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第14話:メリアドール姫の仕事

 [吸血症]という病気がある。

 それはいわゆる血を吸う怪物[吸血鬼]に至る前症状であり、既に治療法は確立されているため時間はかかるが恐れるような病気では無い。

 不衛生であったり貧乏であったりと、[吸血症]に犯される者たちには共通した特徴があった。

 それはつまるところ、毎日風呂に入り、高給取りのお抱えメイドたちが仕立てた清潔なベッドで眠るメリアドールらには無縁な病気である。

 しかし――。


「新種の病気――?」


 メリアドールは、隊の副団長であるリディル・ゲイルムンドが持ってきた報告書に目を通しそうつぶやいた。

 黒い髪をうなじの辺りで一本に結んでいる黒い瞳をした彼女は、メリアドールよりも一つ年下、[ハイドラ戦隊]最年少の十四歳であるが、あどけない表情と顔立ちが実年齢よりも更に幼く感じさせる。

 ガジット家とは遠縁の親戚でもあり、メリアドールにとっては数少ない友人の一人である。


 最近、[吸血症]の患者が激増しているという話自体は耳にしていた。

 だがそれは些末なことである。

 既に国が――女王である母が動いているし、最近信仰が薄れつつあり焦りを覚えている[アルマシア教会]連中からも、無償で神官を派遣してはという意見も出始めているのだ。

 であれば、こんな国の端で好き勝手しているメリアドールが首を突っ込むような問題ではない。

 しかし、普段から雑務を一応担当してくれている友人がわざわざ耳に入れようと持って来てくれた情報でもある。

 興味はないが雑に扱うのもどうかと考え、メリアドールは話を合わせる。


「やけに治りが遅い[吸血症]患者の件、いくつかあったね? 本国の治癒士はもう到着していると思うけど」


 新種か何かだろう。そしてその対応は騎士団の仕事ではない。そういう意図をなるべく遠回しに伝えようとしたが、リディルはすぐに返した。


「んー、それが全っ然ダメみたい。役立たずで、誰も治ってない感じー」


 一般的に病気や怪我を治す者を、治癒士と呼んでおり、当然質はピンキリだ。しかし本国からわざわざ国が送り込むような者たちはエリートであるのだから、役立たずと呼ぶのは流石に尚早な気がした。

 だが、リディルという子の普段の言動から、極端なほどの結果主義だというのも理解している。

 どんなに優秀でも結果を出せなければ無価値と断言してしまう子なのだ。

 それはある種恐ろしく、いつか自分も無価値とみなされるのではという不安はメリアドールの中に常にあった。

 だから、メリアドールは彼女の持ってきた、現在判明している患者のリストを受け取りながら言う。


「リディは時々僕を試すような真似するよね」


 無論、皮肉である。

 だがリディルはにこりと満面の笑みになって言った。


「んへへ、メリーちゃんは賢いから好き」


「良く言うよ」


 と呆れ、メリアドールはリストをめくっていき、ようやくリディルがわざわざ持ってきた理由を見つけ、ため息をついた。


「ミラ・ベルの――義理の姉? 孤児院のまとめ役だったね。……メスタは知っているのか?」


「んー、まだだと思う。でも時間の問題だよ? メリーちゃんどうする?」


 メリアドールは短く思案し、言った。


「ふー……。ねえリディ。僕はメスタの為ならば骨は折ろう。だが、メスタの友達の義理の姉の為などという遠い縁の為に動いてやる道理は無いと思っている」


「あー、だよねぇ。あたしも興味無いもん。でもメスタちゃん勝手に動くと思うよ」


 さも興味なさげにリディルは副団長のテーブルに付き、目の前にあった資料を横に避けてからぐぐっと伸びをした。

 その避けた資料は、[ハイドラ戦隊]の訓練日時や破損した装備の補修に関係する報告書である。

 隊の全員がもれなく貴族で形成されている[ハイドラ戦隊]は、無理やり仕事を与えなければ自分の好きなことしかしないような者たちばかりであるため、会計士や記録係を使わずに自分たちでやらせようとしたメリアドールは、このやり方は失敗だったかもしれないと思いつつあった。

 結局、明確な意志を持ち仕事をしない者は、仕事を与えても仕事をしないのだ。

 メリアドールはリディルをじとりと睨んでみたが、彼女は知らぬ存ぜぬ顔で言った。


「あー、あたしもメスタちゃんみたいに一年くらい遊びたいなー」


 毎日遊んでるくせに、とメリアドールは小さくため息をつき、考える。

 この一年、メリアドールはメスタの動向は監視させていた。

 裏切ったという怒りと嫉妬があったのは確かだったが、心配だという思いがあったのも事実である。

 無論、僕の元から出ていったお前は破滅してしまえという微かな願望もあった。

 それはメリアドールが自覚している自身の闇であり、苦悩でもある。

 とは言っても、『次に会った時、私達は対等な友人だ』というメスタが別れ際に言った台詞でいくらか救われたのも事実だ。

 だが、騎士団も友人も捨てて旅に出ると言った癖して向かった先が同じ街の[冒険者ギルド]とはどういうことだ。あいつは馬鹿なのか、正真正銘の馬鹿なのかと悩み、そういえば馬鹿だったなと納得し、偶然の鉢合わせをしないように気を使ってやったのだと言うのに当のメスタは何食わぬ顔して戻ってきているのだ。

 ……本人的には相当な決意だったようだが、裏でこそこそと手を回していた側からすれば滑稽である。

 気持ちとしては、ざまあみろ三割、それ見たことがが三割、無事で良かったが四割といったところだろうか。

 ともあれ、メスタというメリアドールより一歳年上の元メイド現部下は、猪突猛進馬鹿なのである。

 不意に、リディルがぱあっと表情を明るくし、椅子を蹴って立ち上がった。


「メスタちゃんが帰って来た!」


 そのままリディルはパタパタと扉の前に向かう。

 ほぼ同時に扉が開かれると、目の前にいたリディルの元気な


「メスタちゃんおかえり!」


 の一言でメスタはびくっと身をすくめた。

 彼女は、


「あ、ああ、ただいま」


 と言いながらすっとリディルを避け、メリアドールを見る。

 メスタが言った。


「言われた通り、全員と戦ってきた」


「ン、それは良かった。どうだった?」


「どうも何も、昔と何も変わってない。空回りしてるやつ、やる気の無いやつ、痛いのがいやなやつ、わざと負けようとしてるやつ。お前この一年何やってたんだ?」


 後者の問いには、自分が出ていってからお前は何もしていないのかという微かな苛立ちが乗っていた。

 が、出ていったお前がそれを言うのかという言葉を喉元で止め、メリアドールは「ふふ」と笑う。


「武官役を任せたキミに出ていかれてしまっては、こうもなる」


「……当てつけか?」


「半分は。だがもう半分は、メスタ・ブラウンが帰ってきたという事実を見せつけてやる必要もあったことはわかってくれ」


「それは――」


 言葉をつまらせ、メスタは一度考える素振りをしてから続ける。


「一度出ていったような、それも貴族ですら無い者では逆効果にならないか?」


「ならないよ」


 メリアドールは即答する。


「言ったろう? そうならないようなのを集めた。生まれで敵意を抱くものなど、キミとリディルを呼ぶ前に全員出ていったよ」


 メスタの目元がぴくりと反応する。

 こういうやり方は、どこか潔癖症の気があるメスタには嫌なものに映るのだろう。

 だからこそ、出ていったのだろうが。

 リディルが深々とため息をついて言った。


「メリーちゃんってエグいよねー。そんなんだから友達少ないんだよ?」


 メリアドールは、


「……言うね」


 と苦笑し椅子から立ち上がる。


「どこ行くの?」


 というリディルの問いに、


「[吸血症]の件。少し興味があるから――メスタ、キミも来るんだ」


 と言うと、メスタは訝しげな顔になり、


「なにかあったのか?」


 と返した。


「いいや、まだ、何も。向かいながら話す。――リディ、後を頼んだよ」


「はいはーい。メリーちゃんたち頭使うの苦手だもんね」


 リディルはそう言ってぱたぱたと団長席に座り、ぐでっと背もたれに背を預け、既にメリアドールが終わらせた収支報告書に目を通し、


「おやつ食べよっかな」


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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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