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第127話:追跡

「……本当にたどり着いた」


 とつぶやいた艦長に向け、艦隊の総指揮を任されていたアンジェリーナが慌てた様子で怒鳴る。


「砲撃やめ! リディル・ゲイルムンドは生け捕りだと言ったでしょう!!」


 艦長はびくんと肩を竦め、しかし言った。


「で、ですが新剣聖殿ぉ……? 陛下のご命令は――」


「陛下の! お気持ちを察するのが務めでしょう!? 立場で言わざるを得ないのですから、我々がそれを――」


 ドラゴンたちから放たれた幾つもの灼熱の[言葉]か艦の[魔導フィールド]に直撃し、艦を揺らした。

 アンジェリーナはたまらずバランスを崩し、傍らにいたアリスが支えてやる。


 ふと、アリスは思う。

 アンジェリーナはとても良い子だけれど、人の上に立つ器は無いのだな。


 それは冷徹なものの見方である。

 もう十年、二十年すれば器としても可能性はあったのかもしれないが、彼女は[王]のことを好きで有りすぎるのだ。

 同時に、[ハイドラ戦隊]の面々にも彼女なりに大きな大きな期待をかけていたのが今になってわかる。

 裏切られたから、許せないのだろう。

 だから、彼女は些事に囚われている。


 同時に別のことも思う。

 魔人たちの位置を正確に把握できたユベル・ボーンという男。

 アリスは信用していない。

 既に、ある程度は調べがついている。

 確かに最初にダーン・レイブンを保護したのは、ユベル・ボーンの手の者だ。

 だが、直接尋問したのはマランビジー家なのだ。

 人の精神を[支配]する[言葉]。

 そのような概念。


 [王]は、[禁書庫]の鍵を開けられなかったことを、魔人フランギースに力を奪われたからだと言っていた。

 ならばそれは納得しよう。

 だが、その理屈では本来ならば[王]とマランビジー家で真っ先に行われるべき儀式が未だに執り行われないことの説明がつかない。

 [王]の側から儀式を告げられ、マランビジーが応えなければ、成立しないのだ。


 ――そのことを、知らないと見て良いのか。


 アリスは深く深く考える。


 ――あたしは今、[支配]されているのか……?


 [王]の――思想と呼ぶべきか、思考と呼ぶべきかはわからないが、数世紀単位で古くなっているという感覚がアリスにはあった。

 だが、世界からの反応は特に無く、いつもどおりの外交や人の往来が行われている。


 ――世界中の、ほぼ全ての生きとし生けるものが同時に[支配]されたというのか?


 そんなこと、ありえるのか?

 ならば、それに反旗を翻した者たちとの違いはなんなのだ?

 マランビジー家の当主だけに明かされた、マランビジー家専用の[禁書庫]には、どういわけだか白紙の本が幾つもあった。

 不自然なほどに、記述がすっぽり消えているのだ。

 しかし、それらの本はすり替えられたようなものでは無い。

 こちらで成分を調べても、間違いなく千年前から代々書き連ねてきた、当主から当主に伝えられるマランビジー家の歴史が記されているものだ。

 それが、白紙――?

 インクの感触も、匂いもしなかった。

 まるでアリスがその存在を、認識できないかの如く――。

 だが、決定的な瞬間は訪れる。

 ダーンから[支配の言葉]というものが存在する、即ち概念を聞かされてから、その箇所だけが白紙の本の中にぽつりぽつりと単語が記述されていたのだ。


 アリスは考える。

 恐らくアンジェリーナは聞く耳を持たない。

 思い込んだら一直線なのは昔から同じだ。

 他の元[ハイドラ戦隊]の面々も、今は裏切られたという怒りや悲しみが勝っている。

 彼女たちは未だに感情的だ。

 それは信頼の裏返しなのだろうが、まだ彼女たちは冷静な判断を下すことはできないだろう。


 ――こちらから、乗り込んでみるか?


 だが、どうやって?


「[紅蓮の騎士]、急速接近! 後方、ゲイルムンドの[魔導アーマー]とドラゴン!」


 索敵士が報告すると、艦長がすぐに言った。


「迎撃! 弾幕!」


 アンジェリーナが艦長に掴みかかる。


「まだ言うか……!」


「くああ……! ド素人のお嬢さんには引っ込んでいて頂きたく存じ上げますがぁ!」


 艦長が顔を真っ赤にして叫んだ瞬間だった。

 モニターにユベルの顔が映り込み、


『キャプテン、出撃の許可を――お取り込み中かな?』


 とどこか楽しげに言った。

 艦長はすぐにアンジェリーナの手を振りほどき、身なりを正しながら、


「いえ、ユベル・ボーン殿!」


 と前置いてから言った。


「ボーン商会のご党首殿をお預かりした身としては、後方にいて欲しいというのが本音であります」


『痛み入る。だが、性分でね。前へ出て、自分の目で確かめたいんだ』


「それは――結構なことでございます」


 どこか、艦長が懐かしむような表情になる。

 アリスの父も、昔はそういう子だったそうだ。

 既に軍用[魔導アーマー]を着込んだ騎士たちが各艦から発進している。

 百人を超える、正規の騎士団に加え、更に追加で[王]が直接引き入れた二百人の追加の兵らが、[魔導アーマー]を使わず自力で[飛翔]の魔法の輝きを放ちながら自在に宙を舞う。

 特徴的な漆黒の甲殻。唇は無く牙をむき出しにした獰猛な頭部。

 昆虫と人と肉食の獣が混ざったような彼らは、[黒殻兵]と呼ばれている。

 千年前、[王]と共に魔人ビアレスを撃った者たちの末裔だというが――。


 その[黒殻兵]をまとめ上げる、彼らにとっての[王]が未だに出撃していないことに気づく。

 艦長がユベルに向け言った。


「貴方は出資者でもあります。これ以上お止めすることもできますまい」


『感謝する、キャプテン。――ユベル・ボーンは出撃させていただく。最新の[魔導アーマー]も試してみたいのでな』


 ふと、思う。

 昔一度だけ、ユベルという男と他の貴族らの会話を盗み聞いたことがある。

 もっと軽薄そうな飄々としたイメージを持ったのだが……こんな男だったか……?

 最後にユベルが、


『ゲイルムンド卿の生け捕りとやら、善処して見ましょう。アンジェリーナ・ミュール・アーリーエイジ殿?』


 と言って通信を切る。

 だがアンジェリーナは、


「良くもぬけぬけと……!」


 と吐き捨て、更にまくしたてる。


「[黒殻騎士団]の団長とか言う、ダグラス・グリムは何をしているか!」


 巨人族と見間違うほどの巨体と、特徴に漏れず漆黒の甲殻に身を包んだその男は、未だに格納庫で暇そうにしているようだ。

 帝都襲撃の際、街を守った流れの傭兵とのことだったが――。


「陛下に拾って頂いた恩を、返そうとは思わないのか……!――アリス!」


「ひゃ、ひゃい!」


 唐突に呼ばれ、アリスは素っ頓狂な声を出す。


「私も出るから、ここはお願い。ちゃんと、ね!――ルーナは真っ先に出たんだから……!」

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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