同じ人の話しか放送しないラジオ
エアコンで冷えた車内に戻ると、コーラのキャップを緩めてからホルダーに立て、コンビニから近くの駐車場の日陰へと移動した。
今から一時間の昼休み休憩。50分経過したら今出たコンビニへ戻り、トイレとゴミ捨てをした後に、スポーツドリンクを熱中症予防のお守りとして購入してから、次の営業先へと車を走らせる予定だ。
唐揚げを口に入れてからキャップを外したコーラをサイドホルダーに立てて、ラジオをつける。
白米の塊に海苔を付くように中途半端に外した、コンビニおにぎりの梱包フィルムを再度おにぎりにはめ込み、もう半分のフィルムをコンビニ袋の中に棄てて海苔付きおにぎりを完成させると、こわくもない怪談が始まった。
『するとエロ話で盛り上がっていた時に、背後の襖が開き俺の下の名前がバレたのです』
生配信動画で美少女を演じていたタカシ氏は、どこぞ県からふるさと納税の高級食材が届いた事や、子供がいること、奥さんが不倫している事が視聴者にバレただけでなく。息子が通っている小学生まで特定されたという。
「だったら最初から生配信すんなよ」
俺はそう呟いてコーラを口に含むと、鼻からコーラが吹き出た。
『…市どこぞの町どこぞの商社の穴田タカシさん強く生きてくださいね。一時間後に番組ステッカーを手渡しでお渡しします』
俺はまだ独身で子供もいないんだけど!?
あわてて社用車のティッシュペーパーでYシャツについたコーラと鼻を拭く。いや、なんで俺を騙るんだ!?
『続いては、職場不倫の話。ラジオネーム這いよる敦煌さん』
既婚男上司と男性部下の不倫話が始まった。
なんで女性と結婚していながら、男性部下と不倫するんだよ?
ドン引きしていると、その男性部下も俺だった。
次の社内横領事件の犯人も俺。
転落死した女性を見下ろしていた男性があわてて乗り込んだ車のナンバーは俺の自家用車。
休日の度にピザの大量注文する電話番号は俺の自宅の電話番号。
俺はあわててラジオを切るしかなかった。
無理やり食事をとり、強引に気持ちを落ち着け営業先を周り納品をこなす。
最初に訪れた初めての納品先ではなぜか「ごめんね」と書かれたステッカーを小さなクッキーと共にもらい、現金で精算した。
その他は何事も変わらず営業周りが済んだ。
安心してラジオをつけると先ほどの番組の続きが進んでいた。
やはりラジオ番組で語られるのは俺話。
俺が隠しているとされる事実無根な犯罪の数々。
会社の駐車場に停車し、部署に戻るといつもとなにも変わらなかった。
しかし、社用車に乗ってラジオをつけると、あの番組がいつも流れる。
「ごめんね」ステッカーをくれた取引先の社員さんによく似た声のラジオ番組パーソナリティーは、俺の見に覚えのない犯罪を次々と話す。
ラジオをつけたタイミングで、数十分前の話しの続きをラジオ番組パーソナリティーは含み笑いしながら語る。
「ごめんね」ステッカーの取引先社員さんはいつも優しい。夕飯にも誘ってくれる。
社用車を降りて別の取引先のドアを潜ったタイミングで車のドアが閉まる音がする事があった。
「ごめんね」ステッカーの取引先社員さんは、酔いつぶれてラブホで目覚めた朝でも優しい。
社用車のラジオをつけると、いつも同じラジオ番組が流れている。
なんで俺が逮捕されないのかがわからない。なのに、周りは俺に対して普通の対応をする。
帰宅すると「ごめんね」ステッカーをくれた取引先の社員さんが、ご飯を用意して待っていてくれる。
風呂でも背中を流してくれる。
ラジオ番組はまだ続く。
俺の犯罪しかネタがないのに、ラジオ番組は続く。
「あ、アイドリングするの面倒だから、穴田車貸して」
社へ戻ってすぐに、一年前のラジオ番組で俺と不倫しているとされる上司に社用車の鍵を渡した。
なんでもない事なのに変な汗が出る。
戻って来た上司は変な顔をしていた。
「穴田お前、どういう趣味してるわけ?」
「え?」
「課長なにかあったのですか?」
「穴田のヤツが変な音源聞いてるんだよ」
近くの席の同僚と上司の会話が理解できなかった。
音源?
帰宅して「ごめんね」ステッカーをくれた取引先の社員さんに、心当たりのない音源の話しをすると優しく微笑んでくれたけれど、なにか怖かった。
いつものように先に風呂に入っていると、社員さんがいつものように背中を流しに来てくれた。
白いタオルを広げる前に湯船から出て背中を向けると、背中が熱かった。
包丁が与える焼けた鉄の棒を入れられたような灼熱感。髪を捕まれて湯船の中へ顔を沈められてやっと殺されている事を理解した。
「タカシさんを綺麗なまま殺したかったんですけどね。
でも安心してください。永遠に老いないタカシさんだけを愛しますね。
まあ剥製用の義眼ができた段階で殺すべきだったかなとは思うけどね」
次の日の朝、変なラジオ番組モドキが録音されたSDカードは、社用車の中から発見される事はなかった。
無断欠勤の末、契約していた部屋の中になにも残さず失踪した穴田タカシは、存在しない会社へなぜいつも納品していたのだろう?
その会社への注文はいつも彼しかとることのない電話注文だった。
何一つ私物や家具や指紋が残っていない穴田タカシが契約していた部屋から除去された指紋が残っていれば、社用車のSDカードスロット付近に残された指紋と、存在しない会社の住所として登録されていた小綺麗な廃墟の内部に残された指紋が一致したのだが、死体どころか血痕すら残されていないので、事件にはならないのだった。