06-閑話1_チーコ
衝撃的な事が起こった。
「クロー…。」
カイルさんとの対戦直後、部屋へ戻って着替えようとしていた僕に、ハッグ君が話しかけてきた。
──ハッグ君がしゃべったぁぁぁぁぁっ!?
いや、もちろん彼が失語症でないことは知ってるし、家族と話している姿を見たこともある。
けれど、僕に話しかけた事なんて…僕の記憶には無いんだよね。
「…怪我は…」
……毛皮?毛が…ああ、「怪我」か!
怪我が無かったか、重い怪我をしてないか、心配してくれてるのかな?
「ご心配には及びません。すべて掠り傷です。」
「…そうか。」
それだけ言うと、ハッグ君は行ってしまった。
彼なりに心配してくれたのかな?
無口と言うか、コミュ障と言うか、必要以上にベラベラ喋るベルド君とは対象的だ。
「何でしょうねぇ、あれ?」
「うわぁっ!?ビックリした!驚かさないでよ、チーコ。」
突然、耳元で語り掛けられ驚いてしまった。
「ふふ、格好良かったですよ、クロー様ぁ。」
「え?…いや、負けちゃったし。」
「そんなことないですよぉ。」
そう言うと、じっとこちらを見つめてくる。
「…本当に行ってしまうんですね?」
「うん。僕にとって必要な事なんでね。」
チーコにも何も言ってなかったので、いきなりの展開に戸惑ったろう。
「あーあぁ。せっかくお父様にクロー様との婚約話を進めて貰おうとしてたのになぁ。」
「はぁ!?」
もちろん、僕には寝耳に水だ。
「だってぇ、商家の娘なんて、結婚するにしても家の方針に従うしか無いんですよねぇ。それならせめて、自分の気に入った人にして貰えた方が良いじゃないですかぁ?」
「まぁ、そうだね。」
「貴族家のメイドに私を推して貰ったのも、良さそうな人を探すためでしたし…貴族家の三男なんてお誂え向きじゃないですかぁ?」
言いたいことは分かる。
貴族に限らず、有力な商家でも、結婚相手を親が決めることはよくある…らしい。
いや、商家に詳しいわけでも無いので、聞いた知識なのだけど。
どうせ家長に決められてしまうなら、知らない相手を充てがわれるより、家長のお眼鏡にかなう者の中から、自分も納得出来る相手を選んだ方が良いはずだ。
そんな下心を聞いても、納得こそすれ、嫌な気分にはならなかった。
ただ、それで僕を選ぶというのが、男を見る目が無いのではないか、と心配になるのだけど。
「それは…その、残念だったね?」
「そうなんですよぉ。あと考えつくのはハッグ様とかなんですが、あの方、何考えているのか分からなくてぇ…。」
余談たが、ベルド君は他家の貴族のお嬢様が婚約者に決まっている。
「ハッグ兄様は根は優しい人だと、僕は思っているけどね。う〜ん…でも、ウチから選ぶのは止めておいた方が良いよ。」
「えぇ〜?それって、嫉妬ですかぁ?」
何故かちょっと嬉しそうに、チーコが聞いてくる。
「…まあ、それもあるけど…そうだな、チーコには特別に教えてあげよう。」
「?何をですかぁ?」
「耳を貸して。」
そう言って僕はチーコに近付く。
「えっ?ちょっ、それは…。」
急に距離を詰める僕に、チーコは驚き、顔を赤らめる。
でもこれば、他人に聞かせるわけにいかない事だし、ちょっと我慢してもらう。
「…チーコは商家の娘だから、情報の大事さは知ってるよね?」
「えっ!?」
「…ホーンテップ家は、じきに潰れる。」
「ッ!?」
僕の言った言葉に驚くチーコ。
その反応に、意味は伝わったものと判断し、チーコから離れる。
「だから、貴族を狙うならその後にした方が良いよ?」
僕の一家は取り潰しになる。
なら、そんな一家は見限って、その後にこの領を治める家の者を選んだ方が良い。
「あの…なんで…」
チーコは、僕の言った意味は理解出来ても、どうして僕がそんなことを言うのかが分からず、混乱しているようだ。
「それ以上は、少なくとも僕の家族には言ったりしたら駄目だよ?大事なチーコだから話したんだから。」
そんなチーコに最低限、釘を刺しておく。
不用意にこの事が誰かに聞かれたら、最悪、危害を加えられる可能性があるからだ。
「大事…ですかぁ?」
「うん、大事さ。これまでありがとうね。」
この先、この領に訪れることは無いだろう。
僕は犯罪者の身内になってしまうから。
「私の方こそ、ありがとうございます。」
チーコのその後の事を、ちゃんと本人から聞く事が出来なくなるのだけは、ちょっと寂しいと思うのだった。




