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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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科学の力vs技術

 全部で十六隻の漁船が並ぶ港で、怪訝な表情を浮かべて考えに耽る四人の外国人。誰も彼もが不愉快そうで、立ち居振舞いから苛立っているのが誰の目から見ても明らかだ。

 そんな四人の内一人が、ポツリと「マフィアが裏切ったんだろう」と、大きな溜め息と共に呟いた。そしてその呟きに対して、全く同じ顔をした男二人が同意する様に頷く。

 だが、四人の中で最も体格の良い男が、地面に落ちていた小さな金属を広いつつ否定する。


「そうではなさそうだぞ。これを見ろ」


 体格の良い男、つまりはパイソンがそう告げると、手に持つ金属に視線が集中した。

 そしてその金属が何かを逸早く理解したキャメルが、その金属の名称を口にする。


「薬莢?」


「そう、薬莢だ。オレ達のコンテナ船に載せていた銃はトンプソンが主になる。そしてマフィア連中に報酬の一部として渡したのもトンプソンだった。

 しかし、この薬莢は45口径ではない」


「「なるほどね。マフィアが裏切った訳じゃないって事か」」


「そう考えるのが妥当だろう」


 防人の一族だった実働部隊が密かに作っていた拠点の洞窟内にて、当初はマフィアが裏切ったと認識していた面々は、ここでその認識を改めた。裏切り者が出た訳ではなく、明確に我らへと牙を向けた者達が新たに出現したのだと、そう断定したのである。

 港の地面にポツンと落ちていた薬莢一つで、その事実に気付いた彼らの洞察力は中々のものだと言えるだろう。彼らも名無しの権兵衛と同じく、優秀な者だと言える証拠であった。


「……二隻ともコンテナ船が奪われたのだとしたら厄介だな。キャメルはどう思う?」


「マフィア連中は全員が武装していた筈だ。しかも二隻には我々の同胞がそれぞれ二人も乗っていたのだし、二隻共に易々と拿捕されたとは考えづらい。恐らく、一隻は逃げる事に成功した筈だ。

 それと、二隻のコンテナ船を一度に制圧出来る程の大きな勢力が防人以外に存在するとは思えん。この小さな北海道にそんな勢力が居るなど、事前の情報に無かったのだから尚更にな」


「なるほど、確かにそうだ。……ツインズはどうだ?」


「「キャメルに一票。二人合わせて二票だね」」


「分かった。なら、マフィアの裏切りではないと確定しよう。そして、マフィアが裏切った訳ではないとするなら、これは防人の一族とやらがした犯行だと考えるべきだろうな」


 マフィアという存在が、日本どころかまだアメリカ国内でも有名ではない今であって、それと同じくヤクザの存在もアメリカ国内では未だに有名ではなかった。ヤクザを知るアメリカ人と言えば、日本国内にてヤクザから手痛い仕返しを食らった者だけであり、それ故に防人の一族がしたと断定してしまったパイソンに落ち度は無い。それは他の面々も同様で、例え此処にクロウが居たとしても同じ結論に至っただろうからして、やはり仕方ない事である。

 だが、そんな彼らの結論を嘲笑いながら馬鹿にする言葉が響く。


「途中までは流石CIAだと思えたんだけっども、後半は無知丸出しの馬鹿丸出しだな。そんなんで諜報員としてやっていけんのか?」


 心底彼らパイソン達を馬鹿にした物言いで、本気で言っているのだと思わせる口調の第三者。

 当然そんな口調で馬鹿にされれば腹が立たない訳が無く、声がする方向へとパイソン達の鋭い視線が集中する。殺気と少しの警戒が混ざる、そんな鋭い視線であった。


「出て来い。優しく殴り殺してやる」


 パイソンが代表してそう告げると、港の倉庫が並ぶ一角から独りの男が堂々と姿を現す。そしてそれだけでなく、再び嘲笑いながら芝居がかった仕草と口調で酷評を漏らし始めた。


「よぉよぉ、お馬鹿な政府の犬どもよ。その馬鹿丸出しの結論で本当に良いのか?」


「お前はあの時の……」


 名無しの権兵衛を見て、ハッとした様子で呟くパイソン。

 しかしその反対に、名無しの権兵衛は至極馬鹿にした様子で嘲笑う。


「ハッハッハッ。普通声を聞いた時点で気付くだろ。どんだけ馬鹿なんだよ。脳味噌まで筋肉で出来てんじゃねぇだろうな」


「余程に苦しんで死にたいらしいな」


「死にたい奴なんて居るわきゃねぇだろ。それとも何か、お前は死にたいのか? 自殺でもしてぇってのか?

 なら俺が殺してやるよ。あの時の宣言通りにな」


 パイソン以外には、名無しの権兵衛と面識がある者は居ない。それが故に、黙って二人の遣り取りを見詰める面々。情報が少ない今は、二人の遣り取りを見て判断するべだと認識したのだ。

 だがそんな面々の足下へと、三発の銃声と共に弾丸が着弾し、パイソンと名無しの権兵衛の遣り取りを見詰める余裕は無くなる。そして銃声がした方向へと、パイソン以外の者達が一斉に駆け出した。

 その所作から、余程にパイソンが信頼されているのが察せられる。何せ、一言もパイソンに言葉を掛ける事も無く、名無しの権兵衛の始末をパイソン一人に任せたのだから、絶対にパイソンなら負けないのだと信じているのだろうと理解するのは容易かった。


「ふん。大きな口を叩いていても、結局は仲間が居てこそのその口振りか」


「いやいや、アイツらも俺のターゲットだぜ? ただし、お前とは一対一で殺り合いたかったからな。相棒には一時的に他の奴らの相手をして貰ったに過ぎねぇんだよ」


「世間知らずな馬鹿丸出しはお前だ。お前のように下等なイエローモンキー独りが、オレ達全員を殺せると本気で思っているのか?」


「クックックッ。その煽り文句もショボいなぁ。俺達日本人がイエローモンキーなら、テメェらはホワイトモンキーだろうが。馬鹿にしたいんだろうけどよ、白色か黄色の違いしかねぇ猿同士で、その煽り文句はブーメランってやつだぜ?」


「ジャップの分際で、調子に乗るのも大概にしろ!」


「そのジャップってのもなぁ。煽り文句にしてはショボい、ショボ過ぎる。語彙力低いよ、アンタ」


 あぁ言えばこう言う、とそんな言葉が相応しい名無しの権兵衛の返答に、額に幾筋も青いそれを浮かべるパイソン。最早爆発寸前であるのは明白で、今にも間合いを詰めようと足に力を入れているのが素人にも分かる。

 しかしそれを逆手に取って先に間合いを詰めたのは、意外にも名無しの権兵衛だった。

 まるで加速装置でも付いているのかと疑問に思ってしまう程の速度で間合いを詰めると、パイソンの顔面目掛けて二発のジャブを放つ。そして、そのジャブは見事にパイソンの顔面を捉えるばかりか脳を揺らし、膝を付かせる事に成功。

 次いで、丁度良い位置にパイソンの顔面が落ちた事により、今度は顎を破壊せんと言わんばかりの膝を横に振るう様に叩きつける。


「グァッ!?」


 中々の破壊力に見えた膝蹴りを食らって、それでも尚倒れないパイソンだったが、それを見て名無しの権兵衛が何もしない訳も無く、そのままジャブを三発と鼻っ面に向けてストレート一発を叩き込み、今度こそパイソンは仰向けに倒れた。


「雑魚程にペチャクチャと良く喋る。そんな暇が有ったら、間合いを詰めて攻撃すれば良いのによ」


 倒れ伏したパイソンに向けて淡々と呟きながら、名無しの権兵衛はそう告げると共に懐からモーゼルC96を取り出し構えた。

 冷たく鋭い目で照準をパイソンの胸に合わせると、容赦無くトリガーを引く。

 必殺の思いが込められた弾丸は、狙い違わずパイソンの胸へと吸い込まれ、それは都合三度続いた。


「ガタイだけの男か? もう少し出来る奴だと思ってたが、そうでもないらしいな。拍子抜けだぜ」


 人を殺したのが初めてではないにしろ、それにしたって何の感情も見せない名無しの権兵衛は詰まらなそうに呟くと、モーゼルC96を懐へと戻す。

 そしてケンゴウが相手をしているだろう他の諜報員の始末を考えつつ、静かになったパイソンに背を向けた。

 その次の瞬間、名無しの権兵衛は身を勢い良く屈め、自身の頭上を何かが通り過ぎたのを感じながら前転してその場から離れてみせた。


「おいおい、胸に三発も撃ち込まれといて良く生きてられるな」


「……ナメるなよ、イエローモンキー」


 鼻は折れて曲がり、歯が五本も叩き折られ、胸に三発も弾丸を食らって尚立ち上がるパイソンは、怒りに血走った目で上着を乱暴に脱ぐ。

 すると脱いだ上着の下には、異常に部厚い服を纏っていた。それは寒さ対策の物とは思えぬ服で、とてもまともに動けない様な見た目の代物であった。


「何なんだその服? 随分着膨れした奴だとは思ってたが、妙なファッションセンスをしてるじゃねぇか」


「ふん。モンキーには分からんだろう。これは我がアメリカの科学者が造り上げた、特殊化学繊維で出来た防弾スーツだ」


「防弾スーツ……?」


 銃弾を防ぐ為に身に付ける防具というのは、実のところ既に存在している。しかしそれは標準的装備ではなく、ほんの一部の兵士が装備しているだけであり、その性能も非常に低いものであれば名無しの権兵衛が知らないのも当然だと言えた。所謂防弾ベストと呼ばれる物が有名になるのは、もう暫く後の話である。

 そんな代物を知らないのだろうと察したパイソンは、勝ち誇るかのような顔を浮かべた。


「ククク、猿には分からん代物だろう。この防弾スーツを貫くには、マグナムぐらいの代物でなければ不可能。つまり、貴様の持つ銃では絶対に貫けんという事だ」


「ふぅん。そりゃ大したもんだ。色々と良く考え付くもんだな」


 だから何、と言わんばかりに言い捨てる名無し権兵衛に対して、パイソンは既に勝ちが決まったかの様子で折れた鼻を元の位置に戻し、ニヤリと笑みを浮かべ語る。


「自身の危機に気付いていないらしいな。核を落とされた今ですら、日本人は暢気にしている民族だ。こうしているとそれが良く分かる」


「はぁ? あっちに擦り寄り、こっちに擦り寄り、そうやってんのがテメェら諜報員だろ? そのクセ、何で軍人が必死に戦って得た戦果を我が物顔で食っちゃべってんの?

 それにしてもよ、お前らアメリカ人ってのはスマートじゃねぇよな。図体がデケェのにナイフを持って、自分より小さい者を相手にふんぞり返る。小さい者が銃を手にすれば、そうやって動きづらそうな防弾スーツとやらを造って、持って無い者を相手にふんぞり返る」


「負け惜しみか? 流石はモンキー国家のモンキーだな」


「いやいや、負け惜しみじゃねぇっつうの。俺はただ事実を言ってるだけだぜ?

 実際、テメェらは誰かが造った物が存在しなきゃ偉そうに出来やしねぇ。今のテメェのようにな。

 日本人なら銃が怖ければ体術を鍛えて対抗しようなんて考えるが、そんな努力をする気がさらさらねぇのがアメリカ人だ。直ぐに物に頼っちまう。マジでスマートじゃねぇやな」


「ガタガタと五月蝿いモンキーが居たもんだ。オレ達アメリカ人は、頭を使うんだよ。貴様らモンキーとは違ってな」


「はぁぁぁ、分かんねぇ奴だな。そんじゃあ、その御自慢の防弾スーツとやらを貫いてみせてやろうじゃねぇか」


 至極面倒臭そうに呟いた名無しの権兵衛は、懐へと戻したモーゼルC96を再び取り出し構えた。その銃の照準は、パイソンの胃へと向けられている。

 それに対してパイソンはと言えば、唯一弱点が丸出しの顔を両腕で防御する姿勢を取った。全身を自慢の防弾スーツで防御しているのだから、当たり前と言えば当たり前の防御態勢である。

 一人は銃を構え、一人は防御態勢でニヤリとほくそ笑む中、銃を構えていた名無しの権兵衛が躊躇無くトリガーを引いた。

 発砲音は一度だけだが、実は二度トリガーを引いており、余りにも素早い射撃によって二度目の発砲音が一度目の発砲音と重なり、その結果一度の発砲音しか聞こえなかった。

 その驚異の射撃によって放たれた弾丸は、一発目がパイソンの胃の遥か前面にある防弾スーツに阻まれ着弾とともに潰れ、その潰れた弾丸の上から更に二発目の弾丸がぶつかり、パイソン御自慢の防弾スーツは難なく貫かれてしまう。

 するとほくそ笑んでいたパイソンの表情は当然激変する事になり、弾丸が皮膚と筋肉を貫いて胃へと到達してしまうと、その言葉にならない激痛によって盛大に顔を歪め膝を地面へと付く。そして意味が分からないと言いたげな様子で、呆然と名無しの権兵衛が構える銃に視線を向ける。


「な、何故だ………! 普通の弾丸で、何故この防弾スーツが貫ける?!」


「はぁぁぁ。テメェらアメリカ人は、モンキー国家のモンキーとは違って頭を使うんじゃなかったのか? 頭を使って考えてみたらどうだ?」


「グフッ………この、ファッキンジャップめ!」


 確かに、パイソンが誇る防弾スーツはその性能を見せつけていて、普通に放たれた銃弾であれば当然のように弾かれる筈だった。しかしそれは、神業とも言える射撃の技術によってその訪れるであろう事実は覆されたのだ。

 その結果を詳しく教えるつもりが無い名無し権兵衛は、激痛にのたうちまわるパイソンに向けて冷めた視線を送る。


「はいはい。そんじゃそのファッキンジャップは、他のCIA諜報員を始末しに行かせて貰うわ。

 ……全く。月夜に拷問なんかしなけりゃ、ケンゴウの手によって苦しむ事も無く死ねただろうによ。そう思うと、やっぱりテメェは大馬鹿だな」


 胃が弾丸で破られた事により、壮絶な痛みと血の逆流に苦しむパイソン。呼吸したくとも激痛が簡単にはさせてくれず、しかも逆流する血のせいで更に呼吸は難易度を高めている。

 その状態であっても、パイソンは月夜という名に反応を示す。


「ツクヨ……? クックックッ、そうか、あの女か。……グフッ……あ、あの女を拷問したのは確かにオレだが、オレは拷問の詰めをやっただけに過ぎん。指の爪を剥ぎ、肋骨を叩き折って、あまつさえ片目を潰したのはオレではない」


 本当は苦しくて苦しくて仕方がない筈だが、敢えて勝ち誇るかの様に得意気な様子で告げたパイソンに、最早死に体のそれでしかなかった事で興味を失っていた名無しの権兵衛が鋭い視線を向けた。

 すると益々嬉しそうに笑みを浮かべるパイソンが、更に言葉を続ける。


「き、貴様ではリーダーに勝つ事は無理だ。……ゴホッゴホッ。く、クロウは、どんなに厳しいミッションでも成果を上げてきたエリート。オレとは違って、油断してこうなるような奴ではない。

 クックックッ、貴様の死に様を見れないのが……ざ、残念だ」


 言うだけ言うと、パイソンは血を吐きながら顔から地面へと倒れ伏した。

 それを冷めた目で眺めつつ、名無しの権兵衛は吐き捨てる様に呟く。


「油断してようがしてなかろうが、テメェが俺に勝つ可能性はねぇよ。物に頼って技術を蔑ろにするテメェらアメリカ人に、昔ながらの技術を尊ぶ俺やケンゴウが負ける要素は皆無だからな。

 それは兎も角、月夜の拷問には二人が関与していた訳か。道理で三葉と月夜には全く違う拷問方法が使用された痕が残ってた訳だ」


 舌打ち一つして、煙草を口に咥えると火を点ける。そして骸と化したパイソンをそのままに、名無しの権兵衛は残りのCIA諜報員へと向かい歩を進め始めた。

 脳裏に過るのはクロウという名の人物で、先程面と向かっていた他の面子の中に居たのかという疑問。

 それによって更に思い出すのは、パイソンの他には細身の双子と中肉中背の男で、とてもパイソンの言う凄味がある者が存在しなかった事。


「CIA諜報員は、全員で六人。とすると、この港に来ていない残り二人の内のどちらかだろうな」


 ならばさっさと始末しようと、そう思い至った名無しの権兵衛は、咥えていた煙草をプッと吹き捨てて勢い良く駆け出した。

名無しの権兵衛「防弾スーツって動きにくそうだな」

ケンゴウ「そりゃそうだろう。第二次世界大戦で一部のアメリカ軍人がテスト目的で使用していたが、動きにくかったり暑かったりで評判は良くなかったらしいと聞く」

名無しの権兵衛「へぇ〜。で、その性能は?」

ケンゴウ「少なくとも、第二次世界大戦中の防弾スーツはショボかったようだ。性能も効果があるのか無いのかイマイチ分からず、兵士は防弾スーツが邪魔だと言っていたと記録が残っている」

名無しの権兵衛「成る程なぁ。まだまだ改善の余地があるって事だ」

ケンゴウ「そういう事だな」

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