第144話:エピローグ
メリアドール・ガジットが目を冷ましてから、一月が経過した。
当初は塞ぎがちだった彼女も、リディルが執拗に世話を焼きすぎたり、メスタの掃除作法が乱雑だったりするのを目の当たりにした結果、渋々ながら元気を取り戻さざるを得なかったのはミラとしても嬉しいことでもある。
ふと、扉の前で物音がすると、最近忙しそうにしているアリスに蹴りを入れられてから、バツが悪そうな顔をしてアンジェリーナが姿を現した。
曰く、合わす顔が無いだとか色々言い訳をしていたが、正直ミラはどうでもよかった。
メリアドールはまだ自分の足で歩けないのだから、四の五の言わずに手伝えというのが本心だ。
「アリスさん忙しそうですね」
今までサボりすぎていたバチがあたったのだ、と半分嫌味を込めて声をかけると、アリスは盛大にため息をついて肩をがっくりと落とす。
「そぉぉなんですよぉ。はぁー、なぁーんでわたしが研究所の所長継続しなくちゃならないんですかぁ……。んあー! もう! 後は全部妹に任せて好き勝手しようって思ってたのにい!」
ふと、メリアドールが鼻で笑った。
「アリス隊長が立派になってくれて僕も嬉しいよ」
「んま~相変わらず嫌味な子ですねぇ」
アンジェリーナがじとりとアリスを睨み、肘で小突く。
「ちょっと、口の聞き方」
「ンなこと言われましてもぉ、私は所長でぇ、メリー団長は団長なのでぇ、立場的には対等? あ、こっちの方が上? なので?」
少しずつ、時は流れていく。
※
更に半年が経過した。
「今日だっけ?」
リディルが部屋の窓を開けながら言った。
「うん、今日。――おっと」
メリアドールが歩行練習で転びそうになると、すぐにメスタが支えた。
メリアドールはメスタに、
「すまない」
と言ってから続ける。
「ドラゴンの国との交流が始まるのは画期的なことだし、母が女王として公式の場で出向くのは大きな意味がある」
ちなみにトランはそのまま近衛騎士にスカウトされた。
出世街道を順調に進みすぎてて少しイラッとしているのは内緒だ。
ブランダークもブランダークで、議会を立て直すのだと張り切っている。
……次の『代』を考えなくて良くなった分、随分と楽しそうだった。
女王によって、[禁書庫]の中身が公開されたのも大きい。
ザカールに怯えて秘密を守り続けなくてもよくなったのだから。
だから、リディルはもう剣聖では無い。
[禁書庫]に保管されていた[ビアレスの日誌]に記されていた通り、初代剣聖ガラバ――ウィリアム・チェルンの名の元に、ゲイルムンド家以外の家から選出が決まり、今のチェルン家当主へと明け渡されたのだ。
強さではなく、行事的な意味合いが強くなってしまったが、それで良かったのかもしれないとミラは思っている。
他にも、いくつかの家が対ザカールのために伏せられていた[盾]の血筋の者として公表された。
とは言え、流石にブランダークが魔人ローラックを受け継ぐ者だとかは公表できない。
だけど、きっとそれで良いとミラは思う。
彼らの思いは、願いは、本物だから――。
※
一年が、経った。
[帝都]、[花の宮殿]の、離れにある王家の墓所に、ミラは来ていた。
傍らにいるメスタが、墓標に花を添える。
「やっと来ることができた」
ミラがひとりごちると、メスタが苦笑する。
「ベルヴィン・グランイットだってさ」
「ね。誰それって感じ」
ミラも苦笑で返す。
結局、皆から[翼]君などと呼ばれいた彼は、千年前の戦いで散った初代女王グランイットの兄ということまでは公表された。
だが、本当の意味での真実が明かされる日は来ないのだろう。
ミラが彼と一緒にいたのは、一年余りに過ぎない。
それを今更、千年前の誰かを模した偽物だったと言われても、わかるはずがない。
……だから、ミラにとっては彼こそが、自分の血を引く人で、初代女王――妹に再び出会うために戦い続けた、素敵な兄なのだ。
彼が偽物だろうと、ミラが――大勢が本物のベルヴィンだったと思えば、きっと彼は本物になるのだ。
それで良いのだと、ミラは思う。
メスタが一度墓標を指で撫でてから振り返る。
「私はもう行くけど、ミラはどうする?」
「……も少しここにいます」
「ん、わかった。――昼はみんなでな?」
「うん」
メスタが、墓地を後にする。
ミラは墓標をずっと見つめ続けていた。
喉の奥がぎゅっと熱くなり、視界がぼやけてくる。
ミラは、たまらなくなって言った。
「ねえ、ドラゴンさん。――家族には、ちゃんと会えましたか」
――――END
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