が無いんだ。」
剣術大会から一週間ほど経ったが、ノドゥカさんの顔や手にはまだ痣が残っており、見ると足も微妙に引きずっている。
そんな相手を、わざわざ動かそうとするほどには、ノンデリじゃない。
「どうぞ。」
「…うん、美味しい。すごいね君は、何でも出来るじゃないか。」
「いや、褒めすぎですよ。…実家に居た頃からやっていたので、慣れてるだけです。」
「君、男爵家の子息だったろう?普通は使用人にやらせて、自分ではなーんにも出来ないものだろうに。」
「ほんと名ばかりの貴族家子息でしたけどね。だから、身の回りのことは自分で出来るようになりたかったんです。」
お茶を冷ましながらノドゥカさんに答える。
「剣術もその一環で?」
「はい。いつ自分が家から放り出されるとも分からなかったので。」
「…それで、剣術大会を優勝するほど強くなるなんて、スゴイ以外の言葉が見つからないよ。」
ノドゥカさんが苦笑する。
「僕の場合、魔術という反則技も使いましたしね。さらには、ゴトーさん仕込みの体術を織り混ぜた戦い方で、トロリス流の人はさぞやり辛かったでしょう。」
そう言って、お茶を飲み干し顔を上げ、ノドゥカさんの方を向く。
「当然だけど、誰にも君の正体は話していない。私の名で書いた紹介状も、こっそり回収して処分しておいたよ。」
ノドゥカさんもカップを置き、こちらを向く。
「ありがとう。君のおかげで、ゴトー兄の仇をとることが出来た。」
そう言って、ノドゥカさんは頭を下げる。
ノドゥカさんとは、イリス様と初めてお会いした日に出会った。
ノドゥカさんはイリス様の付き人として、パーティに参加していた。
体格が小柄なノドゥカさんは、相手に威圧的なイメージを与えず、それでいて実力は逹士クラスということで、イリス様によく付き添わされるため、陛下の信頼も厚いそうだ。
パーティの場で僕の出身地を聞いたノドゥカさんに、「ゴトーという冒険者を知っているか?」と聞かれて驚いた。
あちらも、「僕の剣術の師匠です」と聞いて驚いていたっけ。
もともと、ノドゥカさんとゴトーさんは、親がともに王城勤めで家族ぐるみの付き合いかあり、ふたりも幼なじみであるそうだ。
その後、ふたりも王城勤めとなるが、年上のゴトーさんが腕試しのために剣術大会に参加した際、今回のノドゥカさんのような目に遭ったらしい。
結局、大会本戦は欠場となり、足に後遺症の残ったゴトーさんは職を辞し、知り合いであったホーンテップ領のギルマスを頼って冒険者となったと言う。
思い返せば、ゴトーさんを斡旋してくれたのはホーンテップ領のギルマスであるし、会ったばかりの頃のゴトーさんは微妙に片足を引きずっていた気がする。
ちなみに、ゴトーさんの足に関しては、酒に酔ったゴトーさんを介抱するついでに、魔術で治療済みだ。
もちろん、魔術はぶっつけ本番でゴトーさんに施したのでは無く、ちゃんと野盗達で実験と練習を重ねた上で行ったので安心だ。
別れ際のゴトーさんは、完全に以前の調子を取り戻していたはずである。
それでも王都に戻って来ないのは、ホーンテップ領での暮らしに満足しているせいだろう。
…とは言っても、恩師であるゴトーさんに理不尽な仕打ちをしたトロリス流に怒りは湧く。
そこで僕は、2度目の王都訪問の際、ノドゥカさんに「僕が正体を隠して大会に参加するので手伝って欲しい」旨を伝えた。
その流れでノドゥカさんには実力も見せた。
すると、当初案では無かった「ノドゥカさんか身代わりで襲撃される」過程をノドゥカさんに提案されたのだ。
初めはこの案に僕は乗り気では無かったが、この過程が無ければ、信頼も実績もあるトロリス流の醜聞など、誰も耳を貸してくれない、との説得に折れた。
結果、この大会でトロリス流の信頼は地に堕ちた、というわけだ。
「顔を上げてください。ゴトーさんの仇を取りたかったのは、僕も同じですから。」
「そうか…それでも、ありがとう。」
僕らは互いに笑いあった。
「…それと、君の家のことも伝え聞いているが…大丈夫かい?」
おお、耳が早い。
「大丈夫です。セーム様の家から追い出される心配は無さそうです。ただ、子爵領には戻らずに、王都にある邸宅の管理をする事になりそうですが。」
「そうか。もし、困ったら私を頼ってくれ。君が望むなら王城勤務の職だって用意させてもらうよ。」
…それって社畜直行コースじゃないですかやだー。
「あはは、考えておきます。」
ま、人生何が起こるか分からないし、そういう道に進まなくちゃいけない可能性もある。
ここは、何も明言しない愛想笑いで逃げておく。
「…実は今は、王都にお店を出そうかと考えていて、そっちがダメになったらお願いするかもです。」
「へぇ、どんなお店だい?」
「実は──」
その後もつい話し続けてしまったが、隙をついて『眠り』の魔術を発動させ、ノドゥカさんを眠らせることに成功した。
今日の僕の目的はこれだったんだよね。
僕はノドゥカさんを横たえ、手を添える。
『内診』!
『空間把握』の効果範囲を狭めて、顕微属性を付加したリメイク魔術だ。
これでノドゥカさんの怪我の状態を見てゆく。
まずは一番心配な頭から…血栓のようなものは無し。
怪我は表面だけのようだ。
続けて、頭を庇ったであろう、腕を診る。
骨折の跡が分かって痛々しい。
あっ、この付き方は怪しい。
治った箇所が神経を圧迫しているように見える。
教会の治癒はこれだから信用ならない。
気付いた箇所は、同じくリメイク魔術の『整形』で微細なレベルで骨を削り、文字通り整形してゆく。
その後は腰と足も診て、同様に処置を行う。
体の表面の傷や痣については、敢えて何もしない。
僕が処置したことをノドゥカさんに気付かせないためだ。
僕が治癒まで出来ると知れば、さすがに全力で勧誘されそうな気がするので、それは避けたい。
…うん、ここまでやれば、後遺症の心配は無いだろう。
僕はドアから…鍵が掛けられないか。
鍵を開けたまま帰るのも不用心だし…。
僕は2階にあるノドゥカさんの家の窓から外に出て、家路に着いた。




