集いし戦士達
CIAの四人を始末した名無しの権兵衛とケンゴウの二人は、内なる殺気を抑えつつ敵拠点の前に広がる雪原へと再び戻って来ていた。
その雪原には、既に八助の姿は無い。その代わりに居たのは沢山の強面集団であり、どう見てもカタギではない武装した男達だった。
「名無し、どうやら竜武会の面々も集まっているようだぞ」
「あぁ、むさ苦しい男達が勢揃いって感じで暑苦しくて嫌にならぁな」
強面の男達が集まっている光景を一言で例えるならば、ヌーの群れだ。迂闊に近付こうものなら即座に排除される様な、そんなヌーの群れにしか見えない。肉食獣でも容易に近付く事はしないだろうし、名無しの権兵衛が嫌そうな言葉を呟くのも無理はないと言えるだろう。
雪が降り積もる場所でありながら、竜武会の面々はその中で湯気でも立ち上らせているのではないかと思わせる程に凄まじい熱気に満ちている。
その中でも一段熱気に満ち溢れているのが、竜武会で頭を務める勝二郎だった。
「おうおう、漸く来たか!」
名無しの権兵衛が表現した通りの暑苦しさという言葉が似合う姿で、名無しの権兵衛とケンゴウの二人を視認した勝二郎が雪原に嬉しそうな声を響かせた。
それに対して名無しの権兵衛は、その暑苦しさに盛大な溜め息を吐きながら一応の挨拶として片手を挙げる。そして、むさ苦しさと暑苦しさから逃れる様に、冷たい空気を肺に取り入れつつ歩を進めた。
「聞いてくれよ。寛二という子分が居るんだが、その寛二の手柄で逃げたコンテナ船もバッチリ確保したぜ! しかも売国奴の連中も一緒に居て、ついでに皆殺しにしといた!」
互いの距離が近くなると、先ずは勝二郎が自身達の戦果を満足げに報告した。
そしてその報告に対して、ケンゴウが意外そうに少し驚きながら口を開く。
「ほう。何処に逃げたのか分かったのか?」
「おう。マフィア連中がクシロって言ってたのを寛二が思い出してよ、そんでそのクシロっていうのが釧路港の事なんじゃねぇかと気付いて、実際に行ってみりゃあ大当たりって訳だ!」
「へぇ、そりゃまた優秀な子分を従えていたもんだ。親分として鼻高々って感じじゃねぇか」
「へへ、そりゃ俺の子分だからな!」
名無しの権兵衛が素直に誉めると、親分である勝二郎が自分の子分を手放しで誉める言葉を口にした。
その言葉に照れた様子を見せたのは、勝二郎の後ろに立つ顔に傷がある男で、その反応を見て名無しの権兵衛は顔に似合わず鋭い奴なんだなと思い小さく微笑む。
敵勢力を少しでも減らしときたい現状では、不確定要素になりかねないコンテナ船の乗組員を潰せたのは非常に大きく、名無しの権兵衛からしたら本当に有り難い。それ故に、称賛の言葉は紛れもない心からの言葉であった。
事実、これで懸念していた不老不死の秘密は、最早どのCIA組織 の耳にも入る事は無いだろう。それに何より、援軍を呼ばれるなんて事も無い筈だ。
そしてもう一つ、把握していなかった裏切り者達の一部を始末出来た事も非常に大きい戦果である。
「まぁそれは兎も角して、名無しとケンゴウに聞きてぇ事がある。良いか?」
「常呂川での待機を中止させた理由だろ?」
「おう、それだ。何で作戦を変えたんだ?」
「……簡潔に言えば、俺の女が拷問を受けたからだ。爪を剥がされ目を潰され、終いには死ぬ程に殴られた。それで今は意識不明の重体だ」
これまで抑えていた殺気が、言葉と共に溢れ出す。その殺気はどんなモノでも飲み込み、どんなモノでも問答無用で排除する濁流の様に、名無しの権兵衛の近くに居る者に恐ろしい死の瞬間を連想させる。
すると勝二郎の後ろに立っていた子分の寛二が、呼吸の仕方を忘れたかの様に身を強張らせた。
だがその寛二の親分は、子分とは違って一切取り乱す事などなく納得した様子で頷く。
「なるほど。作戦を変えた理由が大いに分かった。そりゃあ男として、ケジメを付けなけりゃならんよな」
「あぁ。振り回してすまねぇ」
「いぃや、謝罪は要らねぇさ。糞どもに腹を立てる理由も分かるし、作戦を変える理由も分かるからよ」
流石に組織のトップとして立つ勝二郎だけはあり、名無しの権兵衛の気持ちを無下にする事はなく、その気持ちを優しく汲んでくれた。
この様な人物だからこそ、下の者が素直に付いて来るのだろう。いや、付いて来るというだけではなく、自分の命すら差し出して必死に役立とうとしているのだと頷ける。
「ともあれ……そいつはアメ公かい? それとも売国奴かい?」
「白人のCIA諜報員だ。だから━━」
「皆まで言うなや。当然、そのアメ公はあんたが狩れば良いさ。俺達竜武会は、売国奴を中心に狩るからよ」
「おう。悪ぃな」
「構わねぇさ。あんたに正当な復讐の権利があるんだからよ」
復讐の権利など一般人からしたら無縁な言葉である。何故なら、法治国家では法で裁くその場が復讐の場であり、決して自分の手を汚して行うのが復讐ではないからだ。
これは表社会と裏社会を同時に生きるヤクザ者だからの価値観であり、それが故に名無しの権兵衛に正当な復讐の権利が有ると判断したのだと言える。
しかしながら、こうして実際に譲って貰ったという事実に、名無しの権兵衛は少し居心地の悪さを覚える。勝二郎とは同盟関係であるとは言っても、それは対等なものであって上下関係など存在しないものであり、それはつまり何かを譲って貰えばその対価として何かを差し出さねばならない事になりかねないからである。
これは商売だろうがどんな仕事だろうが有り得る話で、それだけにこの後にどんな要求がされるか、そしてそのどんな要求か分からないものであっても受け入れる覚悟をしておかねばならない。
無論、その要求を突っぱねても構わないと言えば構わないが、もし要求を突っぱねたその時は男としての矜持を一つ失う事と同義であると言えるだろう。
だが、そんな風に覚悟をした名無しの権兵衛には悪いが、勝二郎には対価とかそんな事を考えている節は一欠片も無かった。純粋に、自身の女を拷問された名無しの権兵衛を想っての言葉に過ぎなかったのだ。
こういうところが、勝二郎が甘い部分であると言っても過言ではないが、しかしだからこそ人に慕われる所以であると言えるだろう。竜武会の底力は、こんな勝二郎を親分として慕う者達こそが集まっているから強力なのだと思わせるのには充分だった。
ともあれ、そうして一応の話し合いが暫く続き、漸く一同に会した者達が行動を起こし始める。
一行の先頭を進むのは、名無しの権兵衛とケンゴウの二人。そしてその真後ろに勝二郎と寛二が立ち、その後ろには強面の竜武会メンバーがゾロゾロと付き従う構図だ。
誰も彼もが殺気を溢れさせながら進むその姿からは、この者達が通った後にはペンペン草も生えぬだろうと想像させるのは容易い。
全ての命を刈り取る死神の如く、白い吐息を吐く集団は洞窟へと侵入して行く。
名無しの権兵衛「クソッ……今回の礼にお中元とか送んなきゃならねぇな」
ケンゴウ「名無し……対価にそれは小さいだろう」
名無しの権兵衛「クッ……それじゃあ、お歳暮も必要か」
ケンゴウ「いや、そういう話ではなく……。貴様、正気か?」