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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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闖入者

明けましておめでとう御座います!

まだまだ感染予防に気をゆるめられない状況ですが、今年一年も油断する事なく、しかし気を張りつめ過ぎないよう、のんびりと行きましょう。

皆様の健康を願って、ソ〜レソレソレお祭りだぁぁああああ!!

└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘

 絶対絶命の状況の中、決して悲観せずに余裕の笑みを浮かべる名無しの権兵衛とケンゴウの二人。まるで獲物を前にした肉食獣の様にも思えるその笑みには、ゾッとさせられる何かしらの力がある。

 しかしその笑みを見たマスターは、二人の笑みを見てそう解釈しなかったらしく、ただただこの状況で笑みを浮かべた二人の余裕の根拠が気になった様で、ほんの少しだけであるが確かに怪訝な表情を見せた。


「この状況で笑みを浮かべるとはね。死ぬ間際にしては大した度胸だと言っておこう。それとも、何かこの状況を打破出来るだけの根拠でもあるのかな?

 いや、まぁどちらにしても死ぬしかないんだから此方としては気にしても同じ事だろう。それよりも、何故私が不老不死へと至る方法を知っていると断定したのかを聞いておこうか。今後の為にね」


 既に自分の勝ちは決定したと言わんばかりの笑みを浮かべ、余裕綽々に口髭を撫でつつそう言いのけたマスター。この状況なら自身の勝ちを確信したとしても不思議ではないので、こんな風に勝ち誇るのも無理からぬ事だろう。

 しかしこんな状況であったとしても、名無しの権兵衛とケンゴウの二人は未だに笑みを浮かべ続けていた。そしてその笑みを携えたまま、名無しの権兵衛はマスターの質問に応える。


「勝ち誇るのは早いと思うんだが、まぁ、取り敢えずあんたの質問に応えとこうか。

 ……最初に俺がこの町を彷徨いている白人達の事を尋ねた時、アンタは真っ先に仙人になりたい気持ちは分かると言った。その一言でピンときたんだよ」


 名無しの権兵衛の語り口調はいやに静かなもので、そしてそれでいて不思議と雰囲気があった。

 その雰囲気にあてられたのか、マスターの表情には余裕が消えて真剣味が増す。


「どういう意味かな? それだけで何故?」


「答えは単純明快。不老不死という神秘の伝説はこの小樽の者なら誰もが知っている人魚伝説になるのにも関わらず、アンタは何故か人魚伝説ではなく中国に昔から伝わる不老不死へと至る別の手法を真っ先に口にした。小樽の者なら、子供の頃から耳にタコが出来るくらいには聞き飽きた伝説が人魚伝説なんだろう? なのに何故、アンタは仙人という単語を真っ先に口にしたんだ? 

 その違和感を考えた時、俺は確信した訳さ」


 名無しの権兵衛がする答え合わせを聞いたマスターは、己のミスで秘密を悟られた事に舌打ちする。しかしその反面、たったそれだけの小さなミス一つで本当に確信される訳が無いと言いたげに、負け惜しみか悔しそうな表情を見せた。

 それを見てマスターの内心を察した名無しの権兵衛は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら更に言葉を続ける。


「ま、それとは別にこの店の看板も確信に至る一つの材料だったがな」


「……なるほど。つまり、古今東西で不老不死へと至る伝説を猛勉強したという事か。

 そんな君に迂闊な一言を漏らしてしまったのなら、バレてしまうのも頷ける」


 マスター自身の秘密のベールを容易に取り払った名無しの権兵衛の手腕に、マスターは心底感心したかの様な表情を浮かべた。

 確かに迂闊な言葉だったと言われればそうかもしれない。しかし、仙人というたった一言でそこまで悟った名無しの権兵衛が異常なだけであって、さしてマスターに非は無いと言えるだろう。でなければ、不老不死になる為の手段も簡単に世間へと知れ渡っていたと思えるのだから。

 つまり、相手が悪かったという事だ。マスターにとっての最悪の敵が、名無しの権兵衛だったというだけの事。


「そんじゃあ、今度は俺から質問させて貰いてぇんだが……宜しいかな?」


「まぁ、良かろう。冥土の土産だ」


 名無しの権兵衛とケンゴウの二人は現在十五人の武装した女性に囲まれているのだから、冥土の土産にという言葉は的を射ていた。

 だが、名無しの権兵衛は余裕そうな表情を崩さず、ケンゴウの真後ろへと動きつつ疑問を口にする。


「ぶっちゃけ、アンタは不老不死へと至る手段を知っていて、それを隠す為に二重三重の罠を張っていたんじゃないか?」


「フフフ。そう、その通りだよ。昔から伝わる人魚伝説を利用し、それを真実隠蔽の一つ目の罠とした。そして店の店名である桃太郎を、中国に伝わる不老不死へと至る為の手段である桃にちなんで二つ目の罠にした。子供に読み聞かせる童話の桃太郎とは違って、大昔の桃太郎では桃を武器として戦った記述があるからね、罠としては最適だろう?」


「あぁ、良く出来た罠なのは認めるよ。だが良く出来過ぎていて、逆に不自然に思えるがな。ま、それはあくまでも不自然に思えるってだけの範疇で、確かに有効な策だったのは間違いない。

 ただし、アンタがうっかりしてなけりゃな」


「確かにそうだね。本当ならば、人魚伝説を諦めない者にそれとなく桃太郎の童話を聞かせ、それで中国に伝わる仙人に興味を移させる手筈だったんだが………フフフ、秘密を暴こうとする者達を上手く煙に巻く最高の策だった筈なのに、たった一言の迂闊な言葉で全てがバレてしまうとは思わなかった。

 君達は……いや、君は大した奴だよ」


 秘密を暴いた名無しの権兵衛へ送る最大の賛辞なのか、マスターはこの瞬間心から降参したかの様な表情でそう告げた。実際、マスターが考えて労した策は全て簡単に名無しの権兵衛が見破ったのだから、ここまで見事に、しかも易々と秘密のベールを暴いた事には脱帽するしかないのだろう。

 そんなマスターからの賛辞に対して、名無しの権兵衛は然してその賛辞の言葉に気分を良くする様な雰囲気を見せず、更なる問いを口にする。


「もう一つ聞きたい」


「ハハハ。冥土の土産だと言っただろう? 気にせず聞きたい事は聞きたまえ」


「そんじゃ遠慮無く。

 ……アンタは、いや、ここに居る魅惑的な美人さん方も含めたアンタ達は、全員が不老不死になった身なのか?」


 マスターとの問答での決定的な質問を、それこそ躊躇無く行った名無しの権兵衛。これには武術特有の構えを取ったまま成り行きを見守っていたケンゴウも、その核心に迫る言葉に僅かな動揺を顔に浮かべる。

 此処北海道へと来た目的の真偽が明らかになるのだから、ケンゴウの反応は当然であろう。漸く望みの物を手に出来るかもとあっては、それこそ期待が膨らんでも不思議ではない。

 ただし客観的に言わせれば、いくら冥土の土産にとマスターが言っていても、これには流石に簡単に答えが返って来るだろうとは思えなかった。

 しかしその考えは大きく外れ、意外にもマスターは口角を大きく吊り上げると、大仰な仕草で髪を整えながら話始める。


「フフフ。えぇ、貴方が考えている通り、此処に居る者達は全て━━━」


 劇の予行練習でもしているのかと言いたくなる仕草で話始めたマスターだったのだが、そのマスターの言葉は最後まで続く事はなかった。何故なら、この地下室へと五人の闖入者が、名無しの権兵衛とケンゴウの二人が利用した隠し階段から突如現れたからだ。

 不老不死という神秘に関わる核心へと迫る緊張感の中、誰の許可も無く入って来た者達は全身黒い衣装で身を包む怪しい者達だった。

 洗練された体捌きとは思えぬ乱暴な動きでもって、ドカドカと床を踏み鳴らしながら乱入してきた者達は、シカゴタイプライターという通称で有名なサブマシンガンであるトンプソンを全員が所持しており、それを一斉に構えると躊躇無く乱射し始める。

 当然それを見て名無しの権兵衛やケンゴウが呆然と佇んでいる訳もなく、素早く身を翻しつつ盾に出来そうな酒樽や棚の裏へと身を隠す。そしてそれに対してマスター達は、乱入者に対抗して手に持つ武器の真価を誇示するかの様に、それぞれの武器の効果を発揮し始めた。

 無数の銃声、刀による斬撃、苦痛による悲鳴、銃から排莢され地面へと落下する薬莢、等々の様々な音が地下空間に響き渡る。鼓膜には絶対的に好ましいとは言えぬ環境の出来上がりだ。

 そうして二十秒程の短い時間が過ぎた時には、火薬の匂いと酒の匂いが充満する空間へと変貌した地下室に、全身黒ずくめの乱入者と武装して名無しの権兵衛とケンゴウを取り囲んでいた女性達の合計十人が床に倒れ伏していた。その他のマスターを含めた女性達十一人は、怪我一つしていない様だ。


「名無し、貴様はアイツらをどう思う?」


 棚の裏へと身を隠していたケンゴウが名無しの権兵衛へと尋ねると、名無しの権兵衛は酒樽から身を乗り出して倒れ伏す乱入者達の元へと移動しつつ推測を口にする。


「武器を見る限りはCIAっぽいが、CIAの手先となってる米軍かもしれねぇな。しかしその真実はというと━━━」


 軽い調子でそう口にしつつ乱入者が被っていたマスクを名無しの権兵衛が剥ぐと、どうこからどう見ても黄色人種としか思えない顔が露になった。


「ぅん〜、こりゃ意外な結果が出た。ややこしい話じゃなけりゃ良いが」


 どこか真剣で、どこか好奇心に支配されている様なその表情は、言葉とは裏腹にこの状況を心底楽しんでいる様に見受けられた。

 だが、その余裕も数秒間だけの事で、無事に乱入者を始末したマスターが声を室内に響かせる事によって、一気に剣呑な雰囲気へと変わる。


「こ、この〜……裏切りどもめぇええ!」


 かなり頭に来ているらしく、真っ赤に変貌したマスターの顔からは今にも火が吹き出しそうな程だ。余程に苛立っているのが誰の目にも明らかである。

 そんなマスターの変貌を見た名無しの権兵衛は、流石にさっきまでと同じ調子で話が出来るだろうなどと安易な考えには至らず、相棒であるケンゴウに横目で合図を送る。


━━━地下から急いで逃げるぞ!


━━━了解した。


 目線だけで意志の疎通を図る訓練などしていないが、不思議と上手くいった様で互いに頷き合う二人。そしてその次の瞬間、名無しの権兵衛は地下出入り口へと駆け出し、ケンゴウは裂帛の奇声を上げつつ武装した女性達を目掛け飛び掛かった。

 もう一度名無しの権兵衛の意図を説明しよう。名無しの権兵衛は一旦逃亡を選択した訳だ。それを目線だけで意志の疎通を図り、二人同時に行動へと移した。これが今の一連の動きになる。

 それなのに、名無しの権兵衛は自身が提案した通り出入り口へと駆け出したのに対して、ケンゴウは敵を殲滅せんが為に突撃した結果になる。やはり一度もしていない目線だけでの意志疎通などもっての他という事の証明としか言えず、性格が真逆である二人が長年の友人であるかの様な事が出来る訳がなかったのだ。

 ケンゴウは目の前の敵を殺傷までとはいかずとも意識を奪う程度に弱めた打撃でもって倒す事に集中しているので、出入り口へと駆け出した名無しの権兵衛には気付いていない。しかし、自分とは反対の方向へと駆け出したケンゴウに気付いていた名無しの権兵衛は、思わず素っ頓狂な声を上げる。


「へ? ちょちょ、何でそうなんのよ?!」


 地下から一階へと続く階段の一段目で足を止めた名無しの権兵衛から悲鳴にも似た声が上がる中、ケンゴウは敵が密集していた事を幸いに徒手空拳で次々に倒していく。

 その一方で敵は、自身達の仲間が密集している事で銃の使用が満足に出来ず、刀であっても徒手空拳の間合いと仲間の距離が近い事で最高の効果を発揮出来ない様で、それによって面白い程にケンゴウの拳や足の攻撃で脳を激しく揺らされ気絶し、最後に残ったのはマスターただ一人だけとなる。そう、十人の武装した女性達を、軽々と制圧したのだ。

 ケンゴウはその最後の一人となったマスターを前に、ニヤリと笑んだ状態で構えたままピタリと動きを止めた。


「どうした? 手下は抵抗したが、貴様は抵抗の意志すら無い弱者なのか?」


 あっという間に十人の武装した女性達がケンゴウ一人の手によって気絶したという事実に、マスターは呆然としたまま微動だにしない。あまりにも凄まじい個の力には、確かに呆然としたとしてもおかしな話ではないだろう。簡単に言ってしまえば、ケンゴウの武力が異常過ぎたのだ。

 それをまざまざと見せられたマスターが呆然としてしまうのは上記の理由によって仕方ないが、マスターに負けず劣らずの様子を見せる者がまだ一人居た。誰であろうケンゴウの相棒である名無しの権兵衛である。


「ちょ、えぇ〜………。スゲェ強いってのは知ってたんだけっども、お前ってここまで強かったのかよ」


 呆れた様な、諦めた様な、そんな声音と表情で小さく呟く名無しの権兵衛。確かにケンゴウの武力が凄すぎるのは事実だが、自分で相棒にと選んだのに驚き過ぎとも言える。

 予想を大きく上回る実力に暫し呆然とする名無しの権兵衛と、圧倒的過ぎる武力を目前に現実逃避をしたい程に呆然とするマスターの二人を他所に、ケンゴウは未だに動きを見せないマスターへと一歩間合いを詰めた。

 するとその瞬間、マスターの仲間である女性達に銃や刀で致命傷を受けて倒れ伏していた乱入者達が、一斉に何事も無かったかの様に平然と体を起こし始める。しかもそれだけではなく、軽々と立ち上がったのだ。

 それを見た名無しの権兵衛は、ケンゴウの実力に驚いて呆然としていたがそれ以上に驚きを露に叫ぶ。


「おいおいおいおいぃぃいいい!! 何で生きてんのよ、コイツら!?!?」

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