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第3話:脱出

 何度か実験し、わかったことがある。

 確かに、これらは魔法と呼ばれるものだろう。

 だが、意味を理解した上で口にしなければ発動しないらしい。

 逆に言うと、意味さえ理解していれば言葉はなんでも良いらしい。

 燃え盛る炎をイメージしてブラスト、ファイア、ついでにメラゾーマ、火炎放射などなど叫んでみたが全部同じように火炎が放射線状に放たれたのには少々困惑した。


「言葉、注意してしゃべらないとな……」


 大火事、と叫んでも火炎が出たのには流石に頭を抱えたが、なるべく火や攻撃をイメージしないように言葉にすると何も起こらないこともわかった。

 そして、同時にあることも判明する。


「これ、言葉の魔法なんだな……。言霊って言うのかな? だけど、慣れれば息だけでもできる」


 呼吸し、集中し、〝炎〟のイメージを描き息を吐く。

 すると名を叫ばずとも炎は放射線状に放たれるのだ。

 しかし、少しばかり炎の勢いが弱いような気もする。


「ようは、気合ということか? 声に出した方がイメージしやすい?……でも咄嗟に撃つとなると、わざわざ声に出すのはタイムロスだよなぁ……」


 威力の[言葉]か瞬発力の[息]か、悩ましいところではあるが、色々と不便である。

 最悪、今日は熱いなぁなどと考えながらため息をついたら炎が口から出かねないのだ。

 それは実に困ることである。

 だが、実験の最中にもう一段階の成長が来たのには少しばかり安心した。

 今回は随分とラグがあったが――。

 体は更にもう一回り巨大になったが、これで一応記憶に映っていたドラゴンたちと同じくらいの大きさになったようだ。

 ふと思う。


「俺の火と記憶の火、結構差があったんだよな……」


 記憶で見た炎は巨大な火球であったが、何度か実験で使った〝炎〟は、放射型の炎だった。

 同じ〝炎〟でも、使う者によって差があるのだろうか?

 あるいは、何か違う使い方が――。

 そう考え首をひねったときだった。

 ふと、黒竜の視界に、光る石とは違う光源が映り込んだ。

 それが遥か上方の天井から微かに見える外の光なのだと気づけば、黒竜は破顔し、思わず声をあげた。


「外だ!」


 そう言えば、先程見た記憶で[暁の勇者]たちは天井をぶち破って侵入してきたのだ。

 であれば、今の天井部分はその後瓦礫かなにかで無理やり埋めたのか……あるいは自然に埋まったのか。

 ともあれ、もう外が近いの後わかった黒竜は早かった。

 すぐに翼を羽ばたかせ飛翔すると、一気に天井付近にまで移動し、そのままホバリング状態を作る。

 燃え盛る火炎を強くイメージし、渾身の〝炎〟を放とうとしてはっと思い当たる。


「ここでやると岩に押しつぶされるかもな……」


 真上に天井があるのだ。それを破壊すればそのまま瓦礫で生き埋めにされるかもしれない。

 黒竜は翼を器用に羽ばたかせながらゆっくりと横にずれ、天井から斜め下方向に陣取ると、


「よし」


 と気合を入れた。

 深呼吸をし、炎を強くイメージする。

 最後にもう一度息を深く吸い込み、黒竜は叫んだ。


「うおおお! ふおおお! 〝(ブラスト)〟!」


 途端に口元から火炎が放射され、天井を炙っていく。

 ちりちりと灼熱の炎が天井の岸壁を焦がしていき――それだけだった。

 少しばかり焼け焦げたように見えるが、天井の瓦礫はびくともしていない。

 ……意外と弱い炎なのだろうか。

 ならばと黒竜は思いたち、連続して叫んだ。


「〝(ブラスト)〟! 〝(ブラスト)〟! 〝(ブラスト)〟! ついでに〝疾走(スクリーズ)〟!」


 三連続で火炎が放射され、最後に一気に加速した黒竜が天井に激突すると、そのまま黒竜は、


「痛ぁい!」


 と叫びながら真っ逆さまに墜落し、石の床に激突した。



 ※



 あれから、十日がたった。

 炎が弱いのは実力不足であると考えた黒竜は毎日ひたすら〝炎〟の練習をし、疲れたら横になる、と繰り返していたが、練習方そのものが間違っているのかもしれないと思い当たった。

 キッカケは些細なことだった。

 どうやら本当に睡眠も食事も必要無いようなので、二十四時間の殆どを〝炎〟に費やしていた黒竜であったが、威力が向上する気配が全く見えず、半ばやけになって超〝(ブラスト)〟と叫んだところ、〝炎〟の威力が格段に向上したのだ。


 ――概念だ。


 黒竜は思う。

 ただブラストと叫んだだけでは何も出なかった。

 強くイメージを織り交ぜることが大事なのだ。

 であれば、炎のイメージに別の概念を追加させてやれば――。

 黒竜はようやく得たかも知れない答えに胸を膨らませながら一度目を閉じ、燃え盛る灼熱の業火を強く強くイメージし、叫んだ。


「うおおお! 〝何か凄い炎(ブラスト)〟!」


 すると、口元から放出された火炎は壁にぶち当たると、消えること無く一帯に燃え広がり広がり、炎の海を作り周囲に燃え移り始めた。


「お、おお! 凄い、なんか凄い!……熱っ あっち! あちちち! ちょ、ちょっと火が収まらないんだけど!?」


 じわじわじわじわと炎が何の媒体も無く燃え広がっていく様子は恐ろしい。

 そして一向に鎮火する様子もない。

 これはこの世の理を超越した〝何か凄い炎〟なのだ。

 とにかく何だか凄いのだ。

 黒竜は呆然として呟いた。


「……漠然としたイメージは、危ないな……。どうしよこれ……」


 結局、しばらく悩んだ黒竜は〝氷〟という新たな[言葉]を生み出し事なきを経た。

 ほっと胸を撫で下ろし、黒竜は再び天井を見据える。

 これで天井をぶち破り外に出る算段がついたのだ。

 後は――漠然としたイメージではなく、確固たるイメージで……それも対象を破壊する力を持った攻撃で天井を破壊し、外に出るだけだ。

 しかし――。

 〝破壊〟の[言葉]を声に出し、また壁にぶち当たる。

 何も起こらないのだ。


「……何故に?」


 と自問し、考える。

 そもそも破壊とはなんぞやという問題である。

 破壊とは、壊れることである。まあそのまんまの意味であるが、破壊そのもののイメージが漠然としすぎているのだ。

 ビルが倒壊するのも破壊であるし、岩が砕けるのも破壊である。

 しかし、と考える。

 岩が砕けたとして、それは大きな岩が少し小さな岩になっただけで岩そのものを破壊はできていないのでは?

 いやいやでもその目標の岩は確かに破壊されたわけで……。

 つまるところ、黒竜の頭では破壊の概念を固定化できないのだ。

 イメージが飛躍してしまうのだ。

 ではどうするか――。

 黒竜は考え込み、やがて天井の瓦礫を見据えた。



 ※



 更に一週間が経った。

 その間、黒竜は肉体的訓練はせず、ただひたすら瞑想に努めた。

 静かに呼吸し、集中し、強くイメージを描き、[言葉]と[息]として吐く。

 少しずつ、[言葉]の密度が増している気がした。

 なるべく[言葉]は一息で言うべきだ。

 でないと、口にしている内にとっちらかってしまうのだ。

 着弾後に爆発する[言葉]を放とうとし、


「〝炎〟、〝爆発〟!」


 とイメージが別れてしまい、炎が放射線状に放たれた後、口元で何かが爆発しひどい目にあったのは、痛い教訓である。

 であれば、[言葉]は自分だけの、そしてイメージが別々にならない専用のものを用意しなくてはならないのだろうと結論付ける。

 ふと、黒竜はつぶやいた。


「ふふ……どうやら俺の黒歴史ノートの封印を解く日が来ようとは」


 口にしてから少し顔が熱くなるような錯覚を覚えたが、気の所為であろうと自分に言い聞かせ、黒竜は更に瞑想を深めていく。

 天井の瓦礫を突破するためにイメージする言葉は――。



 ※



「〝炎・貫通・爆発(ブラスト)〟!」


 星空の魔法障壁に向けて、黒竜は叫ぶ。

 組み合わせたイメージが形となり、火炎は強大な質量を持つ火球となって撃ち放たれた。

 その火球は魔法の障壁に貫き、そのまま障壁の内部で膨れ上がると巨大な爆発を起こし、障壁を消滅させた。

 [言葉]、即ち概念を増やせば増やすほどそれは様々な意味を持ち強大になるが、同時に一つ一つの意味は薄れてしまう。

 組み合わせる言葉が三つか四つまでなら、あくまでも強力な火球として使えるが、それ以上は炎の概念を超えた何かになってしまうのだ。

 強力ではあるが、黒竜の意図しない状態を引き起こしてしまう。

 しかし、既に解決策は見出していた。

 だがいくつかを試しに撃ってみたその[言葉]はあまりにも強力過ぎた為、黒竜はそれを使う日が来ないことを祈りつつ、夜空を見る。


 黒竜は自由の身となったのだ。

 羽ばたけば羽ばたくほど自分の体が星空へと吸い込まれていくようで、ちょっとした全能感を味わい、ぶる、と興奮で体を震わした。

 ふと、人類で最初に空を飛んだ人はこんな気持だったのだろうかなどとノスタルジックな感傷に浸り、黒竜は眼下に広がる大海原を見る。

 黒竜はこの世界を支配だとか、満喫だとかそんなことは微塵も考えていないのだ。

 もうこっちに来てから一ヶ月近くも経ってしまった。

 一刻も早く元の世界に戻って家族を安心させてあげたい。

 ……週刊少年ジャンプの中身をかなり見逃してしまった。

 ゲームのイベントは、いつからだったか……。

 そもそも大学の単位を落としてしまうかもしれない。

 戻りたい理由なんて山ほどあるのだ。

 ともあれ、何をするにしてもまずは人を探さねばなるまい。

 もちろん、この姿を見て恐れない人だ。

 そして欲を言えば魔法に精通している人だ。

 出会って即元の世界に送り返してくれればめっけ物なのだが、流石にそれは厳しいだろうか。


 その時だった。

 腹の奥にまで深く響く低音で、見知らぬ声が聞こえてきた。


『[古き翼の王]、偉大なる我らの王』


 はっとして周囲を伺うと、上空を無数の半透明の巨大なドラゴンが旋回しているのが見えた。

 別のドラゴンが言った。


『[古き翼の王]が帰ってきた』

『我らの為に、帰ってきた』


 それは、ドラゴンたちによる歓喜の声だろう。

 無論、これは今現実に起こっているわけでは無い。これは、この地に刻まれた記録なのだから。

 ドラゴンが言う。


『再び世界を我らのものに』


 すると、ドラゴンたちは一斉に咆哮をあげた。

 同時に、つい今しがた黒竜が飛び出してきた場所から、自分と同じく漆黒の――更に一回り巨大なドラゴンが姿を表した。

 ぞわり、と悪寒が走る。

 同時に思う。


(俺は、自分以外に――黒いドラゴンを見ていないぞ……)


 この地の記憶で垣間見たドラゴンは様々な色の個体がいたが、黒い鱗のドラゴンはついに一度も出てこなかった。

 いま目の前に現れたドラゴン以外は――。

 別のドラゴンが言う。


『我が王よ』

『[古き翼の王]』

『[古き翼の王]』

『[古き翼の王]』


 ドラゴンたちが歌い上げるように名を呼ぶと、黒い鱗のドラゴンが力強く翼を羽ばたかせ飛翔する。

 黒い鱗のドラゴンが、ぞっとする低音で言った。


『我は[古き翼の王(オルド・ヴィング)]。原初の王。――盟約に従いお前たちの願いを果たそう』


 さぁーっと景色が遠のいていく。

最後に、誰かが言った。


『復讐を』


 記録の映像が消えると、少年と幼子たちが黒竜をじっと見上げているのに気づく。

 やがて、幼子たちはクスクスと笑いながら煙のようになって消え、少年は真っ直ぐに黒竜を見据えたまま、以前と同じように言った。

『負けないで』

 と――。


 理解が及ばず、黒竜は怯えた。

 何だこれは。

 一体、何を見てしまったのだ。


(俺は、敵なのか……?)


 死にたくない。殺されてたまるかという思いが強くなる。

 だが同時に、こうも思うのだ。


(俺は、心までドラゴンになった覚えは無い)


 彼は決意する。


 ――この世界で、俺は人として戦おう。


 ドラゴンが人間に牙を向くのなら、人の側につこう。

 そして、元の世界に必ず帰る。

 黒竜は力強く羽ばたき、星空へと向かう。

 生きて故郷に、帰るために。

「続きが気になる」

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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