不老不死の真実 その二
名無しの権兵衛が女性の言葉を遮り、女性の代わりに不老不死の真実を呟くと、その途端に女性の表情は凍りついたかの如く固まった。
何故誰もその事実を告げていないのにも関わらず、いったい全体どうして不老不死の欠点を知っているのだと、女性の顔にはそう書いてあるが如く、分かり易い程にその驚愕の色が現れている。
そしてその驚きは名無しの権兵衛の相棒も同じであり、居ても立っても居られないとばかりに口を挟む。
「待て! それはどういう意味だ!?」
「残念だけどよ、どうも不老不死というのは無理そうだぜ」
「だからそれは何故だ!? 現に彼女達は、いや、店主も含めて全員が不老不死なのではなかったのか!?」
そう、その通りだ。実際、マスターが裏切り者と罵っていた闖入者達も致命傷を受けていても短い時間に治癒していたし、彼女達本人が千年以上も生きていると告げたのだから、不老不死に至る手段が確かに存在している事を証明している筈だ。だからこそケンゴウの言葉は道理であり、決して間違っていない様に思える。
しかしながら、名無しの権兵衛は心底残念そうな表情で否定的な言葉を告げ始めてしまう。
「此処に居る女性達は確かに不老なんだろうよ、それは否定しない。でもな、彼女達の肉体が不老不死ではないと教えてくれてるんだ」
「何!? だが……」
「あぁ、お前の言いたい事は理解してる。だが、それでも真実はそうじゃねぇんだよ。
一つずつ説明していこうか。先ずは地下室へと乱入して来た者達の素性はと言えば、マスターが裏切り者と罵っていた事から察するに、十中八九仲間なんだろう。それが何かしらの理由があり、仲違いした。……まぁ、その辺は乱入者達が装備していたトンプソンを鑑みるに、恐らくCIAと手を組んだんだろうな。
で、何故CIAと組んでまで裏切ったのかが俺は気になった。欲に目が眩んだのか、はたまた別の理由なのか」
「それがどうした? 私が知りたいのは、不老不死についてだ」
誰が裏切っただとか、誰が仲間なのかとか、そんな事どうでも良い。今は不老不死の事が何よりも重要だ。そう考えるケンゴウは、名無しの権兵衛の話を聞く必要も無いと断じてしまう。
だがしかし、物事には順序というものがあり、望んでいた不老不死が存在しない事を理解して貰うには、一から十まで聞いて全てを理解して貰わなければならない。そうでなければ、結論だけ伝えても今の興奮したケンゴウでは十全に理解してくれるとは思えなかった。
だからこそ名無しの権兵衛は、興奮した様子のケンゴウを落ち着かせる為、意図して声色を静かなものへと変化させて言葉を続ける。
「まぁ待てって。俺の説明を十全に理解してもらうには順序が大切なんだからよ。そして俺の話を最後まで聞いてくれれば、その時にはきっとお前も納得する筈だ」
「…………………」
渋面を浮かべて沈黙するケンゴウを見て、名無しの権兵衛は苦笑しつつ話を続ける。
「俺は乱入者達の正体がマスターやこの美人さん達とは別の組織、或いは手下の手下とかじゃねぇかって睨んでる。その理由は単純明快で、不老不死の効果が美人さん達とは違うからだ」
「効果が違う………?」
「そうだ。乱入者達は致命傷を短時間に治癒させる異常な身体機能を有していた。これは間違いない事実だ。俺がこの目で確認したしな、揺るぎない事実ってやつなのは間違いない。しかし、不死ではあっても不老ではないんだろうよ。
その根拠は彼女達だ。乱入者達に銃で撃たれた者は、未だにその傷が治癒していない。ぶっちゃけ、俺が治療しなかったら五人は死んでたぜ?」
地下室での出来事とアジトに移動してからの事を思い返しているのか、ケンゴウは数拍の間を開けて納得した様に頷きつつ口を開く。
「確かにそうだったのは認めよう。だが、何故効果が違うと分かる?」
恐らく地下室からの出来事を思い返す内に落ち着いたのか、ケンゴウは比較的冷静な口調に戻っていた。武術家ならではの素早い思考の切り替え方があるのか、はたまた名無しの権兵衛が落ち着かせる様な口調で話していたからなのかもしれない。
それを見て名無しの権兵衛は、今のケンゴウなら充分に事実を冷静なまま受け入れられると認識した。そしてその事にホッと胸を撫で下ろしながら、縛られたままの状態で床に座っていたり横になっていたりする女性達へと、名無しの権兵衛は意図的に視線を移し説明を再開する。
「防人とかっていう一族で先祖代々不老不死という秘密を守っていた筈の仲間が、何故突如として裏切る? それを考えた時、そして彼女達と乱入者達の身体機能の違いを鑑みた時、自ずと答えに辿り着いた。
要は、不老か不死かのどちらかしか得られない訳だ。そこに居る彼女達と未だに眠っているマスターは不老。そして、乱入者達は不死。
その結果、不死とは言え老いには逆らえない立場の防人達が、不老を求めて組織を裏切った訳だ。恐らく、不老の者達が立場が上で、不老か不死かのどちらかの力しか得られない事実を秘匿している為、それを知らずに不老の力をも手中にしようと考えたんだろう。
不老と不死のどちらが欲しいかと考えれば、まぁ俺としちゃ不老の方が好ましいしな。こう考えると、秘密の防人一族が仲違いしたとしても充分に納得出来るだろ?」
既に少ない情報からマスター達へと辿り着いた手腕を知っているだけに、ここまで論理的に説明されるとケンゴウには反論の余地は残されていなかった。
苦虫を噛んだ様に渋面を浮かべ、ガックリと項垂れるケンゴウの落胆ぶりから見るに、どれだけの悔しさなのだろうか計り知れない。最初に名無しの権兵衛から話を聞かされた時は半信半疑だったに違いないだろうが、こうして不老不死への一歩手前まで来て不完全な不老不死しか得られないとあっては、きっと当選していた宝くじを目前で燃やされたに等しい気持ちなのだろう。
そんな落胆ぶりを見せるケンゴウであるが、視線を向けられ秘密を淡々と言い破られていた女性達の方はケンゴウ以上に感情を複雑に揺さぶられていた。それこそ、永い時を不老不死という秘密を守る為に粛々と努力し続けていた面々にとっては、全てとは言わないが少なくない秘密が暴かれて忸怩たる思いに支配されていたとしても不思議ではない。
驚愕の事実に落胆する者、秘密を易々と暴かれてしまった者達、どちらも驚愕して言葉を失ってしまった事で、不思議な程に室内が静かになった。今や室内に響く音は、薪が燃えるパチパチッという小さな音だけである。
そんな中、先程まで名無しの権兵衛と会話していた女性が、滔々と言葉を紡ぎ始めた。
「……そこまでバレているとは思いもしなかったわ。ここまで秘密が露見したのは、道真公以来よ」
「道真公? もしかして、謀反を企てたとかって有名な菅原道真の事か?」
「えぇ、そうよ。あの方は、我々の一族が抱える秘密に気付いた有能な人物だった。それこそ貴方のように、ほんの些細な事から我々の秘密を暴いたの。そして、その秘密を自分の胸だけに仕舞っていてくれた、墓に入るその時までね」
どこか遠くを見る様に語る女性の横顔を見て、名無しの権兵衛は知らず知らず見惚れた様に見入ってしまう。元々美しい外見をしている女性だったが、菅原道真を語るその様子には言葉にし難い魅力で溢れていた。
当然そんな女性を見て気付かない程に鈍感な人間ではない名無しの権兵衛は、見惚れつつも優しく微笑む。
「おたくと道真公は知り合い以上の仲だったんだな」
「そうね……。えぇ、そうだったわ。私は彼を心から愛してしまった。そして、彼もそんな私を愛してしまったの。
だから彼は不老不死の秘密を尋ねられても朝廷には隠し通し、その結果何をしても答えない道真公に苛立った者達は、道真公が謀反を企てたという事実無根の嫌疑を掛けてしまったのよ」
隠された歴史の裏側を聞いて驚かない者など居やしない。なまじ聞いて学んだものと違えば、その驚きは尚更である。しかも、その時の当事者からの告白だ。
不老不死が不完全という事で落ち込んでいたケンゴウですら、その歴史の裏側を聞いて驚く程だった。勿論、名無しの権兵衛も同様である。
「流石は永い時を生きてきた美人さんだ。恋する相手も尋常じゃないね」
「……私の名前は月夜。貴方の名は?」
「相棒の名はケンゴウ。で、俺の名は名無しの権兵衛、宜しく」
「名無しの権兵衛?」
整った眉を寄せて、小首を傾げる月夜。一つ一つの仕草が絵になってしまう様な美人が、豊かな香りを振り撒くワインの如く妖しい雰囲気を魅せる。勿論、本人にそんな意図は無いのだろうが、自然に滲み出てしまうものがあるのだ。
誰しもがその妖艶な魅力に魅了されてしまうのだろうと、そう思わず考えてしまう程に美しい月夜。遥か昔に愛してしまった恋人を語っていた直後だからなのかもしれないが、彼女の魅力が更に増したかの様だった。
それに対して名無しの権兵衛は、少しおどける様な仕草でもって月夜との心の距離を短くしつつニカッと笑う。
「ニシシシ。俺の知り合いは、俺の事を名無しの権兵衛と呼ぶ。だからそう名乗るようにしてるんだけっども、結構気に入ってんだよ」
「貴方は掴みどころがない人なのね」
「ミステリアスなのが売りでね」
愛した嘗ての恋人と重ねているのか、月夜の目はキラキラと輝いて見えた。それは瞳孔が開いている証拠であり、月夜が名無しの権兵衛に異性として惹かれている証拠でもある。
自身が好ましいと思える異性を目前にした時、人間は自然と瞳孔が開く。これは生物としての本能であり、逃れられない現象だ。
今回は目と目が合って恋に落ちるという古典的でいて魔法の様な出会いではないが、それでもある意味では喜劇の様な出会いであると言えるだけに、これも刺激的な恋の始まりとしては悪くないのかもしれない。
そんな風に名無しの権兵衛と月夜の二人が内心で素直に思える雰囲気の中、至極不機嫌そうな声が響く事で二人の甘い雰囲気が崩れた。
「やれやれ。……目が覚めると、何故か部下の一人が秘密を暴いた者と恋仲になっているとはね」
いつの時代も、どんな場面でも、恋する者達には邪魔をする障害物やそれに類する様な者が一人や二人は存在するものである。愛には常にそう言った無粋な存在が居るものなのだ。
しかし、それが自分の上役であるのかと言いたげな月夜は大きく溜め息を吐いた。その一方で月夜の上役には上役で、言いたい事の一つや二つあるのが正直な思いだった。
部下の月夜とは千年以上を共に防人の一族として秘密を守って生きてきた仲なのだから、恋の一つや二つ応援するのも吝かではない。だが、その相手が現在自分達を縛っている相手なのなら話は別だ。裏切り者達に撃たれた仲間の女性達も治療されている様に見えるが、それでも不老不死の秘密を暴いた者達なのだ。それ故に、出来れば恋する相手は選んで欲しいというのが本音なのだろうという事は誰でも察せられる。
「部下を口説くのはやめて欲しいね。……それで、店での出来事からどんな風になっているのか聞きたいのだが、宜しいかな?」
今まで気を失っていたのだから、当然現状を把握したいという気持ちは充分に理解出来る。もっとも、部下と名無しの権兵衛が男女の雰囲気を醸し出しているのだから、そんなに悪い状況では無いと理解はしているのだろうが、それでも少なくない不安を抱いていたとしても不思議ではない。
しかしそんなマスターの言葉を否定するかの様に、ケンゴウが低い声で語り始める。
「店主、はっきり言っておくぞ。貴様はこの拠点に着いた時には起きていた筈だ。呼吸が寝ている者とは違っていたからな、私には狸寝入りなど通じない」
「全く………。君達は本当に何者なんだ? 武力は異常だし、軽々と秘密を暴くし、防人として永い時を生きてきたが、君達程の人物は居なかったよ」
心の底から降参した様子で天井へと視線を向けたマスターは、力無くそう呟いた。名無しの権兵衛とケンゴウの二人を相手に、もう何をしても自分優位に出来る機会は決して無いのだと、そう素直に認めた様に見える。
世の中にはこれ程に規格外の人物が居るものなのだなと、そんな風に考えるマスターは苦笑しつつ、しかし本来の口調に戻して、真面目な様子で言葉を続けた。
「某の名は、明智氏郷。遥か昔から国の中枢に仕えていた血筋で、平安時代に分家の当主に就いて以後、防人となり秘密の守護者として粛々とその任についておる」
「明智っていうと………もしかして、明智光秀の親戚とかって言わねぇよな?」
「親戚と言えば親戚であるが、向こうの明智家が京都を出てからは交流など皆無だった故に、光秀の事は歴史で習った君達と然程変わらぬくらいにしか知らんよ」
「いやいや、こりゃまたスゲェ話だ。歴史のビッグネームがこうも出てくるとはね」
明智氏郷とは別の意味で降参した様子の名無しの権兵衛は、それこそ呆れた様に溜め息を吐く。永い時を生きていれば確かに歴史に名を残す人物と知り合いになる事もあるのかもしれないが、短時間にポンポンと出てくるにしてはビッグネーム過ぎるというものだ。
「それで、貴殿達はどうしたいのだ? 不老不死になったら、我々を殺すのかね?」
「何でよ?」
「何で、とは? 生かしていても必要無かろう?」
「いや、殺す必要も無いでしょうよ。何せ俺とケンゴウの目的は、不老不死になる事。もっと細かく言えば、俺は世界を自由に巡って悠久の時を冒険していたかったから永遠の命が欲しかった。そしてケンゴウは、武術を極める為に永遠の命が欲しかった。
それだけが本心からの望みで、だからこそ不老不死の秘術を独占したいとか考えてる訳じゃねぇのよ。事実、アンタ達を殺すつもりは微塵も無いし」
あっけらかんと本心を告白した名無しの権兵衛に、明智氏郷や月夜達はポカンと口を開いて呆然とした。その理由は馬鹿でも分かる。
もしも不老不死の秘術を我が物と出来るならば、極端な話になるが世界を征服する事すら可能となるだろう。或いは、不老不死の秘術を餌にして、沢山の富豪から大金をせしめる事も容易だろう。それなのに、それらの欲は一切無いと名無しの権兵衛は言いのけたのだ。
それを考慮すれば、明智氏郷や月夜達の様にポカンと呆けたとしても不思議ではない。寧ろ、名無しの権兵衛とケンゴウの二人が正気なのかと疑うくらいはするのが普通の反応というものだと言えるだろう。
「フ、フフフ、ハッハッハッ!」
「何? どうしちゃった訳よ、馬鹿笑いなんかして?」
「これが笑わずに居られようか! 超絶な力を目前にして、永遠に冒険していたいだとか武術を極めたいだとか、欲が無さ過ぎるではないか!」
「いやいや、永遠の命が欲しいっていう欲があるんだけっど?」
「フフフ、確かにな。……しかし、それは誰もが願う事の一つに過ぎん。秘術を使用して更なる欲を満たそうと思えば、それが簡単に叶うと言うのに、それを欲しないとは可笑しな奴だ!」
充分欲深い人間だと自分達の事を自己分析する名無しの権兵衛とケンゴウは、明智氏郷の言葉に理解出来ないと言いたげな様子で小首を傾げた。
するとその仕草を見た明智氏郷が、更に大笑いする。それこそ顎が外れんばかりの大口で笑ったのだ。その姿はまるで、老人が若者の性格を気に入った結果アレコレと世話をしてやる様な、そんな時の老人の様に瞳の色を変化させ、明智氏郷は大笑いしたのである。
そうして明智氏郷が大笑いしていると、それが伝染したのか月夜達もクスクスと笑い始め、結局暫くの間は防人の一族達の笑い声が続く事になる。
ストーリーの評価や文章の評価をお願いします。
何が悪いのか、何が良いのか、その判断基準が欲しいのです。
こういう作品は、なろうでは好まれないのでしょうか?全く読者からの反応がなく、些か困っておりますw