”霧”を掃う者たち 第2話
小春は数名のクラスメイトと挨拶を交わすと、直ぐに校舎を後にした。面倒な人間関係を嫌う小春は、部活には所属していない。学校内でも特に目立たず、勉強以外何か得意なことがあると訳ではないので、部活に勧誘されることも無い。
(特徴が無い優等生って、こういう時楽でいいな)
今日は、友人との付き合いもなく、寄り道をする予定も無いため、小春は真っ直ぐ帰路に就く。念のため、個人端末で“霧”の発生情報の確認も忘れない。政府からの通達情報によると、“霧”の発生に巻き込まれた場合、通常の災害による事故死と同じ扱いとなる。死体が見つかる事が無いため、実は生存者が存在するのではと疑う物もいる。しかし、“霧”の発生現場から生還した人物は現時点ではただ一人も存在しない。皇国民は、情報を個人端末への通達か、テレビ、新聞等の報道でしか知ることが出来ない。一般人が公の場で情報を発信する手段がほぼ絶たれている現在は、政府の通達とマスコミの報道が真実ということになっている。
(昔は、この個人端末みたいなので誰もが自由に情報発信出来たらしいけど…。家の店にあった古い本には、スマホ?とかパソコン?とかで自由に情報の発信、閲覧が出来たって書いてあったけど…。なんで急に無くなったんだろう?)
情報を入手する手段が限られていることには、小春だけでなく多くの物が疑問を持って
いた。しかし、“霧”による人的被害の増加は年々増加している。社会や個人の生活の維持が
最優先と考え、公の場でこういった疑問を口にするものは殆どいなかった。例外は、小春の
両親が経営する古書店で、古い文献を買い求める一部の物好きだけである。幼いころから、
そういった物好き達と接する内に、小春は彼らの影響を受けるようになっていた。現在、皇
国の歴史では、過去に存在した様なインターネット等の通信環境が廃止されたことについ
て、一応公式に原因を発表はしている。異常気象による環境の激変により、人類の生存可能
な範囲が大幅に制限され、国家間で行き来が不可能となった。そのため、生存に必要な物資
の生産やインフラ構築が最優先とされ、通信環境は最低限あればよいというのが皇国政府
の見解だ。
当然、一部の物好きや彼らに影響を受けた小春はこの発表にある疑問をもった。
(昔みたいなネット環境って、確かに最優先な事じゃないけど、わざわざ廃止する理由は
ないよね?個人が勝手に情報発信することってそんなにいけないことなのかな?)
当然のように過去にこういった疑問を持ち、インターネットのような情報発信の場を再構築すべきとの声は上がった。しかし、政府への陳情に返答は無く、マスコミもこういった意見を取り上げることは一切無かった。意見を発信しても、何の反応も無く、発信者が処罰されるといったことも無かった。行動を起こしてもいい意味でも悪い意味でも何の手ごたえも無かった。限られた生存領域でも、衣食住には困らない。菊田さんのように娯楽に生きがいを見いだせるほどの余裕もある。現時点で最大の脅威である“霧”も皇国政府から提供される情報で発生する地域も事前に確認できる。“霧”は最大でも1時間程度で消えてしまう。ならば、現在の生活を維持していけば良いという考えが人々の間で一般的となっていた。小春達のような物好きは、再現不可能となった過去に拘る現実が見えていない変り者といった目で見られるようになった。当然、そういった人間がこぞって求める古書を取り扱う桜家の古書店は近所からあまり良い印象を持たれていない。そのため、小学、中学と家業が原因で小春は同級生の中では、若干腫物扱いを受けていた。直接的な暴力こそ無かったものの、軽い嫌がらせや陰口等はあった。小春は、当初は気にしていなかったが、物が直ぐに無くなる、聞こえるように陰口をたたかれるといった行為に煩わしさを感じていた。高校は人間関係の煩わしさを避けること優先で、自宅から通学可能な範囲で最も遠く、同じ中学出身が最も少ないとされる皇国第三高校を志望した。皇国第三高校では小春を知る生徒は殆ど居なかった。幸いにも、同じ中学出身の同級生は小春同様他人に積極的に関わろうとは考えないタイプばかりだった。家業のことが知られず、目立たない優等生でいれば人間関係で中学までのような煩わしい思いはせずに済みそうなことに小春は安堵した。
(まあ、菊田さんには知られちゃったけど…。あの子のお父さんが家の店の常連だったとは…。菊田さんもああいう変わった趣味に理解があって、口の堅い子でよかったな。何せ、アニメの女の子のフィギュアを手に入れたら、真っ先にスカートの中を確認するような子だし…)
小春は、初めて菊田さんに付き合ってクレーンゲームに挑戦した日を思い出していた。小
春は偶然フィギュアを1枚目のコイン投入で取ることが出来た。あまりアニメには興味が無かったので、物欲しそうな目で見る菊田さんに渡すことにした。彼女は嬉しそうにフィギュアの箱を、両手で抱きながら小春にお礼をいった。
「こはるんっ!ありがとう!この子のフィギュアどうしても欲しかったんだ!」
「まあ、私は興味ないし、欲しい人の手に渡ってくれた方がいいよね。なんかいつの間に
か知らないあだ名になってるけど…」
小中時代のこともあり、同級生からあだ名で呼ばれることは無かった。しかし、自分のような変り者にここまで親しげに接してくれる彼女にあだ名で呼ばれるのは悪い気はしない。箱に入ったフィギュアを目を輝かせて眺める菊田さんは、その低身長と童顔ながらも整った顔立ちから、女の小春から見ても非常に可愛らしいなと思えた。その印象は、直後の彼女の行動で見事に消し飛んだ。突然、フィギュアの箱を開封し、ブリスターからフィギュアを取り出し始めた。そして、セーラー服姿の女の子のフィギュアのスカートの中を覗き込み、大声で捲し立てる。
「こはるんっ!この子のパンツ、縞ぱんっ!やっぱりこういうロリ系のキャラは縞ぱんが似合うよね!」
小春ははしゃぎ始める菊田さんを抱えて全力でゲームセンターから走り去った。運動が
得意ではなく、当然足の速さもそれなりな小春だったが、この時は限界以上の力が出ていたと思う。
(あの時は恥ずかしかったなぁ。でも喜んでる時の菊田さんの顔見ると、またとってあげたくなるんだよね)
菊田さんの愛らしい姿を思い出すと、つい頬が緩んでしまう。現在が下校中であることを
思い出した小春は、自分のだらしないにやけ顔を誰かに見られてしまったのではないかと
思い辺りを見回す。
(良かった…。誰も見てない。周りに誰もいなくてよかった…。)
小春は安堵したが、あることに気づく。
(この時間に人がいない?)
普段なら小春のように帰宅部の学生がまばらに歩いている時間のはずだ。誰もいないと
いうことはまずありえない。
(“霧”が発生したとかじゃなければ、下校時間のこの道に誰もいないなんてありえない!でも端末にここで“霧”が発生するって通知無いし…)
皇国政府からの通知では、小春の帰路には霧が発生しないはずだった。
「…マジワリシ…インシ…」
誰もいないはずだが、突然小春以外の何者かの声が聞こえた。しかし、何か口に物を含んだまま言葉を発しているかのような奇妙な声だった。
「何!誰なの?」
小春は奇妙な声に恐怖を感じ叫んだ。すると、小春の声に反応するかのように、辺りが白い靄に包まれだした。
(えっ!これって“霧”?何で?情報に無いのに?)
突然の状況の変化に理解が追い付かない。すると、白い“霧”に包まれ見通しの悪くなった交差点に黒い人型の影が見えた。その影は先ほどの奇妙な声を小春に向けて発した。
「…メッスル…ベシ…」