10_大会二日目(中編)
ロープの本日の第三試合が始まる。
ロープはこれまで通り、舞台に上がる前にフードマントを脱ぎ、段を昇る。
相手のゴードバンは既に石畳の舞台中央に待っている。
出場者ではほぼ唯一、全身鎧を身に纏っている重騎士だ。
実績も申し分なく、トロリス流剣術のトップ2と言われている。
他の選手が視界の広さとスピードを重視して兜は軽めのものにする中、ゴードバンは頭全体を覆うようなフルフェイスの兜をかぶるなど、ひたすら防御重視の方針を貫いている。
その上、鍛え上げた筋肉で、軽装な剣士達に劣らぬ早さで動き、攻撃を振るって来るので、対戦相手にとっては恐怖だ。
ロープに出来る対策として、とりあえず武器をメイスに持ち替えている。
とはいえ、ロープの持てるサイズのメイスでは、相手の全身鎧に対してどれほど衝撃が届くか、はなはだ疑問だ。
剣を持つよりまし、とあった程度であろうか。
「始め!」
審判が言うなり、ゴードバンが仕掛けて来た。
全身鎧の負荷を感じさせぬ早さで迫られる圧迫感は、ホラーですらある。
ブォンッ!!
一振り毎にゴードバンの持つ、大型のメイスが唸り声をあげる。
装甲の無いロープが直撃すれば、一発で大怪我、試合終了だ。
兎に角、当たらない事、を優先してロープは逃げ回る。
その間に、隙を突いてロープもメイスを当てるのだが──
カンッ
乾いた音を立て弾き返され、ゴードバンにダメージを与えている様子は無い。
やがて、打つ手の無いロープは、熟練の業で徐々に舞台端まで追い詰められてゆく。
ガッ!
ロープのメイスがゴードバンによって弾き飛ばされる。
万事休す、無手となったロープは舞台角で手詰まりの状態である。
ゴードバンは、逃さぬようにジリジリと間合いを詰める。
「…ここまでで良いだろう。」
これまで一言も発さなかったゴードバンが、口を開く。
「こちらとしても、無意味に怪我を負わせたいわけでは無い。棄権せよ。」
視線は逸らさぬまま、ゴードバンが棄権を勧めてくる。
「──はっ。」
そんなゴードバンを睨みながら、ロープが口を開く。
「ん?」
「これまでさんざん裏で汚い手を使ってきた奴が、どのツラ下げてそんなセリフ吐いてるんだ?」
「なっ!?」
少年から発せられるにしては低く、冷徹すぎる響き。
初対面の者に向けられるには、辛辣すぎる言葉遣い。
一瞬、ゴードバンは自分が何を言われたのか理解が出来なかった。
「僕はあの事を知っている。」
「ッ?!」
続く言葉にゴードバンは確信する。
(この少年は危険だ!!)
トロリス流は大所帯だ。
国内では、それに似合った発言力があり、権威があり、…それを維持するための闇がある。
陰の部分の話というものは、知られている所では知られている。
それはある程度、仕方の無いことだ。
問題となるのは、それが揉み消せなくなること。
発言力を持つ個人に知られ、社会的に拡散され、トロリス流が糾弾されることだ。
この少年はその「発言力のある個人」に成り得る。
今大会でも、ここまで十分に注目されているし、これほどの実力者であれば他に活躍の機会も有るだろう。
この少年が、過去、トロリス流とどんな因縁があったかは知らないが、そんな人物がトロリス流に悪感情を持ち、今後、各所でトロリス流の悪評をバラ撒かれては堪らない。
(今、ここで潰しておくべきだ!)
ゴードバンは全力でメイスを振り抜いた。
ゴズンッ!!
手応え……無い?!
渾身の一振りは石舞台を穿っただけであった。
掠めた感触すら無い。
場外へ逃れたわけでも無く、素早く左右に意識を向けても、すり抜けた様子も無い。
残るは──
ガッ!
──上かっ!
視界から外れるほどの跳躍とは大したものだ。
だが、兜を掴んだとて次はどうする?
こちらは大の大人一人であっても、抱えるなど容易な事だ。
鎧も纏っていない少年なぞ、そのまま掴んて叩きつけてけれる!
兜を掴まれた刹那のゴードバンの心情を言語化するとしたら、こんなところであろうか。
ググッ
「かはっ?!」
しかし、ゴードバンが感じた荷重は「大の大人」以上のものであった。
ロープが自身に掛けた『重力操作』は3倍。
仮にロープの体重が50Kgだとしたら、ゴードバンの首に掛かる荷重は150Kgにも及ぶ。
それは、「大の大人」が全身鎧を着込んだのと同等だ。
流石の力自慢なゴードバンと言えど、首一つで支えられるものでは無かった。
ただ、フルフェイスの兜を使用していた事が功を奏し、首の曲げられる角度は、兜の可動域に収まった。
ひとまず、首をあらぬ角度に圧し折られるのは回避したが、このままでは後ろ向きに倒れてしまう。
たたらを踏むゴードバンの足先に、さきほど弾いたロープのメイスが転がっていた。
ズシンッ!
地面に大の字に倒れるゴードバン。
鎧のおかげで転倒したこと自体のダメージはさほども無い。
しかし、全身鎧を着込んだままの転倒、という事がそもそもまずい。
四肢の可動域は決まっているうえ、着込んだ鎧を持ち上げるという負荷も掛かって来る。
加えて、ノソノソと起き上がろうとする対戦相手を、指を咥えて見逃す者が居るだろうか?
ガンッ!
自身の持っていたメイスを拾い上げたロープは、ゴードバンの利き腕、ひじの関節部分を狙い打った。
「ぐわっ!」
鈍い痛みに堪らず声を上げるゴードバンから、ロープはメイスを奪い取る。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
あとは一方的であった。
起き上がろうとするゴードバンの兜や胸を、ロープがひたすらゴードバンの持っていたメイスで殴り続ける。
ゴードバンを転倒させた際に沸き立っていた観客も、凄惨な光景に静まり返っている。
ただし、一見凄惨に見える場面ではあるが、厚い鎧に阻まれ、ゴードバン本人へのダメージは決して大きくは無い。
…大きくはないのだが、だからといってこれ以上動きは無かろう試合を止めずに、静観を続ける審判は疑問だった。
ロープも審判をチラ見し、「早く止めろ」と催促している。
それでも、ゴードバンだけに目をやり、ロープを無視し続けるレフェリングに、観客達さえ苛立ち始める。
(…それなら。)
業を煮やしたロープは、叩き方を変える。
胴体側から叩き上げる軌道で、兜を剥がす方針を取った。
そうして何度目かのスイングで兜の留め金が外れ、頭部があらわになった時にはもう、ゴードバンの意識は朦朧としていた。
あまりの光景に呆然とする審判。
何度も頭を揺さぶられる打撃を受けた事でぐったりし、焦点も定まらないゴードバン。
ただ一人、舞台上で動きを見せるロープは、審判が試合終了を宣告しない事を確認し、ゆっくりメイスを振り上げる。
「っ?!ま、待てっ!止めろ、終わりだ!」
ロープの動作の意味に気付き、慌てて審判が声を上げる。
だが、その瞬間、ロープはメイスを振り下ろした。
ガンッ!!
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
悲惨な結末を予想した観客達から、悲鳴が発せられる。
思わずめを背けていた審判が視線を戻すと、ロープの持ったメイスがゴードバンの頭部を僅かに避け、舞台を穿っていた。
「…で?」
「…っ?な、なんだ?」
「なんだ、じゃないよ。終わりなんでしょ?勝ち名乗りしてくれない?」
「あ、ああ。…勝者・ロープ!」
もはや異論を挟む余地も無い勝利に、審判も勝者の宣言を行う。
しかし、これまでとは違い、観客が盛り上がりを見せることは無かった。
そんな会場の様子も気に留めず、ロープは舞台下に置いたフードマントを拾い、裏手に下がって行く。
これまで通りに。
カツン、カツン…
控え室へ続く通路を、フードマントを羽織った人物が歩いている。
試合も進み、控え室のある建物内に残る人数も少ない。
その姿は「ロープ」と書かれた部屋の前で立ち止まり、ドアノブに手を伸ばす。
「「たぁぁぁぁっ!」」
「なっ?!」
ガンッ!ドガッ!ゴッ!
突然、物陰から飛び出した三人の男が、フードの上から滅多打ちにする。
大会参加者は裏手と舞台との出入り口で、使用した武器を返却する決まりである。
ロープ選手も控え室から出る際は何も持たず、入場口で武器を受け取り、退場時に返却するようにしている。
それが分かった上で、襲撃者三人は控え室に戻る前の、無手のロープ選手を襲ったのだった。
「がはっ!ぐぁっ!!」
無手で反撃の手段も無いまま、武装した三人によってたかって殴られ続け、ついに床に倒れ伏したそのフードマントには、あちこちから血が滲んでいる。
「ふんっ、我らの忠告を無視するからだ!」
「トロリス流を舐めるなよ、ガキが!」
三人が見下ろしながら、口々に罵る。
「何をしている!!」
そこへ物音を聞きつけた衛兵がやって来た。
「まずい、逃げるぞ!」
「おいっ!逃がすな。」
「「はっ!!」」
「なにっ?!」
いつの間にか衛兵の数は増え、三人に対して倍の六人の衛兵が取り押さえにかかる。
多勢に無勢か、三人組はあっという間に組み伏せられてしまった。
一方、最初に現場に現れた衛兵は、フードマントの人物を抱きかかえて声を掛けている。
「大丈夫ですか?ノドゥカ殿?!」
「…は?」
衛兵の言葉に違和感を感じた三人が、抱きかかえられた人物の方を向いた。
「貴様ら…近侍のノドゥカ殿にこのような狼藉を働いて、ただで済むと思うなよ!」
「き、近侍?!」
衛兵の言葉にサーと血の気が引く三人。
「馬鹿な?!そいつはロープでは無いのか?」
「近衛である私が見間違うはずも無い。この方は陛下の近侍を務めるノドゥカ殿だ!」
そう言ってフードを外した顔を見せる。
ロープの付けているはずのマスクも無く素顔で、その顔にも数箇所あざが出来、血が滴っている。
「お前らは、そ奴等を詰め所へ引っ張って行け。私は、ノドゥカ殿を医務室へお運びした後、陛下に御報告申し上げる。」
「「はっ!」」
「陛下が御近くに居られるのを知りながら、この様な行為に及んだのだ。容赦は要らぬ、徹底的に絞り上げろ!!」
「「はっ!!」」
衛兵の言葉に、三人はただただ顔を青くするばかりであった。




