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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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戦火の傷痕残る北海道で、スコッチを一杯

ヤ〜レン、ソ〜ラン、ソ〜ラン、ソ〜ラン! ハイッ(^o^ゞハイッ(^o^ゞ


└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘

(o’∀`)♪ーー└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘

 第二次世界大戦が終戦を迎えてからの十年が経過した北海道は、東京と同じく少し物寂しい風景となっていた。この頃の北海道が元々それ程には発展していないという事もあるが、それでも戦争の影響は色濃く残っていて、それが故に未だに空爆の跡が残っていたりするのである。

 そんな戦争の傷跡残る北海道の小樽へと、名無しの権兵衛とケンゴウの二人は来ており、二人は街に溶け込みつつも周囲へと視線だけを駆使して忙しなく瞳をキョロキョロと向けていた。

 何時もの日常であれば、街中には然程の人影は見当たらない。雪が降り積もる寒い中で、外に居たいと思う者など少ないからだ。

 しかしながら、現在の小樽は少し違う。本当に此処は小樽なのかと疑ってしまう程には、往来に人の姿が多いのである。しかも、白人の姿が非常に多いのだ。

 これが東京なら別段珍しい光景という訳じゃない。何せこの頃の東京では、GHQやら米軍やら海外の記者やらが忙しなく動き回っているし、道徳観点から戦争孤児を一ヶ所に集めていたりと色々活発に活動していて、白人を見る日が無いと言っても過言ではないくらいには良くある風景だからだ。

 しかしその一方北海道では、白人が街中を彷徨いているというのは非常に珍しい光景であった。それこそ、初めて白人を目にしたという北海道民も多いくらいには珍しい珍事であると言えよう。


「こんなに複数の白人が彷徨いているところを見るに、どうやら貴様の話も満更ではない様だな」


 往来を彷徨く外国人を見た感想を、ケンゴウがボソリと呟いた。目にした光景から得た素直な感想であったのだが、しかしそれを聞いた名無しの権兵衛からしたら不本意に違いない。

 その証拠に、心外だと言わんばかりに表情を変化させ、渋面を浮かべたまま反論する。


「おいおい、信じたからこそ付いて来たんじゃねぇのか?」


「信じる価値はあると認めたが、腹の底から信用した訳じゃない」


 嫌味な発言とは裏腹に、ケンゴウの表情は明るく見える。往来を彷徨く外国人を見て、確かに不老不死というものが存在するのではと、そんな風に考えているのだろう。

 すると当然、発言に対しての明るい表情を見た名無しの権兵衛は、ケンゴウの気持ちを察して素直な奴じゃねぇなと思い肩を竦めて苦笑した。


「へぇへぇ、左様で御座いますか」


 しんしんと雪が降り積もる小樽の街中を歩く二人は、言葉を発する度に白い息を吐きつつも、周囲への警戒を一切怠る事無く歩を進めている。例え軽口をたたきながらであっても、擦れ違う外国人には然り気無く注意を払っているのだ。

 だがそうは言っても、目につく全ての外国人が二人が懸念する諜報員という訳ではない。勿論、CIAとは全く関係が無いという訳でもないのだが、それでも雇われたただの一般人に近い身分の者という場合もあれば、米軍に所属していながら政府からの要請で仕方なく小樽へと来て情報収集の手伝いをしていると言った感じの軍人までいるのである。それ故に、名無しの権兵衛とケンゴウが真に注意を払わなければならないのは、彼ら雇われた者達や指示されて小樽へと来た軍人を総括する立場のCIA諜報員である。


「ま、それはそうと情報の纏め役を探すとしましょうかね」


「本当に見付かるのか? こうやって注意しながら歩いているが、それっぽい人物は見当たらんぞ」


 現在の彼ら二人の目的は、人魚について詳しい情報を持つ人物の捜索であった。それと言うのも、名無しの権兵衛はドイツの秘密部隊が不老不死を狙って北海道の小樽まで足を運んだ事実だけは情報として掴んでいたが、そこから先の情報は皆無だったのだ。何処に不老不死へと至る鍵があるのか、それが全く分からないのである。

 そこで名無しの権兵衛が考えた策が、人海戦術で情報収集しているCIA諜報員を探し出し、その人物からそっくりそのまま情報を奪う事であった。実に簡単な策であり、至極単純な策だとも言えるだろう。

 情報が無いのなら、情報を持っている奴から奪えば良いと考えた名無しの権兵衛は、まさに泥棒の鑑のような人物である。

 しかしこの策には欠点があり、それがケンゴウの言葉に繋がるのだが、名無しの権兵衛はそんなケンゴウの言葉を耳にして余裕そうな笑みを浮かべて見せた。


「でぇ〜じょぶだぁ。ほら、あそこで立ったまま動かねぇ奴が居るだろ?」


「ぅん? あの茶髪の大男か?」


「そうそう、あれがお探し中のCIA諜報員で間違いねぇよ」


「何?! ……何故見ただけで分かる?」


 名無しの権兵衛がケンゴウへと視線を向けたまま親指を立てて指し示した方向には、これでもかと厚着をした茶髪の男性が佇んでいた。身長二メートル近い大男で、筋肉質で脂肪が少ないせいなのか真ん丸に見える程に厚着をしており、両手を上着のポケットに突っ込んで不機嫌そうな表情を浮かべている。

 その男へと視線を向けてあれが諜報員なのかと驚愕するケンゴウではあったが、しかし何故見ただけで分かるのかと当然の疑問を名無しの権兵衛へと投げ掛けた。

 然もありなん。不機嫌そうな大男を見る限りでは、ただただ大人しくビルの角に佇んでいるだけであり、とても諜報員という感じはしない。それどころか寧ろ諜報員というよりは、鍛え抜かれた屈強な軍人という印象の方が強いだろう。

 しかしながら、名無しの権兵衛は確信したかの様な笑みでケンゴウの疑問に簡潔に応えた。


「何故アイツがCIA諜報員だと見破ったかと言えば、立ったまんま動かねぇからっつう単純明快な理由があるからだよ」


「何を言っている? 立ったままだから何だと言うのだ」


「少し考えてみれば分かる事なんだが、まぁ説明してやるよ。

 あの大男、小樽の街中で見た他の白人達とは違って、人魚伝説の事だとか前に来たドイツ軍人の事だとかを聞いて回ってねぇだろ? それはつまり、自分から北海道民に尋ねて回るつもりなど一切無く、自身は一定の場所に留まって居るのが仕事なんだろうと客観的に見て察せられる。そうしてれば、それっぽい情報を得た者があの大男へと情報を伝えに来る手筈になって………って、丁度良いタイミングで来たな」


 名無しの権兵衛が得意気に解説していると、本当にタイミング良く三人の白人達が大男へと近寄り、何やらボソボソと伝え始めた。それが情報だとすれば、そして名無しの権兵衛の解説が的中しているのであれば、大男はその得たばかりの情報を上の者に伝えなければならない筈だ。

 名無しの権兵衛とケンゴウの二人が然り気無く見守る中、聞くべき事の全てを聞き終えた大男は不機嫌そうな顔のまま顎をクイッと上げる仕草をして、報告が終了した者達を言外に再度情報収集へと向かわせる指示を出した。

 はっきり言って、その横柄な態度が最低であるのは間違いないだろう。普通の人間なら文句の一言でも言い募る場面だ。

 だが悲しいかな、情報収集していた立場の三人は、その横柄な態度に心底苛立った表情を浮かべるものの、雇われた身である以上は大男に対して何も言えない様で、寒空の中を無言で立ち去って行く。

 その一連の様子を見て、名無しの権兵衛は知らず知らず苦笑した。まるで上司にしたくないナンバーワンの人間を体現したかの様な大男を見て、その横柄な態度に思わず苦笑し、雇われた者達に同情してしまったらしい。自分なら間違いなく殴っていると、そう考えてもいるのだろう。

 それは兎も角として、苛立った様子で立ち去る三人を大男は横目にしつつ、完全に見えなくなるまで見送るとビル沿いに細い道を進み始めた。手に入れた情報を、上司か仲間に伝えるのだろう事は明白だ。

 となれば当然、その背中を名無しの権兵衛とケンゴウの二人が黙って見送る訳がなく、大男は尾行されているとも露知らずに、寒さに愚痴を呟きつつ間抜けにも丁寧に二人を案内してしまう。

 態度が横柄というだけではなく、威張っているだけの間抜けな上司だとさっきの三人が知ったならば、きっと心底大笑いして機嫌を直すだろう。

 大男の背中を追いながら、そんな事を考えてクスリと笑う名無しの権兵衛。真面目な様子で肩を並べて歩くケンゴウとは正反対に、一切の緊張感の欠片も感じられない。

 だがこれは経験の差から発生する余裕というもので、別に名無しの権兵衛がふざけていたり諜報員を舐めている訳ではない。武術家のケンゴウとは違って、尾行の経験が多いからこそ、尾行しながら別の事を考える余裕があるというだけの事。

 ともあれ、そうして大男が辿り着いたのは、戦争が終わってから建てられたと思われる真新しい建築物だった。赤レンガだけを使用して造られた日本には珍しい建築物で、出入口の扉の上には”桃太郎“と記された看板が掲げられている。

 その店内へと寒さから逃れる様に大男が急ぎ足で入って行き、ケンゴウも大男に続いて店内へと入ろうとする。しかし、肩を並べる人物が何故か看板を興味深げに眺めているのを見て、怪訝そうに尋ねた。


「おい、中に入らないのか?」


「んあ? ……あぁ、入るぜ」


「何か気になる事でも?」


「いや、何となくな」


 名無しの権兵衛の反応の悪さに、ケンゴウは眉間に皺を寄せつつ首を傾げた。しかし、だからと言って別段名無しの権兵衛の様子が不自然過ぎるという事でもないのだからと思い直し、ケンゴウは我先にと暖かい店内へと入る。

 外気温は氷点下であるが、店内は驚く程に暖かい。それは暖炉にこれでもかと薪をくべられているからこそなのだろうが、それが非常に冷えたケンゴウの身体を充分に暖めてくれる。


「贅沢な事だ。余程に儲けているらしいな」


 戦後まだ十年ともなれば、こんな風に薪を贅沢に使用している店というのは珍しく、ケンゴウは心底感心したように呟いた。そしてケンゴウの背後で、同じく店内へと足を踏み入れた名無しの権兵衛が同様に感心しつつ口を開く。


「良い酒場の様だな。これなら出される酒もツマミも期待出来るってもんだ」


「おい、暢気に酒を飲んでる場合じゃないだろ」


「いやいや、分かってねぇなケンゴウは。酒場で酒を飲んでなければ怪しまれるぜ?」


「ふむ……まぁ、一理あるか」


 本当は飲みたいだけなのだろうが、それなりにこの場で酒を飲む事に対する話の筋は通っていた。それ故にケンゴウは頷いて一応の納得を示すものの、茶髪の大男が二階へと足を進めているのに、何故か名無しの権兵衛は酒場のカウンターへと向かっている事に疑問を持たざるを得なかった。

 だが、名無しの権兵衛にはそれなりに考えがあったらしく、カウンター席に座るなり注文を済ませると、未だ扉の前で佇んでいたケンゴウを余裕を持った様子で呼ぶ。


「スコッチを頼んだんだが、お前も同じで良かったか?」


「あぁ、それは別に構わんが━━」


「アイアイ。マスター、スコッチをもう一杯頼む」


 暢気に飲んでいて大丈夫なのかと、そう言葉を続け様としたケンゴウだったが、それを遮るかの如く名無しの権兵衛が素早く酒場のマスターへと注文してしまい、ケンゴウは諦めた様子で溜め息を吐くと自分も名無しの権兵衛の隣席へと腰を降ろす。

 そうして互いにマスターがグラスに注いで渡して来たスコッチを受け取り、それに早速とばかりに口を付けると名無しの権兵衛がスコッチの味に感心したのか気取った素振りで口笛を吹いた。


「かなり上手い酒だ。これだけの上物を手に入れるのには苦労してるんだろうな」


 心からの名無しの権兵衛の賛辞に、マスターはニコリと微笑みながら応える。


「お気に召されたようで良かった。苦労して取り寄せた甲斐があるというものです」


「いやぁ、この御時世にこんな上物を飲めるとは幸せだぜ。

 と、それは兎も角、えらく外国人が彷徨いているが、奴らは何が目的で動いているのか知ってたりするか?」


「外国人、ですか?」


 尋ねられたマスターは、チラリと名無しの権兵衛の隣へと視線を移した。その理由は明らかであり、名無しの権兵衛の外国人という言葉まんまである金髪が特徴のケンゴウが居るからである。半分は日本人なので、当然多少の日本人っぽさというのは残っているが、それを知らない人物なら勘違いしてもおかしくはない。

 それをマスターの視線で察した名無しの権兵衛は、苦笑しつつ「こいつは別口だよ」と否定し、それ以外の外国人についてを尋ねる。

 するとマスターは何やら考える仕草を見せた数拍後、グラスを拭きながらポツポツと語り始めた。


「以前にドイツ軍が此処小樽へと来た事があるんですが、その時にドイツ軍が調べていた事が何なのかを熱心に調べているようですよ。かなりお金を散蒔いてまで知りたいようで、彼らが来てからまだ二週間になるんですが既に数百万は使っているかと。

 まぁ、彼らの気持ちは分かりますよ。自分だって金持ちでさえあれば、仙人になる為に多少のお金ぐらいなら散蒔いても惜しくはありませんからね」


「ニシシシ。そりゃそうだ、俺もマスターと同じ気持ちだよ。長生きしたいと思うのが人の性ってやつなのかもな」


「えぇ、そうでしょうとも。人間とは欲深い生き物ですからね」


 まるで世間話をするかの様に、マスターと名無しの権兵衛は互いに笑みを浮かべながら会話をする。いや、まるで世間話をするかの様に、というよりはそのまんま世間話をしている客と店主で間違いない。

 その一方でケンゴウはと言うと、二階へと姿を消した茶髪の大男が何時姿を表すかと警戒していた。真面目な性格の彼からすると、目的の為に行動しているのだから今はその事だけに集中するべきだと考えているのだろう。

 しかしそのケンゴウの警戒も虚しく、茶髪の大男は一向に姿を見せる事も無いままに、マスターと名無しの権兵衛との会話は和やかに続いていく。


「ドイツ軍が調べてたのは、人魚伝説ってやつだろ?」


「えぇ、自分も小さい頃によく祖父母から聞いた伝説ですね。『南から流れ来た人魚は、一度に複数の災いを招く。決して先祖の地に招くなかれ、決して先祖の地に入れるなかれ、決して先祖の地に侵入される事なかれ』と、こんな感じで耳にタコですよ」


「ニシシシ。人間年取るとしつこいから、孫に口煩くなっちゃうのかもな〜」


「はっはっはっ。確かに自分の祖父母はしつこい人達でしたね。他にも細々とした言いつけも、人魚伝説と同じく耳にタコですから」


「でも言われるうちが華って昔から言うし、心配してたからこそマスターに口煩くしてたんだよ。良い爺ちゃん婆ちゃんじゃない」


「えぇ、仰る通りです。今になってみると、祖父母の教えがあるから生きてこられたのだと思う事がつくづくあるんですよ。本当に有り難い限りです」


 名無しの権兵衛はマスターとの会話に満足したのか、えらく機嫌良さげにスコッチ二杯分の料金をカウンターへと置き、未だに二階へと気を配っていたケンゴウの肩を掴んで無理矢理立たせる。そして、何を考えているのか外へと向かって歩を進め始めた。

 となれば当然、二階に居ると思われるCIA諜報員はそのままで良いのかと言いたげなケンゴウが口を開こうとするものの、名無しの権兵衛がそれを遮って我先に意見を口にする。


「思った以上の成果だ。今日はこのまま向かいのホテルに泊まるぞ」


「ちょっと待て。情報収集はどうした?」


「言ったろ? 思った以上の成果だって」


「は? 意味が分からん、説明しろ」


「まぁまぁ、此処で話すのは不味いからよ。取り敢えずは、向かいのホテルにチェックインしてから話そうや」


 怪訝な様子のケンゴウに対して、名無しの権兵衛は心底浮かれた様子で一方的に意見を押し通す。だが、名無しの権兵衛のその機嫌の良さが理由で、何かしらの決定的な情報を掴んだのかとケンゴウは思い至り、しかし少し胡散臭げにしつつ黙して名無しの権兵衛の言う通りに向かいのホテルへとチェックインを済ませた。

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