不老不死の真実 その一
名無しの権兵衛の少し間の抜けた驚愕の声が響く中、素早く対処したのはケンゴウだった。対峙していたマスターを一旦放置して、まるで何事もなかったかの様に立ち上がった乱入者達に向かって徒手空拳で攻撃し始めたのである。
華麗でいて稲妻の如く繰り出される拳の連撃や、竜巻の様に全てを蹴散らす回転蹴りを敵へと見舞った結果、全ての乱入者は軽々と昏倒してしまった。まさに無敵、といった様相のケンゴウである。
戦略的撤退の意図が伝わらず驚き、次いで軽々と女性達を昏倒させた手腕に驚き、そして最後は致命傷で倒れ伏していた筈の乱入者達が何事もなかったかの様に立ち上がった事に混乱し、然れどその乱入者達が意図も容易く昏倒させられた姿を見て、この短い間に何度も驚愕した名無しの権兵衛は事実の認識に諦めた様子で大きく溜め息を吐いた。
コイツはまさに化け物だ、同じ人間とは思えない、人間の枠を越えた何かだ、等々、溜め息と同時にそんな考えも息と共に吐き出す。
「強いのは知っていたが………いや、強いのを知っていたからこそ相棒にしたんだが、ここまで凄いとは思わなかったぜ。大したもんだよ、お前」
名無しの権兵衛から贈られた心からの称賛の言葉に、ケンゴウは特に反応したりせず、当たり前の事を言うなと言わんばかりの様子でマスターへと警戒を込めた視線を送る。
すると名無しの権兵衛は、その姿を見てプライドの高い奴だと思い苦笑しつつ、ゾンビの様に立ち上がったきた者達の検分を始めた。致命傷を受けて何故立ち上がる事が出来たのかを、その理由を見極めんとしているのだ。
先ず最初は手近に倒れている乱入者で、記憶が確かなら武装した女性に刀で胸元をバッサリと斬られた者になる。普通なら致命傷であり、放っておけば五分もしない内に出欠多量で死ぬ大怪我であったのは間違いない。
刀で斬られ血に濡れた服の穴を開いて素肌を見た名無しの権兵衛は、その途端に深い皺を眉間に寄せた。
「おいおい、これはどうなってんだ? コイツは刀で斬られた筈なのに、肌は無傷だぜ?」
驚愕と困惑が交ざった声色で呟いた言葉に反応して、マスターへと一応の警戒をし続けるケンゴウが疑問の声をあげる。
「無傷? 鎖帷子でも着ていたとかか?」
「いや、血を流した形跡は残ってるんだが、まるで最初から斬られてなかったかのように無傷なんだよ」
「それじゃあ、まさか!?」
「あぁ、この乱入者達は全員が不老不死って事だろうな。つまり、そのマスターのお仲間って訳だ」
名無しの権兵衛とケンゴウの視線が、ただ一人無事な姿で立っているマスターへと集中した。
目的の不老不死へと至る為の手法を知っているだけじゃなく、彼自身も不老不死へと至った希有な者になる訳なのだから、最早絶対に逃がさないとばかりに二人はマスターを睨む。
「き、貴様らは何者なのだ!? 圧倒的な武力を持つ者と、深い知識と小さな物事でも見逃さない洞察力を持つ二人。貴様らは、いったい………ッ!?」
絶対的優位が無くなった今のマスターは、ワナワナと手足を小刻みに震わせながら抱いた疑問をそのまま口にしてしまう。別に答えが返って来るのを願っての質問ではなく、規格外過ぎる者達を見て純粋に混乱の極致へと達しているからこそ出た独り言である。
しかしその質問に二人が返答するより早く、マスター自身が答えを導き出した様で悲鳴にも似た声音で叫んだ。
「そ、そういうことか! 我々と同じ防人の一族なのだな?!」
防人という単語に怪訝な表情を浮かべるケンゴウ。知らないからこその反応だというのは、見ていて明らかである。
だがそんなケンゴウとは正反対に、名無しの権兵衛はえらく嬉しそうにニヤリと笑う。此方は知っているからこその笑みなのか、ただ好奇心に突き動かされた故の笑みなのか、はたまた全く別の感情故なのかは判然としない。
そんな両者に見詰められる中、マスターは混乱しているのか更に言葉を続ける。
「此処は我々が守護する場所! 同じ防人だとは言っても、それは不老不死とは全く別物の秘宝の防人だろう! どうして我々に接触してきたのだ!」
ケンゴウの圧倒的過ぎる武力と、どこまでも見通す様な圧倒的過ぎる洞察力を持つ二人と対峙して、マスターは完全に冷静さを失っている様だ。このまま放っておけば、きっと気になるワードが次々に聞ける事になるかもしれない。
そう考える名無しの権兵衛はこの状況を維持しようかと考えるが、ケンゴウが昏倒させた者達が再び立ち上がり攻撃してくる事になれば面倒だと思い直し、ケンゴウへと視線だけで考えを伝え始める。
━━━マスターを拉致るぞ!
━━━了解した!
互いに頷き合う事で意志が統一された事を認識した後、名無しの権兵衛はケンゴウが素早くマスターを気絶させるだろうと考えつつ、他の面々が目を覚まさないかの警戒に入る。
しかし何故か、ケンゴウは自身が昏倒させた手近な女性二人をそれぞれ両肩に抱えると、一階へと続く出入り口に走り始めてしまう。
「へ? ちょちょ、ちょっと待てっつうの! そうじゃないでしょうよ!」
一瞬何がどうしたのか理解出来ずポカンとする名無しの権兵衛だったが、視線だけで意志の疎通を図って失敗したのがつい先程であった事もあり、二度目の今回はすぐに立ち直りケンゴウへと苦情を伝える事に成功した。
しかしながら、言われた方は何について文句を言われているのか分からず、怪訝な表情で名無しの権兵衛に振り返り、心底疑問げに小首を傾げるだけであった。その仕草と表情は、まるで名無しの権兵衛こそが間違った事を言っているとでも言わんばかりで、まるでコントでもしているかの様に見えてしまう程には滑稽である。
「いや、お前がおかしな行動を取ってるんであって、俺は変な事を言ってないからな! 無言の抗議か何か知らんが、その顔やめろっちゅうの!」
「……闖入者が目覚める前に場所を移したいのだろ?」
「そうなんだけどよ……。手下じゃなくて指示する者を拉致るのが普通じゃね?」
「話が聞ける相手が多いに越した事はないと思うが?」
「いや、そりゃまぁそうなんだけっども………。はい、もういいです。俺が間違っておりましたです。ケンゴウ君は美人さん達を宜しくお願いしますよ。俺は色気の皆無な親玉だ」
ケンゴウの意見に一理あるのは明白で、それ故にケンゴウを説得する事を完全に諦めた名無しの権兵衛は、未だに混乱しているマスターの首を絞めて手早く気絶させた。ケンゴウ程の達人ではないにしても、これぐらいの所業は御手の物と言った感じだ。
そして力無く倒れ込むマスターを肩に抱えて一階へと運び、酒場の外にある闖入者の物と思わしきトラックの荷台に押し込み、再び地下室で昏倒中の女性達全員を同様に運ぶ。因みに、闖入者達に撃たれた女性が五人居るので、その者達には一応の応急処置を施す。
そうして夜逃げの様に闇夜の中で素早く行動し、最後にトラックの鍵を闖入者から奪うとエンジンを掛けて小樽から逃げる様に出発した。
目的地は、名無しの権兵衛がコツコツと泥棒家業で稼いだ金を使って用意していたアジトの一つである。アジトを用意したのは、名無しの権兵衛が利用する昔からの知り合いである道具屋。
泥棒が盗む事を仕事とする様に、泥棒が使用する工具や変装道具を用意したり、時にはアジトすらも用意するという仕事を生業にする者達も居て、そういう裏家業の者に名無しの権兵衛が注文していたのだ。何があるか分からないし、今回の仕事は大きな仕事となるのは明らかであった為、念には念を入れて用意していたのである。
そのアジトは小樽から百五十キロ離れた山の中で、そこには名無しの権兵衛のアジトがポツンと一軒あるだけであり、その他には家屋など一切無い。雪に覆われる北海道にあって、そんな山奥に一軒だけなどというのは通常有り得ない事だと言えるだろう。
それだけに不自然と言えば不自然だとしか言えぬくらいには、目立つ事この上ない物件である。ただし、誰もそんな場所まで来ない様な所なので、実際に目にされなければ問題無いとも言えるのだが。
ともあれ、そんなアジトへの移動を休みなくぶっ通しで運転し続ける事で完了した二人は、移動中に何度か目覚めていたものの寒さで再び気絶していた者達をアジト内へと運び始めた。
気絶している者を運ぶというのは、非常に力が要る作業となる。となれば当然、休みなく運転し続けていた二人にとっては、辛い肉体労働となったのは言うまでも無いだろう。
その後は、応急処置だけで済ませていた五人の怪我の治療を、応急処置した時と同じく名無しの権兵衛が手早く、しかも完璧に済ませる。広く浅く、様々な知識を齧っていた名無しの権兵衛ならではのスキルの多さが、今此処で完全に活かされていたと言っても過言では無いだろう。
そうやって治療された怪我人達だったが、その先は他のメンバーと同じく、手足を縛ったままの状態で床の上に放置である。少し可哀想にも思えるが、目覚めたと同時に反抗されては疲労している二人にとっては堪ったものではないので、これは仕方ない処置である。
そうして漸く暖炉に薪を入れて火を点けると、それから少し時間が経てば室内は嘘の様に暖かくなった。それこそ、まるで南の島にでも居るんじゃないかと錯覚するくらいには暖かく、名無しの権兵衛とケンゴウの二人は薄着になっているくらいだ。
椅子に座って、グダグダと過ごす二人に訪れた静寂の時。流石の二人であっても、そこそこ疲れたらしく椅子の背凭れに完全に身を任せている。
するとそこまで過ごし易い環境に変化すれば、床に転がされていた面々が目を覚まし始めても不思議ではなかった。一人、二人、ポツポツと目覚め始め、その目覚めた者達が身内だけに聞こえる声量でボソボソと喋りだし、それによって他の面々も完全に目を覚ます。
そうすると、今度は何故自分達が拉致されているのかと名無しの権兵衛やケンゴウに恐る恐る尋ね始める者が現れた。勿論、無駄に声を荒げて注目を集めた結果、自分達が殺されるかもしれないと考えている可能性もあるが、現状を把握する為には他に手段が無いので当たり前とも言えるだろう。
「何故アタシ達を殺さず拉致したの? しかも、銃で撃たれた者達の治療もしてるみたいだし、何が目的なのかしら?」
マスターの手下である女性達にあって、その中でも地位が一番高いらしい女性が名無しの権兵衛とケンゴウを畏れる事も無く、堂々とした口調で尋ねた。
それに対して、椅子の背凭れに完全に体重を預け眠り込んでいたケンゴウを他所に、名無しの権兵衛がニンマリと笑みを浮かべながら応える。
「美人さんが世の中から消えるのが寂しくてね。出来れば俺とデートでもしてくれると嬉しいなぁと、そんな下心から助けたっちゅう訳」
おどけた仕草で、これまた発言もおどけた言い種で、名無しの権兵衛が笑顔を浮かべてそう告げた。敵意は無いと、そういう意味を持たせての言葉である。
しかしその物言いが女性を苛立たせてしまったらしく、綺麗に整えられた眉を歪ませ、これまた綺麗な唇を盛大に歪ませる結果となる。
「ふざけないで! 何が目的なのか話してちょうだい!」
「まぁまぁ、今はユックリ休みなさいって。君の怪我も完璧に処置したんだけっど、それでもまだ痛む筈だしよ」
「この状況で休める訳ないじゃない!」
「縛られるのが嫌いなタイプって事は、もしかすっと女王様タイプだったりする? う〜ん悩ましいねぇ。俺としてはどっちも好みだけど、どちらかと言うと俺が攻める方だしなぁ」
「ちょっと!!」
終始ふざけた口調と態度を崩さない名無しの権兵衛に、女性は縛られたまま怒声を上げてしまう。通常なら拉致された側がこの様な態度を取るなど危険でしかないのだが、しかしこれは女性側の作戦であった。
スポーツでは当たり前の様に行われているが、審判がどこから反則だと判断するのかを調べる為に、敢えて選手が反則を行う事がある。要は、選手と審判の間による反則の線引きを調べている訳だ。
女性はそれを狙ってわざと怒声を上げたのである。そうする事で、名無しの権兵衛が怒って暴力を振るうなりする領域を調べたのだ。
そしてその結果、名無しの権兵衛はそうそう機嫌を悪くする人物ではないと悟った女性は、内心でほくそ笑みつつ更に言葉を続ける。
「ふざけないで真面目に話してちょうだい! 私達はどうなるの?!」
「せっかちな美人さんだ。まぁ、そこまで気になるってのなら話でもしましょうかね」
軽い口調のまま懐から煙草を取り出した名無しの権兵衛は、マッチで火を点けると深く煙を吸い込み、次いで肺の中身を全部吐き出し口を開く。
「そうだな、お嬢さん達が俺達の手によって命を脅かされるという事は無いと断言しとくよ。勿論、俺達に攻撃するってのなら話は変わっちまうが」
「私達を拉致した理由は何だ?!」
「そりゃあ男ばっかりだとむさ苦しいし、綺麗な女性と一緒に居たいと思うのが人情………っつうのは半分冗談。だからそんなに睨まないでちょうだいな。
まぁ、マジな話をすると、闖入者達が気絶している場所に放置するってぇのはアブねぇからだ。こう見えてもフェミニストなんでね。それに、色々と聞きたい事もあったしな」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、それが本当に分かり難い名無しの権兵衛の発言と仕草。態と掴みどころがない様にしているのだろうが、自身達の身の安全を気にしている女性達からしたら不安しか抱かないだろう。
だが、そうすることで名無しの権兵衛には大きな利点がある。闖入者達の事を知る機会も得られる可能性があるし、何より女性達から既に幾つもの貴重な情報を得られているのだから、名無しの権兵衛からしたら態とおどけるなりして出来る限りの情報を入手していたいのだ。
それを知る由も無い女性ではあるが、名無しの権兵衛を全面的に信頼して良いかは置いておくとしても、現状は大丈夫だろうと確信に至り、それでももう一度確かめる為に真剣な表情で問う。
「命の安全は保証するという事は本当なの?」
「あぁ、約束するぜ」
真剣な表情で問う女性に対して、ここはおどけるより此方も真面目に答えた方が無難だと察して、名無しの権兵衛が似つかわしくない程の真剣な表情で応えた。
すると漸く安心する事が出来たのか、女性の口調は静かなものへと変化した。
「分かったわ。………それなら、私に答えられる事で良いのなら答えるわよ?」
「ニシシシ。そりゃ有り難い」
ニカッと快活な笑みを浮かべた名無しの権兵衛は、その人好きのする笑顔を崩さずに言葉を続ける。
「そんじゃあ、まず一つ。女性に年齢を尋ねるのはタブーなんだけっどよ、どうしても気になるんだなぁ。教えてくれたりしないかな?」
「……正直に言うわ。私達全員、自分の正確な年齢を覚えていないの。百年、二百年、三百年って感じの浅い年齢ならまだ過ぎた年月を数えている人も居るんだけど、流石に千年の時を越えちゃうとどうでもよくなっちゃってね」
本当に答えてくれるとは思っていなかったのか、或いはスケールの大きさそのものに驚いたのか、名無しの権兵衛は女性の言葉に目を見開いた。そしてそれは名無しの権兵衛だけではなく、実は眠った振りをしていて警戒していたケンゴウも同様のリアクションを見せる。
これは仕方ない反応と言えるだろう。飛び上がって驚きの声を上げたとしても何らおかしな挙動とは思えない程に驚愕の事実なのだから、どちかと言えばリアクションとしては小さいくらいだ。
「北海道に来て、まさかこんな早い段階で目的の核心に迫れるとは思ってなかったぜ。幸先が良過ぎておっかないくらいだ」
「それは良かったわね。でも━━」
名無しの権兵衛の素直な感想を聞いた女性は、皮肉を込めた笑みでもって“でも”と言葉を続けようとする。しかし、その先は名無しの権兵衛が代わって言葉を紡ぐ。
「完全な不老不死は不可能、って事が言いたいんだろう?」