第2-3話 凄腕交渉人、トーリの名物カニを堪能する
「アレン……ミア、ミア……もう我慢できない!」
ミアがよだれを垂れ流しながらカマドの上に乗せられた”ソレ”を見る。
まあ待てミア。 出来上がりにはあと数分……このガマンが最高のスパイスになるんだ!
「うう、ミア……がまんする」
ふふ、いい子だ……俺は思わずミアの頭を優しくなでる。
そういう俺も食べたくて仕方ないが!!
俺たちはトーリ名物の海産物……”カニ”を使った珠玉の料理……カニ鍋が煮えるのを今か今かと待っていた。
*** ***
「カニ~? アレン、それって焼いて食べるものじゃないの?」
ここはナゴの街のバザール。
色とりどりの野菜や果物、新鮮な肉などを売る露店が並んでいる。
その中で”トーリ名物”としてひときわ目立つ場所に店を構えるのは……
甲羅の幅が30センチはあろうかという、甲殻類の王者……カニを売る店である!
ミアが言うとおり、この国ではカニを焼いて食べるのが普通……それも脚がメインで、甲羅の部分は身をほぐすのが面倒なため、缶詰にするか、捨てられてしまう事も多いらしい。
……なんともったいない!
昔、フリーの料理人として数々の貴族の館を巡っていた経験があるこの俺が、東方より伝わりし新たな食べ方を伝授しよう……それは、「鍋」である!
「”なべ”~? それって、ミアが得意なシチューと何が違うの?」
ミアは初めて聞く言葉に不思議そうな顔をしている。
「そうだな……シチューはじっくり弱火でコトコトな煮込み料理……それに対して鍋は、具材をさっと煮て……新鮮な素材のうまみを楽しむ調理法だな」
「ふむふむ……」
俺とミアはバザールでその他の材料を買い込むと、街の郊外に俺たちの魔法コテージを出現させる。
宿屋の部屋には、調理設備がないからな。
俺とミアは具材の白菜、春菊、ニンジンを一口大に切るとボールに盛り付ける。
金属製の鍋に(本当は土鍋が良かったが、この地方には売ってないので仕方ない)水を張り、昆布を一枚入れ、お酒、ソイソースを加えて軽くひと煮立ち。
「そしてこれがポイントなんだが……」
軽くあぶって香りを引き立たせた”カニミソ”を鍋の汁にたっぷりと溶かす。
「わわっ!? アレン、その黒いの……食べられるの? あ、でもいいニオイ……」
ふふ……”ミソ”を食べる文化はこの国にはないからな……だがこれが良いダシになるのだ……。
俺は脚、胴体含め、ぶつ切りにしたカニと野菜類を鍋に入れ、ふたをする。
そのまま沸騰したら弱火にして5分ほど……。
さあ、炒め”カニミソ”をアクセントにした、珠玉の”カニ鍋”が完成だぜ!
「ふわあああっ♪ いいニオイ~! それにカニが真っ赤に茹で上がって……目にも鮮やかだね!」
目をキラキラさせながらカニ鍋を見つめるミアがカワイイ。
ふふ……メシの顔をしやがって……
「よし、冷めないうちに食べようぜ!」
「はーい、アレンにはおっきい脚を入れたげる!」
一番デカいはさみの部分をお椀によそい、俺に手渡してくれるミア。
ああ、なんていい子なんだろう……。
「それじゃ、いっただきま~す!」
「はふはふ……あっつーい! でも……ん~~ほんのり香ばしくて……やわらかな身をかみしめると、じゅわっと染み出るおだしが……最高だね!」
瞳の中にハートマークを浮かべながら、カニ鍋を堪能するミア。
そこまで美味しそうに食べてくれると、作った甲斐があるというものだ。
さて、俺も頂くか。
そこから俺とミアは、はふはふと美味しいカニ鍋をたっぷりと堪能するのだった。
……カニを食うと無口になるよな。
「はふぅ~美味しかったぁ~」
満足げな息を吐くミア。
鍋の中には腹の部分の身がいくつかと、野菜の切れ端が残っているだけだ。
俺も酒を飲みながら堪能したが……くくく、ここから最高の”楽しみ”が待っているとも知らず……その可愛い顔が驚愕に染まる様が楽しみだぜぇ……!
俺は邪悪な笑みを浮かべると、ミアに声をかける。
「くくく……ミアよ。 まだまだ満足させねーぞ……最後のシメが残っているんだからなぁ!」
「……えっ!? アレン、それは……固めに炊いたご飯と……溶き卵っ?」
ミアの両目が驚愕に見開かれる。
俺は呆然とするミアの目の前で、鍋の残り汁にご飯を投入、塩を一振り……鍋をひと煮立ちさせると、最後に溶き卵をかけ、混ぜる。
半熟気味になるようにするのがコツだ。
「お、おおおお! こ、これわっ!」
黄金色に輝く、”カニゾースイ”……俺は器にゾースイをよそうと、ミアの前においてやる。
「ごくり……これはまた、悪魔的なっ!」
ミアの震える手がスプーンを握り、ゆっくりとすくった黄金色の塊をそのカワイイ口に運ぶ……。
「ん……はむっ」
「!! ~~~~♪♪」
言葉もなく悶絶するミア。
くく、カニ鍋最高の楽しみ、”カニゾースイ”の威力にKOされちまったようだな!!
*** ***
「ふわわ~、最高だったよアレン! ありがとう!」
片付けを終えた俺たちは、焚火の前に座り、余韻に浸っている。
ミアは俺の膝の上に座り、俺の胸にもたれかかっている格好だ。
ふふ……かわいいやつめ……思わず父性全開になった俺は、ミアの頭を優しくなでながら、ぎゅっと彼女を抱きしめる。
「えへへ、美味しいご飯に優しいアレン……本当にミアを買ってくれてありがとね!」
くつろぐ俺たちを三日月が優しく照らしていた。
……余談になるが、俺が書き記したカニ鍋のレシピはトーリ地方で大評判となり……レシピの発案者として莫大な謝礼金が俺たちに支払われたのであった。
くく、俺たちのスローライフがさらに捗ってしまうな!