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第13話:冒険者たち

 ミラを首の後ろに乗せた黒竜は再びギルド本店の門をくぐり、受付嬢の前に立っていた。

 やることが無い。ならば見つけなければならない。

 [禁書庫]への道は近づいたものの、それではいそうですかと入れるはずもないのだ。

 実際、メリアドールの様子を見ても非常に難しい問題なのだろう。

 人一人の一存では決められない、それこそ政治なのだ。

 今、黒竜にできることは少ない。

 これで都合よくとても大きな襲撃やら脅威が身近にあれば功績も立てやすいのだが、不幸なことに言うべきか、幸いと言うべきか、街は良く整備され、遠くの農村にも石畳の道が敷かれ、小さくはあるものの[ギルド]の拠点や兵舎などの施設も既に整っているようだ。

 それどころか――。


 空を見上げると、青空の彼方にぽつんと浮かぶ小さな影が見える。

 俗に[飛空艇]と呼ばれるそれは、文字通り空を飛ぶ船の総称である。

 広大な土地を空港として使うため、流石に全ての村々への配備は進んではいないが、それでも多くの物資を空路で輸送する手段は確立されているのだ。

 つまるところ、空を飛べるというドラゴンの大きな大きな利点は既に無い。

 ああ、お前も飛べるんだ、俺も俺も程度の特技に成り下がってしまっている。


 更に、メリアドールがぽろっと口にした[魔導アーマー]なる名前も気になる。

 まさか、巨大人形ロボットがいたりするのだろうか。

 そんなんいたらもう戦力としても下の下になってしまう。

 ……いや、ひょっとして街中でぽつぽつ見かける作業用ゴーレムみたいなもののことを[魔導アーマー]と呼ぶのだろうか。

 そもそも何がどう魔導でどの辺がアーマーなのかがわからない限り、正体の想像もできない。

 となれば、やはり黒竜にできることは、限られている。

 今はコツコツと下積みをするしかあるまい。


 黒竜は鉄級の冒険者になったばかりである。

 できる仕事と言えば、依頼をこなすことくらいだ。

 しかし――。

 黒竜はそのままぬっと顔を受付嬢に近づけ、言った。


「あの、依頼とか、そういうの受けたいんですけど」


 受付嬢が表情をひくつかせながら、同僚にチラと目配せをし助け舟を求める素振りをするが、その同僚は、


「書類がなぁ……」


 などとつぶやき露骨に顔をそらす。

 黒竜はなおも言った。


「あの、鉄級の冒険者なんですけど、依頼受けたいんですけど」


 すると、観念した受付嬢は「あー、おほん」と咳払いをし、黒竜の頭の後ろに跨っていたミラを見て言った。


「ミラ・ベルさん。一緒にパーティを組むようでしたら、貴女からいくつか――」


「無いんです」


 と、ミラが途中で口を挟む。


「はい?」


「受けられそうなの、無かったんです」


 すると、受付嬢は、


「そんなはずは――」


 と、手元の書類を確認していく。


「現在鉄級以下の冒険者で募集があるのは――[居住区]のゴミ拾いとかが……」


「手、これなんです……」


 黒竜はそう言って二対の巨大な翼を広げてみせる。


「……。でしたら、炭鉱の――……入れます?」


「無理です……」


 言うと、受付嬢は更に書類に目を走らせる。


「薬草採取の荷物持ちと……あ! [チェルン家]から収穫の手伝いの募集が――」


 黒竜は先程と同じように翼を広げ、持てないっすとアピールする。

 受付嬢はまた書類に目を落としながら、


「巨人用のマニュアルってどんなだっけ?」


 と先ほど顔を反らした同僚に声をかける。


「えっ!? ええ、と……。大抵は肉体労働系、と、荷物運びがメインだったはず……」


 黒竜はすかさず、


「荷物持てないんです」


 と口を挟む。

 これが、大問題であった。

 ギルドによる依頼はかなり厳しく階級が裁定されており、違う階級の冒険者と組んだ場合は人数を問わず低い者に合わせられる、最低ランクの鉄級では討伐系の依頼や採取依頼は一切無く、必ず別の誰かの手伝いという形を取っている。

 言うなれば、鉄級はただの見習いであり、二つ上の階級である銅級からようやく街中の害獣駆除を受けられるのだ。

 最も、その害獣駆除も狭い箇所に入るため黒竜では不可能なのだが。

 そして、ややあって受付嬢から言われた言葉が、


「け、掲示板に無ければ、受けられる依頼は無いと思われますので……」


 という元の世界でも良く聞いた『棚に無ければ無い』論であったので、黒竜は内心落胆しながら引き下がった。

 黒竜は二対の翼と後ろ足を使ってえっちらおっちら鉄級用の依頼看板の前に向かう。

 ありがたいことに字は読める。

 だが読めたとしても、受けられる内容は一つも無いのだ。

 戦闘系は皆無であり、どれも手伝い、手伝い、掃除、手伝いと手を使うものばかりである。

 これが、大きな岩の除去だとかそういう依頼ならば可能だったかもしれない。

 だがご丁寧にも鉄級への依頼は物理的な意味でも小物ばかりであり、それはある意味黒竜にとっての天敵である。

 ふと、首の後の上でミラが言った。


「いやー、想定外でしたねー」


「うん……。キミの時はどうだったのだ?」


 問うと、ミラはうーんと考え腕組みをする。


「わたしも相当苦戦しました。十歳だったので……」


「めっちゃ若いな……」


「ええ。ですから鉄の一つ上の鋼鉄級に上がるのだいぶかかっちゃって……」


「いやぁ、でも……十歳、十歳か……」


 なんだか壮絶な人生を送っていそうな気がして黒竜は黙り込んだ。

 そうか、この子は妹と同い年の頃から冒険者をやっていたか……。

 親もなく、天涯孤独の身で、十歳。


 何だかいたたまれなくなった黒竜は、家族へと思いを馳せる。

 妹には、父と母がいる。まだ、救いはあるのだ。

 父と母には妹がいるし、お互いに支え合ってくれるはずだ。

 ……心配しているだろうか。

 いや、当たり前だ。

 そして、必死に探してくれている。

 だから、一刻も早く戻らねばならないのだ。


 だが――こうも考えてしまう。

 親も兄も無く育っていたら、妹もミラのように孤独だったのかもしれない、と。

 知ってしまえば、情は沸いてしまう。

 本当だったら、何かの間違いでしたすみませんでさくっと元の世界に戻りたかった。

 だが人となりを知ってしまえば、それどころかパーティを抜け、拠り所を無くしてしまった彼女を見捨てて、など――。

 それは、人としての矜持だと考えている。

 即ち、仮に元の世界に戻れたとして、父と、母と、妹に会えたとして。

 知らない世界のあの子やあの人を見殺しにしてきました、見捨てて来ました、苦しんでいるところを無視してきました、ただいま! なんてことは言えないし思うことすらできないのだ。

 これを弱さだとは思いたく無い。

 黒竜は、胸を張って帰りたいのだ。

 そしてできれば、笑い話であり、今にして思えば良い経験だったと思えるようにしたいのだ。

 そんなことを考えていると、背後から先程の受付の女性が申し訳なさそうにゆっくりとやってきて、


「あ、あのぉ~、ありました……?」


 と白々しく首をかしげた。

 その女性は一枚の紙を手に持っており、依頼をわざわざ持ってきてくれたのかと黒竜は表情を明るくさせたが、すぐに違うのだと気付かされる。

 女性がその紙を見ながら言う。


「ええ、と。黒竜、さん? お名前が黒竜、で合ってるんです? 種族名、とかではなくて?」


 登録用紙のようなものなのだろう。黒竜は落胆しつつ答える。


「名前思い出せなくて。後からその名前で登録しなおしたことはミラ君から聞いてます」


「ご記憶が――」


 言葉をつまらせた受付嬢であったが、それでも彼女は書類を見ながら質問を続けた。


「ええと、黒竜さんは何故冒険者に? ブランダークさんたちの危機を救ってくださったと聞いております。でしたら戦闘に関してはかなりの実力があるように見受けられますが」


 そう思うのなら鉄からランク上げてくれ、という言葉を飲み込む。

 ちなみに鉄の上が鋼鉄級で、銅級への昇級試験を受ける権利が得られる階級となる。

 その上が青銅で、銀級への権利、という仕組みになっている。


「うう、む。なんと言えば良いのか……」


 とつぶやいてから黒竜は考えながら言う。


「この……ええと、世界。というか、人間社会、と呼ぶべきなのかもしれないが……」


 ふと、受付の女性が居住まいを正し真剣な顔になる。

 首の後ろのミラが何かを察し、静かに身を引いた。

 それに気づかないまま、黒竜は尚も続ける。


「私が強い、とか弱いとか、は、ちょっとわからない。

 だが、問題はそこでは無くて……こう、そうだな……

 世界には、あなた方が作った、ルールがあって、そのルールは完璧では無いかもしれないけど、

 きっと、少しずつ変えながら、みんなで一緒にやってきたのだろうとは、思います。

 ……合ってます?」


 問うと、受付の女性は静かに、


「ええ」


 と頷いた。


「良かった、ありがとう。で、そのルールを、私が横からやってきて、無理やり……

 私だけ例外にしてくれだとか、そういうのは……違うと思うんです。

 ルールを変えるのなら、ルールに則って変えるべきだと思うし、

 結局力で変えたルールは力で正されるものだと、考えていて……これは持論ですけども……」


 言いながら黒竜は尚も考える。

 ふと、戻ってきたばかりの冒険者たちの様子が目に入る。

 彼らは軽装の男性が一人、魔道士の女性が一人、治癒士の女性が一人、両手剣を背負った重装の男性、そして前の彼よりも更に重い鎧に身を包んだ三メートルはあろう巨人、計五人で形成された冒険者のようだ。

 彼らの装備は凹みや傷でボロボロであったが、皆表情は明るい。

 そのうちの一人の男性が、巨人の足をガツンと殴る。

 巨人がふと下を向くと、男性がぐっと拳を作り巨人に向ける。

 巨人が、フルフェイスの兜の中で微笑んだような気がした。

 その巨人も同じように拳を作り、少しかがむ姿勢になりながら男の拳に自分の拳を合わせた。

 魔道士の女性が受付の女性に向け、高らかに言った。


「聞いてー! 見つけたよ、誰も手をつけてない[聖石]! [ディサイド遺跡]にちゃんとあったよー!」


 すると周りにいた冒険者たちがわっと沸き立つ。

 ああ、そうか。

 黒竜は思う。


「私はきっと、歓迎されていないのだろう」


 それは黒竜の胸の内から思わず漏れた言葉であり、言ってから自分でそりゃそうだと苦笑する。


「いや、当然だ。明らかに私は異質な存在で……。ブランダーク殿とあなた方が、だいぶ無理をしてくれたように見えます。本当に、助かっています」


 黒竜は頭を下げる。

 受付の女性は黙ったまま黒竜の言葉をただ静かに聞いている。


「だから、余計にと言うべきか、私は……私の為にあなた方のルールを変えさせるのではなく、

 私があなた方のルールに則る必要があると、考えて、います。

 郷に入っては郷に従え、という言葉が、私の故郷にあって、良い言葉です。

 だから、私はあなた方のルールを壊すつもりはなくて、例外を設けさせるつもりもなくて。

 一介の……ただの冒険者として、やっていこうと思っていて……」


 受付嬢がふと、言った。


「それは何故――?」


 とても真っ直ぐな質問だった。

 何故、と問われ思わず黒竜は自問した。

 だが、答えはすぐに出てきた。

 簡単なことだった。

 [禁書庫]の知識が欲しい。

 だがそれは、何も最優先事項では無いはずだ。

 もう一つ――成すべきことはあるのだ。

 片方に行き詰まったのなら、そちらをこなしていけば良いのだ。

 黒竜は、言った、


「私は、人間になりたい」


 口にすると、少しばかり心が晴れやかになった。

 全く、何を迷っていたのやら。

 最初から目的は二つ。第一に元の世界に帰る、第二に人間に戻る。

 あくまでも[禁書庫]の知識はそのための手段に過ぎないのだ。

 [禁書庫]そのものを、目的にしてはならない。

 それは、やるべきことを自ら狭めることになってしまうのだ。


 同時にこなせば良い。

 今[禁書庫]に入ることを模索することが国の混乱を招くかもしれないというのなら、別の方法で知識を探すことだってできるはずだ。

 幸い、各地にはまだ未踏破の遺跡もあると聞いている。

 ……まだ、黒竜は試してすらいないのだ。

 やるべきことを、見失うな。

 そう自分に言い聞かせ、黒竜は決意を新たにする。

 受付の女性が、「ん」と静かに頷き、ポケットから小さな記章を取り出した。

 それは今、黒竜が角に無理やり巻き付けている鉄級の記章によく似ていたが、輝きは別物である。

 受付の女性が微笑んだ。


「銅級冒険者の階級章です」


 そう言いながら、女性は黒竜の首元にその銅で作られた記章をかけようとし、


「あ、やっぱり入りませんね」


 と微笑んだ。

 何が何だかわからず黒竜がしどもどしていると、首の後のミラが、


「わたしの時は半年かかったのに……」


 と唇を尖らせる。


「十歳の子供が半年でギルドの信頼を勝ち取れたことは異例だと聞いています」


 女性がぴしゃりと言うと、ミラはぷいとそっぽを向いた。


「あの、何がなんだかわからないのだけど」


 黒竜が口を挟むと、女性が微笑んだ。


「銅級までの昇級権限は、現場にあるんです。つまり、私達が、独り立ちさせても大丈夫だと判断した方にこの階級章を渡しています」

「ああ、そういう……。え、でも私なにもしてない」


 黒竜はあっちに行ったりこっちに来たりとたらい回しにされ、ミラと一緒に掲示板の前でぼやいていただけだ。

 しかし、女性は言う。


「ダイン卿から戦闘の詳しい報告は既に頂いています。

 白銀級のベテランが四人掛かりでやっと相手にできるレベルのゴーレムを五十体以上、

 単身で屠ったと。白銀級まで育ってくれた冒険者は貴重なんです。

 彼らの命と、そして――白金級冒険者の方々の遺体を無事運び届けてくださった。

 既に、貴方は、ギルドに大きな貢献をしてくださいました」


「それは――」


 黒竜は言いよどみ、少し考えてからすぐに続きを言った。


「偶然と、成り行きです。それに遺体の件を言い出したのはメスタ君で、私では……」


「ですが、あの場に置いて、貴方には断ることだってできました。見捨てるという選択肢だって。

 であれば、後はこうして貴方が本当に信頼に足る人物なのかを我々が判断する必要が……って、全く。

 ふふ、どうしてこっちが説得するみたいになってるんですか」


 受付嬢が呆れて首を振り、黒竜の角をむんずと掴む。


「え、あ、ちょ……」


「記章のサイズを調整しますので、来てください。ほらっ」


 黒竜は、半ば引きずられるような形で再び受付の前に連れて行かれてたのだった。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
― 新着の感想 ―
[良い点] 人間より人間らしい黒竜に惹かれました グイグイ物語に引き込まれます
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