第128話:ザカールの夢
さあ、どうなる。
ユベルの肉体は、特に優れているというわけではない。
だが特別悪いわけでもない、というのがザカールの感想である。
しかし、前回の身体と比べて大きく劣っているのも事実。
ここに来てようやく、ザカールは大きな勘違いをしていたことを思い知らされた。
最初に奪った当代のリドル卿の体が特別上質だったのは間違いない。
だからこそ、その落差で次のレドラン・マランビジーの体を低く評価していたのだが、それが間違いだったのだ。
レドランは、現代の価値観から見れば非常に優秀な側の体だったのだ。
時代は変わった。
当人の魔力量や肉体的強さは、今の時代そこまで重要視されていないのだ。
技、に重きを置く時代になっていたことに、ザカールは気づくのが遅れた。
それはザカールにとってある意味好ましいことであり、同時に力を大きく削がれることでもある。
技、即ち自身の経験は、肉体の本来の持ち主から奪えないのだ。
ザカール自身の経験を、ザカールとはまるで戦い方の違う者に無理やり載せ替えるのだから、こうもなる。
……ビアレスはこれも見越していたのか?
素晴らしい経験と技を持ち、評価され、しかし魔力は決して多くは無い者の肉体は、ザカールにとってただの魔力の少ない肉体でしかないのだ。
そして、ザカールにとって技の世界は未知の領域だ。
そういう意味では、これはザカールにとっての初陣なのかもしれないと思い立つと、どこか心が踊る。
最新の[魔導アーマー]を無理やり拝借してきたのだ。
本来は当代の剣聖、リディル・ゲイルムンド用に開発された汎用タイプのものであるが、彼女はリドル卿から全く別の[魔導アーマー]を受け継いだため、受け継ぐ者がいなかったのだ。
それが今、この手の中にある。
これほど嬉しいことはあるまい。
ザカールは[魔導アーマー]の中で口元を歪め、小さく笑った。
[古き翼の王]に、正体はまだバレていない。
イドルから生まれた[壊れた器]に、どこまでできるのか。
そして、どこまで抗えるのか。
楽しみは付きない。
だがまずは、この新しい玩具で当代の剣聖とどこまで戦えるのかを、試さなければなるまい。
ザカールは[魔導アーマー]の脚部に備え付けられた[魔導スラスター]を吹かせ、戦場の更に上空を目指す。
これほどの推進力に、ドラゴン程度ではもはや追いつけまい。
既に、生物の限界を鋼の鎧が越えてしまったのだ。
元を辿れば、千年前にミュール王らが〝次元融合〟の先の技術と、此方側で作られていた魔力を帯びたミスリルの鎧を融合させた[機械鎧]と呼ばれる代物だろう。
それが千年も経てばここまで軽量に洗練され、それでいて人工の筋肉でパワーのサポートまでされている。
しかし、とザカールは思う。
剣聖が来ていた鎧は、更にその上を行っていた。
より小型で、軽量化され、しかし驚異的なパワーを持っていたのだ。
現在の[魔導アーマー]は、アルマ装甲と呼ばれる、エネルギーを蓄える性質を持つ特殊な装甲で作られている。
故に、千年前の[機械鎧]と比較して、メイン動力はこぶし大ほどにまで縮小されており、それの結果やや大きめのプレートメイルサイズでありながらこれほどの出力を可能とさせている。
これは[古き鎧]――即ち、未だに生きている[古き翼の王]の甲殻や鱗を使った装備から着想を得たのは用意に想像できる。
だが、[リドルの鎧]は更に妙だ。
[古き鎧]を始めとする既存の[魔導アーマー]の技術とは全く別の進化を辿ってきたような、奇妙ないびつさを感じるのだ。
そして現物は剣聖が装備しているため、調べることもできず、詳細なデータはマランビジー研究所が保持しているため覗き見ることはできない。
申請しても拒否された。
当然だろう、とザカールは考えながらも、ならばやるべきことは一つだ。
現物を、奪ってしまえば良い。
誰よりも先に、確保するのだ。
そしてそれを量産し、世界にばらまき、その次の全く新しい何かを待つのだ。
どこまで進化するのか、どこまで成長するのか。
これほど楽しいことは、無い。
無限の時を、ザカールは生きているのだから。
既に、[黒殻兵]などと言うことにされた魔人族と人間の混成部隊、更に数を増した敵ドラゴンが激戦を繰り広げている。
やはり、ドラゴンは対集団にはめっぽう強い。
何とか取り付こうとする魔人と騎士団を、連続して放つ[言葉]の嵐で全く寄せ付けない。
やはり、ビアレスが――十一番隊が特別だったのだ。
最強の個が、六人も集まったのだから、ああもなる。
しかし、とザカールは思う。
(――個を重んじるドラゴンが、こうも集団戦をやってみせるのか……?)
ビアレスの、人の側についたドラゴンたち。
結局その後人との関わりを断ったことから、所詮は相容れぬ存在だと、停滞を良しとしこれ以上の進化は見込めないものだと興味を失った種であったが――。
「追い詰めれば足掻いて見せてくれる、か――」
そうひとりごち、自分の口元が緩んでいるのを自覚する。
もう一度、大きな大きな争いを起こして見ようか……?
だが、現状は小競り合いまでしか期待できまい。
[古き翼の王]の復活は、予期されていたのだ。
他国の情勢は強かであり、表向きはあくまでも外交で決着をつけようとしている。
そして恐らく、[古き翼の王]は負けるだろう。
この[魔導アーマー]の強力さだけの問題では無い。
時代が、概念が千年前とは違うのだ。
今回の遠征もそうだ。
千年前ならば、[古き翼の王]が命じれば[支配]された者たちは皆従った。
王の言葉なのだ、当然だろう。
だが今の世は、議会制であったり民主主義であったりと、王の言葉が絶対では無いのだ。
確かに[支配]しているはずの[古き翼の王]の言葉は、一意見としてしか取り入れられない。
そしてそこに理が無ければ容易く拒否される。
ザカールは世に[古き翼の王]が人々の記憶から消した、[支配の言葉]という存在、概念をもう一度蘇らせた。
当然、気づく者は現れるだろう。
そして、彼らは[支配]されたまま、[古き翼の王]に剣を向けるのだ。
その時が来るのが、待ち遠しい。
危機に陥った時こそ、飛躍の時なのだ。
ザカールの想像もできない何かを――。
ビアレスが見せたような、その先の光を。
怒りも、絶望も、夢も、希望も、愛も、憎悪も、全てが原動力となりえるのだ。
平穏と停滞が続いた結果が、腐敗による自滅と崩壊なのだ。
身近に、恐怖が、危機が無ければ精神は腐っていくのだ。
常に、緊張感と危機感を持つべきなのだ。
それができなければ、縮小生産を繰り返し、衰え、潰えてしまう。
ザカールは、破壊の後の再生を期待しているのだ。
現に、対魔法技術は三百年前の魔法対戦で飛躍的に発達した。
対ドラゴンでは無く、対人、対魔法技術はザカールに対しても極めて有効となったが、それは別に問題では無い。
そうなればこちらは別の戦い方を考えるだけだ。
もはや、魔力で圧倒できる時代では無いのだ。
それどころか――。
一体の魔人が[言葉]の嵐を突破し、ドラゴンの首元目掛け剣を振るう。
その瞬間、ドラゴンの影から姿を現した漆黒の[魔導アーマー]――[リドルの鎧]を着た剣聖が魔人の首を切り飛ばした。
聞けばあのリディルという剣聖、[無属性]と[弱属性]の、千年前ならば最底辺に貶められても仕方のない存在ではないか。
あらゆる属性から嫌われ、尚且魔力そのものも少ない落第者。
恐らくは〝生活魔法〟どころか〝居住魔法〟すら使えまい。
だが、そもそもそれらの魔法はもう歴史の授業でほんの少し知る程度のものに成り下がっている。
〝付呪〟の技術が、魔法の使えない者を救い、同時に別の飛躍を推し進めた。
この新型[魔導アーマー]に装備されている[魔導ライフル]という兵装は、登場者の魔力すら必要としないのだ。
引き金を引くだけで、〝八星〟に匹敵するほどの破壊力を持つ魔力の光弾を連発できる。
――魔法の時代は、とうに終わっていたのだ。
それは寂しくもあり、嬉しくもある。
ならば、ビアレスの言っていた、人は空を越えた先にある〝宇宙〟とやらに進出し、あの月にまで降り立ったというのは本当なのかもしれない。
ぶる、と背筋が震え、まだ見ぬ世界に思いを馳せる。
そして、こうも思う。
やはりこの[魔導アーマー]の性能を試す相手は、ヤツしかいない。
更に二体の魔人を屠った剣聖に狙いを定めた、その時だった。
『ザカールと見た』
良く通る声が脳髄まで響き渡り、ザカールは慌てて[魔導アーマー]に備え付けられた[魔導ライフル]を構える。
ザカールと同じく、戦場の遥か上空に、一人の赤黒い鎧の男が空中で静止していた。
知らない[魔導アーマー]だ、というのが妙に感じる。
ならば、他国の開発した[魔導アーマー]か?
同時に、何故気づかれたという疑問が湧き上がり、[帝都]を襲撃した際の剣聖の記憶が蘇る。
あの娘も、ひと目見ただけで――。
赤黒い鎧の男が言った。
『お前のことは、かわいそうだとは思わない。誰もが死を、望んでいる』
遅れてその男が[紅蓮の騎士]と呼ばれている[抜け殻の器]だと理解した時には、[魔導アーマー]は四肢を切り刻まれた後だった。