12_試合を終えて
観戦者は皆、驚きに声を出せずにいた。
──秒殺。
いや、実際にブライドルが命を落としたわけではないが、試合は再開後、秒で決着がついてしまった。
誰もが呆然とする中、一人ロープだけが舞台上で動きを見せる。
ロープは剣を振り上げ、意識を失ったブライドルの右足に振り下ろした。
ゴッ!
「っぐ。」
気を失っているはずのブライドルが、ぐぐもった声を発する。
「待て待て待て!何をしている?!勝負は着いたらであろう!」
ロープの行動を見たニゴウ王が、席を立ち、慌ててロープに声を掛ける。
「いえ、試合は終わっていませんよ?」
「はあ?な、なにを──」
ロープは審判を指差して語る。
「そこに居る審判は、試合終了を告げていません。なので、試合は終わっていないのです。」
「なっ?!」
ニゴウ王が驚き、審判の方を向くと、審判は目を背け顔を伏す。
「何故、そんな事をする?もう、勝敗は誰の目にも明らかだろう!」
ニゴウ王の問いかけにも、審判は答えない。
重い空気の中、ロープが口を開いた。
「…ひょっとして、トロリス流門下に不利な判定を下す事を、禁じられてる感じですか?これの前、ゴードバンさんとの試合でも、最後はそうでしたし。」
そう、ゴードバン戦でも、重い鎧を着込んだまま倒れて為す術もないゴードバンについて、審判は負けとは認めなかった。
そのため、ロープは延々と試合を続けさせられる羽目になったのだ。
審判は顔を伏せ、黙秘している。
その行動が、ロープの言った言葉が真実であったろう事を示していた。
「ハハッ!私は腕試しのつもりで参加したのですが、まさかここまでレベルが低いとは思いませんでした。でも、それも納得ですね。選手も、舞台も、審判までも、これほどズフズフに腐ってるんですから!」
ロープが観客席まで轟くような大声で叫ぶ。
ともすれば大会主催である国王への批判とも捉えられかねない発言であったが、今、この場でロープを咎める者は居なかった。
「…もうよい。この試合は私の権限で終了とする!勝者はロープだ!…そこで伸びているブライドルは、さっさと手当てしてやれ。」
ついに国王自身が事態の収拾に乗り出した。
「そして、その審判含め、運営関係者は全員を徹底的に締め上げろ!ふざけたマネは今年までだ!…また、王城務めで達士以上のトロリス流門下には、蟄居謹慎を命ずる!ことの真相が分かるまでは、信用することは出来ん!」
この国王の宣言により、トロリス流の衰退が決定的となったのだった。
運営関係者が全員、衛兵に入れ代わり、ブライドルも医務室へ運ばれた。
そんな中で待たされたロープに、ニゴウ王が語りかける。
「ロープ殿、君は私の元で働く気はないかね?君ほど優秀な剣士であれば、どのような形でも融通は利くぞ?」
「あの…申し訳ないのですが、私がこの場に残ったのは、明日の試合を辞退することをお伝えするためです。士官の話は、私にはまだ早いかと…。」
王都予選を通過した程度の実力で王宮勤めをするなど、馬車馬の様に働かされる未来しか見えない。
それで良しとする人も居るだろう。
だが、前世でブラック企業勤めを経験しているクローは、転生先でもそのような生き方をする気は無かった。
「明日?…何の事を言っておるのだ?」
「?…いえ、剣術大会は三部制ですよね?昨日の王都予選が地方予選として、本日は地区予選。そして、明日が本戦ですよね?」
ニゴウ王にそう言うと、王はガックリと肩を落とした。
「そうか、君にとってはその程度のレベルに思えた、という事か…。」
「ロープ殿。この大会は有名となり、一旗揚げようとする者は後を絶たない。そんな有象無象を全てさばいていては、時間がかかり過ぎる。そのための地方予選、地区予選なのだ。」
王の様子を見かねたソダ宰相が、説明を始める。
「地方予選から参加する者は、資格は問わない。誰もが参加可能だ。一方、王都予選へ参加するには、推薦状が必要となる。そうして出場者をある程度、ふるいに掛けておるのだ。」
…あれ、何か話の流れがおかしい、とロープは思い始めていた。
「そのため、レベルの担保された者同士で戦う王都予選を勝ち抜いた者は、そのまま本戦への参加が許される、という事になっている。」
「…つまり?」
「君が今日、勝ち抜いたのは、この剣術大会の本戦であり、君が準決勝戦で下したのは前大会の準優勝者であり、君が決勝戦で下したのは前大会…いや、この大会を3連覇していた者であり、君は今年の大会の優勝者となった、という事だ。」
(僕、なにかやっちゃいました?)
やっちまったぁぁぁぁぁっ!!
ロープはここに至り、自分のしでかした事に気付いた。
剣術大会は三部制。
幼い頃からそう教えられ、ホーンテップ領での地区予選も見ていたクローは、そういうものだと思い込んでいた。
その結果、予選だと思い込んだまま本戦を優勝してしまった。
もし、このままこの場に留まれば、顔を晒され、貴族達から執拗な勧誘に遭うのは必至。
(そんな面倒なこと、付き合ってられるか!)
「…ロープ殿?」
事実に気付き、黙り込んでしまったロープに、ソダ宰相が声を掛ける。
「すみません、急用を思い出しました!」
ロープはそう言うと、貴族席に背を向け競技場を走り出した。
「っ?!まてっ、お止めしろっ!」
宰相の言葉に従い、衛兵は出入り口を固める。
だが、ロープは出入り口の無い一般観客席の方へと走って行く。
この会場は、クローの前世にあった野球場や陸上競技場のように、すり鉢型になっている。
観客席は競技場から2メートル以上高い位置にあり、競技場からは壁のように見えている。
ぴょいっ。
その高さを、ロープは難なく跳び上がる。
「なにっ?!」
王も宰相も見えている事が信じられず、啞然としている。
そして、そのままぴょいぴょいと、すり鉢状の観客席を駆け上がったロープは、最上段の後ろにある壁まで跳び上がる。
「…まさか。」
躊躇いの無いその様子に、最悪の事態を思い描き、王の顔色が悪くなる。
そして、その予想に違わず、ロープは場外へと身を投げ出した。
普通の建物の3、4階に相当する高さから身を投げ出したのだ、ただで済むとはずがない。
「「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」」
予期せぬ事態に、一般席からも、貴族席からも等しく悲鳴が上がった。
後に証言を集めた所、ロープは場外の地面へ平然と着地し、賑わう街の雑踏へ消えて行ったらしい。
選手の誰も居なくなった会場には、顔を青くした主催達と一般客だけが取り残された。
王都予選に現れ、初出場ながら並み居るトロリス流門下を下し、遂には優勝を果たした謎の少年剣士。
ロープの活躍は、そう語られることとなった。
少年が顔を隠したまま姿を消したことで、一部では偽ロープも現れたりしたらしいが、そのすべてが「では、会場から飛び下りて見せよ」の一言で馬脚を現したと言う。
その本当の正体を知る者は、ほんの一握りである。




