超高級宿。
立派な建物が並ぶ通りの中でもその建物は際立って立派な建物だ。
「もしかして、ここ?」
「そうみたい。ほら。」
玲ちゃんが指す方にはお店の看板があった。
“超高級宿ひととき”
日本語で書かれたその看板を見て少し引いた。
何故に自ら超高級宿と銘打つ?
「つうか、あれ日本語じゃない?」
「そうだよ。この世界には偶に日本語で書かれたモノがあるんだよ。」
「嘘でしょ?!」
「酷いなぁ。嘘じゃないよ。ほら。」
玲ちゃんが指さした次の場所にも看板があった。
“超高級武器屋超絶”
「あれは・・・ないね。」
「うん。」
ちょっと残念なモノを見てしまった。
日本語と言うかあれは中国語じゃないか?
感じしか使ってないし。
でも漢字自体は日本の字の方か?
「なんかね。日本から転生してきた勇者が居たらしくて、その人が日本語を広めたらしいよ。まぁ、今では文字だけみたいだけど。」
「でも私達は日本語で話してない?それもずっと。」
「そうだね。でもここの人達には日本語として聞こえている訳じゃないみたいで、現地の言葉に聞こえているみたいなの。」
「翻訳スキルきた!」
「そうだね。まさにそれ。」
「で、本当にここに入るの?」
「うん。そうだけど?」
立派過ぎる宿。
超高級と自ら銘打つ宿屋。
どう考えても高いに決まってる。
「あのさ。あるの?」
「うん?ああ、お金ね。大丈夫だよ。持ってるから。」
「もしかして、何気に金持ち?」
「う~ん。まぁ色々あってね。いいから、入ろ。」
例の如く私は玲ちゃんにガッシリとホールドされて連行される。
「でもさ。サラちゃんは心配じゃない?」
「ああ。大丈夫だよ。元々野性だし、それにサラちゃんより強い魔物なんてそうはいないから。」
そうなのだ。
サラちゃんは門に近づいた所で別れている。
街には入れず、外で遊んでいる。
サラちゃんはフェンリルと呼ばれる存在で、物語によっては神獣の扱いを受ける存在だ。
この世界でも、魔物としての括りではないらしく、神獣の括りで扱われるそうなのだが、フェンリルを実際に見る事のないこの世界の住人にはただの大きな狼にしか見えていない。
神獣フェンリルと分かると、大騒ぎになるだろうなと思う。
「サラちゃんの事は良いから、早く宿の中に入ろうよ。」
「うん。」
“超高級宿屋”ひとときには大きなドアがある。
そのドアの前にはドアマンが立っていた。
「どうぞ。」
落ち着いた掛け声と共にドアを開いてくれる。
「「うわぁ。」」
そこは別世界だった。
視界一杯に広がる空間には緑色の絨毯と茶色の絨毯がひかれており、間隔をあけた木が並んでいる。
その木もキチッと整備されていて美しい。
所々に絨毯には隙間が用意されていて、そこには水が流れている。
「ガラス張り?!」
コンコン。
玲ちゃんが確かめる様にコツくとガラスの響く音がした。
床に埋められたガラス張りの水の流れ道は涼し気だ。
「どうぞ。受付はこちらです。」
ひとしきり感動している私達を他所に、すっと近づいて来た人が案内をしてくれる。
正直、リュックを背負っている私の格好は浮いていると思う。
「はい。」
高級感漂う調度品があちこちに置かれているのを、私はキョロキョロと見てしまう。
「いらっしゃいませ。」
そんな私を侮蔑する事なく受付をしてくれる受付嬢はプロだと確信した。
「宿泊は二人。今空いていて一番いい部屋を用意して欲しい。」
玲ちゃんがとんでもない言葉を言うまでは・・・。
「はいぃ?!」
私は驚きの声を上げてしまった。
どう考えても、ここは高い。
こんな場所での一番いい部屋って恐ろしい。
「かしこまりました。今ですとこのお部屋が開いております。」
やっぱり、プロだ!
あえて口に出さずに、部屋の間取り図を用意してみせている。
もちろんその紙には金額が書かれている。
一、十、百、千、万、十万?
眩暈がする。
「違う。一番いい部屋と言っている。」
「かしこまりました。では身分証などご提示して頂けますか?」
「構わない。」
玲ちゃんが胸元から何かを取り出した。
それを見た店員さんはここで初めて驚きの顔を一瞬だが見せた。
私は見逃していないよ。
「ゴホン。これは大変失礼を致しました。でしたらこちらでは如何でしょうか?」
「うん。これで良い。」
「かしこまりました。少しお待ち頂けますでしょうか?」
「わかった。」
一、十、百、千、万、十万、百万?千万?!
駄目だ。
私にはこれ以上数えられない!
「どうしたの?凛ちゃん?」
「眩暈がする・・・。」
「ああ。仕方ないよ。あれはプライベートルームだからね。」
「プライベートルーム?」
「うん。ここの国では私は珍しい職業で超ビップ扱いなんだ。この街に来た事は無かったけど、プライベートルームがあってよかった。」
今、さらりと恐ろしい言葉が聞えた気がした。
いったい凛ちゃんは何者なのだろう?
たしかに凄い魔法が使えるし、強い神獣を従えてるけど・・・。
「ふふふ。不思議?一つヒント。私はエリートなの。」
「エリート?何の?」
「う~ん。どうしよっかな?」
悪戯っ子のような顔になった玲ちゃんは人差し指を口の下において勿体ぶる。
そこに声が掛った。
「これは“獄炎と氷結の魔女”様。ようこそ我が宿にお越しくださいました。」
声を掛けてきたのは、ちょっとぽっちゃりしたオジサンだった。
さっきの受付のプロ受付嬢がその後ろに立っていた。
「私はこの宿のオーナーをしております・・・「挨拶は良い。泊めてくれればそれで良い。」」
さっき迄とは違って少し不機嫌そうな玲ちゃんの姿がそこにあった。
有無も言わさぬその圧力はちょっと怖かった。
次回更新は
2021年10月8日12:00
よろしくお願いします。